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2016-07-07 自分の研究が理解されないことについて(望月新一氏の文章より) このエントリーを含むブックマーク

画期的な論文を書き上げているはずなのに、内容を理解できる研究者が(書いた本人以外には)世界に一人もいないために、「論文が正しいのかどうか」さえ分からないまま時間がたってしまっている。そういう状況だそうです。


記事に関連して、望月新一氏の個人HPから、宇宙際タイヒミューラー理論の検証:進捗状況の報告(2014年12月現在)」(PDF)という望月氏自身による文章を見つけました。そこに、自分の研究が理解されないことについて非常に印象的なことが書かれてあったので、引用してみます。*1


 どなたか著名な研究者が理論の成否について決定的な発表を行なう、というような展開を一部の数学者は期待しているようですが、このような展開がいつまで経っても実現しない可能性が非常に高いと考えております。その理由は次の通りです: 一定以上の研究業績のある研究者の場合、論文を読むとき、

  • 学生や初心者のように、「一から学習する」ような姿勢で時間を掛けて基礎から順番に勉強していくといったような読み方を極力避け、寧ろこれまで蓄えてきた専門知識や深い理解を適用できるように、自分にとって既に「消化済み」、「理解済み」な様々なテーマのうち、どれに該当する論法の論文なのか、論文の主たる用語や定理を素早く「検索」することによって論文を効率よく「消化」しようとするのです。

 別の言い方をすれば、これは山下剛氏が注意した「つまみ食い」というアプローチに当たります。一方、IUTeich〔Inter-universal Teichmüller theory, 宇宙際(うちゅうさい)タイヒミューラー理論〕の場合、「絶対遠アーベル幾何」や「エタール・テータ関数の剛性性質」、「Hodge-Arakelov 理論」といったテーマについて既に深い理解とそれなりの研究業績を有する研究者なら、そのような「つまみ食い」だけで IUTeich をかなり本格的に理解することが可能なのかもしれませんが、


 幸か不幸かは別として、これらのテーマに精通している研究者は(私自身を除けば)この世に存在しないのが実情です。強いて挙げるとすれば、最も近い「流儀」の遠アーベル幾何の研究で「一定以上」の研究業績のある研究者は、〔…〕Mohamed Saïdi氏と星裕一郎氏、それから〔…〕玉川安騎男氏(京都大学数理解析研究所・教授)ということになります。(ただし、玉川氏の場合、他の仕事により多忙を極めているため、IUTeich の論文を本格的に勉強することは当分現実的ではないと思われます。)


つまり議論を要約すると、

  • 既に IUTeich の検証活動に関わっている数名の研究者を除けば、世界の全ての数論幾何の研究者(=連続論文が公開された時点(2012年8月)での山下氏も含めて!)は IUTeich の周辺にある数学に関しては「全くの素人」であり、これまでの研究業績の上に成り立っている「深い理解」を活用して IUTeich の成否に関する決定的な(=「数学的に意味のある」)判定を下す資格が本質的にありません。

 すると、「次のステップは何か?」という問い掛けに戻りますが、このような状況ですと、山下氏のように

  • 元々は素人でも「一から丁寧に勉強する」ことによって理論に関する深い理解に到達する研究者を、(場合によって相当長い年月を掛けて)少しずつ育成して増やしていく、つまり理論の普及を促進するための努力を、長期にわたり継続していく

 といったような方針しか思い浮かびません。一方、「一から丁寧に勉強する」ことに対して、特に海外の研究者を中心に、相当強烈な否定的な見解や拒絶反応が発生しているようです。


自分の研究を理解できる人が一人もいないので、評価されようがない。

ならば、自分の研究を評価できる人を育て、環境づくりから自分でやるしかない。(逆にいうと、既存の文脈内部で大きな業績を残した経歴がなければ、そもそも誰も付いてこないだろう)


私は数学そのものは全く分かりませんし、ジャンルも違うのですが、

大きな刺激を頂きました。



*1:太字や赤字などの強調、文中リンク、読みやすくするための微妙な改変等は、すべて引用者によるものです。

2016-05-15 動詞としての、偏差と制度化 このエントリーを含むブックマーク

廣瀬浩司氏のツイッターより:

非常に重要な論考なので、ぜひプリントアウトして熟読してほしい。

意識のあり方が少し変わってしまうような読解体験になるはず。

以下ではこの論考「自然と制度」(『メルロ=ポンティ研究』第四号、1998年9月)より、少し引用してみる。(強調や改行は引用者)


