Canvas2〜虹色のスケッチ〜

Canvas2~虹色のスケッチ~ 通常版

Canvas2~虹色のスケッチ~ 通常版

実はまず最初は、「Canvas2〜茜色のパレット〜」(PC版)を購入したんです、エロゲーの中古ワゴンセールで。本当はアニメ版の声優がそのまま演技しているPS2版をプレイしたかったのだけれど、ゲーム内容にそれほど期待していなかったし(前作「Canvas〜セピア色のモチーフ〜」がお子ちゃま向けであまり好きになれなかった)、コンシューマ版の中古はいつまでも値下がりしなかったので。まぁいいかなと。そろそろ手を打とうかなと。
エリス、可奈、紗綾さんと、音声オフでプレイして、美咲菫シナリオ。正直のところ菫ちゃんに惚れてしまいましてね。それでどうしても、音声をオフにしないと耐えられない演技とか、歌唱のあまりのひどさ、それで歌姫だとかありえないから! せっかく好きになった菫ちゃんを侮辱しているかのようなこのありさまに我慢がならなくなってしまって。そこでPS2版の菫ちゃん役を調べたら平野綾ちゃん、「冒険でしょでしょ?」の彼女なら期待できるかなと思い、PS2Canvas2〜虹色のスケッチ〜」を購入したという次第です。
結論からいえば、最初からPS2Canvas2〜虹色のスケッチ〜」を買っておけばよかったんですよね。音声オフのSEXシーンに2000円、平野綾の演技と歌唱に4000円払ったようなものでしょうか。

主人公 上倉浩樹

主人公は画家になることを夢見ていたが、とある挫折をきっかけに夢を諦め、撫子学園の美術教師となる。好きな事を好きと素直に思えない苦悩を抱えつつ、どうにもならない現状に流され続けていく毎日。そんな教師2年目となった主人公の元に従兄妹のエリスが特待生として撫子学園に入学、主人公と同居することになった他、様々な才能・苦悩を持つヒロインたちとの出会いが訪れる。主人公はかつての情熱を取り戻せるのだろうか?

僕はこの主人公、上倉浩樹が結構好き、ですね。夢をなくして何事にも真剣に取り組めない、ずぼらでいい加減で職務をサボってばかりいるけれど、ひょうひょうとした中にどこか憎めない親しみやすさがあって、なにより自身と現実を理知的に認識している。それは自虐しすぎてもう虐めるモノがなくなってしまった空虚さゆえの、気楽な達観で。自分の考えにすら悪態をついている定まらない内面とこだわらない視点が、かえって人間関係をずいぶんおおらかにやり取りし、物事に「どうでもいいんだが」と遠慮なく関わりあっていくことに無理を感じさせない。気まぐれであることに違和とか強引さが伴わない"オイシイ"キャラクターを成立させているように思います。それは、真面目な恋愛物語にあってもシステム的に不真面目とならざるをえない主人公の、得がたい資質といえるでしょう。
傷ついた者の哀しい処世(逃避)術であるのかもしれませんが、何はともあれ傷口は乾いていたほうが扱いやすい。治るきっかけを失ってしまったともいえますけど、いつまでもじくじくしていてはたまったものではありません。日々、生きていくには。そういう意味で上倉浩樹は、元々の性格はさすがにギャグてすが、良いも悪いでもない大人という存在のくだけた態様に、僕はずいぶん馴染みます。ぶっきらぼうな物腰とはいえ、決して権威主義的ではないし、ベッド上では意外と誠実ですしね。あ、いや、前作の主人公君は確かベッド上で豹変するタイプだったからなあ。というか、もしかしたら高校生の主人公に苦手意識を覚えてしまうくらい僕がおやじになってしまったということでしょうか……。「ぽっと」もやけに落ち着けたし。けどそれはいやだなあ。
この物語の基本構造は、「好きな女の子につい意地悪してしまう少年のプライド(意地)」と「絶対被害者妄想」、「やればできる子」を掛け合わせてヒロインで"ぎしぎし"と割ってみたような感じです。主人公には夢があって、叶えるのに十分の才能があって、でもとある事情で隠匿せざるをえなくて、とても辛い傷。それを見つけ出したヒロインが必死に主人公に働きかけ、癒そうとするんだけど、ようやく乾いてきた傷が再びじくじくと痛み出すのはたまったものではないので、主人公はヒロインの介入から必死に抗う――。それでヒロインはどうする……?
という、なんてご都合(有能妄想)的で自己中心(ひきこもり)的で他力(ヒロイン)本願な話でしょうね。全く、憧れてしまいます。部屋に引きこもる息子に食事を届けてくれた母親、「そんなもん食いたくねぇんだよ!」と放り返すようなものでしょうか。本当はお腹がすいて仕方がないというのに、母親もなけなしの肉親愛でダメな息子に構ってくれているのに、廊下には食事の残骸がむなしく広がっています。何をどうしろというんでしょうね、全く。

