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2007-06-16 Alternate Gothicゴシック起源説の起源 このエントリーを含むブックマーク

ゴシック体とかサンセリフ体とか呼ばれる系統の書体をば、敢て「リニア書体」と称して、以下のメモ群を記す。

先日http://d.hatena.ne.jp/uakira/20070607さ記した理屈で《Alternate Gothicゴシック起源説》を否定するだけの内容を綴る準備は、実は『ヘルベチカの本』発売の直後には済んでゐたんだども、《Alternate Gothicゴシック起源説》の起源ば調べてみっぺと思ってしまったために発表の時期を逸してしまってゐた。満足がいくまで調べ終えたわけでは無ぇんだども、追加調査が出来そうにないので、昨秋までに眺めてゐた状況ばメモに残しておくことにする。

さて、欧文組版に関しての邦文に欧州の基準が持ち込まれて、リニア書体をゴシックではなくサンセリフと記しはじめるのはいつ頃のことだらうか。――さういふ思ひから行き当たったのが、次の三点。

  • 二葉商会『欧文活字』*1の一三頁〜一六頁に「欧文活字の書体」といふ項があり、ローマン、イタリック、ゴシック(サンセリフ)、スクリプト、フアンシイ・タイプの五種に大別しつつ各々が解説されてゐる。ゴシックの項に曰く「本邦でゴシックと通称してゐるものは、近来“サンセリフ”といふ正しい名称で呼ばれるやうになりつゝあります。これは線に太細のない、太い一様の線で描かれた文字で、主として広告組版に使用される他、書籍、雑誌、新聞の見出しとして愛用されます。ゴシックに就いてご注意申上げたいことは、欧州大戦後全く新しいゴシックが製作され、それ以前の古いゴシックは今日では過去の遺物となってしまつたといふ事実です。」云々。
  • 井上嘉瑞・志茂太郎『ローマ字印刷研究』*2の「HONCO双書」版三一頁に曰く「第四世カスロン(一八一五年頃のカスロン商会の主人)やフィギンスは何も古代ギリシア文字にヒントを得てサンセリフ書体を考案したのでは無くて、当時流行のエヂプシャン系書体のセリフを削り取って見ただけのものであつたらしい。その結果、このサンセリフは当時のエヂプシャン系書体の欠点を又もや完全に継承し、寔に審美的には不完全な代物たるの已む無きに至つた。それでも、何でも変つたものの好きな十九世紀の悪趣味に合致したらしく、サンセリフとかゴシック(専ら米国の呼称)とかグロテスクとかいふ名で続々とサンセリフ系書体が印刷界に殺到した。」云々。また同一〇一頁に曰く「本邦活字の所謂ゴシック体は、欧文活字のサンセリフ系書体の模倣であることは周知の事実である。サンセリフ系書体は、米国に於てゴシック体といふ名称を以て呼ばれてゐるので、本邦に於けるこのサンセリフ的漢字書体も米国式にゴシックの称呼を受ける様になつてゐる。」云々。
  • 高岡重蔵『欧文活字』*3の二二頁〜二三頁にある「サンセリフ系」書体の解説に曰く「わが国で一般にゴシック、またはゴジックと称している書体の正しい名称である。サンセリフ(Sanserif)はフランス語のsans serifつまり「セリフ無し」の意味で、書体を単的にいい表している。」云々。ちなみに、『ローマ字印刷研究』と高岡『欧文活字』は、欧文活字書体を次の八つに分類。――ゴシック系、ヴェネチア系、オールド・フェイス系、モダーン・フェイス系、イタリック系、スクリプト系、エヂプシャン系、サンセリフ系。

井上嘉瑞が『印刷雑誌』に投げた檄文を受けて、馬渡は敢て「本邦でゴシックと通称してゐるものは、近来“サンセリフ”といふ正しい名称で呼ばれるやうになりつゝあります。」と記したんぢゃないかと思ひ、「田舎臭い日本の欧文印刷」掲載前後の『印刷雑誌』ば通読して「ゴシック」と「サンセリフ」の出現率ば調べてみっぺと考へたんだども、機会を得ないまま本日に至ってゐる己だ。