 現象学的な意識が制度化するものは、理念的な対象などではなく、「すでに構成されてしまっている」と同時に「けっして完全には構成されてしまわない」「世界」である。

 この「すでに」と「けっして完全には」の間において、現象学的な世界は「根源的な偶然性」ないしは「最初の設立ないしは基礎付け」である Stiftung として残り続ける。要するにこの Stiftung こそ、意識の歴史性と理念性の共通の母胎なのであろう。(p.38)

    • Stiftung はフッサールの用語で、《創設》*1
    • 《「フッサールはStiftung──創設、設立──という見事な言葉を、まずはあらゆる現在の無限の豊饒さを示すために使った。それは特異で、移行するからこそ、存在しなかったということがありえないものであり、普遍的に存在することを続ける」》参照


 メルロ=ポンティは、

    • 即自的な空間しか認めない「モノの哲学(la philosophie de la chose)」(古典的な生気論と機械論)と、
    • 非空間的な理念性を仮定してそれがなんらかの精神によって担われていると考える「観念の哲学」

 を両断的に乗り越える立場として、

    • 「『何か』の哲学(la philosophie du « quelque chose »)」

 を提唱している。「『何か』の哲学」とは、「無ではなく何かがある」という単純な事実から出発する。(p.41)


第二章 第2節「構造の 蝶番(ちょうつがい) としての偏差」は、

一節まるごと引用してしまいたいのだが、ここでは以下の部分だけ。

 メルロ=ポンティが晩年に至るまで「知覚」と呼び続けていたものは、すでに制度化された規範に対する偏差を標定し、見分けることによって、直観による合一を介することなく、世界を制度化する行為をさすものである(p.44)

    • 名詞としての知覚ではなく、動詞としての、時間的な営みとしての知覚。(むしろ名詞としての知覚は、概念操作として誤っているとすら言える)


 数学的な理念性の分析が、自然の概念の再考を迫った(p.48)

 メルロ=ポンティは〔…〕あらたな思考のモデルを練り上げようとしている(p.44)

    • 現象経験への理解を、静態的な幾何学に還元しようとする現代物理学の情熱との比較。*2


 到来しつつある構造は、〔…〕おのれを制度化する。数学的な領域においても「真理は十全性ではなく、予期、取上げ直し、意味のすべりであり、ある種の距離においてのみ己に触れる」。偏差とはこの「距離」を空間的に表現したものだと言えるかもしれない。(p.45)

 「軸としての存在の非構成的な合理性」は「脱中心化を意味の土台として持つ」(p.48)

    • 《構造》より《制度》のほうが時間的で、動詞の要因が強い。むしろ、動詞的な制度化が、名詞概念で扱われる《構造》の条件となる(「ある種の距離においてのみ己に触れる」)。制度化なしに構造を語ろうとするのは、私たちの現象経験から絶対に廃絶できない時間的要因を無視する観念論にすぎない。


 われわれは別のところでフーコー権力論における偏差の概念の重要性に注目し、権力を制度における自己規範化の作用としてとらえ、権力論を歴史の存在論へと練り上げる可能性について論じた。(p.48)

    • 《制度化》は、たんなる物質反応にも動物にも起きない。「人間ならでは」と考えると、これはマルクスの《労働》の問題系に関わっている。▼蜘蛛は精巧な巣を作るが、そこには労働も制度化もない。それゆえ歴史がない。
    • マルクスを《物質代謝》のモチーフで読みなおすとして(参照)、しかしそれが「物質代謝一元論」でしかないなら、物質史にしかならない。やはりここは、《労働過程》についての精緻な議論が要る。(フーコー、メルロ=ポンティ、グアタリなどが、そこに先鞭をつけていたと理解できないか)



*1cf.《Stiftung(あるいは Urstiftung)の邦訳は「創設(原創設)」となっている。メルロ=ポンティは『知覚の現象学』においてこの語を「基礎づけ fondation」と訳出し――明らかな誤訳であるにせよ――、1954年のコレージュ・ドゥ・フランス講義以後は「制度 institution」という訳語を採用している。》(澤田哲生「言語と理念性PDF

*2《物理学者が時間に敵意を示してきたのは,時間の不在こそ,神の視点に近づいていることの証拠だと考えられているからです.〔…〕ホーキングは,アインシュタインのヴィジョンを受け継いで,物理学を幾何学化――つまりは空間化しようとしている.》(浅田彰によるプリゴジンへのインタビュー時間と創造(PDF)より)

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