写真の内側・外側研究会

2012年07月02日

ウチそと研通信100 −ケハイ写真−

先月23日に会期を終えた大辻清司フォトアーカイブ展について、会期中からさまざまな反響の声に接することができた。FFLLAATTというウェブサイトで連載されている大嶋浩さんから長文の批評をいただいたことをきっかけに、大辻展開催中の6月18日、美術館ホールで大嶋さんと対談イベントをおこなう運びにもなった。「思考のオルガノン」として大辻写真をいかに活用できるか、という問いに集約されるようなトーク内容となり、話し合いはこの先もなお続いていきそうな予感がある。その他、飯沢耕太郎氏によるレビューや、竹中朗氏(武蔵野人文資源研究所所長)による名取洋之助と日本工房展、川内倫子展とからめたレビューは、現在もウェブで読むことが可能だろう。

さて、1960年代以降の大辻清司を扱った第三部「建築と環境」で、幾つもの作品をつらぬき、通底しているかもしれないキーワードに、「気配」(ケハイ)があった。目の前に見えるもの、そこに現前している視覚内容というよりも、いわばその周縁にゆらめき、よぎり、たちこめ、喚起されてくるものをいう語としての「気配」である。「生きるということは、予感と徴候から余韻に流れ去り索引に収まる、ある流れに身を浸すことだ」(中井久夫『徴候・記憶・外傷』)といわれる時の、“予感”、“徴候”、“余韻”、“索引”のすべてが気配(ケハイ)とかかわり、その一部をなしているだろう。

榎倉康二は、気配ということに深く対峙し、沈潜していくことにこだわりをもつ美術家だといえるのではないか。「日常が肉体の鼓動の中にすべり込む。そして、肉体の鼓動とともに外に送り出される。わたしたちの存在と日常世界との間にある、あの皮膚質のような、膜のにぶい感触」と榎倉がいう、彼がたえず探究をそこから始めていこうとした中間的な領域があって、それこそは自他未分の「気配」なるものが発生するゾーンであろう。彼は1960年代末頃から、写真による作品制作に積極的に取り組むようになり、主要作の幾つかのシリーズに「予兆」というタイトルを付けているのだが、そこでは写真による日常的な事象との対峙が、来たるべきなにごとかへの予兆のゆらめき(すなわち気配といってよい)をたぐりよせる手法として試行されたのである。

なにがいいたいのか? すでに光田由里さん、椎木静寧さんによる指摘もあるところだが、だいぶ似ている、クロスしている、と思うのである。1970年代頃の大辻と榎倉は。「人間と物質」展の展示室で袖すりあっただけで、両者のあいだに付き合いがあった形跡はなく、お互いをどこまで認知しあっていたかも定かでないが、たとえば大辻が代々木上原の木造の自宅をとり壊すに先だち、黒光りする板廊下を撮り、玄関のたたきを撮り、典雅なかたちをした小水用の便器を撮った「間もなく壊される家」シリーズの画面に湧出する気配は、榎倉がパリ滞在時に使っていた部屋の床面にまだらに広がった水たまりを撮り、世田谷奥沢の自宅庭で干上がった土のおもてに走る罅割れを撮った写真作品などに揺曳している予兆らしきものと、ずいぶんかさなる(違いもまた感じるが)。

気配(ケハイ)をめぐる大辻の発言を引こう。相当わかりにくいことをいっている箇所を。

「さて、ケハイは実体ではない。だから物として写真に写るはずがない。にも関わらず物を写した写真にケハイを感じるとは、どういうことなのか。実をいえば、どんな写真にもケハイは感じているはずなのである。写真を見るとき、写っているものが何であるかを知ると同時に、ケハイを感じとっているはずである。ケハイとは辞書によると、ようす、ありさま、そぶり、とあるが、最小限その言葉のとおり物のありさま(ケハイ)も写真に見てとれるのである。だが実際はそればかりでなく、そうした物のありさまをあえて撮った写真家の意図をも、意識的であれ無意識的であれ、読取ろうとしているはずである。それが直接読取れたり、伝わるものとは思えないが、少なくとも写真家の提示した「写された物のありさま」を、彼と同じく見ているわけである。これを見てくれと写真を示した行為の中に、ともかく彼の意図へ続く道の出発点があり、だから私たちはその道をたどろうと努める。それが写真を読む作業なのだと思う。そのようにして読取ったものは、いわば、観念に属するものだが、それをケハイと呼ぶことのできるものも中にはある。その最後に読取ったところのケハイは、辞書どおりの「ありさま」の意味を越えた混沌未分の、まさにケハイであり、既定の外にあるもやもやとしたケハイ、の意味のケハイであり、ここで言いたいケハイ写真とは、そのケハイを意図した写真のことである。」(「ものの裏側をよぎるケハイ」『カメラ毎日』1972年4月号)


http://mauml.musabi.ac.jp/museum/archives/1406

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/uchi-soto/20120702/1341237461
Connection: close