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2016-09-21 新海誠監督の『ほしのこえ』がアニメ界に与えた影響と衝撃 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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■あらすじ『西暦2039年。火星有人調査隊はタルシス台地のクレーター内に異文明遺跡を発見するが、突然、謎の生命体の攻撃を受けて全滅してしまう。この状況に対し、地球人類は未知の脅威に立ち向かうべく、技術・人的資源の枠を超越した国連宇宙軍を設立。その後、調査隊を襲った異生命体(タルシアン)は太陽系の果てに姿を消したが、人類は亜光速航行が可能な巨大宇宙戦艦リシテア号を建造、さらに太陽系外縁に人工のワープポイントが見つかり、恒星間航行の手段をも手に入れた。そして2047年、ついに国連宇宙軍は1000人以上の調査部隊を結成し、タルシアンの痕跡と行く先を探るため、太陽系外縁へと向けた調査の旅に出発することが決まる。一方、同じ中学校に通う同級生の長峰美加子と寺尾昇。仲の良い二人だったが、ある日、ミカコが国連軍の選抜メンバーに選ばれたことをノボルに告げる。やがてミカコはリシテア号に乗って宇宙へ旅立った。地上と宇宙に離れた二人は携帯メールで連絡を取り合うが、地球からの距離が遠くなるにつれ、電波の往復にかかる時間は開いていく。そしてリシテア艦隊がワープを行い、ついに二人の時間のズレは決定的なものになってしまった…。』



ほしのこえは、現在大ヒットを飛ばしている『君の名は。』の新海誠監督が、最初に注目されるきっかけとなった短編アニメーション映画である。わずか25分のこの小さな作品が、なぜ世間を賑わせるほど話題になったのか?それは、本作が新海誠という一人の男によって作られた、究極の自主制作アニメだったからだ。

新海誠監督が、たった1台のパソコンを使って作り上げた『ほしのこえ』が公開されたのは2002年2月2日、下北沢にある短編映画専門の小さな映画館トリウッド」だった。しかし、小規模な公開ながらもその反響は凄まじく、わずか46席のキャパティしかないこのミニシアターに早朝からとてつもない数の観客が殺到し、近隣の商店街から苦情が出るほどの行列が出来たのである。

初日チケットは瞬く間に完売し、急遽上映回数が増やされたが、そちらのチケットも即時完売という物凄い有様だった。そして3月1日までの1ヶ月間で3484人もの観客を集め、トリウッド開設以来の最多動員記録を叩き出し、さらに2002年4月19日に発売されたDVDは、わずか1週間で1万枚を売り切り、国内で6万5975枚、海外で5万8643枚の計12万枚以上を売り上げるという前代未聞の快挙を成し遂げたのである。

この作品については、「感動して涙が止まりませんでした!」とか、「『最終兵器彼女』や『トップをねらえ!』のパクリじゃねえか!」とか、賛否両論の評価があるようだが、個人的には「たった一人で映画を作った」という点に最も感銘を受けた。確かに自主制作映画の世界では、一人で実写映画を作る人は珍しくない。だが、『ほしのこえ』はアニメーションで、しかも作品としての完成度がケタ外れに高かったのである。

実写と見紛うばかりに丹念に描き込まれたリアルな背景美術自由自在に画面を動きまくる3DCGのメカ。そして、遠く離れ離れになってしまった恋人同士が織り成す、哀しく切ないラブ・ストーリー商業作品に匹敵するようなとてつもないクオリティが、観る者の心をガッチリ捕らえて離さない。初めてこの映画を観た時、こんな凄い作品を一人で作り上げたという事実に驚愕して腰が抜けそうになった。新海誠、恐るべし!と。

なんせ、「アニメ」は実写に比べると格段に制作のハードルが高い。カメラを向ければそれだけで映像が撮れてしまう実写に対し、アニメの場合はまず絵を描かなければ何も始まらないからだ。しかも、たった1秒の映像を作るために(フルアニメなら)24枚もの絵を描かねばならない。大変な手間と根気が必要な作業である。

こうした理由から、昔は「素人がアニメを作るのは難しい」と思われていた。ところが、1981年にこの常識を覆すような大事件が起きる。それが「第20回 日本SF大会大阪大会」で上映されたDAICON轡ープニングアニメ」だ。岡田斗司夫庵野秀明赤井孝美山賀博之ら、後に『エヴァンゲリオン』等で注目を集める「ガイナックス」の主要メンバーが、まだ大学生時代に作った自主制作アニメである。

