お天気家族の幸せ物語

 ある国に、不思議な力を持った男がいました。
 彼のその力とは、自分がいる場所の天気を晴れさせてしまうというものでした。
 雨や雪が降っていようが、台風におそわれていようが、その男が来るとたちまち雲はのき、太陽が顔をだし、晴天になってしまうのです。
 しかしその男は、天気を晴れさせようと思って晴らしているわけではなく、彼の意思とは関係なく、彼がそこにいるだけで、天気はどうしようもなく晴れてしまうのです。
 その男のことを人々は、「晴れ男」と呼びました。
 天気が荒んでいる時期であれば、彼は国の人々にたいへんありがたられました。
 たくさんの農作物をだめにし、家々を押し流してしまういくつもの大きな台風は、彼のおかげで国を避けて通るのですから。
 この国では、雨が引き起こす災いとはまったくの無縁でした。
 しかし、晴れ男のもたらす容赦のない晴天の日々は、しだいに国の人々に迷惑がられるようになりました。
 日照りによって農作物の多くは枯れ果て、乾ききった空気によって家々はごくささいな火の不始末でも大火となってしまったからです。
 晴れ男はいつも最初は国の人々に歓迎されるのですが、だんだん邪魔者扱いされるようになり、しまいには国を追い出されてしまいます。
 多くの国を転々としながら、晴れ男は今日も空を晴らしているのでした。


 ある国に、不思議な力を持った女がいました。
 彼女のその力とは、自分がいる場所に雨を降らせてしまうというものでした。
 どんなに気持ちよく晴れていようが、その女が来るとたちまち雲が張りだし、あたりは暗くなり、雨降りになってしまうのです。
 しかしその女は、雨を降らそうと思って降らしているわけではなく、彼女の意思とは関係なく、彼女がそこにいるだけで、雨はどうしようもなく降ってしまうのです。
 その女のことを人々は、「あめ女」と呼びました。
 晴天が続く時期であれば、彼女は国の人々にたいへんありがたられました。
 たくさんの農作物を枯らし、飲み水を奪う日照りや水不足を、彼女のおかげで免れることができたのですから。
 この国では、太陽が引き起こす災いとはまったくの無縁でした。
 しかし、あめ女のもたらす容赦のない雨の日々は、しだいに国の人々に迷惑がられるようになりました。とめどなく降る雨によってたくさんの農作物がだめになり、川のはんらんによって多くの家々が流されてしまったからです。
 あめ女はいつも最初は国の人々に歓迎されるのですが、だんだん邪魔者扱いされるようになり、しまいには国を追い出されてしまいます。
 多くの国を転々としながら、あめ女は今日も雨を降らせているのでした。


 あるときある国で、晴れ男とあめ女は出会いました。
 晴れ男は、あめ女のしっとりとしていて慈しみ深い人柄にひとめぼれしました。
 あめ女は、晴れ男の気さくでいて意志の強い人柄にひとめぼれしました。
 晴れ男とあめ女は、移り住んだばかりこの国で、誰に祝福されることもなく、ひっそりと祝言をあげ夫婦となりました。
 それ以来この国では、晴れの日は長く続かず、雨の日は長く続きませんでした。
 国の人々が晴れの日を望めば、次の日は晴れとなり、国の人々が雨の日を望めば、次の日は雨になりました。
 恵みの雨を養分にいただき、たくましい太陽に勇気をさずかり、その国の農作物はどれも成育が良く、とても美味しかったので、人々はたいへん豊かになりました。
 台風や日照りといった極端な天気とも無縁でいられたので、人々の生活は安定し、国は大いに発展していったのでした。


 晴れ男とあめ女は、ひとりの子どもをさずかりました。
 その子があめ女のお腹から産まれ落ちた瞬間、外でものすごい音を立てて雷が落ちました。
 晴れ男とあめ女はそのとき確信したのでした。この子は「かみなり坊や」だと。
 かみなり坊やは、ぐずったり機嫌が悪くなるたび、まるで泣きわめくように雷を落としました。
 そのあまりの暴れん坊ぶりに晴れ男とあめ女はまるで手がつけられず、突然空から落ちてくる雷は、大木を割り、家々を焦がし、人々をたいへん驚かせました。
 いつ自分の身に降りかかってくることかと恐れをなした人々は、外を出歩くこともままならず、さりとて家にいても落ち着くことはできません。
 つきない不安で堪らなくなった国の人々は、晴れ男とあめ女に文句を言うようになりました。
 晴れ男とあめ女は、こんな幼子をつれて国を出るわけにもいかず、どうしたものかと途方に暮れてしまいました。


