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2006-04-01

日本プロ野球機構、来シーズンから試合球の規格変更を示唆

日本プロ野球機構は、4月1日都内で記者会見を開き、来シーズンから公式戦の試合球を米大リーグが使用しているものと同じにすることを発表した。

これは、先日行われたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に代表される野球の国際化に対応するためのもので、使用球の違いにより日本選手が不利となることを防ぐ狙いがあるものと見られる。

同時に、日本プロ野球機構は、「今回のWBCの優勝によって、日本野球が世界最強であることが証明された」として、今後、米大リーグへ進出する日本人選手を「助っ人」と呼ぶよう米大リーグ機構に求めて行くとともに、日本のプロ野球における外国人選手を「野球留学生」と呼ぶように統一すると発表した。

また、日本のWBC優勝を「間違ったルールに助けられた恥ずかしい優勝である」などと、侮辱発言を繰り返した上に、身の程知らずにもこの秋に日韓再試合を要求してきた韓国プロ野球機構に対しては、韓国の希望通り日韓戦を行うことを併せて発表した。

ただし、日本代表チームは「プロ野球の2軍選手とアマチュア選手を中心に選抜される予定」であるとし、「韓国が二度と妄言を吐けないようにしたい」と抱負を語った。

しかし、一方では、万一日本が負けたときの言い訳にも対応する措置との見方もある。(球界関係者)

また、試合会場は韓国側がなぜかドーム球場であることに固執しているため、岡山ドームでの開催で調整中とのことで、これは韓国チームが勝利後にピッチャーマウンドに国旗を突き立てる「独島はわが領土」パフォーマンスに備えたもので、「プロ野球チームが本拠地とする球場では、そのようなおかしなお祭りが行われると、(フランチャイズチームの)ファンとの衝突になりかねない」との懸念が働いたものと見られる。

(オヤジ・ニュース2006.04.01)

中国様の「重要講話」を楽しみにしていたのですが・・・

『「首相参拝やめれば会談」 中国主席、関係改善には意欲』(朝日新聞)

中国の胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席は31日、北京の人民大会堂で橋本龍太郎元首相を団長とする日中友好7団体の代表団と約1時間半にわたり会談した。胡主席は日中関係の改善に強い意欲を示す一方、昨年4月以来開かれていない首脳会談について「日本の指導者がA級戦犯をまつる靖国神社をこれ以上参拝しなければ、いつでも開く用意がある」と述べた。ポスト小泉政権での対日外交も、日本の首相が靖国に参拝するかどうかを基準の一つとする考えを表明した。

 胡主席は会談で「中日友好の発展は両国の利益とアジアの平和に結びつく」と関係改善の必要性を強調。「現在の中国は発展途上国で、経済的に拡大主義をとる状態ではない。他国を武力で威嚇する意思はない。中国が一層前進できるよう、力を貸してほしい」と日本の協力を要請した。

 一方で、関係が冷え込んだ原因を「日本の少数の指導者がA級戦犯をまつる靖国神社に参拝を繰り返すからだ」と述べ、名指しは避けつつも小泉首相の参拝を改めて批判。「政府の代表者が行くのは政府の意思を表していると考える。指導者個人の気持ちは分かるが、被害国の国民の気持ちも尊重してほしい」と求めた。

 これに対し橋本氏は「多くの日本人の心の中にある靖国神社は身近な人の姿ではないか」と反論した。その上で「胡主席の話は日本に対する一つのメッセージと受け止める。率直なご意見に感謝する」と述べた。

 今回の訪問は民間交流を重視する中国側の招きによるもので、日中友好7団体の代表が同時に訪中するのは初めて。中国政府は当初、厳しさを増した日本国内の対中感情を和らげるため、今回の会談では胡主席が靖国参拝やA級戦犯には直接言及しない方向で検討。発言の原案には盛られていなかった。

 だが、小泉首相が27日の記者会見で「中国、韓国の政府による批判も、私の参拝を理由に首脳会談を行わないことも理解できない」と改めて強調したことなどから、従来と同様、靖国問題を直接批判する方針に転換。当初予定していた記録に残る「重要講話」でなく、胡主席が口頭で示す形になった。