80年代当時、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』等のヒットによって大きなブームが起こり、急速にアニメファンが増えつつあった。しかし、その頃はまだ「自分たちでアニメを作る」という発想はなく、あくまでも「アニメを楽しむだけ」の人々が大多数だった。

そんな中に現れた「DAICON FILMダイコンフィルム)」のメンバーたちは、ろくにアニメの作り方も知らないのに、「自分たちの手でアニメを作ってやるぜ!」という情熱のみで制作をスタート。活動拠点となった岡田斗司夫の自宅には庵野秀明、赤井孝美、山賀博之が泊まり込み、毎日ひたすら絵を描き上げていった。

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そして、関西周辺の大学から集められた20名ほどの学生スタッフたちが、庵野の描いた絵をハンドトレスセルに転写していく。そのセルに色を塗るスタッフも泊まり込みで作業を続け、岡田斗司夫の家では連日連夜、常に誰かが働いていたという。

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これだけでも大変だが、この上アニメ作りは金がかかる。スタッフの人件費ボランティアだからいいとして、素人集団であるが故に失敗も多い。セルの描き損じや色の塗り間違えなどは日常的に発生し、材料費に無駄が出まくったそうだ。

また、撮影が失敗すればフィルム代や現像費も倍かかる。さらに撮影用のライトを点けっぱなしにした結果、なんと岡田家の電気代が1ヶ月で20万円を超えてしまい、両親からこっぴどく怒られた挙句、弁償させられるはめになったらしい。

そんな苦労だらけのアニメ制作が4ヶ月も続き、ようやく5分間のショート・フィルムが完成。たった5分のアニメだが、『DAICON掘戮アニメファンに与えた衝撃は凄まじかった。その衝撃とは、「自分たちのような素人でもアニメを作ることができるんだ」という事実を証明してみせたことである。そして実際に『DAICON掘戮鮓て影響を受けた高校生や大学生たちが、次々とアニメを作り始めたのだ。

アオイホノオ(11) (ゲッサン少年サンデーコミックス)
小学館 (2014-05-01)

庵野秀明らが『DAICON掘戮鮑遒辰討い觝△陵融劼呂海漫画で詳しく描かれています

余談だが、実は僕自身学生時代に友人たちと一緒に自主制作アニメを作ろうとしていたことがある(ペーパーアニメだけど)。教科書の端っこにパラパラアニメを落書きする程度の経験はあったので「楽勝だろう」と思っていたのだが、2ヶ月かかって1分ちょっとのフィルムしか出来ずに挫折した。

当初は白黒で描いていたのに、途中で誰かが「やっぱカラーの方がかっこいい」などと言い出したため、色鉛筆や絵の具で色を塗り始めたことも、作業を遅延させた要因だろう。おまけに、セルじゃなくて紙に描いていたから、「背景も一緒に描かなきゃいけない」と思い込み、全編背景動画になってしまった点も難易度を押し上げた要因に違いない(最初からセルでやれば良かったのにって?金が無かったんだよ!)。

まあ、他の自主制作アニメはもう少し効率的にやっていたのかもしれないが、いずれにしても「素人がアニメを作るのはほぼ不可能だ」という当時の認識や既成概念を、『DAICON掘戮楼豕い砲屬漸してしまったのである。

そして『DAICON掘戮両弖發ら約20年、再びアニメ界に激震が走った。そう、それが新海誠監督の『ほしのこえ』だ。そのクオリティもさることながら、真に驚くべきは、この映画を作るために使用されたコンピュータが全然特殊なものではなく、一般市販されているごく普通のパソコンだったという点である。

その内訳を見てみると、ハードウェアPowerMac G4 400MHz/メモリ1GB、ハードディスクは300GB、ソフトウェアは、2D作画にPhotoshop5.0、3DCG作成にLightWave3D6.5、エフェクトの作画にCommotion DV3.1、合成・編集作業にAfterEffects4.0など、特に珍しいツールが使用されたわけではない。

スペック的には決して最新とは言えない機器で、しかも普通のスキャナダブレットのみで制作しているのが逆に凄い(データ保存も外付けハードディスクを増設しただけ)。おまけに、ソフトバージョンアップすらしないで、旧バージョンのまま使用しているという有様だ。

新海監督曰く、「個人制作ならばこの程度の制作環境(スペック)で必要十分。いくらフルデジタルといっても、映画は構想が全てですから。ハードに関しては、現在店で売っているものなら、何でも映像の制作環境として使えると思いますよ」とのこと。ではいったい、新海誠が提示した“新たなる可能性”とは、一体何だったのか?

