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2017-03-09 日曜洋画劇場が無くなると映画業界はどうなってしまうのか? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:type-r:20170308235852j:image

どうも、管理人のタイプ・あ〜るです。

昨日、春の番組改編に伴い日曜洋画劇場が終了する」というニュースが流れました。これを見た多くの映画ファンからは「また一つ映画番組がなくなってしまうのか…」「残念です」等、老舗の映画番組の終了を惜しむ声が上がっているようです。


テレ朝、大型ニュース番組開始で「日曜洋画劇場」は完全消滅


近年は『バイオハザードシリーズばっかり放送しているイメージのあった日曜洋画劇場ですが、過去には『ダイ・ハード』『ダーティハリー』『プレデター』『コマンドー』『ターミネーター』『インディ・ジョーンズ 魔宮伝説』などのヒット作を繰り返し放送していたので、これらの作品を「日曜洋画劇場で初めて観た」という人も多いでしょう。

ちなみに僕は、『燃えよドラゴン』『カプリコン・1』『俺たちに明日はない』『がんばれベアーズ』『ワイルドバンチ』『エアポート'75』『スペースバンパイア』『特攻野郎Aチーム』『ゼイリブ』『007ゴールドフィンガー』『ヒドゥン』『猿の惑星』などを日曜洋画劇場で初めて観ました(リアルタイムでは観られず、ビデオもなかった時代なので)。

余談ですけど、テレビで映画を放送する時って、昔は映画解説者が登場して「映画の見どころ」や「面白ポイント」をわかりやすく説明してくれてたんですよね。淀川長治さん、荻昌弘さん、水野晴郎さん、高島忠夫さん、木村奈保子さんなど、それぞれが独特の口調で語る映画解説は、非常に味わい深いものがありました(^_^)

さて、1966年のスタート以来、50年以上も続いてきた日曜洋画劇場がついに終焉を迎えるわけですが、ここで僕が危惧しているのは、「慣れ親しんだ長寿番組が終わってしまうことの寂しさ」も当然あるんですけど、それ以上に、「映画業界が受けるダメージ」の方が問題なんじゃないか?という点なのですよ。

1980年代レンタルビデオが登場して以降、それまでは映画館で観るか、あるいは日曜洋画劇場のようなテレビ番組で観るしか方法がなかった不自由な時代は終わり、「好きな映画を借りて来て自由に鑑賞する」という新たなライフスタイルが定着しました。

さらに近年は、NetflixHuluAmazonプライムビデオ、dTVなどの”動画配信サービス”が次々と誕生し、「定額で映画が観放題」という、映画好きにとっては非常に便利な環境が当たり前になりつつあります(レンタル屋もゲオチャンネルやTSUTAYA DISCASなどで参入)。

こういう状況に対して、「もうテレビで映画を放送する必要性がないんだよ」「今はネット簡単に映画の情報が手に入るし、レンタルや動画配信サービスでいくらでも映画を観ることが出来る」「だから映画番組が消えても全く問題ないし、何の影響もない」みたいな意見を見かけたんですけど、果たしてそうでしょうか?

確かに今は「映画を観るのに便利な環境」が整っていて、”映画ファン”にとっては問題ないかもしれません。しかし、ネットにアクセスして自分から映画の情報を得ようとする人は、元々”映画に興味を持っている人”であり、映画に興味が無い人はそんなことしませんよね?。

NetflixやHuluも同様で、「たくさん映画を観たい人」=「映画好き」だけが契約しているのであって、映画に興味が無い人や、ましてや小さい子供が契約することはないわけです。つまり今の環境はあくまでも「大人の映画ファンにとって便利な環境」でしかないんですよ。

それに対して、テレビで放送される映画はどうなのかっていうと、「たまたまテレビを付けたらやっていた」という経験は誰でもあると思いますが、映画に興味がある人も無い人も年齢も性別も関係なく、不特定多数の人にとって有効コンテンツなんです(しかもタダで)。

振り返ってみると、1970年代90年代頃はテレビ朝日系列の「日曜洋画劇場」、TBS系列の「月曜ロードショー」、日本テレビ系列の「水曜ロードショー(現在は金曜ロードSHOW!)」、フジテレビ系列の「ゴールデン洋画劇場(現在は土曜プレミアム)」、テレビ東京の「木曜洋画劇場」など、各テレビ局によって毎日のように世界の名作がお茶の間へ届けられていました。

当時の子供たちはそういう番組を通じて、アクションやSFホラーサスペンス西部劇や感動的な人間ドラマなど、様々な映画に接することが出来たのです。ここで重要なのは、「自分が知らない映画も勝手に放送してくれる」という点なんですよ。

例えば、もし将来的にテレビの映画番組が全て無くなったとしても、興味がない人は特に困らないし、映画を観たくなったら近所のレンタル屋へ行けばいつでも観ることが出来ます。しかし、そのためには自分で映画を選ばなくてはならないわけで、「偶然知らない映画を観る可能性」はほぼ無くなってしまうんですよ(お金もかかるし)。

確かに今はSNSも発達しているし、情報を得ることに関しては昔よりも圧倒的に容易でしょう。でも、「たまたまテレビでやってる映画を観たら意外と面白かった」という”予期せぬ出会い”みたいなものは確実に減ると思うんです。それは結構、重要なんじゃないかなあ。

あと、「テレビで映画を放送しなくなっても、映画を観る人の総数は変わらないだろう」って人がいるんだけど、いや〜、そうかな〜?子供の頃からテレビで映画を観る経験をしている人は、大人になっても映画を観るわけで、それは”習慣”になってるからなんですよね。

一方、子供の頃に映画を観る経験をしていない人は(全く観ないわけじゃないだろうけど)大人になってからも映画を観る頻度が急に増えたりしません。なぜなら、映画以外の面白い娯楽がいっぱいあるから。つまり、映画を観る必要性を感じてないわけで、そういう人がどんどん増えると、将来的には映画人口が減少していくんじゃないかと(少なくとも増加する要因は見当たらない)。もしそうなったら、映画業界的には厳しい状況になっていくんじゃないかなあ。

というわけで、日曜洋画劇場が終わってしまうのは時代の流れとして仕方がないことなのかもしれませんが、テレビで全く映画を放送しなくなると、もともと映画を観ない人はますます観なくなると思うんですよね。だって映画を観なくても全然困らないんだから(笑)。「金曜ロードSHOW!」と「午後のロードショー」、頑張って〜!

