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2015-11-15 《著者便り》ふくもと まさお氏(3) このエントリーを含むブックマーク

ベルリンから著者便り(3)ふくもとまさお

 

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対話について

 

 今年(2015年)は夏から秋にかけて2回、日本にいく機会がありました。それを利用して、日本では全体で8回話をしました。戦後70年となる今年、特に日本の若い人たちとドイツの戦後について話をして対話したかったからです。その他にも、出したばかりの「小さな革命」の朗読会では、本の朗読会でありながら、結構政治的な話をしました。

 日本で対話をしたかったのは、東ドイツの民主化運動の発端が、市民同士が対話をして国の将来について議論することにあったからです。元々、ドイツでは政治的な議論が市民同士の間で活発におこなわれています。自分の政治に対する意見をぶつけ合う。それは、ドイツでは当たり前のことなのです。

 しかし、日本では政治的な話を避ける傾向があります。真剣な議論になって、互いに本音をいうのを避ける。今回日本で知り合ったある社会心理学の先生は、日本人には対話はできないとおっしゃいました。お互いの関係とその場の空気を読んで話をするので、お互いの意見をぶつけ合うまでの議論にはならないというのです。

 第二次安倍政権が誕生して政治がかなり右寄りに傾き、政治権力の力で政治を行なう傾向が強くなるばかりです。1票の格差の問題から選挙法が違憲状態にあると裁判所が判断している状態では、選挙で選ばれた政治家は違憲状態の議員です。そして、政府も違憲状態にあるということを忘れてはなりません。この状態で政治を行なうには、本来であれば、その状態を認識して国民に忍耐強く説明しながら、社会的コンセンサスを求めて政治を行なっていかなければならないはずです。それが、民主主義の本来の姿だと思います。しかし、今の政治は国民の声を無視した政治権力の暴走です。

 この政治状態は、ぼくが暮らしていた社会主義独裁体制下の東ドイツの時代とたいへんよく似ているところがあります。その社会主義独裁体制を崩壊させた東ドイツの民主化運動。それは、東ドイツ市民が社会を変えるために試みた市民同士の対話からはじまりました。秘密警察に監視されている状態で、市民同士が自宅に人を集めて対話をする。それは、自分が危険人物として拘束されるのを覚悟しての行動でした。それを見てきた体験から、ぼくは今の日本でも、市民の対話が非常に大切だと思っています。

 実際日本で対話をしてみて感じたのは、市民の中に対話がしたい、今対話が必要だと感じられていることです。5つの大学で戦後問題について話をしましたが、若い人たちが二度と戦争を起こしてはならないとしっかりした意識を持っているほか、憲法に関してもその意味と内容がはっきりと認識されていることがわかりました。これは、ぼくにとってとてもうれしい驚きでした。

 対話をはじめる。それは、簡単なことではないかもしれません。しかし、自分の生活の中、身の回りの近いところで少しずつ社会の問題や政治について話す機会をつくっていく。2人だけで、あるいは3人くらいの小さなサークルでまず自分の身の回りの問題から話してみる。お互いの考えの違いを知ることも大切だと思います。それが互いに尊重しながら対話をする土台になるはずです。そして、違う考えを持った人から刺激を受ける。それぞれの考えがまったく同じだということのほうがおかしいのですから。

 東ドイツ市民がはじめたように、それがだんだん大きなサークルとなって社会に変化をもたらす大きな力になるかもしれません。今度日本を訪れる時には、ぼくもまたそうしたサークルの中に入れてもらいたいと思います。

 

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↑ふくもとまさお氏による講義の様子

 

★9月から10月にかけて日本に一時帰国していたのを利用して、東京電力福島

原発の脇を通る国道六号線いわき市から北上して、双葉町までいっ てきま

した。

その時撮影した写真をホームページベルリン対話工房」に「国道6号線を行

く」のタイトルでアップしましたので、このブログでも紹介しておきます。

 

ベルリン@対話工房:国道6号線を行く(1) ←こちらのリンクをクリックしてください

 

 

 

 

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