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[語句説明]

2003-12-31  内的必然と外的事情のからみ合い

  • 生きるために、メンタリティを強制的に変更する
  • 「天職」「モチベーション」の強調

 → 内発的・必然的変化と、外圧的・強制的変化


  • 「生きるために仕事をする」ではなく、「生きること自体が仕事だ」と考えてみた。
    • 「生きたくはない、でも仕事なのだ」
    • 自分の生自体は欲望の対象でなくとも、それによって叶えたい他の人間の欲がある? 「この人の願いを叶えたい」欲望。親とか愛する人とか。「他の人を楽しませる」ことを仕事とする。人生を使って。
    • 「自分の人生はこれのために回ってる、これを太陽としている」という何かが見つからないといられない気がしていた。自然で内発的な必然性に対する切望。でもその前提自体が否定神学的(いやむしろ神学そのもの)だったか。
    • 望まずに生まれてくるんだから生きたくない人がいても当り前。生きることに才能のない人もいる(時代や文脈に応じて「才能ある人」は変わるが)。自然的本能によって生きたい気持ちがある、というのはどうも信じられない。人間において本能は壊れている。そして無数の理不尽な死(事件・事故・病気・餓死)。生きることの不安定な状況を本当に望み得るか。
    • 「仕事してればいいこともあるよ」  生きることは基本的に嫌なことだ、でも仕事なのだ
    • 神秘的体験を基礎に(その余興として)仕事を続行するのではなく、職業的体験(としての人生)の一要素として神秘的体験がある、のではないか。 → 神秘とは残酷のこと。そして無意識。
    • 「生きろ」という職務命令を下しているのは誰か。「社会」という空疎なものではない。「人口を増やすため」というレベル以外では、「お前の代わりなどいくらでもいる」。私が死んでも代わりはいくらでもいる。「死ね」と言われることさえある。「役立たずめ」
    • 自分という会社。どんな事業をするか。


  • 「失敗の人生などない、人間は自然の一部なのだから」と言ったアインシュタイン。
    • 完全な決定論を前提にした彼は、平和運動をした彼と矛盾していないか?(13年前の『アインシュタイン・ロマン』におけるミヒャエル・エンデの指摘)
    • 「権力」を、自然科学の言葉で説明できるだろうか。
    • 思考実験。小さな部屋の中に人間を2人入れ、外から内部の温度や物理現象を計測する。片方の個体から音波が発せられた。するともう片方の個体の体温が急上昇した。この温度上昇を自然科学で説明できるか? → 「侮辱的発言をしたから」という単純な理由を、自然科学の目は説明できない。(声ではなく文字で考えればもっとフシギだ)
    • 「人間の工夫」(制度や作品)を自然科学はどう説明するのだろうか。物理学は、物理学という営み自身をどう説明するのだろうか。


  • 自分の中に内発的変化が起こることを待っていたのでは駄目。
    • 一般の、クスリに頼る傾向。自由意志をケミカルに操縦する。(いわゆる動物化)
    • 「洗脳」においては、外圧的変化が内発的変化と混同されている。 → しかしその峻別は非常に難しい。「我々は商品世界に洗脳されている」などという言い方もできる。
    • インターネットという技術が「これをやってみたい」という内発的欲望を可能にした。 → 外部に存在する作品や技術的変化が自生的欲望を生み出すことがある。――いや、というか「こんなことができるならやってみよう」というのが僕らの欲望の本質か。問題は、誰に対してどんな「外部(オルタナティヴ)」を提示できるか、だ。
    • 「実存と社会システム」の関係整備。地域通貨はそのメニューの一つのはず。
    • 「対話」や世代論においても、内部と外部の緊張関係が問題になっている。


  • 意識とは身体に湧いた苔(コケ)だ。
    • 目が覚めるたびに意識が起動してしまうという事実そのものは私にとって外在的だ。自分の意識という機械を持て余している。自分の意識のメンテナンスの難しさ。
    • 外部の事情を内部の必然性に変えることができないで呻吟している。外部の事情とは別に内部の必然性があるような気がしている。錯覚か。
    • 内部が外部を作り、外部が内部を作る、という相互の詩学が問題にされないと。


 ひきこもりを巡る言説を豊かにする必要がある。私はやはり大学を目指すべきだろうか。

 そもそも僕は言説への欲望を維持できるだろうか。投げやりにならないで生きられるだろうか。

 ひきこもりは私にとって必然的テーマだろうか。



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  祈ります。 努力が形を取りますように。

  幸運が常に私たちとともにありますように。



TskkTskk 2003/12/31 19:45 生きることを仕事でなくゲームと考えてみたらいかがでしょうか?そのように悟ったり、実際に楽しんだりするのも言うほど簡単ではないとは思いますけれど。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/31 22:18 はじめまして。なるほど、ゲームですか・・・。以前当日記で、残りの人生を「消化試合」と表現してくださった方がいましたが・・・(cyotukan さん、11/12)。そう、まさに「楽しむ」のが難しいんですね。過剰に負荷を感じるのでもなく、かといって投げやりになるのでもなく・・・・「結局は、楽しんだ奴の勝ちだ」というある作家の言葉を思い出します。そう、楽しむのが難しい・・・。★考えてみると、「楽しむのが難しい」であると同時に、「楽しんでもらえるものを作るのが難しい」でもありますね。