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『ほしのこえ』が発表された直後、新海誠は一部のアニメマニアから「一人ガイナックス」と称されていたという。それは、約20年前に庵野秀明や山賀博之など当時はアマチュアだった人々が『DAICON掘戮砲いてもたらした衝撃を、彼がたった一人で再現してみせたからである。

かつて、ガイナックスの前身であるダイコンフィルムとそのスタッフたちが実際にアニメーションを作ってしまったことによる衝撃とは、「自分たちと同じ素人でもアニメが作れるんだ!」という事実を同世代の人間に突きつけたことだった。

そして新海誠はその事実を踏まえた上で、今までは“集団作業”で、手間隙とそれなりの費用をかけなければ作れなかったアニメが、「個人でも制作可能な時代が到来した!」という新たな事実を、実際に自らやってのける事で立証してみせたのである。

だが「作ることが出来る」と「実際に作ってしまった」の差はとてつもなく大きい。一つの作品をたった一人でコツコツと作り続け、途中で挫折することなく完成まで持っていく、その労力たるやハンパではないだろう。いくらデジタル環境が整ったといっても、制作に伴う苦労が完全に無くなるわけではないのだから。

それはもはや、才能以上に凄まじいばかりの”情熱”がなければ決して成し得ない一大事業ではないだろうか?そういう意味でも、新海誠がいかに稀有なクリエイターであるか、そして『ほしのこえ』がいかにエポックな作品であるかが分かると思う。

事実、新海誠の出現と前後して何人もの個人クリエイターがデビュー果たしているのだ。彼の映画を観て「自分も作りたい!」と影響を受けた人が出てきている証拠であり、アニメ界に多大な影響を及ぼしていることは間違いない。『ほしのこえ』はまさに、自主制作アニメの世界に”革命”を起こしたと言っても過言ではない、奇跡のような作品なのである。

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さて、この作品を語る際にはどうしても「アマチュアが作ったアニメにしては出来がいい」という文脈で評価されがちだが、では「内容の方はどうなのか?」と言えば、「制服姿の女子中学生が巨大ロボに乗って宇宙人と戦う」という、清々しいほどのオタク趣味全開な内容に(違う意味で)驚嘆せざるを得ない。

これは紛れも無く、『DAICON掘戮ら連綿と続く自主制作アニメの系譜であり、「自分の妄想を本能の赴くままに映像化した由緒正しいオタク作品」と言えるだろう。一応、ストーリーのようなものは存在するが、やってることは「ランドセルを背負った女子小学生が巨大怪獣やパワードスーツと戦う『DAICON掘戞廚箸覆鵑虔僂錣蕕覆ぁ

だが、アマチュア作品とは本来そういうものなんじゃないだろうか?プロのアニメ制作現場を一度も経験したことがない新海監督は、「自分が好きなもの」や「自分が観たい映像」を、従来の常識にとらわれることなく忠実に具現化しようとしたのである。そのため、個人の嗜好が強く出過ぎて、人によっては「受け入れられない」と思う人がいるかもしれない。

また、あまりにも映像の完成度が高すぎるが故に、本来アマチュアの作品なのに「素人くさい」とか、プロの作品のように批判されてしまう弊害も起こっているようだ。『機動戦士ガンダム』のキャラデザで有名な安彦良和監督も『ほしのこえ』を観て、「背景やメカのクオリティは素晴らしいが、キャラクターの作画が素人感丸出しで驚いた」とコメントしている(そりゃ素人ですからw)。

このような、「一つの画面の中で技量ギャップが著しく目立つ」とか「内容がマニアックに偏りすぎる」などの現象はまさにアマチュア作品特有のものであり、『ほしのこえ』の大きな特徴だろう。まあ確かに、この作品には不足しているものが多いし、作画の精度にもバラつきがある。一本の映画としてはいささか歪な構成だ。

