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2007-06-14 「今」か、「未来」か

[]「今」か、「未来」か

先日のエントリ(「幻想」の効用 - カタチづくり)の※欄がミョーに盛り上がってきた。哲学的で、抽象的だけど、面白い。

議論の中心はこのコメント。

『本当は』人は全ての瞬間にベストを尽くしている

正直、まだ真意は分からない。たぶん、バカの壁があるせい。分からないけど、次のエントリを連想した。

「人生の良いことは未来にあると若い頃はおもっていたものですが、今はですね、『今』しかないのだと思いますよ。今考えていることが一番楽しいですな」

no title

冒頭のコメントはこの思想、この生き方に近いんじゃないか、と思っているのだけど、どうかな。

まあ色々考えてしまうと、そもそも「過去」「未来」というものは存在するのか、「時間」というものは存在するのか、なんて考えてしまう。時間の概念なんて人間の理性(≒狂気)が生み出した幻想かもしれないなー、なんて。本当は「今此処」しかないんじゃないか、なんてね。

それに、生きる価値を未来に置いてしまうと、未来の未来のそのまた未来となって結局「死」に到達してしまう。それこそ「死ぬために生きている」ような生き方になってしまう。

では生きる価値をどこに置くか。生きる価値って何だ。本質は何だ。でもこの問いって、ラッキョウの皮をむくような虚しい思索になってしまう。

なぜ皮を剥くのか。皮の内側に実があると信じるからだ。でも、皮を剥くと、そこにはもう一枚の皮がある。

ラッキョウの皮をむいても本質は見つからない - カタチづくり

このエントリでは※欄で「縁起説」なるものを教えていただいた。

此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば、彼が滅す

と説かれる。これは「此」と「彼」とがお互いに相依相成しているのであり、それぞれ個別に存在するものでないことをいう。すなわち有・無によって示される空間的にも、生・滅によって示される時間的にも、すべての存在現象は、孤立してでなく相互の関係性によってのみ現象していることが説かれている。

縁起 - Wikipedia

結局人生に「時間の絶対軸」も「価値の絶対軸」も存在せず、ただ「今此処」の「相対関係」を生きるしかないのかもしれない。

FujiwoFujiwo 2007/06/14 16:01 強く同意します。ほぼ私の考えていたことと同じだと感じます。

FujiwoFujiwo 2007/06/14 17:26 余り関係ないかも知れませんけれど、「時間」に思うところを適当につらつら書いてみます:

あるとき「時間を過去から未来に向かってとぎれなく一定の速さで過ぎるもの、と考えるのには根拠がないのではないか?」という疑問がわきました。で、今私の中ではいくつかの思考実験の結果、「多分根拠がない」という考えになっています。

「三次元空間内は様々な方向に移動できるが、時間軸方向だけは、過去から未来に一定の速度で進むしかない」と考えている人が多いような気がしますが、これは多分、奇妙な誤解だと思います。どの軸への移動も時間を基準に測定しているのです。これでは、時間軸だけ一定になってしまうのは、当たり前です。

「過去から未来までという決まった方向に対して時間の単位で観測」すれば「観測結果が一定の方向で一定の間隔になる」のは、これはトートロジーに過ぎないように思います。

# 「東から西に向かって一定の間隔で観測したら、その観測位置は東から西への一方向に一定間隔で並ぶ」といっているようなものです。

とすると、人生は過去から未来に流れるもの、というのも単なる勘違いから生じているのかも知れません。

この辺り、時間についてもっと物理学を学ぶ必要があると感じています。

FujiwoFujiwo 2007/06/14 17:35 ちなみに、「タイムマシン」というアイディアも誤解に基づくものではないか、と疑っています。
あれは、「過去や未来に行く機械」ではないように思います。

「のびたとドラえもんがタイムマシンに乗って1年前に戻った」という事象は、「のびたとドラえもんの時間でプラス方向に観測しています。何故プラス方向に現象が観測できているのに「過去に戻ったことになる」のでしょう?

u_1rohu_1roh 2007/06/14 18:15 Fujiwoさんの考えが自分と一致していると分かり嬉しく思います。
時間の辺り、よく分かります。「時間はどこで生まれるのか」(橋元淳一郎著)がオススメです。
参考: http://d.hatena.ne.jp/u_1roh/20070325

「時間が一定の速度で進む」という表現自体がトートロジーですよね。速度というのは時間が前提となった概念ですから。
この辺を考察するには「全宇宙が唯一の時計を共有している」という「常識」を捨てる必要があると思います。そうではなくて、「位置」が違えば「時計」も違うと考えるのです。空間+時間ではなくて「時空」と考えるというか。相対性理論はたぶん、そういう理論だと思ってます・・・、正確なことは知りませんけど。
そう考えたときに、タイムマシンはどう捉えられるのか、はよく分かりません。少なくともドラえもんのような素朴なタイムマシンはちょっとおかしいですよね。

ここに量子力学の不確定性原理とかシュレディンガーの猫とかパラレルワールドとかが加わると「あー、全然分からん!」って感じです、私は。少なくとも現在の物理学は相当「哲学的」な領域に踏み込んできているのは間違いないと思います。

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