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※追記

今回の記事に対していくつかご意見を頂戴したので、追記にてご返答させていただきます(許可をいただいたのでTwitter掲載しました)。


要は「テレビで映画を放送していた時代は作品を観るのは簡単だけど、好きな作品の情報を得るのに苦労した。しかし今は、テレビで映画に触れるきっかけが減った反面、情報を得ようと思えばいくらでも手に入る」ということですね。「だからTVで映画を放送しなくなっても変化はない」と。

これ、ほぼ同意見なんですが、「入口を過ぎればハードルが低い」って部分に関しては「そもそも最初の機会が減ること自体が問題じゃないの?」というのが僕の見解なんですよ。まずはそこ(最初のきっかけ)を突破しなければ話にならないだろうと。

テレビで毎日のように映画を放送していた時代は、少なくとも映画に接する機会だけは豊富にありました。その時点ではまだ映画ファンではないかもしれないけれど、最初に種さえまいておけば、多少環境が厳しくても植物は生えてきます(将来の映画ファンが育っていく)。でも、いくら環境が良くなっても、種をまかなきゃ何も生えませんからね。つまり、家庭の中で日常的に映画に接する機会があるかどうかがポイントなんです。

その”最初のきっかけ”として、「今はSNSが発達してるんだから、口コミでも友達経由で映画に接する機会はたくさんあるはずだ」とのことですが、むしろ”情報が多すぎるんじゃないの?”と思うんですよ。「現在は受動的に映画を受け取る機会は減った」と仰っているように、今は”能動的に”受けとらなければならないからです。

つまり、大量に溢れ返る情報の中から、自分が必要とする情報を自ら選別しなければならないわけです。もちろんキュレーションサイトとか、ネットを有効に活用すれば選別にかかる手間を大きく減らすことは可能でしょう。でも、口コミで「○○○という映画が面白いらしい」という情報を知ったとしても、そこから映画本編へアクセスするまでに、さらにもうワンステップ必要なんですよ。

それに比べてテレビの洋画劇場の場合は、「へー、こんな映画があったのか」という新情報と映画本編が同時に入手できますからね。「ダイレクトに本編が観られる」という点において、TV放送の方が圧倒的に優位でしょう。さらに、ネットには「”映画以外の面白そうな情報”が多すぎて、映画に対する興味が逆に薄れてしまう」というネガティブな可能性が潜んでいるのではないかと。

全く同意見です。だからこそ、ネットによって映画自体への興味が薄れている(もしくは”娯楽としての映画の地位”が相対的に下がっている)とは考えられませんかね?ネットによって若い世代が映画に触れる機会は確かに広がったかもしれないけれど、同時にその世代にとって映画の重要度は下がっていると。面白そうな娯楽が次々と現れている状況の中で、それでも「新たに(映画に)興味を持つ人は無数にいるはずだ」というのは、ちょっと楽観視しすぎじゃないかなあ。だって「時間を潰す先」はいくらでもあるんでしょ?

仰る通りだと思います。ただ僕は「TVで映画を放送することの意義が完全に無くなった」とは思ってなくて、コンテンツの内容次第では「まだイケルんじゃないの?」と考えています。先日放送された『アナと雪の女王』も19.7%の高視聴率だったし(まあ、別の意味で話題になりましたがw)。

例えば「金曜ロードショー」で『天空の城ラピュタ』を放送する際の「バルス祭り」みたいな感じで、SNSと連動した面白い仕掛けを展開できれば、ある程度の盛り上がりは見込めるんじゃないのかなと(各テレビ局も試行錯誤してるみたいですが)。

あともう一つ、「時間とともに各メディアのもつ役割とポジションはガンガン変わりつづけてる」のは確かにその通りだと思いますけど、「ユーザーに対する直接的な訴求力」という面においては、まだまだTVの優位性は揺るがないんじゃないでしょうか(あくまでも”今のところは”という意味で)。

まあ、「観る人が激減したから云々」は確かにそういうことでしょうねえ。ただ、「今の若い世代はテレビで映画なんて観ない」「だから放送しても無駄だ」というのであれば、放送しなくなったらますます観なくなるだけのような気が…(それとも、最近の小学生はみんなスマホで映画を観てるんですかね?)。結局、「新しい映画ファン育成の窓口」が存在しない状態である以上、「TVで映画を放送する」以外の画期的な方法が生まれれば速やかにそちらへ移行すれば良い、というだけの話だと思います。

念のために言っておきますけど、僕は別に「TVの映画枠は今後もずっと存続させるべきだ!」などと主張してるわけじゃないんですよ。ただ、現状では代案がないから、「それなら残しておいてもいいんじゃないの?」という認識なんです。誤解無きように。


※追記の追記

こちらに対する僕の見解は以下の引用ツイートで書いた通りです。”新規さん”というのは「今まであまり映画に興味なかった人が映画ファンになる」という意味ですが、その可能性はやはり微妙ですね(理由はすでに書いた通り)。

