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uubの冒険 このページをアンテナに追加

2018-03-29

置時計の不思議

毎朝同じ時間に家を出る規則正しいアライグマです。こんばんは。

出勤時間が同じなのだから、家を出る時間も同じで当然だと思うのですが、以前はそんなこと、していませんでした。どうしてしていなかったのか、している今となっては謎ですけれども、でもしていなかったときの私は、きっちり同じ時間に家を出る人が謎でした。

世の中は謎がいっぱいですね。

していなかったときのことは機会があればまた書くとして、今日は、「同じ時間に家を出る」今のことを書きます。

毎朝、8時30分に家を出ることにしています。8時28分までには準備万端整えるようにしています。エアコン切って、こたつも切って、ガスの元栓締めて、トイレに行って、上着を着て、マフラー巻いて、右ポケットにあるはずの定期券を上から叩いて確認して、左ポケットにあるはずのマスクを取り出して耳にかけて、一度やかんで沸かして冷ました水道水ペットボトルに移し替えてリュックへ入れる、というような準備です。

25分くらいに終わるときもあれば、31分までかかったな、というような日もありますが、だいたいそれくらいです。31分は、わたしの中ではまあ30分と同じようなものです。


毎朝、8時30分に家を出ることにしています。

がしかし、これは正確な言い方ではありません。

テレビの横の置時計が8時30分になったら家を出ることにしています。


テレビの横の置時計は、かねてずっと、5分ほど進んでいました。わざとそのようにしていたのか、自然にそうなったのか、わたしは知りません。時計クラゲのもので、置き場所を決めたのもクラゲで、わたしが別の位置に動かしたときには苦情が出ましたし、正しい時間に直したら?と提案したときも難色を示されましたので、この時計クラゲの一存で設定されています。その時計が、最近では10分弱進んでいました。


わたしは、テレビの横の置時計が8時30分になったら家を出ることにしています。


その日は少し余裕があったのです。テレビの横の置時計は8時28分を指していました。さあ行くかと腕時計を手にしたら、腕時計はいつもの時間よりも5分進んでいる。え。なんで。あの置き時計遅れ始めたのかな。と考えている暇もありません。急がなければ遅刻です。腕時計のほうが進んだのかとも考えましたが、通勤中の様子がその可能性を打ち消しました。普段駅の近くですれ違う人に家の近くですれ違い、お迎えの幼稚園バスを待っている親子はその場所におらず、いつもなら駐車場から事務所に向かうところで行き会う人が、事務所から出てきて車に乗り込もうとしている。

急げ急げ。


そういう出来事があったのです。


その日の夜、クラゲに「あの置時計時間直した?」と尋ねましたところ、「あ、ちょっと直した」と。


んどりゃぁ、そないなことしたらこっちは遅刻するだろうがよっ!ちったぁ考えろや。


とはもちろん言いませんけれども、「えー。教えてよー」とは言っておきました。


が、そこから問題はまだ解決していないのです。


5分強戻された時間に合わせて、アライグマは戻された時間の分だけ行動を早めることができずにいるのです。

8時30分に出ていたのを8時25分に出ればいい。それはわかります。でも朝起きて置時計を見て、あれ今日はちょっと早起きだな、と思ってしまうのです。朝ごはんを食べて、お、まだこんな時間、と思い、髪の毛結んで、まだ余裕。歯を磨く段になって、あれ、けっこう押してるな、とようやく気がつき、上着を羽織るくらいになると、やべ、遅刻する、と慌て出す。そんな朝がかれこれ2週間くらい続いています。5分早めればいいだけなのに、なかなかできません。


人生には不思議なことがまだまだいっぱい。。。

2018-03-16

賄いがオムライスだった日


この日の賄いはオムライス

帰るときにキッチンへ顔を出すと、別の顔がこっちを向いていました。

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きゃー、かわゆいー。なにこれー。


って、オムライスの余ったライスで作ったおむすびです。見ればわかります。

カサレッチェ(Casarecce:パスタの名前です)君が作ったようです。5つ6つ並んだおむすびのうちのひとつだけ、このようにかわゆくなっておりましたので、もちろんわたしはこれを選びました。


持って帰ってクラゲに見せると、「どことなくうーぶさんに似てますね。」と言います。


わたしに?まさか。似てるかな?」

「似てるよ。たぶんうーぶさんだよ、それ。」

「え。そうかな。そうなのかな。」


似てます?


