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2007-06-01 「好きを貫く」ために必要なのは「能力」よりも「ビジョン」とか「戦

[][]「好きを貫く」ために必要なのは「能力」よりも「ビジョン」とか「戦略」じゃない?

なんだろう、この違和感、この気持ち悪さ。テニスボールはとりあえず相手のコートに返ったけど、スイートスポットに当たらず手元に気持ち悪さが残っているような感じ。

好きなことを貫いている人の多くは、交換不可能な能力、つまり、こういうことをお願いするとしたらこの人以外には考えられないという種類の能力に磨きをかけることに注力しています。

梅田望夫氏が言うように、好きなことを貫いて仕事にしていくためにはどのようにすればよいのか : 小野和俊のブログ

好きなことを貫いている人は、「好きを貫くこと」に注力しているだけ。結果としてそれが「交換不可能な能力を磨く」という手段になる場合もあるだろうけど、それは結果論じゃない?


「好きを貫くこと」は「好き勝手やること」じゃない。「好きを貫く」には戦略が要る。知力を絞って好きなことをやりながら周囲を納得させる方法を考えないといけない。

「好きを貫くこと」には金が必要だ。誰も霞を食って生きていくことは出来ない。好きなことをやりつつ金を稼がなくてはならない。この場合、「誰もが嫌がる仕事を代行することで金をもらう」とか「誰かに指示された仕事をこなして金をもらう」などというやり方ではダメだ。これでは「好きなこと」が出来ない。自分の「好きなこと」に周囲が関心を持ち、その仕事の将来に期待し、そのためには対価を払うことを惜しまない状況を作らないといけない。

要するに、これはビジョンだ。

要するに、これは鬼十則だ。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。

2. 仕事とは、先手先手と働きか掛けていくことで、受け身でやるものではない。

...

6. 周囲を引きずり回せ! 引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる。

...

これをやらないと「能力」を磨いても好きなことは貫けないと思う。


単に個人の生き方だけではなく、会社の経営もこうありたいものだ。「誰もが嫌がる仕事を代行することで金をもらう」のではなくて、「会社の『好き』を売ってお金をもらう」経営。つまり、ビジョンがあり、それを実現する戦略があり、それで金を稼ぐ戦術がある経営。顧客に引きずられるのではなく、逆に顧客をいい意味で引きずり回す経営。

これ、実現したいなぁ。これが僕の目標だ。野望だ。(←妄想

FujiwoFujiwo 2007/06/07 13:31 何かをやることって常に必ず「好き勝手やること」だと思ってました。


ちょっと解説すると:

「自分の意志でやってる=好き勝手やる」と考えていて、「麻酔で眠らされて操られて『やらされている』ような場合を除いてほぼすべての場合について」です。

私は、自由意志で決定したことをやっている場合は、必ず「好き勝手やってる」状態になると考えています。

「そういう意味の『好き勝手』じゃない」と反論されたこともありますが、私の中では、「どの意味の『好き勝手』も厳密には同じ意味」という結論に今のところなっています。

u_1rohu_1roh 2007/06/07 15:16 あー、それは以前からFujiwoさんが仰っていることですよね。ええ、よく分かります。そうかぁ、表現を変えるほうがいいかも。
えっと、好き勝手やったら周囲が嫌がって、結果として好き勝手できない状況に追い込まれてしまうことがありますよね。その状況を生んだのも自分の行動が原因であり自分の意思である、というのがFujiwoさんの主張する「好き勝手」だとは思うのですが、本人は実はその結果は望んでいなかった、その結果は予測できていなかった、なんてこともありがちだと思うわけです。
つまり、その「好き勝手」が本当に「自分の意思」ならOKだと思いますが、「自分の感情」に任せた行動だとすると、それは自分の望みとはズレた結果になる可能性が高いと思うわけです。そのズレを小さくするためには、何らかの戦略を練る必要があるんじゃないの?ってのが僕の主張です。
だから表現を変えると、「好きを貫くこと」は「感情に身を任せること」じゃない、ってことです。・・・あれ?当たり前すぎで全然面白くないな。

FujiwoFujiwo 2007/06/08 03:24 コメントありがとうございます。
「本人は実はその結果は望んでいなかった」の「実は」がポイントのような気がしてきました。或るいは「本当に「自分の意思」」の「本当に」辺り。

多分私は、「本当は違う結果を望んでいたのに」のような「本当」について、そっちは「本当」じゃなくて「現実とは異なった仮定」、と考えているのだと思います。「本当はこんな筈じゃなかったのに」=「現実とは異なった想定では違う結果となっただろうに」。

# 私は、「『本当は』人は全ての瞬間にベストを尽くしている」という意見に賛成なので、「本当は、こうなりたかったのに」の「本当」は、本当でなく「ありもしない仮定」となってしまいます。

FujiwoFujiwo 2007/06/08 03:31 話題を逸らしてすみません。「そっちのことを言っているんじゃない」というのはなんとなく判るんですけれど。

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