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Someday

2016-08-07

ゲイであることをアウティングされても今なら自殺しないで生きられる

いろいろな記事やブログを見ていた。

今のところpolitically correctも考慮してか、名前が分かる形では、痛ましい事故として受け止められている。
LGBTも最近は認められてきているし、今回は悲しい出来事だったけど、一般人としては教訓にしてつきあい方を考えていこう、反応によってはこういう事件もあるんだよ」、みたいな感じ。

一方、匿名ブログとかはノンケが書く嫌悪感しかない、みたいな記事もあり、クソだなと思ったけど、ゲイかノンケかわからないけど人としての倫理を説く文章もあった。


僕としては、「時代が変わったんだな」という感想がはじめに出てきた。
昔だったらこれはニュースにならなかったはずだ。

  • 家族がゲイだということを前提にしてして訴えたこと。多分家族にカミングアウトしていたんだろう。
  • ニュースがそれを大きく取り上げたこと。
  • ネット上でそれらに対して賛否両論意見がでたこと。


次にA君にもっと違う道があるよと伝えられたら思った。
嫌なことがあったら避けろ、逃げろと。

好きな男にふられても、仲間内でLINEで公表するようなやつ大したやつじゃなかったんだよ。
残念だけど、君が相手にするような奴じゃないよ、もっと別な男探しに行こうぜって言いたかった。

大学だって、やめてもいいし、編入とかもあったかもしれないし、
嫌なことあったら別にいま進んでいる道をそれて、違う道にジャンプすればいいよ。


僕は大人になってかなり生きやすくなった。
ゲイ関係もだし、それ以外でも人生は選択肢が無限にあるって気づいて、ほんとに嫌なことがあったら逃げる、という選択肢を知っている。

それを伝えられてお酒でも一緒に飲めたらもしかしたら、とかね。



でも、これを自分が大学生のときだったら、と考える。
大学1年で一人暮らしでまわりが同級生とかサークルの先輩とかで、、、
その状況で仲の良い友達にアウティングされたと想像する。

つらい。

僕は自分が死ぬことにかなり拒否反応があるので自殺はしないかもしれないけど、
引きこもってどこにも行けなくなる自分は想像できた。

今だったらその時に、大学変えちまえとか大学なんて別に行かなくていいよとか言えるけど、
そういう相談ができる人はあの当時いなかった。


今だったら他人にアウティングされても僕は生き続ける。
もし今苦しい思いを抱えている人がいたら、ぜひ人生のちょっと先輩とか周りの人に話して楽になってほしい。
もし周りにそういう人がいなかったら僕でも相談に乗りますよ。

2016-01-24

2015-11-28

2015-11-14

「お前がだべたいもの3つ出してよ」

「お前がだべたいもの3つ出してよ」

「さんま!」
「ずけさば」

「ずけさば???なにそれ。」

「漬け鯖。スーパーで切り身で売ってるんだよ。」

「もう一個なんだろ、たまご」

「魚卵系?」

「いや普通のとり」


結局本日の昼はとんかつでした。

2015-08-16

自分が幸せになれる要件について

最近考えている。

僕は結構お金を貯めることが好きだ。
他人に評価されることも好きだ。
愛されるのも好きだ。愛するのも好きだ。
自分が楽しくやっているイメージが好きだ。
Facebookに上げたりもする。でもオンライン弁慶だと思われないようにわざと自分では投稿しなかったりもする。

大雑把に言うと、自分が大した人間であると思いたい、という欲求がある。
これは全然特別じゃなくて、というか99%くらいの人間に備わっている欲求だ。
自分の場合、上で上げたような要素から、自分が大した人間であると思えるみたいだ。

逆に、幸せになれる要件でないものをあげてみよう。

好きな歌手を追いかけること。このタイプの欲求は僕はない。
社会的ステータスを追い求めること。これも薄い。
技術を極めたり仕事で成果をだしたりすること。自分の中では上の要件を満たすための手段で2次的なもの。
ニート的な生活を送ること。これもありそうで本当にやりたくはない。


僕は人生設計を昔からまったく道筋を立てないで色々なことをやっている。
それは人生が設計してもまったくその通りに動かないだろうという直感みたいなものがあるからだ。

でも実は上の要件を満たす生活をすることは、そんなに難しくないかもしれない。
自分の欲求の80%くらいを満たす条件で、実現可能なライフスタイルは存在するかもしれない。

そんなことを考えた雨の夜でした。

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