翌日、カサレッチェ君に「旦那さんがね、わたしに似てるって言ってた。」と言うと、意外や意外。「あはは、似てるかもしれませんね」くらいの返事だと予想していたのが、カサレッチェ君はむしろ真顔になって「そう!そうなんですよ。うーぶさんをイメージして書いたんですよ。さすが旦那さん」と。


そうなんだ、やっぱりわたしなんだ。

なんか、うれしいぞ。かわゆいし。


ちなみに、持って帰ってきたときは、リュックの中で他のものに押されて、側頭部がへこんでいました。

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わたしだとわかっていたらもっと大切に持って帰ってきましたのに。でも食べるからいっしょか。あは。

2018-01-10

夏休みとは

AmazonPrimeミュージックで、2017年ランキングを選んだら、何曲目かで知らないいい曲が聴こえてきたから、耳を傾けていたら、


「キミのいない世界など、夏休みのない8月のよう」


と歌っていた。




ふつーの日ってことじゃん。と思ったわたしはおばさ、いえ、大人証拠

2017-12-29

餅は切り餅

母親のタツコさんから電話がかかってきて、「うーぶちゃん、お餅いる?」って言うから、「うん、いる。」って答えたら、思ってたのと違うのが届いて驚いている。


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ひとりっこ育ちのうーぶは、餅と言ったら切り餅だと思ってるから、まさかロール巻きで届くとは思いもしない。


途方に暮れていたら、リンゴの皮むきはできないクラゲが、みずからすすんで包丁をとり、切り餅サイズに切って、ラップして、冷凍してくれました。いいぞ、クラゲ


わたしはこの餅をお正月に平らげるだけ。結婚してもひとりっこはひとりっこでございますので。

ひとりっこでよかった。


それではみなさま、よいお年を。

2017-12-19

キッチンタイマーグマ


炊飯器キッチンタイマーの代わりにしているアライグマです。こんばんは。

お米を炊かないときの炊飯器は時刻を表示していますので、たとえば10分計りたいと思ったときに表示が20時15分だったら、20時25分を待つのです。

お米を炊いているときは「炊き上がりまで何分」の時間が表示されますので、たとえば8分計りたいときに「あと15分」が表示されていたら、えーとえーと。。。「あと7分」!になるまで待つのです。

これがアライグマの炊飯キッチンタイマー(秒単位には対応しておりません)。

大変役に立っています。

ただ、この炊飯キッチンタイマーにも欠点がありまして、時間になっても教えてくれないのです。あくまでもご飯が炊き上がったことしか知らせてくれません。炊飯器としての自負があるのでしょう。

その自負を尊重しつつ、でもお知らせしてくれるタイマーがあったら便利だなーとも思っていました。高額なものではありませんので、とっとと買えばいいのですが、炊飯キッチンタイマーで間に合っている現状に甘んじておりました。

が、ついに。偶然の出会いがこの現状を打破するべく、わたしの背中を押してくれたのです。


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キッチンタイマーグマ」です。ご覧のとおり、アライグマのグマ部分が表現されています。うれしくて、つい買ってしまった。


さっそく昨日、パスタを茹でる時間を計りました。時間になると、クマッ、クマッ、クマッ、とは鳴らなかったのがほんの少し残念です。

2017-12-15

52+3円切手

毎年年賀状を、手書きで書いているアライグマです。こんにちは。

ボールペンでもなく、サインペンでもなく、フリクションでもなく、かといって墨と硯まで用意する意気込みはなく、ぺんてる筆で書いています。ペンペン

毎年とにかく面倒なので、って面倒だなんて言ってはいけませんけれども、プリントにしようかと思うのですが、いかんせんやったことのない方法は何からどうしたらいいのかわからなくて、それで面倒くさく感じられて、結局手書きなのです。


