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俺の邪悪なメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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バイオレンスでホラーな自主制作コミック『黒の女王』
第4話までを特設サイトで公開中!

自主制作コミック「黒の女王」


2009-12-02

最低最悪!『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』

※最後にちょっとだけ追記しました。


ゼロ年代映画のベストはまだ決めあぐねてるけど、ワーストは決まった。これだわ。

映画ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』


f:id:tsumiyama:20091202120941j:image


先週末観た。感想書こうか迷ったけど、やっぱ書くことにする。

※この映画及び原作が好きな人への注意書き。

この先、あなたを著しく不快にする文章が綴られている可能性が高いので、読まないことをオススメします。


実はぼくは、結構期待して劇場に足を運んだ。

ブラック会社ブラック企業)というのは、今の日本に実在するものだ。一種の社会問題といってもいい。それをタイトルに冠したこの映画は、ブラック企業の非道さを笑うコメディでありながら、その裏にそんな企業がのさばる社会の歪みへの批判を込めた作品だと、勝手に期待していた。

ぼくは愚かだった。実際に観てみてその内容に驚き、後悔した。

不快。

ただただ、この二文字。

この映画は社会批判はおろか、ブラック企業への批判すらなく、最終的には、ブラック企業の理不尽な待遇に耐えて働くことが、主人公のポジティブな成長の証しとして、感動的に描かれるのだ。

アホか! ありえないだろ!


これは、冒険活劇に例えると、こういうことだ。

悪の帝国に侵略された国で、奴隷として働かされてる主人公。彼は仲間と共に帝国に反旗を翻す……のではなく、『良い奴隷』として一生懸命帝国に奉仕する。良かったね、主人公は成長したぞ!

──って、どんだけ狂った世界だよ?!

ネオが機械に服従を誓う『マトリックス』、あるいはルークが帝国の軍門にくだる『スターウォーズ』、本作が描いているのはそういう物語だ。


ぼくは映画は必ずしもハッピーエンドでなければならないなんて思わない。むしろ、安易なハッピーエンドを拒否した映画の方が好きなくらいだ。

例えば本作でも、主人公(小池徹平)がブラック企業で働き続けることを決意しても、それが、ポジティブな成長などではなく、行き場をなくした若者の哀れな末路として描かれる、とかなら全然アリだと思う。

本作が不快なのは、明かなバッドエンドがハッピーエンドのように描かれ、しかもそれが皮肉でもないからだ。作り手がその歪さに全く無自覚だからだ。

とどのつまり、作り手の認識が狂っているのだ。オマケに、今、ブラック企業を題材に映画をつくることの意味などこれっぽっちも考えていない。

ぼくがこれを断言するは、本作の佐藤祐市監督のインタビューを読んだからだ。つくづく、先にこれを読んでいたら観になど行かなかったのに、と悔やまれる。


映画「ブラック会社・・・」インタビュー4 佐藤祐市監督「最初に入った会社は月給1万円未満だった」

このインタビューの中で、佐藤監督は自分の経験を引き合いに、ブラック企業についてこう結論づける。

そう考えると、ブラックかどうかの分かれ目は「人間関係」にあるんじゃないかと。人間関係が良好であれば、仕事を成し遂げた「達成感」や、力を合わせて頑張った「仲間感」みたいなものが味わえる。それが欠如していることこそが一番ブラックなんじゃないかというのが、僕らの中にある結論ですね。

この人は、「達成感」や「仲間感」があれば、どんなに過酷で理不尽な労働環境でも、ブラックじゃないというのだ。

ふざけるな!

「達成感」や「仲間感」でストレスに蓋をして、あり得ない労働環境を肯定させるからブラックなんだろ!

佐藤監督の主張は、ブラック企業側の典型的な言い分で、『やりがいの搾取と呼ばれるものだ。

映画監督という超特殊な職種で自己実現を果たした人間の恐るべき鈍感さと想像力の欠如を感じる。こういう人が作ってるんだから、そりゃ、ああなるわ。

しかもこの映画は、認識が狂ってるだけじゃなくて、作りもあり得ないくらい雑で幼稚だ。

人物描写はことごとく薄っぺらで、人間としてのリアリティの欠片もない。エピソードの作り方も安易で、主人公が何かを偶然見たり、偶然聞いたりする場面が異常に多い。どこまでも度し難い。

この映画の助監督を務めた人は、監督デビューするときに

エンターテイメントの王様だと思って映画業界に飛び込んだら、狂った監督の下でこき使われながら、稚拙な脚本の映画を作ることになって、もう限界です!

という『ブラック映画の助監督なんだが、もう俺は限界かもしれない』って映画を撮ると良いと思った。


思えばゼロ年代というのは、長期不況の中、労働環境は過酷の一途をたどってきた時代だ。そんな中、システムを改善するのではなく、個人の内面を強化することで過酷さに立ち向かおうという風潮が確かにあり、その一方で、鬱病自殺が増え続けている。

この映画は、そんな年代の締めくくりに相応しいかもしれない。ワースト作品として。






ついでに、原作についても簡単に触れておく。

映画を観た後に、ざっとまとめサイトで読んでみた。

おおまかな内容は一緒だが、ずいぶん印象が違う。

まず、人物描写や、会社で起こる出来事についてはさすがにリアリティがある。体験記としてとても読み応えがあり、人気が出るのもうなずける。

こういう経験をした人が、それをネット上で語ったりするのは全然悪いこととは思わない。

しかし、個人的には根底に流れる「理不尽な環境に耐えることが成長を促す」みたいな価値観の部分はやはり共感しづらい。戸塚ヨットスクールの「いじめは進歩のきっかけ」を思い出した。(実際にスレ主を成長させるために、わざと社内でのいじめを放置したみたいな話も出てくるのだ)

逆境が人を成長させることはあるだろうけど、それは理不尽な環境を肯定するものじゃない。

ぼくは、仕事を無理に内面化するくらいなら、「仕事なんてクソだろ」と言い切る方が共感できる。





<追記>もっとマトモな本当に面白いコメディ映画が観たい!という皆様へ。

今年の夏、アメリカで空前の大ヒットを記録した『ハングオーバー』という映画の日本公開を求める署名運動が始まっています!

映画「ハングオーバー」劇場公開を絶対に求める会

ぼくはこの作品をイベントで観てるのですが、本当に面白いコメディ映画です。

(↓ぼくの感想です)

映画秘宝オールナイトに行ってきたよ! - 俺の邪悪なメモ

少しでも興味のある方がいたら、是非署名に協力して下さい。ぼくもさっそく一筆書きました。



「ニート」って言うな! (光文社新書)

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軋む社会 教育・仕事・若者の現在

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