ともあれ、先の『ローマ字印刷研究』が記してゐるやうに、一八一六年(文化十三年)William Caslonの見本帳に出現した「Two Lines English Egyptian」と称するリニア書体活字、また一八三二年(天保三年)Vincent Figginsの見本帳に出現した「Two-line Great Primer Sans-serif」と称するリニア書体活字とWilliam Thorowgoodの見本帳に出現した「Grotesque」と称するリニア書体活字、――これらが、欧文リニア書体活字の嚆矢であるといふ。

http://typefoundry.blogspot.com/2007/01/nymph-and-grot-update.html

http://typeculture.com/academic_resource/articles_essays/pdfs/tc_article_16.pdf

更にITCのトレカによると、Boston Type and Stereotype Foundryが一八三七年(天保八年)の見本帳に「GOTHIC」という名の活字を載せたのが、リニア書体活字の米国デビューらしい。

http://www.itcfonts.com/NR/rdonlyres/78DBF118-EACB-48F7-A0F4-9B619F506A90/0/ITC_Trading_Card_back_04.pdf

リニア書体一般の呼称に関して《欧州ではサンセリフと呼ぶが米国では*誤って*ゴシックと呼んでゐる》といった話を目にすることがあるが、一八三〇年代〜一八四〇年代の状況から、「誤って」云々と言えるのかどうか。何しろ当時の欧州はメッテルニヒ体制下、例えばフランスやドイツは国民国家化していねぇし当然各々の「国語」も充分には成立してゐない。連合王国にしてもイングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランドの各々で、ひょっとすると活字文化が微妙に異なってはゐなかったか。欧州でリニア書体一般の呼称が「サンセリフ」に「統一」されるのは、いつの出来事なのか。――という疑問を己は持っているんだども、これを調べる術があるのかどうか、よく判らない。

閑話休題。一九五〇年代の入門書の類に、非常に興味深い事例がある。意図したプロパガンダと思はれる二点と、まんまとひっかかっちゃったと思はれる人の三著作。

  • 勝見勝『ABCの歴史』*4の六一頁、「サンセリフ(ゴチ)」の項に曰く「セリフとは附属物の意で、ローマン活字の上下についている、小さな線(毛線)のことであり、サン・セリフとは、これがない活字体をいう。19世紀に入ると、広告やポスターの利用が盛んになり、人目をひくために、力強い書体を要求した。こうして、サン・セリフは、1832年に、イギリスの広告図案家の大家フィギンスによって作られた。線に太い・細いがなく、黒々として、かたまりのような書体である。また、それよりも前に、カスロン4世という印刷家が、ドーリックと呼ぶ活字を作った。ロンドン・タイムズ紙は、1830年頃より、このドーリックを見出しに使い始めているが、これも一種のサン・セリフであった。その後、1903年にはアメリカでも、アルタネート・ゴシックと呼ぶ一種のサン・セリフが作られたが、わが国でゴシックとか、ゴチなどとよばれるのは、このアメリカ流のよび方にはじまり、サン・セリフというのは、イギリス流である。」云々。
  • 晃文堂『KOBUNDO'S TYPE BOOK』*5の一五六頁に曰く「日本でこの書体をゴシックと称しておりますが、これは、米国でこのサンセリフの名称が間違ってつけられ、このまま日本に渡来して来たのです。」云々。
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  • 高橋定『英字デザイン集』*6の八頁〜九頁にある「アルファベットの分類」は、ローマン、ゴシック、テキスト、イタリック、手書体マヌスクリプトの五分類で、ゴシックについてかう書かれてゐる。「同じ巾の運筆で書かれたすべての字がこれに属し、現在我国で角ゴチ、丸ゴチ等と呼ばれているこの書体は十八世紀以降になってはじめて活用されたもので、昔のゴート(GOTH)文字を起源とする十四五世紀に栄えていたふるいゴシック体とはその性格を異にする。」
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  • 高橋定『英字レタリング』*7の六七頁に曰く「ここでゴシックというのは、線の巾が同じに書かれた角ゴチとか丸ゴチなどといわれ、現在だれにも知られ親しまれている書体のことで、イギリス流にはサン・セリフSan serifともいっている。歴史的なゴシックといわれる筆記体は、オールドイングリッシュに似ているブラックレターで、縦の線を強調した重々しい感じの、宗教に縁の深い文字である。アメリカではテキストと総称している。現在のゴシックは18世紀頃に起り、20世紀に入ってアメリカで作られたアルタネートゴシック(83頁)が広く知られた始まりで、古典的筆記体のゴシックと、いまのゴシックとは同じ称呼からしばしば混同されるので、それを知っておく必要がある。」云々。
  • 高橋定『レタリング300』*8の九二頁に曰く「サンセリフとはセリフ(ひげ飾り)のない書体のことで、単純さがその特徴である。1832年イギリスではじめて案出され、その後1903年アメリカで作り出された活字に、オルタネート ゴシック Alternate Gothicという名がつけられた。以来セリフのない、線の太さが一様になっている書体を、アメリカではゴシックとよぶようになった。」