しかし、だからこそ本作には作り手側の主張が最も強く反映され、後の新海作品と比べても極めて私的プライベート)な要素がダイレクト投影されているのだ。自主制作アニメというより、むしろ新海誠のプライベートフィルムとしての価値がこの作品には間違いなくあると思う。粗削りで拙いながらも、一つの小さな物語に込められた若き映像作家の瑞々しい感性とほとばしるパッション。それこそがまさに『ほしのこえ』の本質であり、最大の魅力なのだ。



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2016-09-17 岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』ネタバレ感想/作画解説 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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どうも、管理人のタイプ・あ〜るです。

本日、池袋の新文芸坐にてオールナイト上映イベント「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol.86 アニメはいいぞ」が開催されます。上映作品は『同級生』、『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』、『花とアリス殺人事件』、『ガールズ&パンツァー 劇場版』の4本立てとなっており、なかなか個性的なラインナップで楽しそうですねえ(^_^)

というわけで、本日はこの中の1作『花とアリス殺人事件』を取り上げてみたいと思います。本作は、岩井俊二監督が2004年に撮った実写映画『花とアリス』の前日譚となる内容で、前作で高校生だった荒井花(花)と有栖川徹子(アリス)の「中学生時代」を描いたドラマなのです。

では、なぜ前日譚が実写ではなくアニメーションになったのか?と言うと、岩井俊二監督は当初、「二人の小学生時代(出会った頃)」を描こうとしていたんですね。でも当時、花役の鈴木杏が28歳、アリス役の蒼井優が30歳だったため、「さすがに小学生の役は無理があるだろう」と考え、アニメーションとして作ることになりました。

ところが、アニメのスタッフから、「小学生だと生徒の服装が全部バラバラになって大変なので、出来れば設定を変えて欲しい」と言われた監督は、「じゃあ中学生にしようか」とあっさり変更。しかしその後、「あれ?もしかして中学生なら実写でもいけたんじゃないの?」とアニメで良かったのかどうか、ちょっと悩んだそうです。いやいや、中学生でも実写は厳しいでしょ(笑)キャストを変えるなら別だけど(^_^;)

なお、キャストを変更しなかったおかげで、アリス役の蒼井優と花役の鈴木杏がそのまま続投することになり、その他、アリスの母親役に相田翔子父親役に平泉成、花の母親役にキムラ緑子バレエ教室先生木村多江など、前作のキャラが同じ役者で(声優として)再登場している点も嬉しいところ。

まあ、そんな感じで岩井俊二監督が初めて長編アニメを手掛けることになったわけですが、実はもっと以前から監督の中では「アニメーションを作ってみたい」という思いがあったそうです。それはラルフ・バクシ監督のアメリカン・ポップ』という映画を観たのがきっかけだったとか。

『アメリカン・ポップ』は1981年に公開された長編アニメーションで、「ロトスコープ」という特殊な技法が使われていました。ロトスコープとは、人物の動きを実写で撮影し、それを手描きでトレースしてアニメを作る手法のことで、岩井監督はこの映画を観て衝撃を受け、「自分もやってみたい!」と思ったそうです。

こうして『花とアリス殺人事件』はロトスコープで作られることになったのですが、ロトスコープでアニメを作るには、まず実写映像を撮らなければなりません。そこで岩井監督は最初に絵コンテを描き、それに従って実写映像を撮影。撮った映像編集して音声もダビングし、一つの映画として仕上げました。

つまり、アニメを作る前に「ガイド用」としての実写映画を、1本丸ごと完成させたんですね。凄い手間がかかってる!しかも、実写映像に出演した役者はあくまでも「ガイド用」の役者で、鈴木杏や蒼井優ではないのですよ(別の役者が演じたアリスの動きに、鈴木杏や蒼井優が声を当てている)。

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さらに、本作の特徴はそれだけではありません。なんとこの映画、3DCGでもキャラクターが作られていたのです。全てをロトスコープで描いたカットがある一方、逆に3DCGだけで作られたカットもあり、一つの映画の中でロトスコープと3DCGが混在しているのですよ。

いや〜、これにはビックリしました!ロトスコープだけで作られたアニメは今までにもたくさんあったし、フル3DCGアニメも珍しくないでしょう。でも、本作のように両方の手法で作られたアニメ(しかも2種類のキャラが同一画面上で共存しているパターン)は、ちょっと前例が無いと思います。