ちゃぷりんちゃぷりん 2017/03/09 00:33 子供の頃はまだビデオレンタルが普及してなかったので、何十回もビデオテープで観た映画は「燃えよドラゴン」が日曜洋画劇場、「キングコング(76年版)」と「ブルースブラザーズ(せんだみつお版)」がゴールデン洋画劇場、「ジョーズ(滝田裕介版)」と「十二人の怒れる男」が水曜ロードショーと、どれも映画好きの父親が録画して見せてくれた物ばかりです。
私の弟は自分の息子に洋画のBDを時々観せてるようですし、私も「ジュラシック・ワールド」を貸しましたが、映画を観る行為は親から子に伝わる物ですから、地上波での映画定期放送の消滅に楽観も悲観もしてません。でもテレビ局の余裕の無さには怒りを通り越して虚しさすら感じますし、確実に数字が取れそうな映画といえば、ジブリとディズニーと「君の名は。」とアニメばっかり。寂しいといえば寂しいですね。

type-rtype-r 2017/03/09 20:47 作品名までしっかり覚えてるんですね(^_^)
昔はテレビで色んな映画を観てましたよねえ(って完全にノスタルジーですがw)。今は好きな時に観たい映画を観られるから、テレビで映画を放送しても視聴率が上がらないっていうのは分かりますけど、何か寂しいですね(-_-;)

ジェット・リョージェット・リョー 2017/03/09 23:35 ご返答、ありがとうございました!

>一応、こちらでコメント内容を要約していますが、そのまま載せてもOKであればそのまま載せます

もちろん問題ないので掲載お願いします。(アマゾンプライムやネットフリックスを例に挙げた意味合いの誤読に関しても回答しております)

また、本文部分の方こそ元ツイートを掲載いただけませんでしょうか。昨晩時点では、“「だから映画番組が消えても全く問題ないし、何の影響もない」とか言ってる人を見かけたんですが”と書かれておりましたが、私のツイートは「地上波映画枠が消えても若い世代にそこまで大きな影響は無い気もする」であり、続くツイートの意味合いも無視して恣意的にニュアンスを変えられているので、それに対して反駁していくのはフェアでないと考えます。

その上で、繰り返しになりますが私の提言は、
「昔は受動的に映画を受け取る機会は多かったがいざ能動的に趣味化しようとするには大きなハードルが合った(旧来のボトルネック)」「現在は受動的に映画を受け取る機会は減った(現在のボトルネック)が入口を過ぎればハードルが低い」「つまりシンプルに考えるならボトルネックの移動である」という話です。

type-rさんが書かれた例えをなぞるなら、旧来は100個の種が蒔かれて3つの芽が出ていた(多くのきっかけはあるが途中の厳しい環境で脱落が起こる)ところ、現状では30個の種が蒔かれて3つの芽が出る(蒔かれる種は減るが育成率は高い)、というイメージです。

これを踏まえて私からの回答です。
まず1つ目。上記の通り、私の考えの大前提は「映画との接点はどんどん少なくなっている」ということです。この部分が伝わっていないから以下のような問いかけを多用されているのかなと思いますが、

>ネットによって映画自体への興味が薄れている(もしくは”娯楽としての映画の地位”が相対的に下がっている)とは考えられませんかね?
>その世代にとって映画の重要度は下がっている
>「時間を潰す先」はいくらでもあるんでしょ?
>それとも、最近の小学生はみんなスマホで映画を観てるんですかね?結局、「新しい映画ファン育成の窓口」が存在しない状態である

私はツイート中で明確に書いていますが、映画への興味は薄れているし接点は減っているという考えです(「現在は受動的に映画を受け取る機会は減った」「脱落するボトルネックが〜最初にある」)。これは映画に限らず、マンガ小説CDバラエティ番組あらゆる旧来の娯楽形態について言えることです。この状況の変化は大前提です。

その上で、2つ目。
ゴール(映画ファン化)を阻害するボトルネックの位置が変わった、というのが私の指摘です。この2つのボトルネックを定量的に測るデータが無い以上、2つの要因は公平に考慮すべきで、旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考え(“「そもそも最初の機会が減ること自体が問題じゃないの?」というのが僕の見解なんですよ。まずはそこ(最初のきっかけ)を突破しなければ話にならないだろうと。”)で話を進めるなら、なぜそちらのほうが重要なのか、相応の根拠が必要かと思われます。これについては後述します。

また、type-rさんはテレビとネットを別枠の入れ物と認識して論を展開されているようで、ネットに限定して

>”情報が多すぎるんじゃないの?”と思うんですよ。
>大量に溢れ返る情報の中から、自分が必要とする情報を自ら選別しなければならない >ネットには「”映画以外の面白そうな情報”が多すぎて、映画に対する興味が逆に薄れてしまう」

とされていますが、消費者はネットから得られる情報の処理とテレビから得られる情報の処理を別々のキャパで行っているわけではありません。全てひっくるめて生活に流れてくる情報であり、1人のもつ1日の情報処理時間は有限です。ある人がネットで映画以外に積極的に追いかけたい情報が多すぎるのであれば、それはつまり、その人がわざわざテレビのスイッチを付けて受動的な態度で映画を2時間も観たりもしないということになります。(これも昨日すでに書いた内容ですhttps://twitter.com/ikazombie/status/839508687924297728 「もともと映画を観ない人も何となく映画を観る入口」としてかつての洋画劇場は機能していたが、現在のデバイス・メディア状況を鑑みると、別にそこまで映画を観たくない人は洋画劇場を観ない選択肢を選ぶようになった)