孫引き恐るべしといふべきか。《米国流》分類を全面採用してゐた『英字デザイン集』を捨て去り《欧州流》に転向することとなった、勝見『ABCの歴史』からの最初のコピーである高橋『英字レタリング』の記述「現在のゴシックは18世紀頃に起り、20世紀に入ってアメリカで作られたアルタネートゴシックが広く知られた始まりで」は、ひょっとするとAlternate Gothicが爆発的に売れ地球規模でかつてないほどに広まったといった実績があるなら嘘ではないと言えるが、次のコピーである高橋『レタリング300』の記述「その後1903年アメリカで作り出された活字に、オルタネート ゴシック Alternate Gothicという名がつけられた。以来セリフのない、線の太さが一様になっている書体を、アメリカではゴシックとよぶようになった。」は嘘である。記述にオリジナリティーを出そうと足掻くのは勝手だが、コトバ弄りが過ぎると事実が曲がってしまふ。

ともあれ、高橋説の曾孫と言ってよいだらう者共が、今日もどこかでAlternate Gothicゴシック起源説を唱えてゐるのを、我々は目にしてゐるのである。Sigh。

ところで、先日http://d.hatena.ne.jp/uakira/20070607さ記した、明治初年に日本にやってきた「GOTHIC」活字なんだども、我々一般人が目にすることが出来る証拠が二つある。ひとつは明治十年(一八七七年)の紙幣局活版部『活版見本』(印刷図書館蔵)。そこではリニア書体の呼び名が「GOTHIC」「DORIC」「LATIN」など様々である。もうひとつの、明治十八年(一八八五年)の印刷局活版部『活字紋様見本』(国会図書館蔵)ではリニア書体の名称が「GOTHIC」に一本化されてゐる。

*1皇紀二六〇〇年(昭和十五年/一九四〇年)木村房次の前書き(御挨拶申上げます)によると、印刷雑誌社の馬渡務が記述を担当し三友舎猪塚良太郎が組版印刷を担当とのこと、印刷図書館所蔵

*2:昭和十六年(一九四一年)「書窓」第十巻第六号及び第十二巻第二号、平成十二年(二〇〇〇年)「HONCO双書」isbn:4887521227

*3:昭和二三年(一九四八年)、復刻版平成十六年(二〇〇四年)isbn:4870851768

*4:昭和二八年(一九五三年)、さ・え・ら書房、宮城県図書館所蔵

*5:昭和三〇年(一九五五年)初版、昭和三二年(一九五七年)再版、リョービ所蔵

*6:昭和二七年(一九五二年)、イヴニングスター社

*7:昭和三〇年(一九五五年)、柴生書院、著者が巻末に掲げた参考書が二冊あり、一冊が大宮・小川教授共著『西洋文字と図案』(一九三四)で、もう一冊が勝見勝『ABCの歴史』とのこと。国会図書館

*8:昭和三五年(一九六〇年)、