いつか、届く、あの空に。

いつか、届く、あの空に。初回版

いつか、届く、あの空に。初回版

昔の人々は、夜空を埋め尽くす数知れない星星について、星座という形で認識し、神話という形で思いを馳せてきました。膨大な数の星のたったひとつにさえ、自分たちは決して届かないのだということがわかっていて、それでもどうにかして近づきたいからこそ、神秘的な星座名が当てはめられ、華々しい神話が生まれたのでしょう。
それはたとえば、優れた作品に触れ、感動すると、自分も何か描きたくなるというような衝動。そして描いた。客観的に見ればまるで違うものであり、比較しうるわけはないけれども、それでも自分を突き動かしたその想いは、現に存在する作品を憧れているという形ある証・同一の約定として、自身において厳かに記銘される。
星があり、憧れる自分もあるのだということを永遠へ繋ぎ留めておくための、ひとつの儀式として、太古の人々は星座と神話を思い描き、語り継いできた。そしてこの作品では、そうあろうとするために、「天体観測」をする(させる)。

沈む身に浮かび上がる想い。緩やかで、柔らかくて、けれどつかめなくて。階段を一歩下がるごとに夢の中に溶け込んでいくかのような――

この物語は、星を巡り、地上で繰り広げられる、ひとつの神話。言葉では説明のつかない輝きを、僕は見つけた。ロマンティックな物語はただの記号であり、何よりも"そのもの"が美しいということを表しているに過ぎません。整合性とか感情移入とか、そんなことを世界はあまり斟酌していなくて、ただ、登場人物たちが夜空に悠然ときらめく星"そのもの"であり、それをプレイヤーは「観測者」として眺めていればいい、そういう性質の作品(シネマ)なんだと理解しました。憧れていればいいのだと、感じました。だから、感想はと聞かれてもただ、「美しい」としか答えようのない作品だということも、指摘しておかなければなりません。

なんだよ、俺。どうしたんだよ。どうしちまったんだよ。どうしてなんだよ。どうして――

性格と言動に分裂のある"けったい"な主人公の元、伝奇だからといえばそれまでだけれど、人の生き死にを都合よく扱ってあまつさえハッピーエンドにもっていける魂胆はいけ好かないし、そもそも「だから」で全然繋がっていない、論理的な飛躍をまるで美学とし、客観と常軌を廃し、軽やかに綴られる自らの詩情ともども殉ずるのを使命とするナルシスティックな筆致。全方位荒唐無稽な展開。まるで礼儀であるかのようにありがたい薀蓄をいちいち執拗に披露し、かと思えば怪訝で抽象的な表現が画面を踊り、戦闘シーンは難義で不明朗な言葉繰りで煙に巻く。序盤に申し訳程度に2,3挿入され、ヒロインの好感度云々というレベルじゃない粗末な選択肢など、ことごとくプレイヤーを置いてけぼりにし、どこまでも無頓着な、ああ、要するに作品自体が無邪気な仕草は、あきれるを通り越してもはや、貴くすらあります。
それは、主人公の暴走する思考を頁の強制送りで"ありのまま描写"し、葛藤する心理や切羽詰った状況を、テキストの表示位置の変化や間を持たせることによって巧みに表現。さらにはヒロイン視点を柔軟に織り交ぜ、揺れ動く内面を演技で浮かび上がらせる。アクの強い物語はおよそ人を寄せつけるものではないけれど、その演出法は作品の神経に配慮を施した、丁寧で瑞々しくとても共感的なものであること、むしろそのギャップが心憎ければこそ。

「だからもう一つ、偽らざる気持ちを言っておく。私は、お主人ちゃんに手伝って欲しいんじゃないんだ」
「え?」
「一緒に、星空が見たいんだ」

そう、作品は朗々と「天体観測シネマ」であることを宣言し、1年のうちで星座が最も華やかなりし冬の季節に発売した。星の旋律を彩るのにピアノほどおあつらえ向きの楽器を重用したBGM。あまつさえ、プレイし終えてそれ以上でもそれ以下でもなかったということを鮮やかに思い知らされた身として、そう言われては、未練がましく難癖付ける言葉を持てないわけです。ただ、一緒に見たいのだと。胡散臭さも強引さもひっくるめて、彼女たちは星であり、主人公と創成した神話を……。
僕の偽らざる気持ちも言っておきます。最初はうざくて演技をスキップしていたのだけれど、段々気になってきて、明日宿傘シナリオに至っては、もう泣ぐんでしまうくらい大好きになってしまっていた、未寅愛々々。唯井ふたみもそうだけれど、チグハグと紙一重の個性的なヒロインを、一歩間違えばとっても不味い演技と感じられてしまうリスクの高いキャスティングにおいて、個人的にはという括りはあれどこれを見事に成功させ、気がつけば他のキャストはもう考えられないというくらい。さらにいえば、愛々々以外にも唯井家の当主、門番の午卯茂一や護衛の申子菊乃丸といった唯井側の脇役の演技が実に光り、というより普通に聞ける演技であるというのは、エロゲー脇役というものの素人っぽさに辟易していた僕からすれば、文句なく素晴らしい。というかありがたい。

心の中がぽかぽかして。頭の中がはればれして。でも。身体の中がそわそわして。今なら何でも笑って許せるような、まるで世界と一体になったかのような――優しい気持ちで満たされる。

ヒロインが星であるなら、唯井ふたみと体を重ねるシーンはまさしく神話と呼ぶにふさわしい。安直な恥かしさを寄せつけない至純の美しさ。いつまでも記憶に残ることでしょうね。