わざわざ日中友好7団体の御代表様たちを一堂に呼び寄せて、どのような「重要講話」が胡錦涛国家主席の口から飛び出すのか、とても期待していたのですが、結果は・・・。(はぁ〜溜息)

7団体の御代表様たち、ご苦労様でございました。

小泉首相が27日の記者会見で改めて強調したことって、これまた今まで言ってたことを繰り返しただけなんだから、それを理由に「重要講話」を取り止めたなんていうのはおかしいでしょう。

普通に考えれば、胡主席が「重要講話」を発表できなかったのは、別の理由によるものである可能性が高いのではないでしょうか。

考えられるのは、中国内の強硬派から横やりが入ったとか、直前に発生した日本の教科書検定の問題や、在上海日本総領事館員の遺書リークなどが影響したとか、でしょう。

私は、今回の「重要講話」で、中共政府は靖国問題で譲歩する代わりに、日中間に横たわる諸問題を有利に進めるとともに、次期自民党総裁選挙で親中派議員の後押しを図るものだとばかり思っていました。

それは、私の希望的観測というよりむしろ、中国側がそういう戦略で来たら怖いな、というものだったのですが。(実際、中国内では歴史問題を棚上げして日中関係を前進させようとする考えが発表されたりしていましたから。『「歴史を基礎にするな」中国政府系元所長が対日転換論』

いずれにしても、「重要講話」は行われず、中共政府は自ら切った歴史カードの呪縛から抜け出すことができませんでした。

西側諸国からの中国バッシングが強まる中、天安門事件のあと、西側諸国の先頭を切って中国に扉を開いた実績のある日本とは、関係を改善しておくことが中国にとっては非情に重要であると思うのですが、今回のチャンスを自ら棒に振った中共政府は、ますます苦境に立たされた(というか、立った)のではないでしょうか。

2006-03-31

ニュースを4つ並べてみる

『中国側、機密執拗に要求…自殺上海領事館員の遺書入手』(読売新聞)

『橋本元首相、胡主席と31日会談・訪中団北京入り』(日本経済新聞)

村岡元官房長官に無罪判決…1億円ヤミ献金事件(読売新聞)

『自民、衆参執行部の確執が再燃』(日本経済新聞)

橋本龍太郎元首相を団長とする日中友好7団体の訪中団が、胡錦濤国家主席と会談する予定で、その席上、胡錦濤国家主席から対日関係に関する「重要講話」が示される見通しです。

(「重要講話」については、コチラ

そのタイミングに合わせるかのように、読売新聞の上海領事館員自殺事件に関するスクープ記事が出てきたわけですが、中共政府にとっては面白くない記事でしょう。

さらに、訪中団の団長である橋本元総理には、村岡元官房長官に無罪判決が下ったことが、さらなるマイナスイメージをもたらすことになるでしょう。

そして、最後のニュース。

自民党の偉大なるイエスマン武部幹事長と、参議院のドン青木幹雄参院議員会長らが揉めているというニュースです。

来年9月の自民党総裁選までは、さまざまな駆け引きや暗闘が繰り返されそうですね。

2006-03-30 このエントリーを含むブックマーク

『君が代問題:式典での個々人の態度「憲法保障の精神的自由」 大学教員が声明 /広島』(毎日新聞)

◇「処分やめよ」県教委に申し入れ−−21人が共同で

 「式典で日の丸・君が代に個々人がどのような態度を取るかは憲法が保障する精神的自由の範ちゅうに入る」などとした共同声明を県内の大学教員計21人が28日発表し、教育現場での日の丸・君が代強制の中止と、従わない教職員への処分を行わないよう県教委に申し入れた。【吉川雄策】

 共同声明は、「精神的自由にかかわる問題を職務として服従義務があるかのように命じることは重大な憲法違反」と厳しく県教委を批判している。

 広島大の14人と広島修道大の5人、広島市立大の1人に加え、浅井基文・広島平和研究所長の連名。声明文は「県教委は、なぜ卒業式、入学式等で日の丸・君が代を教師や生徒に強制するのか」と問いかけたうえで、その違憲性とともに、強制が教育に深刻な悪影響を及ぼすと指摘している。