またテレビとネットで接触できる情報の質について
>テレビの洋画劇場の場合は、「へー、こんな映画があったのか」という新情報と映画本編が同時に入手できますからね。「ダイレクトに本編が観られる」という点において、TV放送の方が圧倒的に優位でしょう
とも書かれていますが、これも恣意的な見方で、テレビの方が劣る部分をあげようとすれば、「視聴の開始時間が決められている」「CMにより不随意に分断される」など、マイナス面もいくらでもあります。

前半に立ち戻りますが、type-rさんは旧来のボトルネックを重要視する考えの根拠として、
>家庭の中で日常的に映画に接する機会があるかどうかがポイントなんです
と述べていますが(これ自体は「なぜそのポイントが新規のボトルネックより重要なのか」を示せていないので根拠にはならないと思いますが)、「家庭の中で日常的に映画に接する機会」が重要な条件だと考えているのなら、地上波の洋画劇場よりも、アマゾンプライムやHulu(どちらもファミリー層の加入メインターゲットの1つに据えている)を促進した方がはるかに有用だと思います。なにより各サービスともに「親が子供の相手をできないときに映画やアニメを観てもらう」という使い方を提案しています(例えばネットフリックスは大人が年齢フィルターを設定して子供に手渡せるようになっています)。

これらのサービスには子供映画、ファミリー映画が新旧含めて大量にあるため子供の入口にも適しており、視聴開始時間も中断時間も自由に選べて途中でCMも入らず、多くの作品では字幕と吹き替えも両方用意されており、なおかつサジェストによって近しいジャンルの作品を回遊していくことも容易です。

「家庭の中で日常的に映画に接する機会があるかどうかがポイント」なのだとすれば、地上波での映画視聴との差異を考慮しても、おそらく映画ファンを育てる一番確度の高い新しい窓はここだと考えます。最大のネックはお金ですが、サービス最大手のアマゾンプライムに関しては月額300円台だし映像目当てでなくても家庭の通販目的での加入も見込め、Huluやネットフリックスも通常プランなら月額900円台で、到底手を出さないようなレベルでは全然ありません。

なぜこれらの特性を持ったサービスを
>NetflixやHuluも同様で、「たくさん映画を観たい人」=「映画好き」だけが契約しているのであって、映画に興味が無い人や、ましてや小さい子供が契約することはないわけです。つまり今の環境はあくまでも「大人の映画ファンにとって便利な環境」でしかないんですよ。
と断言して一顧だにしないのか不明です。

ジェット・リョージェット・リョー 2017/03/09 23:54 ご回答ありがとうございました!長文になったので以下にあげました。
http://ocnis.petit.cc/lime/2676302

type-rtype-r 2017/03/10 00:42 >ジェット・リョーさん
コメントありがとうございます。

とりあえずじっくり読ませてもらって、後ほどご返答させていただきます。
なお、このブログは現在「コメント承認制」の設定にしています。長めのコメントでもエラーにはならないと思いますが、書き込んだ内容が表示されるまで少々時間がかかるので、悪しからずご了承ください。

type-rtype-r 2017/03/11 23:19 >ジェット・リョーさんへ

本題に入る前にまず一点だけ、誤解があるようなので説明させていただきます。先日Twitterでリプをもらった際にも「おや?」と思ったんですが、今回の記事は別にジェット・リョーさんについて書いたものではないんですよ。厳密に言うと、ジェット・リョーさんがつぶやいた内容を見つけた後、「日曜洋画劇場が終わってしまうことに対する世の中の反応」をいくつか観察し、その中で「無くなっても別に影響はないだろう」的な意見を自分なりに総合して記事化したものなんです。

なので、”特定の誰か”の発言というよりも、「世の中にはこういう考えの人もいますよ」という抽象的な概念を提示しただけであり、だからこそジェット・リョーさんの発言とは食い違っているのです(もちろん、記事を書く際の”ヒント”になったのは事実ですが、”恣意的にニュアンスを変える”という意図は全く無かったことをご理解ください)。なお、ご指摘のあった「地上波映画枠が消えても…」のツイートに関しては改めて「追記の追記」に掲載しましたのでご確認いただければ幸いです。


さて、ジェット・リョーさんのコメントを読ませていただき、その中で気になったポイントを以下に書き出してみました。

>旧来は100個の種が蒔かれて3つの芽が出ていた(多くのきっかけはあるが途中の厳しい環境で脱落が起こる)ところ、現状では30個の種が蒔かれて3つの芽が出る(蒔かれる種は減るが育成率は高い)

ジェット・リョーさんが提言した「ボトルネック」の話は非常に分かりやすくて「なるほど!」と納得できる部分も多かったんですが、「旧来は100個の種が蒔かれて3つの芽が出ていた」っていうのはちょっと厳しくないですか?いくら脱落者が多いと言っても、さすがに脱落しすぎでしょう(笑)。僕としては、少なくとも20個ぐらいは芽が出るんじゃないかと…。

ただ、この件はお互いに「大体これぐらいのボリュームじゃないだろうか」という”感覚”の話になってしまい、「具体的な数字は?」と問われたら双方答えようがないと思うので、とりあえず置いておきます(堂々巡りの議論になりそうだし)。


>この2つのボトルネックを定量的に測るデータが無い以上、2つの要因は公平に考慮すべきで
>旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考えで話を進めるなら、
>なぜそちらのほうが重要なのか、相応の根拠が必要かと思われます。

ここら辺にちょっと見解の相違があるような気がするんですが、ジェット・リョーさんは「ゴール(映画ファン化)を阻害するボトルネックの位置」と仰っていることから「ボトルネックとは映画ファン化を阻害する要因である」と僕は解釈してるんですけど、だとすれば別に「旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考え」じゃないんですけどね。