完成した映像を見ると、手描きのラフなロトスコープとアニメ調の3DCGが複雑に入り乱れ、どこがロトでどこがCGなのか、一見しただけでは区別がつきません。二つの異なる技術が一つの映画の中で、ここまで見事に融合していることにとても驚きました。

もちろん、じっくり見れば質感の違いから「これはロトかな?CGかな?」と気付く場面もあるのですが、アニメーションの表現技法において、こうしたユニークな映像スタイル提示して見せたこと自体画期的であり、非常に素晴らしいと思います(主人公はCGで他は手描き↓)。

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また、制作方法も大変ユニークで、ロトスコープを手描きしたスタッフはプロアニメーターではなく、何とツイッター募集した100人ほどの一般人だそうです。ええええ!?と言っても全くの素人じゃなくて、一応イラストを描いているとか、絵の得意な人を集めたようですが…う〜ん、それでも難しいんじゃないの?

岩井監督曰く、「普通のアニメは”無いもの”を描かなくちゃいけないけど、ロトスコープは”すでにある映像”をなぞればいいので、速く簡単に描けると思ったんです。実際、作業スピードは全然速いんですが、服を修正したりとか、何かに人物が隠れている部分も描かなくてはいけないとか、余分な作業が発生した途端に難易度が上がってしまうんですよ」とのこと。

やっぱり、アニメの制作時には様々な困難があったようですねえ。例えば、「実写映像をトレースする」と言っても、役者の顔をそのまま描き写すわけではないとのこと。本作にはキャラクターデザイナー森川聡子)がいて、通常のアニメのように設定画が存在します。

しかし、実写映像の役者はキャラクターデザインとは異なる顔なので、トレースする際にアニメ用の顔に描き直さなければならないのですよ。これには岩井監督も「失敗しましたね。あまり(デザイン画と)似てないんですよ(苦笑)。本当はその役柄に合った子をキャスティングすれば良かったんですが…。そこはもっとこだわるべきだった」と反省しているようです。

その他、実写の映像をそのままなぞるとキャラクターの目が小さくなり過ぎるため、撮影現場で役者の目にわざわざ「アニメっぽい目」を貼り付け、その目をガイドにして絵を描くなど、苦労の連続だったらしい(ちなみに、頭からぶら下がっているヒモみたいなものは「髪の毛」のガイド↓)。

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また、3DCGのスタッフも苦労が多かったようで、当初は「CGでやるならディテールを増やした方がいいだろう」と考え、キャラの質感や影の付け方もリアルに作り込んでいたものの、ロトスコープの絵柄と違いすぎるため、どんどんディテールを減らしていき、最終的にはロトの質感に寄せる形になったとのこと。

しかも、CGアニメーターが付けたカッコいい動きに対して、岩井監督は「実写映像の動きをそっくりそのまま再現して欲しい」とリテイクを繰り返しました。そのため、スタッフから苦情が続出!3DCG側の担当者と何度も議論するはめになったそうです。

岩井監督曰く、「CGアニメーターのやりたいことも分かるんですが、上がってきたフッテージがおかしく見えたり破綻しているなら、実写をなぞった方がいいんです。なぞれば必ず綺麗に動くから。実写を凌駕するものなら、CGアニメーターのやり方にもOKを出せるんだけど、実際にはそれは難しかった。ただ、実写をなぞるだけの仕事で、自分たちのクリエイションはどうなんだ?という不満を言われたりしました」とのこと。

その他、ロトとCGの使い分けに関しても様々な試行錯誤があったらしく、当初3DCGで作る予定だったシーンが、ロトスコープに変わるというパターンも多かったとか。例えば、アリスがお父さんと別れてスローモーションで走るシーンはCGの予定だったのですが、両方の映像をテスト的に作って比較検証した結果、「手描きの方が綺麗に見える」と分かり、ロトスコープになったそうです。

このような実験や議論を日々繰り返した結果、ようやく『花とアリス殺人事件』は完成しました。それにしても、岩井俊二監督はどうしてこんなに手間のかかる方法を採用したのでしょうか?普通に考えたら、わざわざ実写映画を丸ごと1本撮って、それをガイドにアニメを作るなんて、非常に面倒くさいはずなのに。