TskkTskk 2003/12/31 23:20 「楽しい」と言うのは意識して主体的に「楽しむ」のではなくて、自動的に「楽しんでしまう」ものかと思います。意識してたらかえってうまく楽しめない。でも、意識してしまうのも自動的だから、簡単じゃないんですけれどね。

TskkTskk 2003/12/31 23:20 私はかなり無茶な過程でハマりを突破しました。人の問題は固有のものだから、私が突破したことがueyamakzkさんに直接役立つわけでも無いでしょうけれど、これだけは言わせてください。答はきっと必ずどこかにあります。焦らず頑張ってください。

cyotukancyotukan 2003/12/31 23:28 年末アルバイトをしました。応募締め切りギリギリまでやるかどうか迷ったのですが、やる決心が付いた動機は、姪と甥にお年玉をあげたいと思ったからでした。今の内に姪と甥に少しでも叔父さんらしい事をしておきたいと思ったのです。自分の為の欲望を満たす為だけだったら、働きたいとは思わなかったと思います。私にとって自分の欲望を刺激して自らをうごかそうとするやり方は、段々と通用しなくなってきているようです。自分自身の為に生きろ!と

cyotukancyotukan 2003/12/31 23:45 (続き)「自分自身の為に生きろ!」いうご託宣を、メディアを通してよく目にしますが、それを踏まえた上で、自分の領域を安全に健全に保ちながらも、他者の為に何かを成す生き方も素敵だと思えるのですが、いかがでしょう?それを愛と呼んでも差し支えないのではないでしょうか?人間、自己愛だけでは生きられないと思いますし、そればかりだと世界も角ばかり立ってしまうと思います。成熟が満ちて行けば満ちて行くほどそうなって行くのが人間なのではないかと思ったりもします。気持ち、情緒のやり取りが喜びや幸福感を生み出すのではないのでしょうか?年の瀬につらつらとそんな事を考えました。 定型な挨拶だけど、皆さん良いお年を!!

仮名さん仮名さん 2004/01/01 00:25 セーブも出来ずロードも出来ない、リセットもないし不具合があっても修正もされない・・・。そんなゲームは嫌です。ぜったいに買いませんそんなもの。というか商品として間違ってます。ゲームとしては。

ueyamakzkueyamakzk 2004/01/01 03:25 「仮名さん」、はじめまして。なるほど、リセットできないゲームはトラウマに満ちていますね・・・。偶然与えられた条件(肉体・才能・時代・環境)をリセットできないまま全面的に引き受けて楽しまねばならないゲーム・・・・。残酷ですが、それしかない、というわけでしょうか。★そもそも「この世界」、遊技場としてこれしかないのかよ、と不平を言いたくもなります。なんという残酷なプレイ条件なんでしょうか。引き受けられる人もいれば、引き受けられないまま死ぬ人もいる――そういう残酷な事実なのかもしれません(初期設定から、難易度の変更とかできればいいんですが)。★引き受けることの報酬を求めるのでなく、引き受けること自体を楽しまねばならない、というところでしょうか。――でも、「ねばならない」とか言ってる間は楽しんでないんですよね・・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2004/01/01 03:25 Tskk さん、たしかに「楽しんでしまう」を生きたいですね。日記本文の言葉で言えば、内的な必然が外的な条件と幸せな結婚をした状況というか。現象経験を楽しんで生きる詩学を考えたいものです。★励ましのお言葉ありがとうございます。Tskk さんにとっても良い年になりますように。

ueyamakzkueyamakzk 2004/01/01 03:25 cyotukan さん、お久しぶりです。書き込みを感慨深く拝見しました。周囲への気遣いを過剰に優先してしまう私のような人間にとって、「自分のために生きろ!」はある種の恩恵をもたらす警句なのですが、本来は「自分自身のためだけに生きる」は物凄く苦しい状態なのだと思います。★無理な期待に振り回されず、単なる自己チュウでもない、自分の幸福と他者の幸福とがつながる回路を各人が探さねばならない、という感じでしょうか。・・・・しかし、「相手のためにやったことが必ずしも相手のためにならない」というのが難しいところだと思います。ものすごく自分勝手に振る舞った結果が相手のためになっている、というのが一番自立したあり方でしょうか。★そう、まさに「ゲーム」を感じます。僕らは独立したプレーヤーを目指すべきなのでしょう。その活動が恩恵を与えることのできる相手は限られているのだから、僕らはいい意味で自分を見限るべきなのかもしれません。探すべきは、「自分なりの手続き」でしょうか・・・・。楽しんで探したいものです。

