積まれた本(1)

読み終わった本は、しまわずにいったん机の上に置いておいて、感想文を書いたら棚に戻す。
ことにしているのですが、わたしはいつまで経っても感想文を書かない。だから机の上にどんどん本は積み上げられて、二列になってなお一冊も減らず、もういいかげん机の上をすっきりさせたい衝動に駆られた、まさにこの時に、ずらっとコメントで済ませてしまうことにします。

 『死の家の記録』ドストエフスキー 訳:工藤精一郎

死の家の記録 (新潮文庫)

死の家の記録 (新潮文庫)

著者が体験した獄中生活の記録。すぐれた作家にはすぐれた観察眼があるものだと思うけれど、その証左のような作品。口を結んで対象をじっと見つめれば、これだけのことが誰にでもわかる、というものではない。
死の家の記録」というタイトルはまさにここが「死の家」であることを言い当てているけれど、同時に「生」があることも含んでいると思うことができます。
読む前は、作品の中でたくさんの人間が死ぬことを想像したけれど、読み終えたあとのわたしは、たくさんの人の生きた姿だけを覚えています。


 『ハックルベリ・フィンの冒険』マーク・トウェイン 訳:大久保博

ハックルベリ・フィンの冒険―トウェイン完訳コレクション (角川文庫)

ハックルベリ・フィンの冒険―トウェイン完訳コレクション (角川文庫)

すごい小説です。ともかく本当にすごい小説です。読まずに死ななくてよかった。わたしが読んだ中では『怒りの葡萄』とならぶアメリカ文学の傑作。


 『生ける屍の死』山口雅也

生ける屍の死 (創元推理文庫)

生ける屍の死 (創元推理文庫)

読んだことがあるのをすっかり忘れていた作品です。読み進めても内容もちっとも思い出せなかったのに(死人が生き返るというテーマさえもよみがえられなかった)、「スマイリー霊園」という名称だけ記憶に引っかかったために、以前読んでいたことが判明しました。いったいどんな読み方をしたものか。
死人が次々に甦る世界で、殺されたのにやはり甦ってしまった青年が、死んでいることがバレないようにしながら、自分を殺した犯人を探偵する、というミステリー作品。
死人の気持ちになって考えてみることが事件解決の糸口になる、というところがミソですね。


 『八十日間世界一周』ジュール・ヴェルヌ 訳:鈴木啓二

八十日間世界一周 (岩波文庫)

八十日間世界一周 (岩波文庫)

今年の3月に骨折して入院したのですが、入院中に読むのに最適な本でした。主人公が魅力的だし、わくわくできるし、世界を巡れるし、そもそも大金賭けてるからドキドキだし、最後は「地球が味方」で気持ちいいのです。読書好きな入院患者にわたしからの超オススメ。もちろん入院してなくてもオススメですけれどね。


 『ゴリオ爺さん』バルザック 訳:平岡篤頼

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

たいへんに不憫なゴリオ爺さんのお話です。でもそれも、第三者から見れば不憫というだけで、お爺さんにとってはそうじゃない、というところがまた不憫なのですけれど。
夫婦が仲良くするより、親子が仲良くするより、兄弟姉妹の仲が悪くないということのほうが、家族にとっては重要かもしれないと、ぼんやり思いました。


 『変身』カフカ 訳:高橋義孝

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

グレーゴル・ザムザが変身する虫は、作中の記述からわたしは巨大なゴキブリを想定したのだけれど、ひとたびそう思ってしまうともうホラー映画より怖くて、心臓が縮む思いで読みました。
ただ、すばらしい小説だということもよくわかりました。


 『にんじん』ジュール・ルナール 訳:高野優

にんじん (新潮文庫)

にんじん (新潮文庫)

にんじん、とあだ名されている男の子の話なのですが、ずいぶん酷い話で、わたしは少年の成長してゆく物語を想像していたから、口があんぐり開いてしまいました。
つまるところ、にんじんは虐待されているのです。ただ、にんじんは「虐待されている」という認識ではなく、「お母さんに嫌われている」というような意識でいるので、嫌われていることに対する不満や怒りはあっても、虐待されていることに対するそれではないのです。だから鈍感なわたしは、「え。これ、いったいどういうはなし?」と、母親のにんじんに対する虐待を、何かの冗談か、物語の伏線かと思ったくらいでした。殴られたりするわけではないけれど、ずいぶん、ひどい。


 『白夜行』東野圭吾

白夜行 (集英社文庫)

白夜行 (集英社文庫)

旦那さんがおもしろいって言うから読んだのに。最悪です。わたしの時間をかえせー。
こんなに長い話を書いて、そこかしこに思わせぶりな謎を振りまいておいて、解答を「白い影」の一言で片付けようとしてるのがみえみえなのだ。すべての真相を明らかにせよ。
というわけで、さすがのリーダビリティでございましたけれども、知りたかったことは知らされず、明らかにされると思っていたことは、ひとつも提示されずに終わってしまいました。犯人の口がすべてを語るのを楽しみにしてたのにっ!読むんじゃなかったです。あーあ。



積まれた本(2)へ続く。