「この男はね、自分から夢を捨てたの。同情してやる余地なんてないの。掴むことの出来た夢の眩しさから目を背けているの!」

「あのね、菫さん。あなたもからかわれる立場になれば、先生の相手がどれだけ大変か、きっとわかるよ・・・・」

主人公がひた隠していた傷を、ヒロインたちの好意は図らずもえぐることになります。主人公の想定外の反抗を前に、ヒロインたちは傷ついてばかりもいられないので、何らかの策を講じなければなりません。もしくは"きっかけ"を与えて主人公に気づかせる・悟らせるという間接策もあります。というより、両方を組み合わせて使用する場合がほとんどですが。ここで各ヒロインの採用した策を考えるにあたり、特に重要なのが美咲菫、竹内麻巳のふたりだと僕は思いました。

正統性 美咲菫

歌うことが好きなものの人前で歌うのが少し苦手な美咲菫(「なんだそれ」と言うなかれ)は、放課後の屋上でひとり練習をしていたところを、主人公の気まぐれで出会うことになります。とはいえ人づきあいが苦手というわけではなく、無愛想だけれど礼儀正しく、無表情でいることが多いけれど決して感情が乏しいわけでもないという、とても微妙な、微妙であることが個性ともいえる美人なお嬢様ヒロインを平野綾が好演しています。彼女が歌うグノーの「アヴェマリア」も、決して歌姫と呼ばれるほどではない稚拙さなのですが、例えば市主催の合唱コンクールを聴きに行って「あの子いいな」と気になるくらいの魅力は備えています。曲中一番高いキーがかなり厳しいけれど何より音質的にかっこよくて、僕がその合唱部の部長だったらアルトのパートリーダーをお任せしたくなるくらい。4000円の出費を僕はそれなりに回収できました。
美咲菫の人を寄せつけない美貌は、人前で歌を歌うのが苦手という意識も手伝って、人を物理的に遠ざけてしまいます。しかしそんな印象や事情などお構いなしの主人公は、屋上に足繁く通うことになり。ふたりの関係は、彼女の歌を聴くということを基点に、昼休みや放課後、時には下校時の送りに交わされるなんてことのない会話によって、少しずつ深まっていきます。素っ気ない菫に、揚げ足取りの浩樹。「アヴェマリア」1曲をひたすらに歌う、その音声をスキップすることなく聴きながら、閑雅な彼女のテーマ曲「心の中の風紋」に親しむことで、ふたりのあやふやで言葉(意味)によらない交流・結びつきは、まさに風紋のように、見えないうちに確かに形成されていったように感じられました。

「先生、どうしたんですか?」
「どうもしないな。どうかするはずが、ないだろ?」
「えと・・・・何のことだか・・・・」
「作り物の薔薇は食えないってことだよ」
「・・・・やっぱり、わからないですよ」
「なら頭が足りないんだろ。諦めろ」
「酷い言い方ですね。それは、凄く傷つきますよ?」
「わははは」
「もう・・・・」

しかし美咲菫はあまりに不器用で、愚直で、一生懸命すぎました。上倉浩樹の内面に直面した彼女は、彼をやる気にさせよう、夢を取り戻させようと説得するものの、しかるべき(?)主人公の反抗を前にしてなんら策を講じようとしないのです。まるで馬鹿みたいに、本当に頭が弱いのではないかと疑ってしまうくらいに、彼の苛立ちの矢面に立ち続けます。鳳仙エリスが思い出と絵を描くということを通して、萩野可奈が自らの小説を通して、鷺ノ宮紗綾がその洗練された人格を通して、上倉浩樹の癒しと再生を目指したのに対し、美咲菫は得意の歌を通してなんとかしようとするわけでなく、本当にただひたすら訴えるのみ。しつこく、げんなりするくらい。ついには主人公から拒絶されてしまいます。それもそうでしょう、主人公の不条理が全ての原因とはいえ、彼女のやりようはあまりにも幼い。もっと巧くできないものかと僕ですら苛立ってしまいます。
この美咲菫シナリオは、「Canvas2〜虹色のスケッチ〜」という作品、上倉浩樹という主人公の抱えている重さと、苛まれている辛さを、そのままの量で、菫というヒロインを反射してプレイヤーへと映しこまれてゆきます。彼女があまりにかわいそうだと、理不尽だとプレイヤーが思うようなことが、そのまま主人公の実際の心境として反映していて、それはテキストとして表明されることはないけれども、あやふやで言葉(意味)によらない交流は確かに行われている。実はお互い似た者同士で、言葉で伝えきれない、頭が弱かったんですね。だからこそプレイヤーは、本人が「会いたくない」と言っているにもかかわらず、屋上へ行くよう仕向け、公園に行くよう命じるのです。馬鹿には何を言っても無駄ですからね。
彼女は傷つくことで、作り物ではないひとりの少女になっていく。彼女の音楽が、感情の高ぶりが、絶句が、美咲菫という女の子の人間味として僕らに痛切に訴えてくる。綺麗なんですよね、うん、人として。上倉浩樹の葛藤と、美咲菫の苦しみがたぶん一番深いところまで描かれているという意味で、このシナリオは「Canvas2〜虹色のスケッチ〜」という作品の正統性として重要で、それとは関係なく僕はこのシナリオ・美咲菫という女の子が大好きなんだということです。