2003-12-29 このエントリーを含むブックマーク


  • 斎藤環『ひきこもり文化論』ISBN:4314009543 に、論理的時間における「せき立て」と引きこもりにおける「焦燥感」は違うものだ、という指摘がある。(p.93)
    • 僕はこれを、認識がオブジェクト・レベルに身を置いた「せき立て」と、認識をメタに温存してしまう(つまり認識が無時間を生きる)「焦燥感」というふうに理解したのだけど、違うだろうか。
    • ≪象徴的なもの≫に巻き込まれる「せき立て」と、≪鏡像的なもの≫にとどまる「焦燥感」だろうか。
    • 認識自体が行為に巻き込まれてあることに対する不安感。自分の判断に基づいて行動を起こすときに感じるなんともいえない浮遊感覚。「命がけの飛躍」「底が抜けている」
    • 焦燥感においても、オブジェクト・レベルにある自分自身を「感じてしまう」のだけど(それゆえの焦燥感なのだけど)、手も足も出ない。欲望の触手が神経症的に萎縮している。


  • 僕は実はこの辺の話をある知人(ジジェクを僕に教えてくれたのは彼だった)といっしょに「商品化」と「≪現実的なもの≫への固執」という言い方で論じていて、これがかなり決定的な立場の相違になったのだった。たしかもう10年も前の話だ。
    • 「商品化=象徴化」されることによって社会的に生まれ直さなければならない、とする知人と、≪現実的≫な「穴」への固執から離れられなかった僕と。
    • 勝てば官軍ならぬ「売れれば官軍」の商品世界のリクツと、個人が商品の論理に逆らってでも固執しなければならない、いや固執してしまう何かと。(むしろ固執は無意識的だ)
    • 僕は自分を社会的に存在させることに失敗し、「売れ残った商品」として無惨に放置され、知人は自己を社会化した。 → 「自己の社会化」は「商品化」だろうか。
    • ≪象徴的なもの≫は無意識の問題だったはずだ。知人はそれを「市場」に置きかえたのだと思う。「売れた瞬間」を、彼は量子論における「観測の瞬間」に重ねていた。「売れた」瞬間に「市場=他者の欲望」がどういう状態であったか初めてわかる、というわけだ。
    • 「夢の臍」は「意識の臍」とは別物か。そして「社会の臍」は。僕が意識における穴の感覚にこだわったのは全くのカン違いだったか。僕は単に自己の象徴化を拒否したバカ人間だったか。まさに否定神学者として象徴化を拒否したということだったか。
    • 私は「そのつもりがなくとも」消費者として世界資本主義に参加している。認識をオブジェクト・レベルのせめぎ合いに参加させる緊張感から、僕はどのようなフィードバックを生きればいいか。


  • 「実存の問題と社会システムの問題は分けて考えなければならない」(宮台真司)*1
    • 「別の設計図を持った決済システム」はメンタル面に影響を与える社会工学として興味を持ったが。
    • 資本主義が未来永劫にわたって絶対的なものであるならば、あとは微調整に尽きる。どんな微調整が残っているだろう。(経済学と、福祉国家論の問題?)


  • 「そんなことが理解できたって有用情報じゃないんだよ!」 → フローとストック
    • 【情報処理の現場に身を置く】/【ストックされる情報の生産】
    • 対人サービスだって情報処理だ。
    • 意思決定は情報生産にあたる。
    • 情報の問題として自分の人生を考えてみる。インプットとアウトプット。


  • 「女性学」ならぬ「ひきこもり学」はあり得るだろうか。どんな学科や議論を組織すればよいだろうか。
    • 当事者だからといって優秀だとは限らない。
    • 「ジャーナリズムと理論」だけでなく、「オルタナティヴの提示」こそが大事ではないか。動機づけに有効なオルタナティヴがこの世界にあり得ないような気がしている。


  • 現象経験を豊かにしてくれる作品作りを目指しているはずなんだけど・・・。
    • ネガティヴ情報の生産とポジティヴ情報の生産では、あなたはどちらに従事するか。
    • メディアとして機能する個人や作品。(アクセスポイント)



*1:【付記】この発言は記憶によって宮台真司さんのものであると思ったのですが、いま引用先を特定できないので保留にさせてください。この発言がある箇所をご存知の方、お教えいただけると助かります。〔→ id:windvalley さんの情報で確認できました。ありがとう!〕