そもそも2つのボトルネックが発生した経緯を考えた場合、「2つの要因は公平に考慮すべき」っていうのは難しいんじゃないでしょうか?だって旧来のボトルネックは「情報を効率良く探すための手段がない」ことによって発生した「アクセスの不便さ」であり、現在のボトルネックは「テレビで映画を放送しなくなった」及び「動画サイト、SNS、LINE」さらには「ゲーム、マンガ、その他の娯楽の多様化」によって生じた「映画に興味を向けさせる入口(きっかけ)の減少」ですから。

そして旧来のボトルネックは「ネットの発達」によってほぼ解消されたため、現在は「前半は厳しいが後半で巻き返せる」という”ボトルネックの位置の移動”が起こったわけですけど、ここで良く考えていただきたいのは、「映画ファン化を阻害する要因」が昔よりも増えているという点なのですよ。

この辺は「80年代とは違う」とジェット・リョーさん自身が仰っているように、昔に比べて”阻害要因”が圧倒的に増加しています。これではとてもイーブンとは言えないでしょう。つまり「公平に考慮すべき」っていうのはそもそも難しいんですよ。「ここまで不利な条件が重なっているのに、本当に挽回できるの?」というのが僕の疑問なんです(アマゾンプライムやHuluの可能性については後述します)。


>ある人がネットで映画以外に積極的に追いかけたい情報が多すぎるのであれば、それはつまり、その人がわざわざテレビのスイッチを付けて受動的な態度で映画を2時間も観たりもしないということになります。

これに対する僕の見解は「視聴率がゼロパーセントでない限り、どんなに少なくとも観ている人は確実に存在する」ということです。ただ、「そんなに少ない視聴者のために洋画劇場を存続させるのはナンセンスだ」と言われれば全くその通りですが(笑)。


>「もともと映画を観ない人も何となく映画を観る入口」としてかつての洋画劇場は機能していたが、現在のデバイス・メディア状況を鑑みると、別にそこまで映画を観たくない人は洋画劇場を観ない選択肢を選ぶようになった

これは完全に同意…というより”事実”ですので仕方がありませんね。


>テレビの方が劣る部分をあげようとすれば、「視聴の開始時間が決められている」「CMにより不随意に分断される」など、マイナス面もいくらでもあります。

その通りだと思います。そしてもちろん、アマゾンプライムやHuluにもそれはあります(理由は後述)。


>地上波の洋画劇場よりも、アマゾンプライムやHuluを促進した方がはるかに有用だと思います。
>おそらく映画ファンを育てる一番確度の高い新しい窓はここだと考えます。

ジェット・リョーさんのコメントを読むと共感できる部分も多いんですが、逆に僕の中で最も”違和感”が強かった個所がこれですね。確かに、こういったサービスの利便性については実際に我が家でも活用しているので良く知っています。月額料金もそれほど高くないし、新しい映画ファンを育てるには最適のシステムでしょう。

しかし、これを導入するハードルは決して低いとは言えません。現にテレビの普及率は2016年時点で98,1%(単身世帯で92,2%)なのに対し、2016年末の有料動画配信サービス利用者数は1160万人というデータが出ています(今はもう少し増えているでしょうけど)。


>なぜこれらの特性を持ったサービスを
>一顧だにしないのか不明です。

僕が動画配信サービスの可能性にいまいち懐疑的な理由はこういうことで、サービス自体がどんなに便利でも、テレビに比べて明らかに導入の敷居が高く、「今の世の中はこれが当たり前」みたいに言われても「え?」って感じしかしないんですよ。「子供映画、ファミリー映画が新旧含めて大量にあるため子供の入口にも適しており…」っていうのは分かりますが、じゃあサービスに加入していない家庭の子供たちはどうなるの?と。「テレビで映画を放送しなくなったら、Huluに入ればいいじゃない」という考え方は、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という論調にも等しく、正直「それってエリート主義では?」と思わざるを得ません。

「利用料金が安いかどうか」も当事者の主観によって異なるし、そもそも「必要だ」と思わなければ加入しないわけで、「金を払ってまで映画を観たいとは思わないけどテレビでやっていたら観るかもしれない」という層を確実に取りこぼすのではないでしょうか?他の意見は納得できる部分もあるんですが、さすがにこれだけは同意し難いですねえ。

なお断っておきますが、僕は別に「アマゾンプライムやHuluはダメだ!」と言いたいわけじゃないんですよ。サービス自体は非常に良質だと理解しています。ただ、「テレビで映画を放送しなくなった代わり」には成り得ないだろうと思います(選択肢の一つとしてはもちろんアリですが)。

ジェット・リョージェット・リョー 2017/03/12 21:42 ご返答ありがとうございます!

>「旧来は100個の種が蒔かれて3つの芽が出ていた」っていうのはちょっと厳しくないですか?いくら脱落者が多いと言っても、さすがに脱落しすぎでしょう(笑)。僕としては、少なくとも20個ぐらいは芽が出るんじゃないかと…。

ここをつっこんでくるとは思いませんでした。これはたとえ話です。別に10個蒔いて3つ芽が出ても、5個蒔いて1つ芽が出るのでも私は構いません。ご自由に読み替えて大丈夫です(そのあとの論の展開に影響をきたさないので)。

>>旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考えで話を進めるなら、
>>なぜそちらのほうが重要なのか、相応の根拠が必要かと思われます。
>別に「旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考え」じゃないんですけどね。

大変失礼しました!これは私の表記のミスです。「旧来のボトルネックのみを特筆して重要視する考え」ではなく、「新規のボトルネックのほうを重大とする考え」とすべきでした。
なので、「新規のボトルネックのほうを重大とする考えで話を進めるなら、なぜそちらのほうが致命的なのかを示す相応の根拠が必要かと思われます。」とお読みいただければと思います。