年賀状は必ず、お年玉つきを買っています。なぜなら、わたしお年玉のついた年賀状が欲しいからです。だって当たるかもしれないじゃないですか。当たったら嬉しいじゃないですか。だからみんなにもお年玉つき!と。

でも今年、買い物に行った先で年賀状を探したら、お年玉つきは絵柄が気に入らなかったんです。また別の日に別の場所まで年賀状を選びに行くほどの意欲もなくて、どうしようかと悩んでいたところに、クラゲの一声、「お年玉はなくていいよ」と。


「そうかな、なくてもいいかな」

「いいよ」

「でもあったほうがよくない?」

「いいよ、べつに。」

「でもあたるかもしれないし」

「あたんねーよ」


。。。。


ということで、人生でおそらく初、お年玉のついていない年賀状を買ったのです。が、やはり、お年玉のついていない年賀状を送るのは味気なく思えていました。まあでも買ってしまったものは仕方ありません。今年はポストカード年賀切手を貼って送る、そう納得して、あれ、そういえば年賀状切手代って52円のままだっけ、どうだっけ、と調べてみると、検索画面のところどころに出てきた「お年玉つき年賀切手」の文字。なんだこれは。見たことも聞いたこともないけど、いまわたしがもっとも欲しているものっぽい!


それがこちらです。

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ご挨拶の枚数分ぴったり購入できて、年賀状書くの楽しくなってきました。



今年もあとわずかです。

2017-11-17

50円切手


ハガキの郵便代が62円になった今、

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50円切手の使いにくさといったら、もう。

春のオーラも出てるし。


春夏秋冬使えるように、遠山の金さんの12円切手がほしい。

2017-11-15

コノハンキャンプ

クラゲのお勤めする会社、「切株会社コノハン」の社内キャンプに行ってきました。


社内キャンプと申しましても、定例行事などの本当は行きたくないと思っている人がたくさんいる会ではなく、酔っ払って騒ぎたいだけの飲んだくれが集まる、いや失礼、仲間との交友を深めようとする有志が集う、どちらかといえば私的キャンプです。

不定期ながらも年に数回開催されるこのキャンプには、コノハ社員だけでなく、「コノハ社員家族」「コノハ社員恋人」「元コノハ社員」など、「(切)コノハン」とつながりのあるメンバーが参加して、わたしクラゲの飼い主として、今回、何度目かの仲間入りを果たしてきた次第です。


何度目かの参加で気づいたことがあったので、その話を少し。


あるコノハ社員のご家族で、ミドリさんという奥様がいらっしゃいます。3歳前後のふたりの小さな子供たちも一緒に、キャンプにはいつも家族4人そろって参加です。

ご主人はいつもニコニコしていて、お酒を飲んではニコニコ、お肉を食べてはニコニコ、みんなとしゃべってニコニコ、誰かに「食べて食べて」「飲んで飲んで」と勧めてニコニコ、ずっとニコニコしていて、いつまでニコニコしてるんだろうなーと思って見ていると、最終的にはニコニコしたまま寝ています。

一方で、奥様のミドリさんはずっと立ち働いています。テーブルのセッティングに始まって、全員のコップ、紙皿、箸、おつまみ、紙ナプキンウェットティッシュ、ゴミ袋、まな板に包丁、懐中電灯ランタンキャンプに必要なあれこれすべて適材適所に準備して、みんなの飲み食いが始まれば、そこからミドリさんは後片付けを始めるのです。誰かが空にした置きっぱなしの缶を捨て、誰かが食べ汚したテーブルを拭き、誰かが落とした箸を拾い、必要とあらば遠く炊事場まで水を汲みに行く、という。しかも誰にも何にも言いません。「こっちお願い」とか「誰かこれ手伝って」とか。いっさい、ありません。自分で見て、自分で決めて、自分で動いて、おそらく家でもそうであるようにキャンプの間中もずっと静かに働いています。


