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28-08-08 (Thu)

[][]クィアコミュニケーションと宣伝と


ほとんど死地と化している更新されないブログを更新したとおもったらただの宣伝だけかい!というのもアレでございますので、ちょっとだけ雑感など。まあ、ただの宣伝に雑感だけかい!と言われたら、もう汗かいて寝るしかないのですけれども。

直前になってばたばたと準備をしている下のワークショップなのだけれども、コミュニケーションの空間において「クィア」という概念に内包されるある種の「引きさかれ」がどのようにあらわれてくるだろうか、みたいなところから話がはじまりそう。わたくしじつはコミュニケーション論的なことはまったくわかっていなくて、その部分はほかのみなさまにおまかせして沈黙しそうなのだけれど。

ただ、わたくしにとってのクィアという概念の魅力というのは、この概念が、一方では主体の解体とか安定したアイデンティティという概念への批判とかとむすびつけられたり、名詞というよりは動詞として考えられたりしつつ、同時に他方ではどこかつよく「アイデンティティ」、あるいは(承認されるものとしての)主体の主張への欲望にいろどられている、という点にある。

「クィアってLGBTのことじゃないわよ!まちがえないでよ!」といった横から、「そっか〜じゃわたしもクィアね!」と楽しくなっているひとに、「クィアって人をさすわけじゃないのよ〜」ではなくて、「ノンケがクィアとかいってんじゃないわよ!」とかみつきそうなかんじ。アイデンティティに回収されることをあくまで拒んでいるくせに、「そうそう、みんなそれぞれことなる個性をもった人間なのよね」などといわれてイラっとしたりして、その理由を考えてみるに、そもそもLを、あるいはG/B/Tを、「人間」にカウントしてこなかったくせに、なにを今更「みんなちがった人間」とかほざいているのよ!という、アイデンティティ・ポリイティクスちっくなところに根があったりする、そういうかんじ。

そのあいだで引きさかれながら、頑固にどちらもてばなさない。もしかするとそのせいで議論が堂々めぐったり突破口がなかったり新展開がみえなかったりすることもあるのに、それでもてばなさない。というより、どちらをてばなしてもヤバいような気がしていて、かといって引きさかれてるのも大変なので、いっぱいいっぱい。ああそういうところがクィアなのよね、と、いとおしい<なにか違う

そういうふうに引きさかれた状態というのは、コミュニケーション空間においても、発言者が一貫して同定(アイデンティファイ)できる空間への要請と、そういう安定したコミュニケーションがすくいとれないものへの欲望との葛藤として、わりと見られるものなんですよ、という話を、参加者の一人であるid:seijotcp氏が前準備の段階でしてくださった。もちろんそれじゃそういう葛藤のあるコミュニケーション空間は全部クィアなのね!というわけではないし(だってクィアはやっぱりLGBTのアイデンティティ・ポリティクスちっくなところから完全には根っこがぬけないんですもの)、クィアってコミュニケーションの問題だったのね!というわけでも、もちろん、ないだろう(コミュニケーションというものをどのくらい広く定義するのかにもよるのかもしれないので断言できないけれど)。

けれどもそのふたつの「引きさかれ」が交錯するところに注目するのはおもしろそうだとは思いますので、みなさまお時間があれば、是非<また宣伝。

そういう交錯の問題を最初にわたくしに指摘してくださったのは、発表者(というか発題者かな?)でもあるid:cmasak氏で、そのときに氏はそれとからめて、ウェブ上の時間の経過が特定の発信者にきわめて「ストレート」な成長物語を付与する可能性の問題にすこし触れていらしたのだけれど、じつは、個人的にはそこにより興味があったりする。たとえばホルバーシュタムなどが論じている「クィアな時間」というのが実際どこまで「クィア」なのか、わたくしには少し疑問があるのだけれども、こちらの議論はそういう「クィアな時間」の考察にもきりこめそうで、刺激的だと思う。実際にワークショップでその話になるかどうかは微妙だけれども。

正直、「メディア」系のワークショップに参加するには、わたくしはかなり力不足というか資格不足なのだけれど、それでも今回いれていただいたのは、ブログを通じてのつながりがあったからだろう。メンバーを見ても、なんだかこう、あそことあそこはああつながってるんだっけ?というのがわかるような。