もちろん「実写の動きをアニメで再現するにはロトスコープが一番だ」と考えたことは間違いないでしょう。ただ、根本的な理由としては「キャラクターの動きに変化を加えたかったから」なのではないか?と思いました。これは、他のアニメ監督と比べてみると分かりやすいかもしれません。

例えば、現在大ヒット中の『君の名は。』を作った新海誠監督の場合、初期の『ほしのこえ』の頃は自分で作画も担当していましたが、それ以降の作品は他のアニメーターに任せています。最新作の『君の名は。』においては、作画監督安藤雅司という超一流アニメーターを配置し、原画マン黄瀬和哉沖浦啓之松本憲生橋本敬史など凄い人ばかりを集結させました。

これはつまり、「クオリティの高いアニメを作るには上手いアニメーターを揃えることが大事」「彼らのスキルを存分に発揮すれば、映像的な完成度は確実にアップするはずだ」との考えに基づいているからでしょう。もちろんスタッフに丸投げしているのではなく、「こんな感じにキャラクターを動かして欲しい」という監督の意図は伝えてあるし、綿密に打ち合わせもしているはずです。

しかしながら、スキルの高いアニメーターに任せるということは、監督の意図を正しく汲み取って演技プランを立てるのがアニメーターの仕事であり、実際に絵を描く彼らの技量によってキャラの動きが決まってしまう、ということでもあるのです。新海監督はそこに「きっと凄い動きを生み出してくれるに違いない!」と期待していたのでしょう。

それに対して岩井監督は、「自分が意図しない偶発的な要素を、可能な限り画面に反映させたい」と考えているのです。具体例を挙げると、『花とアリス殺人事件』のワンシーンに「アリスがゴミ袋を捨てる」という場面が出て来るんですが、ここでアリスは普通に捨てるのではなく、「背中の方から回して投げる」という妙な捨て方をしてるんですよ。

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これは脚本にも絵コンテにも描かれてなくて、演出的な意図もありません。単に監督が撮影現場で「なんか面白い動きをやらせたいな〜」と思い付き、色んなパターンを撮影した結果、こういうシーンになっただけなのです。他にも、「役者が勝手に変な芝居をする」等のアドリブ的な動作積極的に取り入れ、アニメに反映させるのが好きなんだとか。

こういう動きは、アニメーターには描けません。いや、もちろん「ゴミ袋を背中から回して投げてくれ」と具体的に指示すれば描いてくれるでしょうけど、「どういう動きが面白いか?」に関しては監督がその都度見て判断するしかないし、ましてやアニメのキャラがアドリブをやるなんて有り得ないからです。

優秀なアニメーターであれば、監督が意図していること以上の動きを描いてきたり、あるいは絵コンテに描いてないような面白い動きを自分の判断で勝手に描いてしまうかもしれません。しかしそれは、あくまでもアニメーターが「面白い動きを入れよう」と”計算”して描いたものであって、キャラが偶然そんな動きをしてしまった、という意味ではないのです。

そういう”偶然性”をアニメに取り入れようと思ったら、「やはりロトスコープを選択するのが最適だ」と岩井監督は判断したのでしょう。アニメーションの監督がキャラに芝居させようとして、どんなに綿密にアニメーターと打ち合わせをしても、最終的にその動きはアニメーターの技量やセンスに左右されてしまう。

でも、実写映画の監督である岩井さんは、本物の役者に演技させることで徹底的に自分の望む芝居を演出し、それをアニメーションに転化しました。これは、実写の映画監督がアニメを作ったからこういう発想になったのか、それとも岩井監督独自のものなのかは分かりませんが、いずれにしても一般的なアニメの感覚とは異なる、実にユニークで効果的な方法と言えるでしょう。

というわけで『花とアリス殺人事件』は、アニメーションでありながらも、本来アニメが持ち合わせていないはずの”偶然性”が画面から滲み出てくるような、非常に実写的で不思議な感覚に満ち溢れた作品になっています。

まあ、ミステリー映画っぽいタイトルとは裏腹に、殺人事件どころか大した事件も全く起こらない普通のストーリーには意表を突かれたんですが(笑)、だからこそ二人の少女日常描写が一層際立ち、この映画における独特の世界観を美しく、そして力強く描くことが出来たのでしょう。

ちなみに、新海誠監督も『花とアリス殺人事件』の大ファンで、何度もこの映画を観て研究したそうです。特にお気に入りが「ラーメン屋」のシーンだとか。映画の終盤で花とアリスがラーメン屋に入る場面があるんですけど、店にいる他の客たちがどうしても気になってしまうらしい。

簡単に状況を説明すると、主人公の二人がラーメンを注文するものの、終電時間が迫っていることに気付きキャンセル。すると、派手なスカジャンを着た女性客が「良かったら、うちらが先に注文した分を回してあげようか?」などと言い出すのです。どうやらこの人がリーダー的な存在らしいのですが、いったいどういう集団なのか?