正当性 竹内麻巳

また、もうひとり竹内麻巳シナリオが重要だと思うのは、彼女が上倉浩樹に対して、絵を描かせようとしたり、立ち直らせようとするといったことを少なくとも意識的にはいっさいしないんですね。主人公が挫折する経緯について彼女が知ることはありませんし、美術部部長として部活に出て欲しいといったお小言程度で、他のヒロインのように彼の内面に干渉することがほとんどないのです。内面に踏み込まない、差し障りのないつきあいで恋愛を語るなど不誠実ではないかと思うかもしれませんが、実際、竹内麻巳編ほど誠実な物語はありません。どうしてそんなことができたのか、それは夢は目指すものばかりではないということです。
上倉浩樹は、絵描きになるという夢をあきらめ撫子学園に赴任してきます。しがない美術教師として、夢を放り捨てた虚しさからか教師としての情熱を持ちあわせてはいません。そんな彼を、竹内麻巳は部長として美術部に出てきてもらうよう要請するという形で、熱心に関わっていきます。個性的というわけではないけれど面倒見がよく責任感のある性格、ハイテンションでマシンガンともいえる"はきはき"とした口調を滑らかに演技する豊口めぐみもまた素晴らしい。態度を決して崩さないかと思われた彼女が、ひょんなことから動揺したりするさまはとてもかわいらしいし、コミュニケーションが安定して崩れなかったのは、実は主人公に対する揺るぎない信頼であり、理解であり、また好意であったということも感動を誘います。
他のシナリオではほとんどなかった、主人公を巡る女の子同士の争いの勃発(主人公と同居しているエリスという女の子がいるのだから、争いが起こるのは当然といえる)、竹内麻巳視点のテキストも肝心なところで導入され、その静かで熱い想いにドキドキしてしまいます。構成が野心的で恋愛は繊細、ボリュームもあるしよく練られていてうならされました。そして何より感心したのは、絵画に対する技術的アプローチのみならず、精神面でのまなざしが物語の鍵となっていることです。主人公は絵描きになるのが夢だったという割りに、絵画というものに対する専門的な視点がおぼろげで、安直な精神論でお茶を濁している風情がしていたのを、この編では美術大学進学希望の竹内を指導するという形で、正式に誠実に織り込んでいる。夢の実現についての努力の軌跡がきちんと描かれていて、かつ証明されているのです。
特に誠実だと思ったのは、画家になれないからしょうがなく就いたのだというような上倉浩樹に、美術教師という職業のすばらしさ・やりがいを思い知らせていく物語であるということです。他のヒロインシナリオだと、ヒロインと結ばれるとなんのためらいもなく美術教師の職を辞し、画家の道を歩み始めます。成功が約束されているような甘いエピローグにて。それは一度裏切られた絵の道、夢を取り戻すということであり喜ばしいことに違いはありません。とはいえ、美術教師という職務にいい加減な態度で取り組んできて、たまたま出会った教え子と親密となり、救われたからといってそのまま放り出してしまうとは、画家として有望だろうが不誠実のそしりを免れません。「職業に貴賎はない」と主人公は劇中で語りますが、彼の態度は美術教師という職業をないがしろにしていること疑いなく、また物語が基本的に上倉浩樹の一人称視点である以上、彼の態度こそ世界の事実なのですから。
シリアスな恋愛が世界に対し誠実であるべきなら、この作品にとって竹内麻巳シナリオはなくてはならないといえるでしょう。コンシューマ版追加キャラクターだというのに、「Canvas2」という作品の正当性にとってもはや欠かすことはできません。

「なあ、竹内」
「・・・・はい」
「オレはお前の絵が見たいよ」
「竹内の心が、オレは見たい」

竹内麻巳が渾身の想いをこめた絵が完成を見たとき、上倉浩樹の中に巣食っていた絵に対するしがらみは、夢を奪われたわだかまりは、まるで春の雪解けのように、そんなものが今まであったかどうかも今や定かではないような軽やかさで、溶け去っていました。誰が何をしてくれたわけでも、言ってくれたわけでもない、ただ、温かくなれば自然と溶けてしまうものに過ぎなかった。冬の季節を舞台にしたこの作品にあって、唯一の春の景色がそこにはあります。それが格別に清々しい。

「貴方自身は無名かもしれないけど、貴方の絵と心は確実に広まってますよ」

こんな健気で神聖な夢がまたとありますかね。僕はしたたかに感動しましたよ。ええ、泣きました。最高ですよもう……。
Canvas2〜虹色のスケッチ〜」の正統性と正当性。この作品は実は3-Aで成立しちゃってるんじゃないかと本気で疑っています。「何考えてんのよシステム」に「何考えてんのよ」とまじツッコミを入れたいこととか、音声が変わるたび1,2秒のロード時間がかかるのはストレス溜まるとか、その他諸々悲喜交々の余計な"移植遊び"などが全然構わなくなるくらい、「Canvas2〜虹色のスケッチ〜」は良い仕事をしたと思いますね。そういう意味で、まあ、僕は「Canvas2」という作品を結構気に入ってるんじゃないでしょうか?(尋ねてどうする)