そんな中ではある意味異色でもある飯野由里子氏とご一緒できるのが、今回わたくしにはとりわけうれしい。この間の『女性学』に氏が書いていらした研究ノート「〈クィアする〉とはどういうことなのか?」もとても良かったと思うのだけれど、ミニコミからAll About Japanまで、いわゆる「ブログ界隈」とは少し異なる「コミュニケーション空間」というか「発信形態」にいくつもかかわっていらした方でもあるので、今回のテーマであるコミュニケーション空間における葛藤と「クィア」に内在する葛藤との交錯について飯野氏と議論できるのは、とても楽しみだ(わたくしが前者についてまったくわかっていないので議論にはならないかもしれないですけれども、まあそれはそれとして)。

わたくし飯野氏には個人的にお世話にもなり、だから当然存じあげてもいるのだけれども、氏は、参加者紹介にも「無邪気な〈毒舌家〉」とあるように、わたくしとちがってすぐに感情的になるタイプではなくいつも冷静でおだやかなのに、というよりだからこそ、大変な毒舌家でもある(とわたくしは信じている)。内容以前にそんな氏のトークそれ自体が楽しみだったり<おい

ちなみに飯野氏は今年になって御著書も出版されているのだけれども、これがまたよい本です。フェミニズムやクィア関係、あるいは日本の女性運動に興味のある方は、是非ご一読くださいませ。とても重要な本だと思います(知りあいだからじゃないですよ)。


レズビアンである「わたしたち」のストーリー

レズビアンである「わたしたち」のストーリー


というわけで、いろいろとおもしろくなる可能性のあるイベントではないかと思います。あらためまして、みなさま、是非<最後まで宣伝。

[][]イベント告知(あさってです<遅)


関係各所でちょびちょび広報でていますが、今週末にこんなワークショップに参加いたします。まったく収拾がつかずきわめて混沌としたものになる可能性も含め、おもしろい2時間になりそうかと思っております。お近くの方は是非見物に(あるいは参戦に?参戦なのかしら?)いらしてくださいませ。


情報発信メディア男女共同参画の視点:ミニコミからインターネットまで 多様な取り組み事例から


男女共同参画メディアネットワーク+デルタG


国立女性教育会館 男女共同参画のための研究と実践の交流推進フォーラム 


日時:2008年8月30日(土)午後4時〜6時


場所:国立女性教育会館(http://www.nwec.jp/) マルチメディア研修


概要


コミュニケーション空間における葛藤——発言者に対する一貫性や可視性への要請と、安定した一貫性に回収されない交流への欲望との——は、決して珍しくはない。だが、性的マイノリティ存在主張に関して、「クィア」の視点をとりこむと、この葛藤はとりわけ切迫した問題となりうる。本WSでは、個人を特定の「人格」や「要素」に還元する「パッケージ化」の欲望と、「パッケージ化」を逃れようとする欲望との葛藤に焦点をあてつつ、クィアなコミュニケーション空間の可能性について検討したい。


司会:前半 井芹真紀子、後半 マサキチトセ

発表:飯野由里子、マサキチトセ

レスポンス:荻上チキ、ミヤマアキラ


フロアディスカッションの時間を多くとっています。その他の参加者はディスカッションでバリバリ参加する予定。)



About Us


飯野由里子


慎重なのにむこうみず、無頓着なのに内省的。周囲には無邪気な「毒舌家」として評価(?)されている。普段は教員としてジェンダー論を教えたり、フェミニズム系の研究をしたりして過ごすことを好む。ただ、体力が著しく乏しいためなのか、外出することを極力避けようとする傾向にある。攻略法は「めんどくさいなー」と思わせないこと。「家まで(会いに)行ってもいいよ」という呪文攻撃が最も効果的である。



井芹真紀子


一橋大学大学院言語社会研究科修士1年。フェミニズム理論・クィア理論を勉強中です。「従軍慰安婦」問題に関心があり、ポストコロニアリズムセクシュアリティの重なり方、またそれらとフェミニズムの関係について興味を持っています。ブログをやっているわけでもなく、インターネット上の議論に対してはもっぱら受け身ですが、自分が得た情報や議論から考えたこと・感じたことを言語化していくことがこれからの目標です。