黒猫房主黒猫房主 2003/12/30 15:30 斎藤環『ひきこもり文化論』掲載の、上山さんの「地域通貨」のノートを面白く読みました。

黒猫房主黒猫房主 2003/12/30 15:39 (続き)決済システムを複数化するということは、自己を複数化することでもありますよね。資本制における「自己の商品化」とは、貨幣による等価交換であり、貨幣による一元化=同質化ということになると思います。また資本主義が未来永劫であると考える必要もない。

黒猫房主黒猫房主 2003/12/30 16:53 (訂正)# 黒猫房主 『(続き)もちろん、簡単に資本主義は廃棄されるという意味ではありませんが。「焦燥化」と「自己固着=自己同一の穴(罠)」は、どう関係するのか? 宮台真司が言うように、「実存の問題と社会システムの問題は分けて考えなければならない」というがどのように分けられるのか? 単に社会工学的に解決(解消)できない問題は依然として残るということであれば、同質化された「私=大衆」は啓蒙=操作されるし、啓蒙されるべきだと言っているに尽きる。それでよいのか?』

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/31 03:55 黒猫房主さん、拙稿をお読みいただき、ありがとうございます。ご指摘の点はとても難しいので、今後の宿題にさせてください(宮台さんの発言については、記憶に頼ったもので引用先を特定できないので、ちょっと保留にさせてください。すみません)。▼これまで引きこもりについては内面事情を考える議論や視点が中心だったと思うのですが、これからは社会や経済の問題も含め、いろんな方々と議論していくことが必要だと考えます。代換案としては地域通貨に興味があるのですが、これもアイデアのひとつに過ぎず、他にもいろんなことを考えてみたいと思っています。ぜひまたお知恵を貸してください。▼ところで『La Vue』の黒猫房主さんでしょうか? その節はお世話になりました。

windvalleywindvalley 2003/12/31 05:34 宮台さんでいいですね。「これが答えだ」の単行本版の質問62(148p)で環境問題に答えて「実存と社会を峻別する契機が日本にはないのです」とありますね。他にも探せばありそうですが、とりあえず一箇所。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/31 07:12 ありがとう!(^^)/。ところで windvalley さんが「回答ポイントランキング」 http://www.hatena.ne.jp/ranking に載ってて驚いたなり・・・。活躍してますねい。

黒猫房主黒猫房主 2003/12/31 12:35 『La Vue』の黒猫房主です。その節はこちらこそお世話になりました。またTさん経由で原稿依頼させていただきましたが、よろしくお願いします。★宮台の主張を好意的に読めば、社会工学的に解決できる問題をちゃんとしろ、現状はそれがあまりに曖昧だという感じでしょうか(「表現=社会的」と「表出=実存的」の違い)。それで彼がロビー活動等で政策立案に影響力を行使したりしているのは、そういう線でしょうね。彼は学位論文「権力の予期理論」(勁草書房)で、権力を否定するのではなく如何にcontrolするかを説いていました。また最近のインタビュー本では、「市民エリート=対抗エリート」育成によって権力のチェックをしろ、と。この彼の立場は一貫しているとは言えますね。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/31 17:00 宮台氏については断片的にしか拝見していないのですが、「内発的要因と外的要因」の絡み合い、というふうに翻訳して理解したのですがいかがでしょうか。ひきこもりについては、「生きるに当たって、どのような選択肢があり得るのか」が重要だと思うのですが、外側から選択肢を押し付けても空しいし、内発的な変化を待っていてもたぶん徒労に終わる。――自分の心身を守る選択肢としてやはり閉じこもるしかないように感じる。それは「閉じこもるために働く」というベクトルだが・・・・とかですね。▼この「内部と外部の緊張関係」という図式から斎藤さんの本も考えてみたいのですが、それが「書評」と言えるかどうか。

2003-12-28  夕方のTV番組より

平成14年度、餓死者67人(男56・女11) 平成14年度、餓死者67人(男56・女11)を含むブックマーク

  • ただし「食べるものがなくなって死んだ」という、かなり厳格な規定による統計なので、「衰弱死」を広く取れば数はもっと増えるとのこと。
  • 61歳、C型肝炎を患って路上生活をする男性が、生活保護を申請すること自体を断わられていた。「まだ働けるでしょ、仕事探してください」。40代、50代はなおのこと難しいらしい。
  • 京都の30代の男性は入院中に生活保護を受けていたが退院と同時に廃止され、2ヵ月後に餓死した。発見時は部屋に就職情報誌がちらばり、ほとんど腐敗せずミイラ化していた。
  • 餓死者は5:1で男性。ホームレスも大半が男性だが、女性の無職で結婚もしていない人はどうしているのだろう。いや、そもそも公的発表として「ホームレスは25,000人」という数字を聞いたことがあるが、少なすぎないか。
  • 餓死を原点に考えるべきではないか。

