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現代田んぼ生活 辻井農園 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-12-10 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と生シイタケの中華炒めと浪曲

トム・ムーア監督『ソング・オブ・ザ・

午前中は精米など。

午後は農協でお金の出し入れと大豆の水分測定など。


それから先日も紹介したシイタケを収穫する。その後もどんどん大きくなってきたし、混みあって傘と傘がぶつかるようになってきたので、まだ大きくなるのかもしれないけれど、小さいのを残して鋏でちょきちょきと収穫しました。

思いのほうかたくさん採れました。収穫する前の写真をあわてていたので写せず。で、収穫したてシイタケをすぐに料理する。「生シイタケの中華炒め」なるレシピをネットで見つける。フライパンでシイタケを炒めるのだが、「丸鶏がらスープ」という粉末を入れてフタをして蒸し焼きにするというやつですな。今度は少しトウガラシを入れてピリッとさせてみようと思います。となるとビールのアテにもよさそうです。

収穫から測っても15分で完成。いやー、ウマイです。奥さんはシイタケを生で食べてはいけない、必ず火を通すように言われていたのだ。


トム・ムーア監督『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2016)をiTunesで観る。アイルランドのアニメーション映画。ディズニーでもなく、ジブリでもないけれど、絵が美しい!いやー、いいです。


そういえば最近読んだ本に浪曲が出てきたな、どこだっけな?なんだっけな?と思っていましたが、思い出しました。佐野洋子『神も仏もありませぬ』でした。なかに「声は腹から出せ」というエッセイがあります。


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(前略)

何曜日か忘れたが、週一度、八時になると裏の小父さんがラジオを聴かせてもらいに家の縁側に座った。小父さんは浪曲を聞きに来るのだった。小父さんは薄暗い縁側でじっと頭をたれて、身動きひとつしないで、何十分も一心不乱にラジオに聞き入って、終わると静かに帰っていった。

私は浪曲の声が動物のうめき声のようで気味悪かった。云っている言葉が何一つわからなかった。そして下品で滑稽なもののような気がした。裏の小父さんも無教養な下品な人のような気がしていた。浪曲はお百姓さんのもので低俗なものだと私が思ったのは、母親の、今から思えば鼻持ちならない差別意識が子供の私にまで染み込んでいたのだろう。

(中略)

浪曲が盛んだった頃、日本人の心はこうまで荒廃はしていなかったのではないか。私は次郎長伝という浪花節しか知らないが、壺阪霊験記とかは単純素朴な夫婦愛の物語だっただろうし、親子の情愛の物語もたくさんあったのではないだろうか。大衆芸能というものは、大衆が望むから生まれるものだろうし、もう大衆は浪曲を必要としなくなったのだろう。

しかし私たちは、吉本のタレントの馬鹿話を本当に望んでいるのだろうか。テレビは悪いなぁ、どんどん人心を荒廃させていく。誰も人の道など説かない。説くやつはうさん臭い。

五十年前じいっと頭をたれて浪花節に聞き入っていた裏の小父さんは、ちょうど今の私の年齢くらいだっただろうか。同じ年月を生きて、人として多分裏の小父さんの方がまっとうな人間だったのではないかと思う。もっとシンプルな人としての基準と言うものをぺらぺら口に出すことなどせずに、腹にちゃんと持っていたのではないだろうか。

(後略)

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ああ、僕の思っていたことがちゃんと書いてありますね。「次郎長伝」もいくつか聴いたことがあるけれど、僕には「忠臣蔵」のほうが、なんとなくなじみます。「壺阪霊験記」は人形浄瑠璃で観ましたが、確かによかったです。

たぶん、僕の年齢も「裏の小父さん」の年齢になってきているのだろうなぁ。しかし僕よりこの小父さんのほうがまっとうなんだろうな。僕など腹に持つことができずに、こうしてブログでさんざんぺらぺらと口に出したりしてブログなんぞを書いているのだがから。


これも国本武春浪曲南部坂雪の別れ」。これも「忠臣蔵」の名場面。もっとも討ち入りの直前、江戸南部坂に住む浅野内匠頭未亡人に会いに行ったという史実はないので作り話らしいが、大石内蔵助のこの話がなければ、やはり「忠臣蔵」はピリッとはしないんでしょうな。

浪曲の曲師(三味線)は沢村豊子さんだということ。沢村豊子さんの三味線もアイの手もまたスバラシイですね。

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