今回も同じように、ミドリさんは立ち働いています。


コノハ社員および関係者の全員が好き勝手に騒いでいる中、ミドリさんだけいつも静かに働いているのを、わたし不思議に眺めていました。「ミドリさんは嫌じゃないんだろうか」という疑問もありますが、どちらかというと「どうして誰も注意をしないんだろう」と。

社内関係者の集まりですから当然、先輩後輩などの上下関係はあります。ミドリさんのご主人は、参加者ほとんどの先輩にあたる人です。その先輩の奥様ひとりが黙々と立ち働いているのに目もくれない後輩社員に対して目もくれない先輩社員たちよ。なぜだ、と。「おまえら、ちっとはミドリさんを手伝え」くらい言っていいのではないか、と。いや、言ってしかるべきじゃないか、と。


でもみんな飲んではしゃいで楽しいのだし、なによりミドリさんがこれっぽっちも気にしていない様子なので、おそらくこのままでいい、というより、このままがいいんだろうな、そういう会なんだろうな。でもきっと解散する前にはみんなでミドリさんにありがとうございましたの一言くらいはあるんだろうな、そこはやっぱりけじめとして当然、と思っていたら、それもない、という。


今回もやっぱりありません。


それがずっと不思議だったのです。注意もなく、感謝もなく。こんなことでいいのかコノハン、と。

そこで「切株会社コノハン」への疑問ではなくて、自分への疑問に変えてみたんです。どうして(おそらく)わたしだけが不思議に思っているのだろうか、と。後輩たちを注意しない、ミドリさんへの感謝を口にしない、そのことをどうしてわたしだけが強く気にしているのだろう、と。


そう考えたら答えが出たんです。これは「社風である」と。


わたしは今の会社で働き始めて10年経ったのですが、他人への気配りや、人に対する感謝を、ともかく日々、意識づけされてきました。配慮する、感謝する、謙虚でいる、それが社会人としてもっとも大切で必要なことである、と。でも言い方を悪くすればそれは会社から「植え付け」られたものであるということに気がついたのです。

そういう視点で思い返してみると、わたしはもはや「感謝するべき人を探している」ような気さえします。あるいは「誰かに気配りを見せないと落ち着かない」のかもしれません。ありがとうございます、おそれいります、と謙虚な姿勢を見せないと叱られてきた過去が、たぶんそうさせるのでしょう。めっちゃくちゃ、叱られるので。


だからね、何が言いたいかわからなくなってきたので、簡単にまとめちゃうと、

「それでいいのだ、コノハン」と思ったのです。


また行きたいです、コノハキャンプ。って、こんなこと書いて行かせてもらえるかな。。。

2017-10-25

今日は冒険の日

大変お久しぶりです。うーぶです。

そういえばわたしうーぶだったなぁと、いまここで思い出しているくらい長いことうーぶから遠ざかっておりましたが、ひとまず戻ってまいりました。

パソコンの画面に向かって自分の文章を書くのもずいぶん久しぶりのことで、いまいちリズムがつかめていません。いままでどうやって書いていたのか忘れてしまいました。やはり何事も訓練が必要ですね。

リハビリだと思って、つらつらと書いていくことにします。


わたしブログを書き始めたのは2005年か06年で、大学卒業した年だったかその翌年だったか。学生という身分を修了すると同時に「自分の文章を書く」という機会がなくなって、たとえば字を忘れてしまったり、言葉を忘れてしまったり、考えをまとめる力が衰えてしまったりするのではないかという不安から「日常的に文章を書くため」に始めました。