山愚痴山愚痴 2003/12/29 00:19 >総合家電的な「広く浅く」が稼げた時代は終わった、というのもよく言われる。個人も企業も「専門特化の時代」だ、と(吉野家とかマツモトキヨシみたいに)。好奇心に従って自分を先鋭化できた人間だけが生き残る。 (2003-12-17 Freezing Point) の専門特化の企業は、マニュアルの権化であり、未来永劫死などを予感させずに機械のように働く・・・要は働くなら自殺するほうがマシだと今日久々に雑踏を歩きながらより思っていたことですが、一方で藤原新也の本を持って(少しはまってます)死とは無縁の風景がより死を自分の中でイメージさせてしまいました。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/29 01:50 なるほど、言われてみればそうですね>特化された企業のマニュアル化。「社会の道具になり切れ」ということでしょうか。「自分を誰かの道具に成しえた者だけが生き残る」・・・・仕事とは結果的には他者の道具になることでも、そこに自分なりのモチベーションを盛り込むのか、それとも職業生活においては動機もなしにマニュアルに徹して、「モチベーション」はプライベートな経験に留めるのか。▼「働くなら自殺するほうがマシ」「死とは無縁の風景がつらい」というのは僕的にはモロにシンクロする話です。藤原新也の本がホッとするのは、それがどこか「死」に通じるからではないでしょうか。今日は餓死について書きましたが、「餓死しても構わない」と考えるとホッとする。「餓死したくない」と考えると物凄くつらくなる。▼「死」を前提とした感性を通じて生産活動ができればいいんですけどね・・・。死が排除された風景は息苦しくて仕方がない。僕はここにおいて、人間のタイプが大きく二つに分かれるような気がしているんです。ひたすら「生」を目指す人と、自分の中に「死」を抱え、死を呼吸しながらしか生きられない人と。――僕は自分が明らかに後者だという気がしています。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/30 01:40 記事を読むと、餓死するしかない状況に置かれたら、軽犯罪でもおかして刑務所に入るしかないのですね。某組織の関係者には生活保護だしまくってるそうですが・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/30 02:39 また黒い情報が・・・>某組織。「犯罪を犯せない善良な人間が餓死する」というのはたしかに理不尽ですが、「生き延びるために刑務所に入る」というのは選択肢としてあまりにも・・・。

2003-12-27 このエントリーを含むブックマーク


  • 「利用する・利用される」の拒否としての引きこもり
    • 生き延びるためには、相互利用の体系としての資本主義に入っていかなければならない
    • 動機づけは「利用されたい」ではないはずだ


  • 「ありのままを受け入れてほしい」 と 「成果出して死にたい」 (矛盾してる?)
    • 異性関係に求めるのは受容だ。地位や肩書きによってではなく。
    • 生身の人間として生まれてきたことをもって為す極限的実現とは何だろう。それだけが「意味のあることをやって死んだ」アリバイとなる。生きている間の特異点へのアクセスを求めているが無理そう。


  • 無記名と凡庸
    • 別に僕でなくてもいいありきたりの経験しかこの人生に実現できないなら、僕がわざわざそれをやってみせる必要はない。
    • 経験に特異性などない。トラウマ体験はその極端な無記名性と凡庸さにおいて際立つ。「誰のものでもない経験」。時空はあくまで均一で、個々の素粒子は見分けがつかない(機能的同一)。
    • 言語は100万語費やしてもついに特異点にならない気がしている。言語は存在のさなか死ぬほど放置されてる。


 ――と、この程度のことは人文系大学生なら誰でも考えていることで。



2003-12-26  ネタの提供 このエントリーを含むブックマーク


  • 現世的業務と≪他の場所≫
    • 「他の場所」といってもオカルトやニューエイジではなく、フロイトの無意識を考えたんだけど。数学者の熱意ある没頭が才能なしにはあり得ないように、「他の場所」への没頭にも才能が必要だということか。ラカンはたしか詩的才能のことを言っていたけど。
    • 現世的業務だけでは生きられないんじゃないか、と思っていたら、宮台真司さんの『サイファ 覚醒せよ!』ISBN:448086329X で「第四の帰属」という話をしていた。「世界との接点」。それは才能がなくとも無条件にアクセスできるものだろうか。
    • 田口ランディ氏の姿勢にも関係あるだろうか。彼女のお兄さんは引きこもりの果てに衰弱死している。


  • 僕が自己紹介すると、多くの人が「じつは宮台真司読んでるんですが・・・」と言いにくそうに打ち明けてくれた。「ふうん」とやり過ごしてしまったが、僕はテストされていたのかもしれない。『この世からきれいに消えたい。』ISBN:402264317X を眺めつつそう思った。
    • 自分の中に抱え込んでしまったヤバイ現実。それだけを追求していても辛くなるばかりなので、僕は「具体案」を考えたいのだが。