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実はこのシーン、岩井監督が間違えて「男性客の中に一人だけ女性を入れてしまった」とのこと。そうなると”彼らの関係性”を説明しなければならず、それを誤魔化すために派手な衣装を着せたそうですが、「逆に目立つ結果になってしまって…」と失敗を認めていました。それを知らない新海監督は「ただのモブシーンなのに、どうしてこんなにキャラが立ってるんだろう?」と不思議で仕方がなかったそうです(笑)。

そして、あまりにも「ラーメン屋」の印象が強かったため、とうとう自分の最新作に取り入れることを決意。なんと、『君の名は。』の主人公たちがラーメン屋に入ってラーメンを注文する場面は、このシーンのオマージュだそうです。全然気付かなかったなあ(^_^;)


花とアリス [Blu-ray]
ポニーキャニオン (2012-09-05)

2016-09-11 映画監督の押井守が『シン・ゴジラ』と庵野秀明を痛烈に批判!? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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どうも、管理人のタイプ・あ〜るです。

いや〜、相変わらず『シン・ゴジラ』の勢いは凄いですねえ。ふと気づけば新海誠監督の『君の名は。』がもっと凄い勢いで迫って来てますけど(笑)、累計興収60億円を突破し、公開後1ヶ月以上が経過しているのに、いまだに劇場が満席に近く、全国で「発声可能上映」を実施するなど、ファンの関心が一向に衰える気配を見せてないのが凄すぎる。

そんな『シン・ゴジラ』ですが、現在、書店で発売中のテレビ情報誌TVブロス」(9月10日号)にて、『攻殻機動隊』等でお馴染みの映画監督押井守さんが、大ヒット公開中の本作を観て感想を語ったとのことで、そのロング・インタビュー掲載されていました。

しかも、知人でもある庵野秀明監督について、「庵野はこういう人間だ!」「あいつは○○○の○○なんだよ!」と独自の視点で鋭く分析評価するなど、非常に面白い発言が載っていたので、思わず購入してしまいましたよ(笑)。

果たして、押井守監督は『シン・ゴジラ』をどのように評価しているのでしょうか?そして庵野秀明総監督のことをどう思っているのでしょうか?以下、ざっくり記事の内容をご紹介します。


●押井守、『シン・ゴジラ』を語る

さて、押井守監督といえば、自他共に認める映画オタクで、日頃から映画に関する蘊蓄を語りまくっていることでも有名です。そんな押井監督が『シン・ゴジラ』について語るとなれば、さぞかし厳しい意見を述べているのだろう……と思いきや、意外と高評価でビックリ!

珍しくちゃんと出来た映画だった、という点では褒めてるよ。最近の日本映画の中では、まるで奇跡のようにちゃんと出来た映画だとは思ったから。 (「TVブロス」のインタビューより)


こんな感じで、「とにかく脚本が良く書けている」とベタ褒め!「あれだけ大勢の登場人物がいるのに、無駄なキャラは一人もいない。これは本当に素晴らしいことだ」などと大絶賛しています。

キャスティングについても、「今、日本映画に出ているおっさん役者のメインどころはほとんど出てるんじゃない?僕に言わせれば、本当に豪華な顔合わせ。こんなことが出来ている日本映画なんて他にはないよ」と褒める褒める(笑)。

さらに良かった点として、「ゴジラの方に全く感情移入してないところ」を上げていました。なぜなら「怪獣側に感情移入するドラマを作ったことが、日本の怪獣映画をダメにした最大の理由なんだから!」と過去の怪獣映画を全否定(笑)。

それに対して『シン・ゴジラ』は、「初めて日本にゴジラが現れ、それに国家がどう対応するのか?」という物語になっています。なので押井監督は、「庵野が作った『シン・ゴジラ』は初代『ゴジラ』(1954年)の正当なリメイク。だからいいんだよ」と全肯定していました。