 申し入れに対し、岡田圭史・県教委総務課長は「趣旨はわかりました。関靖直・教育長など上司に伝えます」と述べた。

 申し入れ終了後、吉田修・広島大教授らは会見を開き、「卒業式で答辞を読む子どもたちに対し、理由を示さず日の丸におじぎするよう指導する学校もあるようだが、形から入ろうとするのはナチスの行進と同じ。一人一人が自分の行動の意味を考えさせるのが本来の教育のはずだ」と述べた。

3月29日朝刊

「精神的自由にかかわる問題について、教育現場で強制されることは問題である」なんていうことを、実際に教育現場に立っている人が言い出すなんて、とても不思議ですね。

そんなこと言ってて、実際に教育なんてできるのでしょうか?

「精神的自由にかかわる問題」なんて言い出したらキリがないと思いますよ。

学校指定の制服を着ること、身長の順番に並ぶこと、足並みを揃えて行進すること(ナチスのように?)、家で宿題をすること、名前を呼ばれたら返事をすること、etc

生徒がみんな、やりたいようにやり出しても、先生が何も強制できないなんて、おかしいでしょう。普通に。

さらに、先生まで生徒と一緒になって、やりたいようにやり出しても、私たち国民は「精神的自由を尊重しないといけませんね」などと言いながら、指をくわえて見ていなければならないなんて、おかしいでしょう。やっぱり。

特に義務教育は、私たち(主権者たる国民)が、子供達に思想教育をも含めた日本国民として身に付けるべき教育全般を施すものであり、教職員は個人の思想信条がどうであるかに関係なく、その職責を全うする事が国民の負託に応えることでしょう。

国旗に敬意を表すことや、国歌を斉唱することは、教育の一環として学校行事の中に取り入れられていることであり、それは多くの国民の意思に基ずくものです。

思想信条に従ってそれに反対するのなら、それは教育の現場で行うのではなく、プライベートな時間に個人の政治的な活動として行うべきでしょう。

どうしても教育の現場でやりたいというのなら、私塾なりなんなりを作って行うべきで、公の学校で指導者という立場の者が勝手な行動をとることは、子供達に自分の個人的な考えを押し付けているのと同じではないでしょうか?

そして、教育現場を離れて、国旗(日の丸、日章旗)、国歌(君が代)についてや、今の教育のあり方について議論することは大いに賛成ですが、生徒と向き合うべき教育現場で、教師が個人の思想信条を基に、国民の総意と相反することを生徒に吹き込むことは許されるべきではないでしょう。

国旗に対して軍国主義の影を見たり、国歌の歌詞を天皇制の存続を願うものであると考えるのは個人の自由であっても、国旗や国歌が表すものは我々の国家そのものであり、その国家に帰属していることによって受ける様々な恩恵や、国民としての義務を果たすことの意義を、生徒に認識させることが教師のするべきことでしょう。

「県教委は、なぜ卒業式、入学式等で日の丸・君が代を教師や生徒に強制するのか」という問に関しては、それは日の丸が我々の国旗であり、君が代が我々の国歌であるから、としか答えられないでしょう。

そして、卒業式、入学式などのような通過儀礼的な学校行事で、国家と国民の繋がりを意識させるために、国旗掲揚や国家斉唱を行うことに問題があるのでしょうか?

教育現場で生徒たちに日本国民であることの自覚を持たせることは、当然行われるべきではないのでしょうか?

私たち国民も国家から義務や強制をたくさん受けていますが、それは私たち自身が与えているものであり、決して私たち以外の何者かによって与えられているものだとは解釈すべきではないでしょう。

自分はたまたま日本に生まれただけで、国が勝手に決めたことに従う必要はない、というような考えは間違いであると、学校では教育するべきではないでしょうか?

私たち日本国民は、国旗に対して敬意を表すべきで、国歌斉唱の時には心を込めて歌うべきで、祖国を守るときには武器を手にして戦うべきでしょう。