ブログを始めた時期にもよく耳にしましたが「なぜ日記ではいけないのか」とは、自分でも問いかけたように思います。「日常的に文章を書く」ことが目的なら日記でこと足りるはずですから、どうして「日記」ではなく「ブログ」を選んだのかは、正直、今もって疑問です。見ず知らずの他人日記(のようなもの)をわざわざ晒すわけですから、自己顕示欲の表れだと言われれば、まあ、そうですよね。それがないとは到底言えるものではありません。

ですので、わたしブログを始めた理由は「自己顕示欲」だったとします。そもそもわたし自己顕示欲が強めのアライグマですからそうなのでしょう。がぉ。

その自己顕示がかれこれ10年以上も続いて、今となっては「uubの冒険」を楽しみにしているファン存在を感じることができるのですから、自己を顕示してよかったと、いや、自己は顕示しなければならない!がぉぉーっ!!と、思いを新たにしているところです。

だんだん調子が戻ってきた感じがします。しますよね?


さて、そのブログをしばらく更新していません。理由はひとつではないのですが、ひとつだけ書きます。


今よりも上手な文章を書けるようになりたいのです。


たとえば字を忘れてしまったり、言葉を忘れてしまったり、考えをまとめる力が衰えてしまったりするのではないかという不安から「日常的に文章を書くため」にブログを始めたと言いましたが、10年前のわたしは書き続けることでそれなりに上達もしていくだろうと思っていました。上達は、したかもしれませんし、さほど変わっていないかもしれません。10年前と比べて悪化しているということはないと思っているけれど、訓練されたという確かな手応えはありません。まだまだまだまだまだまだまだまだなんにもできていない。

ですから新しいステップを踏もう、と。このままブログを書き続けても、わたしが目指しているところには辿りつけないだろう、と。

新しいやり方を始めて、ブログ更新まで頭も手もシッポさえも回らないのですが、このまま辞めてしまうのは忍びなくて。どうにか続けていく方法はないものかと、月に1回でいいから更新する時間がどこかで作れないかと考えたところ、ありましたありました。


クラゲ飲み会で遅くなるから夕飯を作らなくていい日。


というわけで、今日クラゲ飲み会です。

というわけで、今日は「uubの冒険」の日です。


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2017-06-23

聞かぬは一生の恥じ


「なんでもかんでもすぐ人にモノを聞くな」という意見をよく耳にしながら「なんでもかんでも聞いたほうがはやい」と思って生きているアライグマです。こんばんは。


最近コンビニでの支払いにICカードをよく利用するようになりました。なぜなら、職場では、わたしに与えられた私物スペースが小さいので小さいバッグを使うことになり、バッグが小さいので小さいお財布を使うことになり、財布が小さいので小銭が増えると財布の形がいびつになり、いびつな形の財布が入ったバッグの形もいびつになり、いびつなバッグを持ったわたしの心もいびつになって、と、最後のは別のことが原因かもしれませんが、ともかく、いびつな形を避けるために、ICカード利用、となったわけなのです。


便利ですよね。小さいお財布から小銭を出し入れしなくていいのはとても楽ちんです。


使っているのは交通ICカードマナカなのですが、わたしは支払いはできてもコンビニでチャージはできないと思っていました。なんとなく。交通ICカードを使うからには、チャージは券売機だろう、と。


でも今日聞いたんです。「ICカードってここではチャージはできませんよね?」と。そしたら「できますよ」って。

「そうなんですか。なんでもできるんですね。」「そうなんですよ。なんでもできるんですよ。」と。


マナカコンビニでチャージできるわけねーだろ」って思われるのいやだなーと、尋ねるのには少しばかりの勇気がいったのですが、やはり聞くのがいちばん


ちなみに、なんでもかんでも人に聞くのがいちばんと思って生きてきたわたしが得た「人にモノを尋ねるときの教訓」は、「なんでもかんでも人にモノを聞くなと思っている人(クラゲ)に聞いてはいけない。」です。大事なのは尋ねる内容ではなく、誰に聞くか、です。


これがわたしの小さくて有能でかわいいお財布(クラゲつき)。

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