写真の内側・外側研究会

2016年09月15日

ウチそと研通信148 −「写真ノート」(大辻清司著)をもう一度読み返す−

2001年に亡くなった写真家大辻清司さんの本格的な型録/資料集が少し前に刊行された。この資料集は「大辻清司」−武蔵野美術大学 美術館・図書館 所蔵作品目録−と題され、500ページ近いボリュームがある。タイトル通り、武蔵野美術大学美術館・図書館に収蔵されている大辻さんの写真作品などが網羅されている。刊行は武蔵野美術大学美術館・図書館。もちろん私たちが目にした大辻作品のすべてではないけれど、逆にこれまで未見の作品も数多くあって見ごたえのある資料集となっている。また作品分類もきちんとされているので、一般的に大辻さんの仕事を俯瞰、把握しやすい。

今回の資料集は写真家としての大辻清司を追跡するものだが、対話する、あるいは対話できそうな人としての大辻清司を読み取ることができるのが「写真ノート」(大辻清司著・1989年・美術出版社刊)と言う本だ。今回刊行された大部な資料集を眼にして、もう一人の大辻清司を久しぶりに読み返してみた。大辻さんの写真論考集として密度の高いもので、何度も目を通している。映像全般がデジタル化される前の論考ではあるけれど、個人的に現在、目の前にしている課題に対する向かい方を、大辻さんの文章の中で重ね合わせることができることが多い。大辻さんはできるだけ平明な語り口で、自分自身と対話しながら書き記しているので相変わらず読みやすく感じる。この本の中では長年に亘り写真の何かを教えることを続けてきた大辻さんが、学校の生徒達、そして未知の読者達とのやり取りを反芻しながら考えを進めてもいる。自身との対話の中に他者との対話も含まれていくテキストである。そのやり取り、考えの道筋が読む者にも見えてくるので面白いのだと思われる。また学術的な論考とは異なり、撮影する一人の写真家としての動機から文章が起こされているのも、撮影する者にとって近づきやすく思えるのかもしれない。この「写真ノート」は1984年から1988年まで「アサヒカメラ」誌に連載されたものをまとめている。大辻さんが61歳の時に始めた連載だ。カメラ雑誌への写真論的寄稿はそれ以前にも「カメラ毎日」などにも多数あり、どれも読みやすく、人の機微に触れる文章である。何度も読んでいるはずの文章だが、今回の読み直しでも「黒白写真の大義」などという項目は、また何かの折に読み返してみることになりそうな予感がしている。ずっと以前、代々木上原のお宅に何度か伺う機会があって、アトリエに置かれていた未完成の鉄道模型レイアウト、未開封のプラモデルキットなど、どこか過程の状態と大辻さんのことが記憶の中で一緒になって思い出される。

2016年09月04日

ウチそと研通信147 −「ポンピドー・センター傑作展」など−

8月初めに見た都美術館のポンピドー展のことなどを備忘しておこうと思いつつ、もう9月だ。パリのポンピドー・センターを訪ねたのは出来上がって間もない頃で、巨大なダクトやチューブ状の通路などはやはり目立ったが、それより人の流れ方や在り方が当時のパリの他の区域とは醸し出す空気が違い、そこだけ異質に感じられたのが面白かった。さて今回の上野のポンピドー展、20世紀の美術を各年一作品ずつ選び展示してゆくという形式をとった展覧会である。意外な方法ともいえるが、各ジャンルが入り混じる時代には有効な見せ方かもしれない。パリを中心にした欧米の20世紀芸術アンソロジーという趣きだ。絵画、立体作品などと並んで数は少ないが、グラフィックス、写真、建築、映画、家具や音楽まで一応収蔵品から俯瞰しようという配慮でまとめられている。企画者の空間の中で各作品を見て廻ることになるが、今回は展示総体の中でブランクーシやカルダーなど彫刻、立体を面白く感じたのが意外だった。それまでの19世紀的な呪縛から解き放たれたことを確実に感じさせる。写真では文句なくジル・キャロンのパリ五月革命で石を投げる青年。またクリス・マルケルの「ラ・ジュテ」は多分、今までで一番多くの人に観られる機会がえられたのではないだろうか。