繰り返しになりますが私の提言は「時代とともに良くなった部分、悪くなった部分がどちらもある。その両者を天秤にかけて定量的な結果を示す証拠がないのであれば、この先が良化するか悪化するかは判断できない」ということです。

ですので、以下のようなtype-rさんの発言に、「私にはそう見えるから」という主観的な意見以外に、何かしらデータ的裏づけがあるのであれば納得できるのですが。

>ここで良く考えていただきたいのは、「映画ファン化を阻害する要因」が昔よりも増えているという点なのですよ。
>昔に比べて”阻害要因”が圧倒的に増加しています。これではとてもイーブンとは言えないでしょう。
>ここまで不利な条件が重なっているのに

時代によって良化した部分は、「ネットによって膨大な無料のデータアーカイブが用意された」「配信によって地域的格差を無視して作品にアクセスできるようになった」「配送サービスの発達によって遠方でもソフト入手が容易になった」など無数にあります。(これらの影響は、レンタルビデオも大型書店もないような都市部以外の遠隔地に住む人々にとっては特に大きな良化として働いているはずです)。
そのうえで良化>悪化なのか、悪化<良化なのか、インパクトを測る客観的データがない以上、そこを根拠に映画業界が悪化すると主張するのは無理なのでは、という話をしております。


ただ、type-rさんが動画配信サービスに疑問を持っているのが定性的な観点からではなく、定量的な観点からだったようなのでそこは良かったです。それなら話は早いです。

まず今回消えることになった日曜洋画劇場の映画への窓口としてのメディアパワーを定量化します。2人以上世帯でのテレビ普及率が98.1%、単身世帯のテレビ普及率は92.2%、単身世帯は最新の国民生活基礎調査によると日本全世帯の26.8%を占めるので、加重平均すると日本の全世帯のうち96.5%がテレビをもった世帯になります。日本の全世帯は5036万世帯なので、テレビがあるのは4861万世帯です。
(世帯関連のデータ元はこちらhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa15/index.html)

ここで、日曜洋画劇場の2016年の年間平均視聴率(単純平均)は7.8%なので、
4861万世帯のうち日曜洋画劇場1回に触れるのは最大で379万世帯(注1:実際には1世帯あたり1台以上のテレビがあるので、接触する世帯数はもっと少ない)です。

1世帯の平均構成人数は、2.49人なので、日曜洋画劇場がリーチする人間は379万人〜944万人になります。ただし944万人というのは、「日本で日曜洋画劇場をつけていた全家庭で、家族全員がテレビの前に揃って番組を観ていた」という奇跡的な状況なので、現実にはありえません。あくまで理論上の最大リーチ可能数です。(注1で示したとおり、最低379万人というのも本当はもっと低くなる)

一方で、ネット調査による動画配信サービスの利用者数は1160万人で、このうちサービスを使って「洋画を観ている」と答えた人が66%、「邦画を観ている」と答えた人が51%で、両者は完全に重複はしないはずですが重複率が分からないため、「動画配信サービスで映画を観る人」をミニマムで66%と算定します。(本来は邦画のみ観る人もいるので、70%は超えるとは思います)。
そうすると、動画配信サービスを使って766万人になります。
(動画配信サービス利用者データ http://ictr.co.jp/report/20161111.html)

日曜洋画劇場のリーチ対象が最大でも379万人〜944万人(繰り返しになりますが944万人というのは日曜洋画劇場を観た日本の全家庭が、家族全員総出で観ていた場合の理論値)、一方の動画配信サービスはミニマムでも766万人であり、なおかつこのデータはインタネットユーザー調査なので、18歳以下の小中高生、つまり「自分では加入できないが世帯で加入したサービスを使っている低年齢層(先のコメントに記載したとおり、各サービスは子供も含めたファミリー全体での利用を推進している)」がゴッソリ抜けたもので、そのリーチ実数はもっと多いはずですす。

なので、エリート主義等々は関係なく、定量データの示すとおり、動画配信サービスは日曜洋画劇場と同等かそれ以上に多くの人々に映画を提供する窓口として機能するところまで成長していることがお分かりいただけるかと思います。

(また、定性的な部分でも補足しますと、type-rさんご同意のとおり、テレビでの映画放映が映画ファンでない層の受動視聴を促さない状況になっているため、テレビというデバイスで一斉放映する意義もほぼないです。
>>「もともと映画を観ない人も何となく映画を観る入口」としてかつての洋画劇場は機能していたが、現在のデバイス・メディア状況を鑑みると、別にそこまで映画を観たくない人は洋画劇場を観ない選択肢を選ぶようになった
>これは完全に同意…というより”事実”ですので仕方がありませんね。)

モチスイモチスイ 2017/03/13 21:11 横から失礼。

type-rさんの言いたいことはシンプルで「地上波の映画番組があるかないかと言われれば、あったほうがいいじゃん!終了するなんてなんか寂しいよ!」っていう感傷的なものなので、いくらデータ的裏づけを出しても何だか話がかみ合わないような気がします。もういいんじゃないですか?この話。ページの容量もも多くなりますし。

ぼくもtype-rさんの意見に同意します。地上波映画がいるか、いらないかと言われれば、いっぱいあるほうがいいじゃん!

type-rtype-r 2017/03/13 23:25 >ジェット・リョーさん
コメントありがとうございます。

何やら僕の説明がヘタクソなせいで色々お手数(データの検証等)をかけてしまい、申し訳なく思っています。ただ、ちょっと話が複雑化してきたみたいなので、ここで一旦、論点を整理させてください。

