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琴棋洞日暦

2016-12-04

衣・裳のはなし9

岡山県を本拠地とする、女子バレー岡山シーガルズ女子サッカー岡山湯郷ベルは、どちらもクラブチームである。だからユニフォームにパートナー、スポンサーの名前が入っている。岡山シーガルズは胸に「SEAGULLS」とあり、その脇にパートナー企業の名前があるが、岡山湯郷ベルはスポンサーの「山田養蜂場」が大きく入れられているので、もはやそれがチーム名であるかのようだ。
 ユニフォームは宣伝媒体のひとつでもある。ボクシング選手のトランクスに描かれた生命保険会社の名前が話題になったり、サッカーチームのユニフォームに入ったメーカーの駄菓子が売れだしたりと、その経済効果は小さくないようだ。

2016-12-03

衣・裳のはなし8

高校時代の体操服はワインレッドだった。ブルー、グリーン、ワインレッドのローテーションで、学年ごとに色違いになるように決められていたのだ。柔道国際大会で、ブルーの柔道着が登場したときには違和感を覚えたが、観戦するのにはわかりやすくなったと思えてきた。サッカーなど、両方のチームが入り交じって戦う競技はユニフォームの色がはっきり違ってほしい。
 ユニフォームは、それぞれの競技に適したものになっている。特にスピードを競うものはユニフォームによって差が出てくるので、いろいろな研究が進んでいる。陸上女子(短距離)のユニフォームにセパレート型が多いのは、バスト下の空気抵抗を少なくするためだそうだ。

2016-12-02

衣・裳のはなし7

ひとくちに作業服と言ってもいろいろだ。スモックは事務服のほか、絵画工芸作業着としても使われる。割烹着は家事をするときに着用するスモックの一種だろう。オーバーオールやエプロンも作業用として広く着用されている。作務衣は禅宗の僧の作業着である。ジーンズも、もともとは鉱夫の作業着だった。
 作業着はそれぞれの仕事に適するように工夫され、ユニフォームとして定着しているものも多い。それは仕事のしやすさというだけでなく、見た目の美しさも考慮されてデザインされている。また時代によって、そのスタイルも移り変わっている。

2016-12-01

衣・裳のはなし6

ファッションとは流行のことである。祖父母も父母も流行というものに敏感ではなかったように思う。私も若い頃から服装には無頓着だった。他人からどう見られるかというよりも、自分の着心地を優先していた。だからファッションについての知識もない。
 何より、締め付けられるのが大嫌いなのだ。ネクタイも締めないに越したことはないと思っている。よっぽど寒くないと手袋はつけないし、帽子をかぶったことはない。靴下だって、家にいるときは履かないし、外から帰るとすぐに脱いでしまうぐらいだ。

2016-11-30

衣・裳のはなし5

はじめてのスーツは、大学への入学が決まったときに両親がつくってくれた。親戚にテーラーの人がいて、生地を選んで、採寸をして、仕立ててもらった。紺ではなく青いスーツだった。後にも先にもオーダーメイドのスーツはこれだけだった。
 会社に入ってからは、もちろん自分で、吊るし(既製品)のスーツを購入した。通常は作業服に着替えるので、スーツで通勤することはなかった。あまり着ないまま、どんどんサイズが合わなくなったり、時代遅れになったりしていった。もったいないことだった。
 今は滅多にスーツを着ない。というか、持ってもいない。礼服のほかには、ジャケットが少しあるだけだ。だから未だにスーツを着こなせないでいる。

2016-11-29

衣・裳のはなし4

プロ野球西武ライオンズの創設時のビジター用ユニフォームは、上下ともにブルーだった。上下同色のものはあまり見ないものだったのだが、作業服みたいだといわれて評判がよくなかった。しばらくして、下は白になったと記憶している。
 奇抜さでいえば、太平洋クラブライオンズとクラウンライター・ライオンズだろう。とくにクラウンライター・ライオンズの最初のユニフォームは、背番号ではなく胸番号の入ったものだった。このようなものは後にも先にもない。
 最近では、1シーズンごとにデザインを一新することが多くなってきている。それどころか、○○ウィークと称して、特別なユニフォームを着用していることが頻繁に行なわれている。それはそれで楽しみなのだが、それぞれのチームカラーではなくなっているので、一瞬どのチームかわからなくなってしまうのが難点である。

2016-11-28

衣・裳のはなし3

平成になって、作業服が一新されるという情報が舞い込んできた。どんな作業服になるのか期待していた。が、思ったようなものではなかったのでがっかりしたものである。作業服は作業服なのだから、まったく変わるわけはなかったのだ。まず布地が変わった。色が濃いグレーから薄いグレーに変わった。そしてボタンからチャックになった。そして合服が無くなり、冬服と夏服だけになった。
 女子も同じスタイルだが、ズボンではなくスカートが基本であった。なかにはスカートは嫌だという女子社員もいて、特別に希望すればズボンに変えてもらえたが、その社員にはスカートは支給されなかった。なお、この女子社員の作業服は工場勤務の社員だけで、営業・総務・経理などの女子社員は、まさにOLというような制服だったのである。