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2016-05-24 小説を読むようになってから、感情そのものについて考えるようになっ

[]小説を読むようになってから、感情そのものについて考えるようになった

わたしは社会人になってからあまり小説を読んでおらず、ここ2年くらいでまた読むようになって、最近は感情そのものについて考えるようになりました。

本を教えてくれる人や貸してくれる人と話していると、自分はあまり熱狂できていないかも…と感じます。「作り話だし」と思っているということではなく、頭の中の何割かで「ああ、こういう感情は、なるほどこういう設定だったら口に出して言えるかも」と思いながら読んでいる。

こういう、つい背景に意識が向いてしまうのは、

たとえば「ムンクの叫び」という絵画を見て、



 うわーこの人、めっちゃ異様。何があったんだろう?



と一瞬思ってすぐに



 川を、渡りたかったの?



と、背景の設定込みで推測しようとしてしまう。



 なんか、忘れ物したの?

 もしかして、川にデジカメ落としちゃったの?



と、たいへんスケールの小さい妄想で容赦なく日常に引きずり込みます。

デジカメ持ってるわけないだろ!



思いっきり顔まわりだけに共感して



 ある! こんなふうに突然フラッシュバックすること、ある!



というふうになったりもします。

名作のすごいところは、絵でも物語でも「ある!」という感情を呼び起こすところなのだろうな。

2016-05-23 よいこの君主論 架神恭介・辰巳一世 著

[]よいこの君主論 架神恭介・辰巳一世 著

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小学校のクラス内覇権闘争を観察しながらマキャベリの「君主論」学ぶという本。

クラスのエピソードのあとに、ふくろう先生&たろうくん&はなこちゃんの三者の会話で解説が進みます。

この小学校という設定がなにげにきつい。以下を読むとわかると思うのですが、たしかに書きようによってはこんな側面もあったかも…。なんて

終わりの会における裁判は論理ではなく、押しの強さや、強情さ、声の大きさなどが重視され、とにかく屁理屈でも何でも良いので、他の児童の反論を封殺したものが勝ちとなります。場合によっては、明らかに冤罪であっても謝らされることになりますし、逆に正当な訴えであっても退けられ、酷い場合には申立て人が何故か謝ることにもなりかねません。終わりの会では真実など何の力もないのです。

(209ページ 第18章 軽蔑と憎悪を逃れるにはどうすれば良いか より)

これは感情的な大人ばかりの組織でも同じなので、あながち小学生だからという感じでもないんですよね。



以下の解説部分も、完全にたろうくんが…

ふくろう先生「軽蔑を逃れるには、軽薄で優柔不断で無気力な態度を見せなければ大丈夫。憎悪を逃れるには配下や民衆の財産、婦女子を奪わないこと。そして、憎まれ役を他に押しつけて、権力者を抑制し民衆を保護する。もしくは、大きな勢力の腐敗を正すことができないなら、その腐敗に自分から身を染める。こうすれば、誰からも軽蔑も憎悪も招かずに統治を行えるんだよ」


たろうくん「なるほど! これで僕も今度から胸を張って長いものに巻かれることができそうです」

(218ページ 第18章 軽蔑と憎悪を逃れるにはどうすれば良いか より)

サラリーマン!(笑)


一方、はなこちゃんはかなり現実的。

たろうくん「うわあ、マキャベリは厳しいことを言うなぁ。僕は誰に対してもいい顔をしていたいんだけど、それではダメってことですよね」


ふくろう先生「そうだね、たろうくん。確かに美徳と言われる全ての性質を君主が身につけて実行するなら、誰からも誉めそやされるかもしれない。でもね、人間である以上、そんなことは到底無理なんだ。美徳を実行していても、それが原因で破滅することもあるし、逆に悪徳を行っても、そのために己の安全と繁栄を手にすることだってあるんだよ」


はなこちゃん「道徳的に良いことをしていれば自然と良い結果が生まれるなんて、そんなことは絵空事だというわけですね。その考えには全面的に賛成です」


ふくろう先生「マキャベリはとにかく政体の維持を最優先に考えているんだ。『政体を守るためにはどうすれば良いか』という逆算から行動すべきということだね。その行動が美徳であるか悪徳であるかはさほどの問題ではないんだ。(以下略)」

(169ページ 第14章 君主が褒められたり貶されたりすることについて より)

政体の維持の話なんですね。


これは長くお店を続けていきたい人が読んでも、参考になることが多そう。まえに【「おもねる」という行為の代償について友人と話した】というのを書いたことがあって、それは常連さんにレベルを下げられてしまう芸人さんの話だったのだけど、そのときのことも思い出しました。

読んでいる最中はめちゃくちゃ性格が悪い感じになるのですが、ここでは美徳か悪徳かは問題ではありません。


▼紙の本

よいこの君主論 (ちくま文庫)
架神 恭介 辰巳 一世
筑摩書房


▼Kindle版

2016-05-22 ウォーク・イン・クローゼット 綿矢りさ 著

[]ウォーク・イン・クローゼット 綿矢りさ 著

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もうすっかりハマってしまい、ペンネームどおりの「綿に矢」みたいな感じがクセになっています。

この本はタイトルになっている「ウォーク・イン・クローゼット」と、もうひとつ「いなか、の、すとーかー」という2つの物語が収められていて、「いなか〜」のほうが先にあったので先に読んだのですが、この話に出てくる関係性やセリフがいちいち刺さる。

ジャッキー・チェンとユン・ピョウを二本立てにしてくれなくても、それぞれ観にいきますが…みたいな気分になるほど、それぞれに「この話すき」という人がいそう。

「いなか、の、すとーかー」が、ちょっとサスペンスだし、ありそうな話なんだけど、内面の描き方がいい。主人公が明らかに情熱大陸らしいテレビ番組に出ることを少しずつにおわせていく導入で

フフふんふんふーんとプロデューサーは有名なテーマソングを口ずさみながら、

なんて書く。この冒頭の音のカタカナがたまらない。


「ウォーク・イン・クローゼット」では、「勝手にふるえてろ」にもあったような、女性の目線で描写される男性像がこれまたたいへんなことになっておりました。

洗練されたおしゃれが細部に行き渡っていて、ワックスで立てた髪が後頭部まで形良く完成されて、合コンのメンバーのなかでもっとも空気を読むのがうまく、料理を取ったりドアを開けたりと紳士的だった。ちょっと目つきが無感動というか、死んでるみたいなのが気になるけど、覇気のなさがクールに見える。

好きでも嫌いでもない段階での描写が、コントみたいにおもしろい。



「いなか、の、すとーかー」は、同級生のセリフが鋭い。特選ふたつ。ここでぐわっときます。

  • 笑顔で前向きなこと言って雑誌にでも出たら、超絶孤独な人間は、自分にだけ微笑みかけてくれたと思うんだよ。

  • どいつもこいつも、愛してるだの答えがほしいだの、帰ってほしいだの、向き合ってほしいだの、くさった愛情で頭がわいてる。誰も好きにならずにときどき風俗行くだけのおれのほうが、よっぽどまともだ。

くさった愛情を頭のなかでこしらえるんだよ、ほんと。


「いなか、の、すとーかー」はエンディングもいまふう。

熱狂的に執着された経験のある作家でないと書けない心境で、男性が主人公でないと書きにくかっただろうなと思う。ストーカーの強烈な事件が続いているけど、執着される側の「応援って条件つきなんですよね。わかっていますがんばります」と「もうやめます」の境界が見えそうなところで見えない読後感がたまりません。


▼紙の本


▼Kindle版