まず、ジェット・リョーさんの見解としては「昔は映画館以外で映画を観る手段がTVしかなかったが、今ではアマゾンプライムやHuluなど、映画を観る選択肢が多岐にわたって普及しているのだから、たとえ地上波映画枠が消えても映画を観ている総数にはそれほど影響を及ぼさないだろう」ということですよね?「時代とともに良くなった部分、悪くなった部分がどちらもある」わけだから、プラスとマイナス両方の効果が働いて、全体的な状況は変化しないだろうと。

それに対して僕の見解は「もし地上波映画枠が消えたら、映画鑑賞に関する全体的な状況に変化はあるだろう」ということです。どれほどの変化があるか、ボリュームまでは予想できませんが、ある程度の変化は必ずあると。それをわかりやすく説明するために、以下、出来るだけ簡略化して僕の考えを書いてみます(数値に関してはジェット・リョーさんが調べてくれたデータをお借りします)。

まず、「地上波TVで映画を観ている層」を仮に”A”とします。次に、「有料動画配信サービスで映画を観ている層」を”B”とします。そして、「日曜洋画劇場のリーチ対象が379万人〜944万人」とのことなので、シンプルにA=400万人とします。

一方の動画配信サービスは「ミニマムでも766万人」とのことですが、計算しやすくするためにB=800万人とします(数値はあくまでも目安なので)。そうすると、日曜洋画劇場を放送していた頃は、A + B = 1200万人が映画を観ていた、ということになります(ダブリも当然あるでしょうが、数値化できないのでこのまま)。

要は「7対3ぐらいの比率で動画配信サービスの方がTVの映画枠を上回っている」ということです。で、ここからが問題なんですけど、じゃあ日曜洋画劇場が消えるとどうなるか?「地上波映画枠が消えたら、地上波映画枠で観ていた層(A)が消滅する」、これは当然ですよね?

もちろん人間が消えるわけではないので、AからBへ移行する人も一定数いるでしょう。しかし、仮にそうだとしても100パーセント移行することはあり得ません。上のコメントでも書いたように「金を払ってまで映画を観たいとは思わないけどテレビでやっていたら観るかもしれない」人たちが必ずいるからです。

そういう人たちは、地上波映画枠が無くなったら他の娯楽へ行きますよ(無理して映画を観る必要は無いわけだから)。つまり、「なんとなくTVで映画を観ていた400万人がゴッソリいなくなる」わけです。厳密に言うと全てではありませんが、仮に10万人がBへ移行したとしても、元々1200万人あったものが810万人になるわけですから、確実に減ってますよね?

僕が「地上波映画枠が消えたら変化はあるだろう」と考える理由はこういうことなのです。かなり大雑把なイメージですけど、「今まであったものが無くなる」わけだから変化が生じるのは必然なのに、なぜそこへ目を向けないのか非常に不思議なんですよねえ。どんなに視聴率が低くても、現実に379万人〜944万人がTVで映画を観ているわけで、さらにその中から将来的に映画ファンが生まれるかもしれないと考えた場合、無視できない数字だと思うのですがいかがでしょうか?

type-rtype-r 2017/03/13 23:30 >モチスイさん
コメントありがとうございます。

TVの洋画劇場を観て育った世代としては「寂しい」という気持ちはもちろんありますけど、他のメディアが発達してきたために視聴率が振るわなくなったことに関しては「残念だけどやむを得ない」という感覚ですね。だから、単なる”ノスタルジー”とはちょっと違います。ただ、地上波の映画枠が完全に無くなってしまうと仮定した場合、「変化があるか?ないか?」と問われれば、それはやっぱり影響があるんじゃないかなあと、そういう話です(^_^)

ジェット・リョージェット・リョー 2017/03/14 00:49 もう何度も書いていますがご理解いただけないようなのでこれで最後にします。

私は繰り返し、悪化する要素と良化する要素がある、と書いてきました。
だからA層はもちろん消えます。ここは変化もあるし悪化もします。影響もあります。100%その認識です。
そのうえでB層のボリュームは増え、2年後には1.5倍になる見通しです。
良化する部分、悪化する部分があるのだから行く末は断定できない(もし断定したいなら相応の証拠が必要)ということです。

>元々1200万人あったものが810万人になるわけですから、確実に減ってますよね?
この考えは完全に間違いです。
時代の変化による良化と悪化の評価前提がおかしいです。なぜならBの800万人はここ数年で急増した、まったく新たなサービス形態の顧客だからです。つまり時代の変遷により状況が良化した(純増した)事例です。
なので、type-rさんの例でいうなら新規サービス活性化により良化が生じて800万人分の窓口が増え、TVの終焉により悪化が生じて400万人の窓口が減った。差し引き400万人分の窓口が増えた、とするのが正しいです。
(※もちろん実際に400万人増えてるとは思いません。が、type-rさんの理屈だと、良化を変動要因ではなく前提条件としてしまっているので、「先週友達から千円もらった。さっき友達に500円あげた。俺の方がいつも損している」と言ってるような話になってしまっています)

良化悪化を定量した証拠がない以上、私も「まったく変わらない」と断定するつもりはもちろんありません。私はその前提で、「若い世代の行く末を悲観することはないのでは」というツイートをしたところ、type-rさんが引用ツイートでそれに反駁されたので、わざわざ反駁する以上、何らかの根拠がおありなのかと思って反応しましたが、どうもお話ししてみた限り、「それは違うと思う。なぜなら私はそう思うから」以上の具体的な根拠をお持ちでないということが分かりましたので、この話はここで終わりでよいですか。

type-rtype-r 2017/03/14 20:31 >ジェット・リョーさん

>A層はもちろん消えます。ここは変化もあるし悪化もします。
>影響もあります。100%その認識です。

なるほど、意見が噛み合わなかった要因がようやく分かりました。自分の中ではこれで腑に落ちます。


>行く末は断定できない(もし断定したいなら相応の証拠が必要)ということです。

確かにその通りですけど、それを言ったら”お互い様”なのでは?極論すれば、互いの理論自体が「あくまでも断定は出来ないが…」というエクスキューズ付きでなければ成立しないものですからねえ。


