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2006-10-05 題未定。

[]拙文へのご批判についての質問 00:50 拙文へのご批判についての質問を含むブックマーク

二階堂黎人


二階堂様のHPである黒犬黒猫館で、僕に対するご批判を拝読いたしました。僕が不勉強であるというご指摘は真摯に受け止め、今後も本格推理小説の研究に力を注ぐつもりでおります。


ただ、二階堂様のご指摘のなかにいくつか理解しにくいところがあり、そのひとつに関しての質問をこのはてなダイアリーにて述べさせていただきます。なお、二階堂様以外の名前は敬称略とさせていただきます。


その質問とは『本格ミステリ・ベスト10』の『神様ゲーム』の書評についてです。


まず、考え方の相違を確認したいと思います。『本格ミステリ・ベスト10』の『神様ゲーム』の拙文は「解説」ではありません。『本格ミステリ・ベスト10』は、対象書籍を未読の読者も既読の読者も対象としていると考えております。そのふたつの読者層に対して適切な文章とは「解説」などではなく、まずは未読の読者を導く役目を担った文章だと考えます。つまり未読の読者を対象としたごく一般的な書評です。過去の類似作品への言及、犯人や動機、トリックなどの明示は対象書籍の未読の読者の興を削ぐ結果となるため、そうした解説を『本格ミステリ・ベスト10』で載せることはふさわしくないと考えます。その上で、評論的な意味を既読の読者に暗に示すことが求められていると考えておりました。


また麻耶雄嵩は、拙文でも述べているように、笠井潔の定義した「第三の波」のなかで、非常に独特な立ち位置を保持している作家です。今回の『神様ゲーム』で試みた方法からも明らかなように、「本格推理小説か、本格推理小説でないか」ということこそが本書の面白みであり、その結果を読者に明かしてしまうことは、僕のつたない文章では「ネタバラシ」にしかなりえないと考えました。それでも、15P上段11行目から下段15行目までは、僕なりに本格推理小説という定義を踏まえて書いた文章です。


また『神様ゲーム』は「児童文学として適当なのか適当ではないのか」という二階堂様のご指摘ですが、僕は拙文にて「お子様には勧めにくい作品」として「ミステリーランド」の島田荘司竹本健治の作品に言及し、そうした作品群と同じく『神様ゲーム』は「問題作」と紹介しています。


以上、ふたつのご指摘に対し拙文である程度は応えていると思いますが、それでは不十分なところもあると考え、『神様ゲーム』という昨年を代表する問題作の意義をしっかり知っていただくためにも、国内座談会ではあえてある評論について言及しております。


それは笠井潔の連載評論「人間の消失・小説の変貌」で『神様ゲーム』を論じている13回「結末と驚異」です。拙文の射程はその「結末と驚異」の範囲を超えるものではありません。そして、二階堂様がおっしゃる「本格であるのか本格でないのか」「児童文学として適当なのか適当ではないのか」に対して、「結末と驚異」ではしっかり論じられていると考えます。


これでも、二階堂様にしてみれば不適切というご指摘なのだと思います。でなければ、「まったく、触れておらず」という、強調された言葉をお選びにならないでしょう。「神の論理」、「問題ではなく」なった「演繹推理や帰納推理」、「お子様には勧めにくい作品」、「問題作」という表現は、暗に示すどころか空虚な言葉ですらないという二階堂様のご判断なのだと思います。後身の不勉強を指摘される二階堂様がよもや国内座談会での僕の言及を見逃しているとはありえないでしょう。とすれば、やはり「解説」でしっかり書くべきだとお考えなのだと思います。


そこで質問なのですが、そのような「解説」とは具体的にどのような「解説」なのでしょうか。ぜひ、実作をご呈示してその「解説」をご指南いただければと思います。「あらすじ」の他に、「本格推理小説としての定義」、「児童文学としての定義」、「作品の羅列ではない歴史的観点」と「発展史観」と「トリックの技術論」をすべて盛り込んだ、本格推理評論としての「解説」を二階堂様の日記で例示いただけないでしょうか。よろしくお願いします。


上記の他にも、僕が読む限り様々な疑問を二階堂様の「論考」から見出すことができます。そしてどうやらそれは僕だけではないようで、Webの多くの読者が様々なかたちで困惑を表明しています。賛同されている方は寡聞にして知りません。


おそらくそのようにまわりから読まれてしまう二階堂様のご発言が、「たんなる困ったちゃん」笠井潔から揶揄され、かつ「巽見解のほうが歴然として説得力が高い」と評価され、有栖川有栖からは「定義に縛られ、思考が硬直」しているとされた上で「敗訴」を言い渡されているゆえんなのかもしれません。そうしたことはいずれ別の機会にうかがえることと思います。ですので、この点についてはお答えいただかなくてかまいません。


なお、この件に関しまして、僕宛にメールを送信されたり、もしくはどなたかに委託してメール等の連絡手段を用いられた場合、無条件でWebに公開させていただきますゆえ、なにとぞ「恒星日誌」でのご回答を希望いたします。