 そんなある日。となりの国のお殿様が突然たくさんの兵隊を引き連れてこの国に攻めてきたのです。
 欲が深く戦争好きなとなりの国のお殿様は、前からこの豊かな国が欲しくてならなかったのでした。
 この国のお殿様も国じゅうの兵隊を集めて必死に抵抗しましたが、戦争に慣れたとなりの国の兵隊には歯が立ちません。
 兵隊は次々と打ち倒され、国の人々は逃げまどいました。
 実り豊かな畑は踏みしだかれ、大切な家々は無残に打ち壊されていきました。
 そんななか、晴れ男とあめ女は互いに手を取りあい、天に向けて一心に祈り始めました。
 これまで多くの国から邪魔者扱いされ、追い出されてきた自分たちを受け入れてくれたこの国と、その人々がただ大好きで、ただ守りたかったのです。


 晴れ男の祈りは天に届き、容赦のない灼熱がとなりの国の兵隊をおそいました。
 兵隊はあまりの暑さに厚い鎧を脱ぎ捨てました。干上がってしまった飲み水を兵隊たちは奪いあうようになり、暑さにやられて多くの兵隊が倒れていきました。
 けれども、兵隊の歩みはとどまりませんでした。


 あめ女の祈りは天に届き、容赦のない風雨がとなりの国の兵隊をおそいました。
 兵隊はあまりの雨水にずぶ濡れになりました。強風によってある者は吹き飛ばされ、洪水によってある者は流されていきました。
 けれども、兵隊の歩みはとどまりませんでした。


 天に祈りは通じたものの、となりの国の兵隊を追い返すことまでは叶わず、晴れ男とあめ女は肩を落としました。
 大切なこの国が壊され、大好きな人々が地面に倒れるさまを思い、ふたりは悲しみの涙を流しました。
 そのしずくが、あめ女の抱いていたかみなり坊やの両頬を濡らしたとき、坊やは突然鬼の子になったようなけたたましい泣き声をあげ始めました。
 耳をつんざくような坊やの泣き声は、国じゅうに響き渡っていきました。
 すると突如として漆黒の雲がこの国の空を埋めつくし、鋭い白刃が地表に突き刺さります。
 鎧を脱ぎ捨て、水に濡れていたとなりの国の兵隊はその刃の前に次々と倒れていきました。
 慌てふためくとなりの国のお殿様が、輿の上で震えるように煽いでいた扇に、そのとき白刃の一閃が軽く触れます。
 一瞬にして黒こげとなってしまった扇をぼう然と眺めていたお殿様は、はっと我に返ると急いで輿から飛び降り、来た道を裸足のままいちもくさんに引き返していきました。
 残った兵隊たちも我先に逃げ帰っていきます。
 この国は、救われたのです。


 それ以来、となりの国のお殿様が兵隊を連れてこの国に攻めてくることはありませんでした。
 人々は気力をふりしぼり、荒れ果てた畑を耕し直し、壊された家々を建て直しはじめました。
 晴れ男とあめ女も熱心に手伝いました。かみなり坊やの荒い気性のおかげで、この国では四六時中雷がとどろいていましたが、それを不安に感じる者は今はもういませんでした。それどころか、心強く頼もしく、ほほえましくさえ人々は感じていたのです。
 国の復興が一段落し、人々の生活もかつての豊かさを取りもどした頃、気骨ある立派な若者に成長していたかみなり坊やは、お殿様直々の家臣に取り立てられることになりました。
 彼はこの国のためにけんめいに働き、人々の幸せのためにけんめいに尽くしました。
 あるとき、お殿様の命で遠方の国へ旅に出かけることがあり、その旅を終えて家に帰り着いたとき、かみなり坊やはひとりの娘を連れていました。
 晴れ男とあめ女は、その真白い肌をした物静かな娘を見たとたん、わかったのでした。
 この子は「ゆき娘」だと。
 かみなり坊やとゆき娘は、お殿様の計らいでたいそうぜいを尽くした祝言がとりおこなわれ、夫婦になりました。
 晴れ男とあめ女は頬を乾かすひまもありません。
 国の人々全てに祝福された、この晴れやかでしっとりとした善き日。となりの国の方角から遠雷がとどろき、館の外では雪がしんしんと降り注いでいたのでした。