  • 他者の創った作品と理論に救われる(理論も作品だ)。
    • 自分の中の現実に従事できない人間は外側から与えられる現実に従事せねばならないということか。
    • 思い入れのないところにクオリティの高い仕事を追及する姿勢は生まれない。外側から与えられる要請にバラバラに引き裂かれる前に、思い詰めた作品創造が始まればいいのだが。


  • 斎藤環氏より新著『ひきこもり文化論』ISBN:4314009543 いただく(ありがとうございます)。
    • 「欲望とは決済したい欲望なのだ」


  • 「抽象に関わって具体を貧しくする」という言葉を思い出す。素材レベルに生で関われない僕は、つねにすでに空疎な形而上学者のように生きている。
    • 言葉は僕にとって、過剰に現実すぎるか過剰に作り物すぎるか、どちらかのような気がする。細かい描写を追うことは退屈なばかりでなく恐ろしくもある。(音楽にも同じことを感じている)


  • どんな作品を作ろうとするのか。そこに「残された時間」のすべてがある。生きることにミッションがあるとしたらそこにしかない。
    • 「使われる」だけの労働から、「自分で引き絞る」労働へ。その原動力が≪他の場所≫か。
    • 勉強なしにアクセスはない。しかし環境と才能なしにはアクセスへの予感がない。
    • アクセスのネタを提供することに尽きるのかもしれない。作品創造も、支援も。



2003-12-25  絶望空間

function−effect−capability function−effect−capabilityを含むブックマーク

  • 「function」という考え方が最もエロティックな気がする。
    • バタイユは「機能に還元されない(道具的でない)」ことにエロティシズムの原理を置いたと思うけど、「他への関係」を考える「function」をエロというのは変?
    • 「SEXがしたかったから家を出た」「みんなエッチじゃなくなってる」*1。 → 「家にこもる」ことはエロティックか?
  • 「function」には「関数」という意味もある。
    • 「やおい」(女のオタク?)では「関係性」に最大のエロを感じるという。
    • 自然言語そのものをプログラムのように理解する。言語をデジタルに考える。「理系−文系」「science−art」という区分を、「function」から考えてみる。
  • 「function」という観点から自分の存在について見つめ直してみる。 → 家族との関係、友人の中で、社会の中での機能。「愛」を、ドライな「function」という視点で見てみる。「生きた労働」(Marx)という function。社会制度や文脈の中での自分や他人。
    • 「機能しない人間は捨て去れ」とかの暴論ではなく。状況や情感に飲まれて困る人間は、なんとかドライでメタな視点を確保する必要があるのだ。
    • 単なる機能論的視点は、たしかに歯車的視点であって批判的・政治的視点を創りにくいかもしれない。しかし批判や政治自体を functional に考えることはできないか。
  • 素材レベルの戯れとメタの認識。
    • メタな認識自体の function がある。コンスタティヴな認識自体が、政治的影響力においてパフォーマティヴに機能する。
    • 反メタ言語(精神分析でいう「メタ言語はない」)。自己の認識を自己自身に当てはめること。*2
  • 「現実を現実でなくしたい」――要するに「人間の存在論的地位」とか、そんな話。存在における人間という function は何だろう、とか。



反転 反転を含むブックマーク

 「顔か壺か」

 対象を意識するのか空間を意識するのか。

 例えば当日記の黒い文字、これを「白地に黒いシミがある」ではなく、「白地が黒くくり抜かれている」と考えてみよ。ちょっと違って見える。



現象経験の取扱説明書 現象経験の取扱説明書を含むブックマーク

  • id:hikilink さんの「外出マニュアル」に投稿しようと思って「電車の乗り方」(僕は電車が苦手なのだ)を書いていたら、電車にまつわるあらゆることが意識にのしかかってきて強迫的になり中断。「function」という観点でドライに考える必要がある。(再チャレンジの予定)
    • 利用者自身がマニュアルに強迫的に縛られるのはまずい、と思ったが、そこは「守・破・離」*3で考えれば良いか。
    • 難しいのは、抱えている困難によってマニュアルも変わってくるということ。鬱・知覚過敏・パニック・対人恐怖・強迫神経症・胃腸障害・めまい・自律神経失調・・・・。それぞれの当事者がマニュアルを作ればいいだろうか。
  • 学問とは、現象に対する「取扱説明書」だろうか。私たちは現象経験のユーザーだ。