>わざわざ反駁する以上

これも少々誤解があるようで、「相手に通知が行く」という引用ツイートの特性はもちろん知ってはいますが、基本は通常ツイートと同じで「特定の誰かに向けた主張」ではなく、「世間の意見を引き合いに出しつつ、自分の考えを述べただけ」です(誰かに反駁するなら、相手に直接リプを飛ばしますから)。なので「スルーしてくれれば…」というのが正直なところですが(自分の場合は引用ツイートは全部無視)、先日のツイートで書いたように「もし気分を害されたとすれば申し訳ない」という気持ちはあります。


>「それは違うと思う。なぜなら私はそう思うから」以上の具体的な根拠をお持ちでない
>ということが分かりましたので、この話はここで終わりでよいですか。

そもそも「具体的な根拠がある」とは一言も言ってないんですが、かなり長くお手間を取らせてしまったので、これ以上このコメント欄で話すのはやめた方がいいでしょうね。ただ、僕としては(”具体的な根拠”ではないんですけど)、「なぜ状況が変化すると考えているのか」についてはいくつか理由があるので、それを次の記事で(明日か明後日)書こうと思っています。

それは「もし映画番組が消滅しても影響がないなら、今の時代に映画番組が存続している意義って何なのか?」という内容で、日曜洋画劇場の件を調べている時に思い付いたものだから、今回の議論とは直接には関係しないかもしれません(なお、こういうネタはもうこれで最後にします)。なので無理に読む必要はありませんが、もしお時間があれば読んでいただけると幸いです。

以上、お付き合いいただきありがとうございました。

もときもとき 2017/03/15 07:29 テレビでの映画、無くなるのは寂しいですね。自分も子供の頃テレビでいろんな映画にふれて映画好きになったクチなので…。
学生時代なんかは昨日の洋画劇場見た?とか結構話のタネになったりしていたり。
地上波で放送してくれると、普段なら絶対に見ないジャンルの映画を偶然見かけて、結局DVDやらBDを買うほど気に入った…という事が何度あったことか。

それと、Amazonプライムだと吹替え版が無かったりする事も意外と多く、吹替え派の自分としては結構キツかったりするんですよね。(昔は朝日版の吹替えやフジ版の吹替え、どれが好き?みたいな楽しみ方もあったのですが)
最近でも子供の頃大好きだった映画が、VHS版だったことが判明して(DVD版は新録だったようで声のイメージが…)もう二度と見れないかもしれない…と、しょんぼりしていた所で午後ローでVHS版を放送してくれて大喜び、みたいなことがあったり。こういうことがあるので今はただただ、午後ローサタシネ金ロー土プレ、地方だと映画の時間やキネマ麹町など頑張って欲しい限りです。

ジェット・リョージェット・リョー 2017/03/15 09:12 >それを言ったら”お互い様”なのでは?極論すれば、互いの理論自体が「あくまでも断定は出来ないが…」というエクスキューズ付きでなければ成立しないものですからねえ。

この答えは直前のやり取り前段に明確に書いてありますのでそちらをご参照ください。

それでは。

type-rtype-r 2017/03/15 19:36 >もときさん
コメントありがとうございます。


>昔は朝日版の吹替えやフジ版の吹替え、どれが好き?
>みたいな楽しみ方もあったのですが

最近、古い映画をブルーレイ化する際に、「フジテレビ版の吹替えを初収録!」みたいな感じで特典を盛り込むケースが増えているので嬉しいです。それでも自分の好きな吹替えがなかなか発売されないから、昔録画したVHSテープをいつまでたっても捨てられなかったり(^_^;)


>午後ローでVHS版を放送してくれて大喜び

映画番組の利点の一つですね(^_^)

type-rtype-r 2017/03/15 19:44 >ジェット・リョーさん

過去の経験上なんですけど、こういう議論を行う場合、自分の意見の正当性を示したいがために、互いの主張がどんどん加熱していき、最終的には「お前の言ってることは100パーセント正しいのか!?」「じゃあ命を懸けるか!?」みたいな、非常に低レベルな言い争いに陥ってしまう危険性を孕んでいるため、それを牽制する意味で敢えて「極論すれば…」という言葉を使っただけです。個人的には「証拠を出せ」ってワードもなるべく使わないようにしています(泥沼化する可能性が高いので)。


>良化悪化を定量した証拠がない以上、
>私も「まったく変わらない」と断定するつもりはもちろんありません。

今回の議論ではお互いに「明確な証拠」がない状態で意見の正当性を示さなければならず、だからこそジェット・リョーさんは「根拠」にこだわったのだと思いますが(それは僕も同じですが)、自分としては「ジェット・リョーさんがどうやってその結論に至ったのか」という思考の”過程”が見えたので、その点では有意義な議論だったと思っています。

反面、僕の方は自分の意図を正しく伝えるための根拠(僕の場合は根拠というより「動機」や「理由」みたいなものですけど)を適切な形で提示できなかった点が残念です(途中、「いや言いたいのはそういうことではなくて…」ともどかしい部分が何度もあったのですが、それは伝え方が悪いこちらの責任ですから)。

結果的に、貴重なお時間を取らせるだけになってしまいましたが、これに懲りずに機会があればまた何らかの形でお付き合いいただければと思います。ありがとうございました。