荻上チキ


1981年生まれ。テクスト論、メディア論を専門とする批評家、ブロガー。思想系メールマガジン「αシノドス編集長。「荻上式ブログ」「トラカレ」「内藤朝雄HP」など、様々なウェブサイトを運営する。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『ネットいじめ』(PHP新書)など、共著に『バックラッシュ!』(双風舎)など。荻上式 http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/ トラカレ! http://torakare.com/



川口


大学院生社会学専攻。現在、軍事化とジェンダーをテーマミリオタで元よしりん信者の男性自衛官に聞き取り調査を実施中。座右の銘は「嘲笑せず、嘆かず、呪わずに、理解する」。いろいろややこしい世の中だからこそ、自分の考えはとりあえず括弧にいれて、色んな人の話を聞きたいと思っているが、基本、面倒くさがり屋なのでなかなかうまくいかず。



小山エミ


1975年生まれ、米国オレゴン州在住。ドメスティックバイオレンス(DV)シェルター勤務、女性学講師などを経て、非営利団体インターセックス・イニシアティヴ代表。http://macska.org/ でブログを運営しているけれど、じつは犬が好き。日本インターセックス・イニシアティヴ http://www.intersexinitiative.org/japan/



斉藤正美


マスメディア情報をうのみにするな」(ジェンダーとメディアHP)という活動から「女性運動と女性学ってどんな関係?」(「ジェンダーフリー」とフェミニズムHP:山口智美さんと共同運行)へと活動は広がり、今では「女性学、男女共同参画、もろもろどうなの?」(ジェンダーとメディア・ブログ)と地方在住フェミニストの視点でネット発信中。気になったら、GOOGLE検索してね。ジェンダーとメディア・ブログ http://d.hatena.ne.jp/discour/



tummygirl


大学教員兼研究者です。専門はフェミニズム・クィア理論です。へたれ机上フェミなので、教育・研究関係以外には、なんの活動も発信もしていません。ブロガーでもあります。とくに何を発信するわけでもない弱小ブログですが、いちおう机上フェミ系を標榜するブロガーとして、整理のつかないことに整理をつけず、複雑なことがらを単純化せず、ささいな違和感に拘泥することを、大切にしています。



マサキチトセ


Chico Masak, a homosexual asian male bitch from CA/NZ/JP 国際基督教大学社会学専攻4年。問題関心はセクシュアリティ、女性の貧困、セックスワークドメスティック・バイオレンスなど。中学2年の時に携帯でホームページを作り、以来ブログ上でのジェンダー、セクシュアリティ関連の議論に参加しています。グレート・ジャパン代表。C plus M http://masaki.web44.net/ グレート・ジャパン http://greatjapan.wordpress.com/



ミヤマアキラ


ニュースコンテンツサイト「デルタG」のライター兼運営スタッフやってます。ネットでもリアルでも面白そうなこと(セックスから政治経済まで!)にはなんでも首をつっこみますが、身体はひとつしかないのであまり効率がよくありません。身体が動けば動くほどサイトの更新が追いつかないという泥沼状況です。デルタG http://www.delta-g.org/news/



山口智美


アメリカのど田舎、モンタナ州に住む大学教員です。専門は文化人類学、フェミニズム、日本研究。とくに日本のフェミニズム運動をテーマとしています。時々日本で運動にも関わったりしてきました。いつもは気軽に日常を記しつつ、時にはフェミゲリラ化(?)したりするブロガーでもあり、ネットを通じて日本の幅広い人たちと交流し、議論できるのをいつも楽しんでいます。今回はリアル参加できず残念ですが、ウェブ参加させていただく予定。ふぇみにすとの雑感 http://diary.jp.aol.com/mywny3frv/ ふぇみにすとの論考 http://d.hatena.ne.jp/yamtom/



*当ワークショップは、サントリー文化財2008年度「人文科学社会科学に関する研究助成」による支援を受けています。


助成対象プロジェクト:「メディアイベントとしての『ジェンダーフリー論争』と『男女共同参画の未来』」代表:山口智美


連絡先 nwec2008workshop-owner@yahoogroups.jp