ここ数日 ここ数日を含むブックマーク

  • 19日、id:hitomisiriing さんより『Kluster』『Cluster』届く(感謝!)。
    • 自分が小説・アニメ・エロゲーなどに興味を持てない人間であることを再確認してしまう。「フィクション親和性の低さ」は、ひきこもり全体に一般化することはできないが、私にとっては症候的なように思う。――いや、多くの人がそうなのか?
    • 自分にとって「愛するジャンル」は何だろう、とか考える。
  • 20日、淡路プラッツで「デビューネット」忘年会。
    • ひきこもり支援はきわめて過酷であり、スタッフが潰れてしまう。方法論を考え直すべき。
    • 友人の娘、成長してお顔が変わっていて驚く。そうか1年半も会ってなかったか。
    • 自分にとって「性・恋愛」の話は基本的に傷だな、と思う。フーコーとか読めばいいんでしょうか。
  • 21日〜、ひどい鬱状態。世界が灰色。何の反応も自分の中に起きず、そのことにひどく焦る。「このままでは俺は餓死するしかないんだ」と奮い立たせる。しかし餓死してもいいとしか思えない。世界のすべてが「ノルマ」のように思える。もう何も関わりたくない。世界の一切を拒絶したい。生きていること自体が「放置された屈辱」にしか思えない。
    • 鬱・PTSDのサイトや本を読む。困ったことにますます陰鬱な気分になる。 → これが難しいところだ。ひきこもりや trauma は、私にとってどうしても目を離せない重要なテーマなのだが、主題的に関わろうとすると精神をやられる・・・・。
    • この耐えられない混乱が「生産的混乱」であればいいが。「腐敗は生命の実験室だ」(Marx):ホントか?
    • 精神分析の本を相手にもがく。超弦理論の Witten 教授の発言*4を読んだり。問題に取り組める時間は限られている。残された時間でできることは・・・。
  • 22日、郵便物いくつか。
    • 友人からクリスマスプレゼント?『BLUE』ISBN:4309203914
    • 出版社経由で、読者の方(お母様)からお手紙。
  • 24日、パスポート申請に三ノ宮へ(先週書類が揃わなくて挫折していた)。やけにカップルが多いなぁ、などと考えていたら今日はクリスマス・イヴだ。おまけにルミナリエ。ぷいぷい。
    • 懸案の本をたくさん買い込む。経済・思想(理論言語とは何か)・社会学・ひきこもり系小説。本屋(ジュンク堂ダイエー店)にいたら友人から電話。ちょっと元気になる。
    • 特に何をしたわけでもないが、「公的文書を申請して受理された」というだけで精神的に違ったりする。
    • 僕の精神はいつもビニール・コーティングされている気がする。言葉が真空パックされていて、外界にアクセスできない。その苦しさを壊すところで言葉を生産する試みをしている。自分にとっての「行動」とは何だろう、といつも考えている。それは趣味ではなくて、死活問題。



ネガティヴな刺激/ポジティヴな刺激 ネガティヴな刺激/ポジティヴな刺激を含むブックマーク

  • 「仕事がない」ことは、それ自体として価値観的に糾弾されるべきではない。問題は金がなくなり周囲も自分も困り果てているのに「働けない」状況だ。
    • ひきこもり自体は精神障害ではないが、現実に社会生活を営めないトラブルを抱えている。局面によっては「病・障害」という枠組みが必要だが、具体的には「ひきこもり」ではなく、鬱病・強迫神経症・パニック障害などで申請されるだろう。
    • 「福祉はムリだ」と安易に口にしたのは性急だったかもしれない。「社会や景気の状況がどうであるか」ということと、「為すべき福祉をどうするか」とは、直線では結べない。「環境が変われば障害は障害でなくなる」という視点も忘れたくない。
    • できる仕事を「探す」と同時に「創る」視点。 → 高齢化の進んだどこかの町で、葉っぱを販売して高収益を上げ成功していた。寝たきりの人が激減し全体として健康状態が改善した、という副産物まであったらしい。「仕事ができない」と思われている人に仕事を創ることには、個人的恩恵だけではなく社会保障費を減らすというメリットもある。
  • 「ひきこもり」は、まず価値観的選択を迫られる――「餓死するのか、それとも生き延びるのか」
    • 餓死を選択するならもはや悩まなくてよい。餓死は自己愛を温存したままでもできる。ただし場合によっては、その選択に親や兄弟姉妹を巻き込む。バトルが予想されるが、「黙って呆然と死を待つ」光景がいちばんリアルな気がする。
    • 「生き延びる」選択をした途端にあらゆる問題がなだれ込んでくる。
    • あきらめるとは、「もはや問題にしない」だ。
  • メンタル面を克服しても、仕事につけなければ生き延びられない。精神面の健康が仕事への就任を通じて改善したりもする。せっかく改善した精神的健康が無理な就労によって損なわれるケースも。 → 心のトラブルは社会的・経済的に存在しているとも言える。
    • ひきこもりの問題を、「就労せよ」という強制とは無縁のところで、あえて「働く」との関係で考えること。むしろ「働く」を中心に考え、ひきこもりとはその特殊なトラブルのあり方である、と考えること。
    • ひきこもりそのものを価値観的に肯定するのはいい。しかしイザ「生き延びよう」としたときの社会との接点を用意しないで「閉じこもっていればいい」というのは無責任すぎる。選択的に閉じこもれる環境も、社会的・経済的に用意される。
    • 「働く」を中心に考えると、ミクロな視点とマクロな視点、政治・文化面と経済面、内面事情と制度面、など、さまざまな視点から考えやすい。
    • メンタル面へのケアを支えるのは経済ではないか。
  • 「状況を変える」仕事と「一方的に従う」仕事。金は基本的に後者に舞い込む。そこに苦痛があれば前者を目指したいが、なかなか金にはならない。
    • 「従う」仕事の中に「変える」の萌芽を見つけるしかない。
    • 考えれば考えるほど言説の重要さを痛感するが、大学に職を得るぐらいしかないか。
    • 「怒り」というファクターを、どのように自分の活動に転化できるか。
  • やる気のない人間の増加は社会にとっても死活問題ではないか?
    • 「解雇される心配がない」とムチャクチャな勤務態度をとる公務員や教員。*5
    • 経済談義では消費者の depression ばかりが論じられるが、生産者の depression も考えるべきなのでは?
    • 生産者に対する欲望刺激が、遠回りなようでいて着実なのではないか。 → 画期的な成功例とたくさんの勉強が必要か・・・。
    • ネガティヴな刺激(働かないと食えない、悲惨な犯罪被害がある、など)とポジティヴな刺激(こんな面白い作品がある、○○すれば△△できる、など)。現代はネガティヴな刺激ばかり。――いや、いつもそうなのか。ポジティヴな刺激は稀で貴重だ。罵倒は簡単だが創造的生産は難しい。



