2013-02-12 ラ・パティスリー・デ・レーヴ 「タルトタタン」
今日でライター講座は終わり。
最後の提出課題は以下の通りです。
課題:阪急百貨店のラ・パティスリー・デ・レーヴについて400字で書いてくること。タイトルは文字数にカウントしない。
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ホームページの動画でオーナーパティシエのフィリップが子ども達に解説をしている。
「うちのタルトタタンの秘密を見せてあげよう。林檎を薄くスライスするんだ。これを積み重ねてシロップをかけて焼き上げる。分かるかい?焼けたのがこれ。芋ようかんの様に見えるけども、焼き林檎なんだ。そしてこのさくさくのパイの上に載せて完成。美味しそうだろ?(フランス語意訳)」
見るだけで林檎の甘酸っぱい感じが口の中に広がった。期待に胸を膨らませて阪急うめだ店で買って来た。
さっそく一口。焼き林檎の部分は想像より酸味が強い。林檎の種類か。いやこれが仏蘭西の味だ。粋だ。
「すっぱいだけだよ、これ。」「奥様の舌はアホでございますか。」
無粋なヨメよ。フィリップの話を聞く純真な子どもの顔を見よ、とマックを開こうとしたら、「フェリシモ注文するからそんなん後にして。」
2013-01-22 結婚式
妹の結婚式に出席した。豪華な披露宴で乾杯の音頭をプロ野球の何樫選手が取り、新聞の号外が撒かれた。
宴もたけなわ、そろそろお仕舞いかという時に父が手洗いに立った。珍しく多く呑んでいたようなので、単に飲み過ぎだろうと思った。
直後、「では新郎新婦からご両親へメッセージです」と例のアレの開始を司会者が告げた。しかたない俺の出番だ。「父は感極まり少々席を外しております。私が成り代わりましてお待ち下さいますようお願い申し上げます。」直後に父が戻って来た。
帰宅してから父はトイレの住民となった。よほどの緊張を強いられていたらしい。母によると、その夜、父は寝ることもできずトイレ通いが朝まで続いた由。息子として38年。あんな姿は初めて見た。
娘の結婚には恐ろしい魔力が秘められているのかと思うと、俺の時は・・・ちょっと嫉妬を抱いた。娘はもう1人いる。父専用トイレを建てるのが長男の役割なのかもしれない。
■結婚式2
妹の結婚式に出席した。馬子にも衣装だろう別人がいた。
集合写真を撮る。メーキャップ女史が言う。「お化粧のノリが大変良いです。お肌がとてもお奇麗で。」と。お世辞であろう。なにしろメーキャップ女史は続けて「これで30代とは思えないくらいです。」と眉毛を描きながら事実を述べたからだ。
30年前を思い出すと飲めないお酒が進んだ。
妹は僕の膝に乗り手を取って前回りをすることを好んでいた。グルグルと回り何回もせがんだ。
階段からよく落ちていた。いつもあと数段というところで足を踏み外していた。痛かったと思うけれど泣いていた記憶がない。落ちたのは彼女だから僕が覚えていないのは当たり前かもしれない。
2、3歳の時にお風呂で起きた椿事はここには書き記せない。
カメラを持ち披露宴会場をフラフラする兄に、「兄ちゃん、顔、ど赤いに。」三河弁でツッコミを入れてきた。化粧された新婦でなく膝の上で回る妹の顔だった。
2013-01-21 年賀状
「これはダメ。これも違う、おしい1つ違い。今年は1枚もなかった。」
ヨメさんが1枚1枚丹念に年賀状のお年玉くじの結果を確認した。今年の当選は0枚。
僕には友人があまりいないので年賀状は出すのももらうのも少ないのだが、ヨメさんはそれなりのつながり社会があり、なんやかんや40枚ほどの年賀状が到着していた。
しかし元日からわずか二十日で、年賀状は年始の挨拶状から単にええモンがあたるかもしれない宝くじに変身させられていた。
「元気ですか。」「引越しました。静岡の暖かさが懐かしい。」「子どもがやんちゃばかりで・・・。」などなどの挨拶などはすっとばしひたすら番号だけ確認されて行く年賀状たち。
せちがらさを感じながらも末等の切手シートも当ってないかと思うと「もう一度確認しとくわ」と年賀状の束を手に取ってしまうのだった。
追伸。Zさんへ。あなたが1枚違うハガキで出していたら切手シートが当たってたのに
2013-01-20 団地住まい
団地住まい
団地不動産というホームページが開設されたので僕もそのネタに便乗してみようと思う。
以前住んでいたのは雇用促進住宅団地だった。正確には雇用促進事業団から払い下げを受けた管理組合の団地だった。
玄関すぐにお風呂、トイレと台所。台所に繋がってミニリビングがありその奥に4畳半と6畳の部屋があった。大きめの押し入れもありなかなか良い部屋だった。
初めの頃は会社に追われ家でのことにはかまっていなかった。会社を休みがちになり家にいるようになったある日気がついた。隣の部屋のテレビの音声とそこのお爺さんが咳き込む声が丸聞こえなのだ。
しかし慣れてしまうらしく、テレビや咳が聞こえないと逆に不安になってしまった。なんという安否確認方法だろう。そんな安否確認が徐々に嫌になり10年目、心機一転、別の団地に引越した。
時々あの咳が聞こえる気がする。へばりついた音はなかなか消えず、うっかり懐かしく思うことがある。
参考:団地不動産HP
2013-01-19 お題 受験
今週のお題「受験」
センター試験の自己採点結果で合格の見込みが無いことが分かった。ものすごく暗い気持ちで山口県まで出かけていった。
駅からも大学からも遠い場所に宿があった。4人の相部屋だった。そこに集まったのは暗い奴らばかり。会話は無かった。いつ電気を消すかについて微妙な牽制があった。ここから生きて帰れないなと不安になった。明るいまま寝た。
翌朝。生きていた。食堂で一同揃って朝食を取った。その後何故か全員また部屋に戻った。時間だけが流れていった。誰かが「もうこんな時間だ」と小声で言った。大学へ行くバスの時間だ。一同静かにしかし慌てつつ宿を去ろうとした。が、宿代の支払いが待っていた。そこでも皆おとなしくしていた。
バス停にはけっこうな行列ができていた。バスは遅れているらしい。宿から連なって来た受験生一同は変わらず暗い気分のままバスを待つのだった。