他にも、「びっくりするぐらい真っ当に作られている映画だ。僕に言わせれば、『ゴジラ』をリメイクするなら、もうこれしかないだろうと言うぐらいだよ」など、称賛コメントが止まりません。う〜ん、これはちょっと意外でしたねえ。まさか押井守監督がこんなに他人の映画を、それも「同業者であり知り合いでもある庵野秀明」の作品をここまで褒めちぎるとは…。

だがしかし

それは押井守の罠でした(笑)。最初から貶すのではなく、一旦持ち上げておいて、その後に高いところから一気に落とすという、相手により大きなダメージを与えるための巧妙な罠(笑)。というわけで、ここから批判がスタート!

押井監督に言わせると、「『シン・ゴジラ』は仕上げが全然ダメ」なんだそうです。特に酷いのが”音響”で、「一番の見せ場で流れる音楽が全部、伊福部昭なのは有り得ない。その音源はモノラルしかないから、途端に音域が狭まって、スクリーンの前からしか音が聴こえて来なくなる」と鋭く指摘。

また、今回の『シン・ゴジラ』で庵野さんは総監督・脚本・編集以外にも、音響設計・コンセプトデザイン・画像設計・画コンテ・タイトルロゴデザイン・プリヴィズ企画・撮影・録音・予告編演出・宣伝監修・ポスター/チラシデザインなど、もの凄く多岐にわたって活躍しています。

しかし、そんな庵野さんの活躍ぶりに対して、押井守は「監督というものは監督としてだけクレジットされるのが理想で、他はその道のプロにまかせればいいんだよ」「色んなところに監督の名前がクレジットされるのは、映画としては大変よろしくない」と痛烈に批判!

さらに、実写だけでなく”アニメ監督”としての庵野さんにまで苦言を呈するなど、押井さんの容赦ないダメ出しは止まりません。「『エヴァ』をやってる時だって、日本の特Aクラスのアニメーターが素晴らしい原画を描いてるのに、その画を庵野が自分修正しちゃうんだよ」と『エヴァンゲリオン制作時の裏事情まで暴露する有様(笑)。

宮さん(宮崎駿)が紙を乗っけると(修正すると)確実にクオリティがアップするけど、庵野は反対。どんどん下がっていく。だって、アニメーターのレベル、どちらが高いかって、特Aに決まってるんだから。


というわけで、前半は褒めて後半は酷評だらけの「押井守『シン・ゴジラ』レビュー」だったわけですが、最終的に押井さんは庵野さんのことを「コピー天才」と評しています。「『シン・ゴジラ』は、レイアウトからテーマに至るまで全てが何らかのコピー。初代『ゴジラ』と同じレイアウトが山ほど出て来るし、岡本喜八の『日本のいちばん長い日』とか、数え出したらきりがない」「彼はコピーの天才なんだよ」とのこと。

一応、言っておくけど、否定的意味じゃなくて、客観的にそうだと言ってるだけだからね。その反射する能力天下一品である、ということ。コピーの天才であるだけで、本当にたいしたもんだと思うよ。


結局、庵野さんのことを褒めているのか貶しているのか良く分かりませんけど(笑)、少なくとも押井監督の目から見て『シン・ゴジラ』は「非常にいい映画」だったようですね(^_^)


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FURUFURU 2016/09/16 21:21 今回、ポリティカル特撮フィクションを庵野監督はモノにして、確実に押井監督のテリトリーを奪ったと思うので、個人的にはザマあと思っています(^_^;)

よっしーよっしー 2016/09/17 14:52 >その画を庵野が自分で修正しちゃうんだよ

押井監督はどうしてこんなことを知ってるんですかね?

type-rtype-r 2016/09/18 01:48 >FURUさん

庵野監督がどこまで意識しているのか分かりませんが、本作の政治的な描写や自衛隊の描き方などは押井守作品と近い雰囲気があるので、押井監督自身もそれを認めた上で「良く出来ている」と評価したのでしょう(^_^)

type-rtype-r 2016/09/18 01:53 >よっしーさん

たぶん、『エヴァQ』に作画スタッフとして参加した西尾鉄也さんや沖浦啓之さんあたりから聞いたんじゃないでしょうか(^_^)