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俺の邪悪なメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

お知らせ
バイオレンスでホラーな自主制作コミック『黒の女王』
第4話までを特設サイトで公開中!

自主制作コミック「黒の女王」


2009-09-20

世界中の核ミサイルを『BALLAD』やってる映画館に打ち込めば世界は平和になるよ!


タイトルの様な気持ちになったのは、映画が終わった後、右隣に座ってたおばちゃん三人組が号泣、左隣に座ってた腐れカップルに至っては「しんちゃん超えてるよね〜」と閣僚だったら辞任レベルの暴言をはく始末で、もうこんな国は滅んだ方がいいと思ったから。


と、いうわけで映画『BALLAD 名もなき恋のうた』を観てきた。

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注意

感想の中で、かなり内容に触れています。もし、まだ本作の原案『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』を未見の方は、一部ネタバレになってしまいますので、ご注意下さい。

と、いうか、少しでも映画に興味があって『アッパレ! 戦国大合戦』を観てないということは、確実に人生を損していますので、是非観て下さい。

『アッパレ! 戦国大合戦』をすでに観ていて『BALLAD』をまだ観てない方は、本当に幸せだと思いますので、その幸せを噛みしめて強く生きて下さい。


一番大事なことは↑ですでに述べてしまったが、一応、ぼくの個人的な映画の感想も書く。


本作は映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』を実写リメイクしたもの。

原案の『アッパレ! 戦国大合戦』はクレしん映画の大傑作で、ぼくも大好きな映画の一本だ*1

本作を観ると『アッパレ! 戦国大合戦』が、『クレヨンしんちゃん』だからこそ成立していた傑作なのだと、分かる。分かってしまう。

本作では、実写化にあたり、しんちゃんたち野原一家を、川上一家というオリジナルのキャラクターに変更している。まあ、しんちゃんをそのまま実写化して子役が「うほほーい」とお尻を出したら映画的には大惨事になるだろうから、これは、こうするしかない。

ところが、この川上一家についての描写が貧弱なので、異物感が凄まじいのだ。

しんちゃんに当たる真一は「いじめられっ子」という設定が与えられ、自分の勇気のなさに悩んでいる。ひろしに当たる父・暁と、みさえに当たる母・美佐子は、暁の仕事のことでやや揉めていたりする。川上家の面々にはこういった葛藤が与えられてはいる。しかし、これが物語と全くリンクしないのでキャラクターの造形を深めることはない

結局、彼らの行動原理は分からないし、どういう人間なのかすらもよく分からない。

"主人公側のキャラだから善人に違いない"というステレオタイプな前提でなんとなくキャラが動いているように見えてしまう。

これは原案と比べてということじゃなく、映画としてダメな点だ。でも、アニメ映画を実写化したからこうなったともいえる。クレしん映画は、始まった時点ですでに野原一家の人物描写は完了している。しかも、おそろしくデフォルメの利いた魅力的なキャラクターとして。これはデカイ。

そもそも、そういう前提で描かれた作品から、この前提を抜いてるのだから、人物描写が貧弱になるのも当たり前だ。

サブタイトルに「名もなき恋のうた」とあるように、原案に比べて又兵衛と廉姫の悲恋に話の重心を移してはいるが、それでも「現代からタイムスリップしてきた」という特殊な設定のキャラクターの造形が薄っぺらでは話にならない。

こうして観せられると、やはり企画段階で無理があったんじゃないかと思う。


また本作の基本的なストーリーは『アッパレ! 戦国大合戦』と同じなのだが、個人的に特に好きな(そして重要と思う)シーン3つが、全部なくなっていたのにも驚いた。


1つめは、ひろし(本作では暁)が、「しんのすけのいない世界に未練なんかあるか!」といって過去へタイムスリップするシーン。

ここで、ひろしが大切な者(息子)の為なら命をかける男だということが示されるからこそ、同じく大切な者の為に命をかける又兵衛に共感し、クライマックスで戦場に飛び込んでいく場面の説得力が得られるのだと思う。

本作のクライマックスの暁は、息子にせがまれて仕方なく行動するお父さんに成り下がっている。


2つめは、しんちゃん(本作では真一)と又兵衛の「男と男のお約束!」のシーン。

ここを削る意味は全く分からない。むしろ、本作のように、真一が「いじめられっ子」という設定があればこそ、こういう又兵衛との交流で「男としての強さ」を学ぶ描写は必須だと思う。

本作の真一は、最後にいじめを克服する勇気を得たみたいな描写があるのだが、何が彼をそんなに強くしたのか全く分からない。


3つめは、しんちゃん(本作では真一)が敵の大将に「逃げるなんて許さないぞ!」とタンカをきるシーン。

たぶん『アッパレ! 戦国大合戦』の中で一番印象深いシーン、そして名ゼリフだ。

本作では冒頭から真一のいじめにからめて「逃げる」というワードが印象的に出てくるので、てっきりこの名ゼリフを活かすための伏線。もっといえば、クライマックスで真一はこのセリフを敵の大将にいいながら、自分自身もいじめから逃げない決意を固めるんだろーなー、と、思って見てたらぜんぜん違った。


で、こーゆーとこは削っときながら、又兵衛が敵の大将の首を切ろうとしたとき、しんちゃん(本作では真一)が止めに入り、又兵衛は敵のちょんまげだけを切る、という温いとこだけはバッチリ残している。

『アッパレ! 戦国大合戦』でこのシーンが成立してるのは、敵の大将を倒したのがしんちゃん(と野原一家)だからだ。倒した本人がいってるのだから、"大将首を取る"というルールに特例が許されるのだ。

ところが、本作では真一たちは又兵衛を助けはするが、最後に敵の大将を倒すのは又兵衛。しかも敵も覚悟の上での一騎打ちの末での決着だ。真一はそれを車から見てただけ(ちなみに、その画はかなりマヌケだ)。そんなガキが突然トンチンカンなヒューマニズムを振りかざして、しかもそれが通ってしまうのだ。

よくもまあ、こんなに醜くできるもんだと思う。


ただ、ぼくは、一番最後の又兵衛が死ぬシーンだけは、ちょっとホッとした。

この調子だと「真一が渡したケータイが弾除けになってて助かった」とかもあり得ると思ったからだ。まあ、でも考えてみれば、分かりやすく泣けるシーンを削ったりはしないか……。


『アッパレ! 戦国大合戦』を観た人、まして好きだという人は、本作の鑑賞は注意した方が良い。ハッキリいって拷問である。更に恐るべき事実を書いておこう。

この拷問、原案よりも40分も長いのだ!



9/20 2:00現在『クレヨンしんちゃん』の原作者、臼井儀人先生についての大変心配なニュースが入ってきている。間違いであって欲しいと祈るばかりだ。

*1:世代的なものかもしれないが、ぼくは昭和ノスタルジーへのリアリティをあまり感じないので、もう一つの傑作クレしん映画『オトナ帝国の逆襲』より『アッパレ! 戦国大合戦』の方が好きだ