暑い夏のさなか、家でゴロゴロしながら宿題になっていたような本をいくつか読んでみた。一つはゲルハルト・リヒターの写真論/絵画論だった。以前にリヒターの展示を見た後に購入したまま、図版に目を通しただけでほっておいた本だ。女性の後姿を描いた「ベティ」や花のシリーズ、見たときにはなぜかル・セックの写真を思い出させた「大聖堂の一隅」などがなぜ面白く気になるのか、何かヒントがあるかもしれないという気持ちで読み始めてみた。いくつかのヒントはあるようにも思えるが、まだひとつの塊になるには時間がかかりそうだ。そのかわり、主に美術批評家と思われる人たちとの対話の中から、画像の変異や転換について、またその効果について、意識的に、細かく系統だった試みがリヒターの作品に反映されていることに気づかされた。多分、現在の写真の分野で行われているようなことも、すでにリヒターがずっと以前に実現させてしまっているような印象だ。対話者にもよるが、率直な受け答えもあるように感じられたりする場合もあるけれど、核心については必ず韜晦しているようなところも面白い。

2016年07月27日

ウチそと研通信146 −俯瞰の誘惑−

パノラマ写真に興味を持ち撮影を始めてそろそろ9年になる。今ではスマホにもパノラマ撮影機能がついているし、ネットで検索すればたくさんパノラマのイメージが出てくるようになった。

パノラマ画像の起源については詳しくないが、洛中洛外図や名所図会、仏教曼荼羅などの俯瞰のイメージもパノラマと言ってよいだろう。だいぶ前の話になるが、今年の初めに国立近代美術館でやっていた『ようこそ日本へ:1920‐30年代ツーリズムとデザイン』展にあった、吉田初三郎のデフォルメされた観光案内図もパノラマイメージだ。天下人が天守閣の上から自分の領地を眺めたように、自分たちの暮らす世界を見下ろし見渡すことは魅力的だ。スカイツリーなどの展望台は今でも行列だ。

パノラマイメージの魅力は、その没入感にあるといってよいだろう。バーチャルリアリティやAR(拡張現実)などもそれが大きな魅力だし、4Kや8Kなども投影されるスクリーンやモニターと、今いる現実の境界を曖昧する技術に思える。現実社会の面倒な手続きを省略して、ある目的に至ることができるこれらの技術は、それだけで満足できてしまう人々も多いだろう。などと書いている間にポケモンが話題になっている。ポケモン引きこもりを家の外に出し、ついでに株価も上げる、現実社会を豊かにするツールなのか、あるいは、危険な現実社会を、楽しい夢の世界に偽装するだけのものなのか。ただ、パノラマ館の原型がベンサムの「パノプティコン」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8E%E3%83%97%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B3%E3%83%B3)であるなら、娯楽の視点はすぐに監視の視点に裏返る。楽しいアプリやアトラクションの背後に、誰かの視線を感じずにはいられない。

2016年07月14日

ウチそと研通信145 −「TODAY TOKYO」の前後−

先日、四谷三丁目ギャラリー・ニエプスで田中長徳さんの展示を見た。日曜日の午後、ギャラリー内は混雑していて、来場者の間をすり抜けるように作品を見て歩いた。すでに会場には田中さんの姿があって作品の説明をしているところであった。ここ何年か、雑誌その他で田中さんの「TODAY TOKYO」時代のとくに東京の写真を目にする機会が多かったが、今回の展示は日大入学前からの作品ということで、たぶん初めて目にする写真ばかりだと思われる。プリント、展示レイアウトともオーソドックスで心地良い。ここでオーソドックスというのはストレートに焼き出したプリント、オーバーマット紙を重ねた額装。順当な会場レイアウトが私などの世代にとっては、一点、一点の写真が移動するたびに目に飛び込んでくれるという意味である。広い意味でのインスタレーションではあるけれど。

田中さんのニコンサロン(ニコンサロンは銀座にしかなかった)での初めての個展「TODAY TOKYO」は会期中、二度見に行っている。当時、田中さんは二十歳そこそこだったがすでにスター写真家といってもよい存在で、カメラ雑誌にはボリュームあるページ数で作品が頻繁に掲載されている。展示は、テレブロと呼ばれていたマットサーフェースの大きな印画紙に、銀の粒子もくっきりとプリントされているものが会場いっぱいに並べられていた。それらの写真に囲まれて圧倒されながらやっと思えたことは、田中という人は東京じゅう、どこにでも姿を現し写真に収める人なのだなということだった。行われている誰かの結婚式、学生らのデモ、モニュメンタルな新しい建築など「こんにちの東京」のいたるところに田中さんがカメラとともに出現する。仕事中ということで会場には田中さんの姿は見えなかったが、数年後、京橋わきの映画館「テアトル東京」横の交差点で、黒いカメラを持って信号待ちをしている田中さんの姿を初めて目撃している。