それでは、よろしくお願い申し上げます。

クリントン大西クリントン大西 2006/10/15 19:35 初めまして、蔓葉先生。

先生の一連の質問文、非常に分析的で、かつ興味深い論考であったように思います。しかし、二階堂先生が日記中で指摘されている通り、確かに蔓葉先生の「本格推理小説」の定義、というものを明確に示す事が、やはり求められるとわたしも考えます。是非、業界諸姉諸兄が失語症に陥るような、空前絶後の「蔓葉流解釈・定義」が成される日をご期待申し上げております。

ただ、気になった点として、「笠井潔はこう言っていた」「巽見氏見解ではこうだ」「有栖川説によれば」といったような引用は、時として必要だとは思いますけども、やもすれば政治的な包囲網により、他者の言を封殺しようとしているのではないか? という風にも穿って読みとれる場合がありますね。これは、蔓葉先生の今回の文だけではなく、他の評者にも、そして二階堂先生自身の文面にも少なからず観察される事象ではないか、と愚考します。

本格推理、あるいは本格ミステリーといったようなものを発展させ、面白くしていくという意志が、やもすれば政治の材料として利用されているのではないか? という間違った(というより、ゴシップ趣味的な)ものとして、一般に印象づけられ兼ねないこれらの傾向に、いちミステリーファンとして危惧を覚えた次第です。

蔓葉先生のこの質問文は、自己の立ち位置の明確な表明であると同時に、これらの問題に対する真摯な姿勢の顕れであり、評価されるべきものだと思われますが、諸事への配慮からか、そういった方向への踏み込みに、今一歩の遠慮が見られるように感じられ、そこがわたしとしては不満でした。

評論家は政治屋が多い、とはよく揶揄されるところではありますけども、それでも創作者(わたしは評論家を創作者であると考えているので)として、蔓葉先生はその種の群意に埋没してゆかれるタイプの評者ではない、と確信しております。

長くなりましたが、先生の今後のご活躍のほど、併せて期待しています。

tsurubatsuruba 2006/10/16 00:36 クリントン大西さま

はじめまして。ご指摘の件のうち、「本格推理小説」の定義については、簡単なかたちで論文中に明示しております。ですから「定義している/していない」という場合、僕は「定義している」側に入るはずです。その定義が間違っているというのなら議論になりますが、そうでない場合は議論が進まないと思います。

ただし、そのような誤解が生まれる可能性として、定義がいわゆるテーゼとして提示されていない場合です。これは「定義」というものをどのように提示しなければならないのかということにつながります。今回の議論がすれ違っているような印象を与えているのは、その定義のすり合わせがうまくいかなかったからでしょう。少なくとも僕の論文の書き方からすると、この「定義の定義」は大変難しい議論になりますのでここでは省かせていただきます。

またおっしゃられるとおり、議論をある種の政治的な、つまり非論理的な封殺によって収束させるというやり方はあるかと思います。僕もそのようなニュアンスを言葉に付与しているのは事実です。しかし、それにはある理由があるのです。どうぞお察し下さい。とはいえ、そもそもそうした質的領域を超える力を僕が使うことはめったにないので、今回の議論ではたぶんこれが最初で最後になるでしょう。

あと最後になりますが、この件の議論はもうしばらくしたら追記をする予定です。ただ、それが読者のみなさまの期待にそえるものかどうかは僕もまだ書いてみないことにはわかりません。ご了承下さい。

あと最後になりますが、以後「先生」の敬称はなしにしていただけると助かります。この理由はそのうち日記に書かせていただきますが、「さん」のほうが心理的にお話をすすめやすいです。よろしくお願いします。

クリントン大西クリントン大西 2006/10/16 23:16 迅速なお返事のほど、誠に痛み入ります。

先生、はいけませんか……では蔓葉さん────のお立場も、なかなか一様には行かぬものであるとのこと、了解いたしました。なかなか難しいものですね。

本格の定義についてですが、恐らく二階堂氏は「簡略なものではなく、キチンとした」ものを上梓すべきではないか、という投げかけであったものと思われます(わたしも、その意見には賛成です) 喩えるなら、島田荘司先生の『本格ミステリー論』級のものを蔓葉さんが、ネット上なり、同人誌なり、また商業誌なりで堂々と発表されることが望ましい、といったところでしょうか。

もちろん、こんな一大事業は一朝一夕に成されるものではありませんし、蔓葉さんご自身への負担も相当なものになることが予想され、現在行っているお仕事に支障をきたすとも限りません。

ごくごく前向きに解釈するとすれば、この二階堂氏の発言(ちゃんとした本格論を展開すべき)は、蔓葉さんへのエールであるとも受け取れます。「X問題」は、それはそれで重要なことではあるのですけども、むしろこの機会を使って、「本格とはナニか?」という普遍的な問いについて、蔓葉さん独自の、それも過去現在の系譜のみならず、未来の設計にまで言質が及ぶような、そんな気宇壮大なる試みが行われても良い頃合いかも知れません。

……と、まあしかしこれは、外野の勝手な言い分ではありますけども(苦笑)

tsurubatsuruba 2006/10/17 00:15 ……なかなかすぐには対応できない難しいご要望ですが、前向きに検討します。といいますか、まあそれっぽいことはすでに暗示していますのでご安心下さい。あと個人的な関心としては「本格とは何か」ということよりは、「推理とは何か」という問いのほうこそが検討されるべきだと思っています。むしろそこで「付随的に」「本格とは何か」が議論の俎上に上がるでしょう。……みたいなこともどこかで書いたような覚えがあります。

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