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2015-07-12 「あなたのためを思って」話法・技巧の話(夏目漱石「虞美人草」読書

[]「あなたのためを思って」話法・技巧の話(夏目漱石「虞美人草」読書会での演習より)

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先日「関西弁での心理分解が妙にしっくりきた」というトピックを書きましたが、夏目漱石「虞美人草」読書会からの掘り下げ内容共有です。

これは「虞美人草」を読んでからのほうがおもしろい展開なので、小説を読むつもりの人はぜひ読了後に読んでください。

わたしが進行する読書会は、「宿題の回答」で同じセリフをピックアップしていても、印象に残った理由が違う。そういう機微をも楽しめるように、という構成をしています。

普段の人間関係では、「感情」について議論をするにも「土俵」の設定次第で利害関係が発生してしまいますが、読書会では利害関係がない。

そして、なんといっても



 土俵が円形



これが重要。

夏目漱石作品は、魅力的な主人公がいたとしても、その逆サイドの思想・思考も汲み取れるように描かれており、議論が「単純すぎる二元論」に陥りにくい構成になっています。色相環のようです。


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▲色相環て、これのことです(画像はマンセル・カラー・システム


「虞美人草」はこの色相環のように、対になる思想をもつ人々がラストに向かって断罪しあっていきます。勧善懲悪のストーリーという印象を持つ人が多いようなのですが、わたしはこの色相環のカラーバリエーションと鮮やかさの点で群を抜いた作品と感じます。差別感情の描き方も多面的で、哲学クラスの題材にしやすい。


読書会は事前にメールで集めた「宿題の回答」をもとに、わたしがテキストを作り、インタビュー&ディスカッションをする形式で進行していきます。

今日は、以下の宿題の回答を共有します。

<宿題設問>

登場人物たちの「あなたのためを思って」話法・技巧のなかで、印象に残った部分と、その理由を教えてください。

先日紹介した物件以外も粒ぞろいで…


なかでも、以下の部分は2名(BYさんと、NSさん)が選んで、ビンゴ! 

<設問回答⇒12章の、小野の脳内トーク>

小夜子を捨てるためではない、孤堂先生の世話が出来るために、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。

BYさんは、小野に対してツッコミ視点。 NSさんは、同情視点。


BYさんの選定理由

「先生への義理」を隠れ蓑に、小夜子を捨てることへの罪悪感から自分を守ろうとしている。自負の弱さを自覚している。罪悪感と向かいあえる強さがない。


NSさんの選定理由

明らかに小夜子を捨てることになるのに、捨てる為ではないと言い切ることで、金と色気のある藤尾を選ぼうとする自分を正当化するための発言であることが際立ちます。いくら素直な小野さんも、平身低頭で娘の将来を託されるならまだしも、押し付けがましく恩を着せられたら嫌悪感を抱きますよね。過去の恩師ではあっても、自分より格下に見ていて田舎者の孤堂先生が、東京で論文を執筆中することの大変さを知らずに「そりゃ馬鹿げている。一人で六十円使うのは勿体ない。家を持っても楽に暮せる」(14章)と世間知らずなことをのたまったのには、本当に小野さんに同情します。



 どっちも、わかるんだよなぁ。




(以下、BYさんとの話の書き起こし)

BYさん:それが同等のおもし(重し)になるの? と思って。同等に、イコールにならないですよね(笑)

うちこ:すごく無理があるよね。わたしはBYさんのコメントの、「罪悪感と向かいあえる強さがない」に共感する。責められることを先回りして、責める相手のためだという理論を組立てる感じが、苦しいなぁと思う。




(以下、NSさんとの話の書き起こし)

うちこ:この小野の言葉って、いっけん「これ無理あるっしょ…」と思うんだけど、あいだに「お金」というエネルギーを変換する物質があるから、成り立っちゃうんですよね。お金というものが存在しなければ、ない理論。

NSさん:お金があることによって本音が引き出されてる。自分では気づいてなかったけど、出てきた本音。

うちこ:うん。藤尾が美しいというのは、どうでもよいのかもしれない。「この状況は、もしかしたら "かねてより捨てたかったあの案件" に使えるかも」と


(ああああああーーーーーーー)

(と、参加者一同)


うちこ:そういう感情が引き出されることについては、わたしは「小野さん、それ、無理があるよ。でも、わかるよ」と思いました。なにも誰も傷つけずに生きていくのって、むずかしいもの。かといって、すべて気にしていたら心にお花が咲かない。生命力の最低限のところを担保するために、こういう思考をする気持ちはわかるんだよなぁ。

NSさん:わたしは、普段から穿った(うがった)見かたをしてしまうから、こういうところが気になったのかと思ったのですが(笑)

うちこ:ここでは「うがってる」ことを異常みたいに思わなくても、いいすよ。それを見越して夏目漱石さんは書いてくれてると思うので(笑)





このほかには、こんな宿題回答が集まりました。

選定セリフと理由+インタビュー時のコメント。

「君がぐずぐずしていると藤尾さんも困るだろう。女は年頃をはずすと、男と違って、片づけるにも骨が折れるからね」

(8章の宗近の父のセリフ)

⇒OMさん:遠まわしに柔らかい口調で言ってるけど、要求していることは直球で、ものすごい欲があるなと。空気読みなよ…、は100年前からあるんだ! と。そして女の年齢を暴力に使うのに唖然。



「5年以来夫だと思い込んでいた人から、特別の理由もないのに急に断られて、平気ですぐ他家へ嫁に行く様な女があるものか。あるかも知れないが小夜はそんな軽薄な女じゃない。そんな軽薄に育て上げた積じゃない」

(18章の井上弧堂のセリフ)

⇒TYさん:娘のためではなく、自分のためではないか。うちの親も、わたしが思ってもないことを知ったふうに他人に話すことがあるので、ここが印象に残りました。



「面当(つらあて)は僕も嫌いだが、藤尾さんを助けるためだから仕方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せっこない」

(18章の宗近のセリフ)

⇒TKさん:藤尾さんを傷つけるだけの行為を、小野さんにさせようとしている。藤尾さんはそもそも何も悪いことはしていないのに、男性側が勝手に悪者にしている。すごく不思議。



「藤尾さん、僕は時計が欲しいた為に、こんな酔興な邪魔をしたんじゃない。小野さん、僕は人の思をかけた女が欲しいから、こんな悪戯をしたんじゃない。」

(18章の宗近のセリフ)

⇒KAさん:相手が信仰しているものを壊すことで、自分が信じていることを軽視する人から守ろうとしている。物や財産や名誉にとらわれていると、自分の存在が不確かになると考えている。



「構わなかないんです。それがやっぱり欽吾のためになるんです」

(18章の継母のセリフ)

⇒THさん:よくある打算的な心理。


この小説の中の人間関係は、形だけ思い通りにいってもそこに真心がないことが露呈したり、物理的に思わぬリスクが降ってくる。「こんな世の中に生まれてきたくない」と思うけど、自分の身の回りを見渡すと、この状況をちょっと薄めただけであるという現実(笑)。

この日も、いろいろな色の「想念」が集まりました。読書会のあとにメンタル面で充足感を感じる人が多いのは、こういう人間社会で逃げられない苦しみを多角的にカラッと共有できるからかもしれないなぁ。


▼関連補足