その日に催された田中さんのトークショーにも参加してみた。以前にはお目にかかってよく話を伺う機会はあったが、長い時間のトークショーを聞くのは実は初めての経験だった。トークショー前日の話から始まり、学生時代からウイーンに長期滞在する頃までの話を中心にトークショーが進められた。最後に写真家の中藤毅彦さんの質問に答える形で、写真を撮り始めた最初から、まっすぐに現在にいたっている、という意味あいの発言があり印象的であった。今回の展示の写真はそれぞれ見飽きない作品が多かったが、個人的には一点、石貼りかコンクリートの階段の幅広の手すりに座る男が、一人ぽつんと小さく縦位置の画面に収まっている作品がとても興味深い。人間の視覚には盲点というものがあるが、その盲点の位置にその男の姿があって、逆転するように盲点の男だけがはっきりと見えているような、そうした見え方がしているような気がした。そして田中さんの写真には、このような感触の写真がこれまでもいくつかあったのをその時、印象深く思い出した。

  「TODAY TOKYO 1966」ギャラリー・ニエプス 2016年7月1日〜7月10日

2016年06月22日

ウチそと研通信144 −福山えみ写真展など、また不明瞭ということについて−

 ここのところ気ぜわしい日々が続いて、気になる展示をいくつも見落としている。また構えた大きな写真展のいくつかは、なんだか遠慮したいというのがここのところの気分でもある。その中で最近観覧した写真展をいくつか簡単にメモしておきたい。

 福山えみさんの久しぶりの展示、「岸を見ていた」は心地良い写真展だった。福山さんの写真は阿佐ヶ谷の「街道」での展示から見ているけれど、その頃の作品の初々しい手触りから、豊かなふくらみを感じさせる方向に確実に歩みを進めていると感じさせる。画面手前から画面の奥、また画面の向こう側まで、幾重にも折り返すように、見る者の視線を行きつ戻りつさせる写真の印象は変わらないが、今回、例えば会場中ほどに置かれていた写真、階段状の石の坂道の踊り場にカメラを向けた作品などは、もう少し異なる感触でとても興味深かった。その作品では、これまでの、見る者が鏡に向かい合うような福山さんの写真の見え方だけではなく、その写真のなかに見る者がまるで足を踏みいれられるような思いにさせられる印象だった。他にも別な方向に気持ちを動かされる作品が散見された。踊り場の写真から福山さんはこれからの新しい写真空間を見つけることになるのだろうか。

 もうひとつ、四谷のトーテムポールフォトギャラリーで展示されていた、広瀬耕平さんの「欲視録」も興味深い展示だった。インパクトのある濃度の高いモノクローム作品の展示で、会場レイアウトも含めて印象が強い。展示作品は一度撮影、現像したフィルムに薬液を使って手を加えたネガをつくり、そこから引き伸ばしプリントを作り出すプロセスをとっていると言う。今回の展示では夜の街などを撮影したフィルムに手を加えられている。会場に置かれていた今春の「日本カメラ」誌に、広瀬さんと作品の紹介記事が掲載されていたが、そこでは昼間に撮られた写真が素材となっていた。「素材」になっている撮影写真はどれも面白い。たぶん素材の質が高くなければ成立しないだろう。広瀬さんの作品では不定形の斑紋が元写真を腐食するように重ねられている。ところで会場でちょっと思い出したのが進藤万理子さんの写真だった。写真の現れ方やプロセスはまったくことなるが、画像の不明瞭化、ノイズの挿入といった点で重なるところがあるような印象を持つ。さらに私の周囲の学生にも「見かけ」の「不明瞭」に関心をよせる人が増えてきているので、「不明瞭」ということで考えられることもありそうだ。このような操作をデジタルだけではなく、銀塩で行うというのも面白い。こんなところが最近気になっている。広瀬さんの会場展示にも数点あったが、森山大道さんの一時期の作品のような極端な拡大による、不鮮明、不明瞭という提示、またベロックのガラス乾板につけられたひっかき傷で黒く残された目隠しにもどこかでつながりそうだ。