うちこのヨガ日記

ヨガの練習や読書、旅、生活、心のなかのこと。

「おじさん」的思考 内田樹 著


先に続編のほうの感想をアップしていましたが、同時にこの本も読んでいました。
第四章のテーマがまるまる夏目漱石で「虞美人草」と「こころ」を題材に書かれているのですが、これがすごくおもしろい。
第三章までは「期間限定の思考(おじさん的思考2)」と同じような感じでトピックが続きます。

 従属はしたくないが、孤独ではいたくない、というのは「腹いっぱいご飯を食べたいが、やせたい」というのと同類の不可能な願望である。
夫婦別姓の「先進性」に異義あり より)

ばっさり。これは夫婦以外にも、親子や仕事の組織・クライアントとの関係など、あらゆる場面で起こりがち。
痩せ始めるまでには「食べなくても痩せない」という一時的な不可能も乗り越えなければいけないしね…。


それはさておき、おもしろいのは第四章。
わたしは「虞美人草」を読むといつもいろいろグサグサきて苦しいのですが、関西で読書会をしたときに老齢側の登場人物について話す人が意外と多くて、「宗近パパの素敵さ」もそのなかで盛り上がったトピックだったのですが、まさにそこを掘り下げるかのようなことが書かれていました。

 漱石のまわりにも、現実には江戸時代の匂いを漂わせた「天保老人」が物理的には存在していた。だが、彼らは視界から排除されなければならなかった。そのことについては国民的同意が形成されていた。その断絶の感覚は「何としても旧時代と縁を切らねばならない」という切実な要請に乞われて日本人の身体にねじ込まれたのである。
 明治の人々は、みずからの親たちの世代を生きながら埋葬した。
(第四章「大人になること ── 漱石の場合」3 より)


 宗近くんの父は「天保老人」の一つの典型である。だが、明治四○年に宗近老人のための居場所はもう日本社会にはない。しかし、弧堂先生や甲野君の義母たる「謎の女」とは違って、宗近老人はおのれの歴史的使命が終わっていることを涼しく受け入れている。それが老人を快活な存在にしている。老人を描く漱石の筆致は手放しで好意的である。ただ、この「天保老人」が青年たちが「老いるための」ロールモデルとして機能するまでには、もうしばらくの歳月が必要だろう。
(第四章「大人になること ── 漱石の場合」6 より)

わたしはまだ老人ではないのだろうけど、宗近くんよりはその父のほうに近い年齢に向かっています。宗近くんのお父さんのふるまいや存在感には、ロールモデルとまではいかないけれど「こうなれたらいいな」と思わせるものがたしかにあって、それを弧堂先生と対比で見せているのかな、というふうに読んでいました。
排除されていることを感じながらも上品であるためにはどうすればよいか、これはここ数年ずっとわたしが探しているものでもあります。




「こころ」では、師弟関係のからくりのようなことが掘り下げられているのですが、これもまたおもしろい…。

 弟子は師に宿命的に結びつけられているが、師は弟子に結びつけられていない。弟子は師を欲望しているが、師は弟子を欲望しない。この非対象性の磁場にしか師弟関係は成り立たない。
(第四章「大人になること ── 漱石の場合」11 より)


 現に、『こゝろ』の中で先生がその専門的な知識によって「私」の蒙を啓いたという記述はどこにもない。「先生」が熱心に教えるのは、「遺産分与は生前にちゃんとしておいた方がいい」というような世間知だけである。にもかかわらず、「私」にとって「先生」はソーシャライザーとして確実に機能する。
(第四章「大人になること ── 漱石の場合」12 より)

「ソーシャライザー」って、なるほど…。たしかに「メンター」でもないのに、青年を社会化している。


とても興味深い読みかたで、ほかの小説のことも書いて欲しいなと思うような内容でした。「虞美人草」も「こころ」も読んだ人は、ぜひ読んでみてください。おもしろいです。
ちなみに「こころ」のその後については、この本でもわたしの想像と同じようなことが書かれていて、市川崑監督の映画でもそのような行く末を感じさせる終わりかたになっていたのですが、わりと女性からは「えええ? そんな展開?」と言われます。登場人物の年齢や時代を計算しながら読んでいるせいもあるかもしれませんが、この本を読みながらふと



 わたしは、考えかたが「おじさん寄り」なのだろうか
 (おばさんではなく)


という思いが浮かびました。
まあたまに、おばあちゃんなのにおじいちゃんに見えなくもない人と町ですれ違ったりするし、いずれいろいろ誤差になるのかもしれないのだけど。
おもしろいですと書くとそのカテゴリに入るように感じられてしまう本のタイトルというのは、なんとかならんかのぅ。この本、おもしろいです。(ひかえめにプッシュ)



内田樹さんの本の感想はこちらの本棚にまとめてあります。