連作「黒猫のしっぽ」

「黒猫のしっぽ」 月原真幸
 
吐く息でくもるガラスに隠れてる 一生春が来ませんように
ずぶ濡れになって歩いたあの夜の皮膚感覚がよみがえる朝
地下鉄のホームの端で待っているものが来るとは限らないこと
なまぬるい風に負けないくらいには目を見開いて立っていられる
地下鉄が地上に顔を出す前に降りてしまえばただの地下鉄
お守りは手放さなくちゃ いつまでも守ってもらえるはずなんかない
黒猫のしっぽのようにつかめない夢ばっかりを見ているつもり
右耳に右手のひらでふたをする 気圧が低くなる 16時
目薬を差す イヤホンを耳に挿す 体内温度を保つ点滴
靴ずれのできる位置なら決まってる 繰り返すたび深くなる傷
雨だれの音で時間を計るから 紅茶を一杯だけいれるから
すこしずつ離れていこう すこしずつ離されていくわけではなくて
来年の今頃にはもう流行らない服を着ている あなたもいない
眠れないふりをしながら爪を塗りやりすごしてる春の新月
来世ではいちごミルクの血液が流れる体でありますように
 
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枡野浩一さんの「かんたん短歌blog」に淡々と投稿します。
生意気にも連作で失礼します。
どうぞよろしくお願いします。