この時期・・・ この時期・・・を含むブックマーク

 クリスマスは友人 id:aimee の事件記念日。

 「熱中することは生き残りの戦略だ」という村上龍のメッセージは苦しんでいる人間においてこそ切実な気がする。

 仕事に価値観的な期待をかけるからかえって苦しむ、というのも真実だと思うが。多くの人は仕事とプライベートで意識をスプリットして生き延びているのだと思う。

 一般論はともかく、自分は自分で積極的なものを追求しないと身が持たない。「これ以上生きていても苦痛しかない」と思い始めている今、自暴自棄にならない自己管理をどうすればいいか。




*1:『共生虫ドットコム』ISBN:4062103362、村上龍と田口ランディの対談

*2:立木康介「精神分析の反メタ言語論─マホーニィ、ラカン、フロイト」

*3:日本の古典芸能で言われるらしく、まずは師匠の言うことを「守り」、次にそれを自分なりに改善し(破り)、最後にオリジナリティで独立する(離れる)。

*4:「ある意味で、基本的な数学的問題の個数が無限だというのは確かな気がする。ところが、私は真に基本的な物理的問題は有限個だと信じている。だとすると、未来において数学と物理が真に基本的な形で相互作用するようなエピソードは有限回しか発生しないだろう」(数学セミナー臨時増刊号『国際数学者会議ICM90京都』1991年)

*5:関西で放映中のTV「怒りの相談室」より

山愚痴山愚痴 2003/12/26 02:25 http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/zinseinooto9,.htm (オランダ)  http://x4tdbsx2.hp.infoseek.co.jp/index.html (ひきこもりの叫び!?)    自分自身ではHPを作る技・ネタに乏しく、つい他人に共感しましてたまたま見つけたHPをご紹介してしまいました。

山愚痴山愚痴 2003/12/26 02:26 Freezing Pointは哲学的で私には分からないことがありますが、不信、無気力、不安を感じる中、興味深く拝見しております。 

山愚痴山愚痴 2003/12/26 02:55 (追記)ご紹介しましたURLをコピーしてクリックするとうまく行かないようです、何故か分かりません、すいません。 (オランダ)はURLの末尾に#1をつけるといいようです。  (後で考えると勝手にリンクしてしまいました。)

山愚痴山愚痴 2003/12/26 02:56 二つ目は暗井闇夫さんのHPで既に『ひきこもりのための外出マニュアル日記@はてな』にありましたね。  クドくなりましてすいません。   

通りすがりのヲタク通りすがりのヲタク 2003/12/26 03:46 ”やおい”というのは、本来は「ヤマなしオチなし意味ナシ」の略で、エロマンガ、特に女性向のエロマンガを指す言葉です(つまり、セックスシーンしかないマンガという意味)。

通りすがりのヲタク通りすがりのヲタク 2003/12/26 03:50 女性向の漫画は、たとえエロ漫画であっても、「行為に至るまでの人物の心情を描いているか」が重視されていたので、エロシーンしかない漫画は”やおい”と呼ばれて軽蔑された訳です。当然? 女性向けですので男X男のエロ漫画になるわけですが、そこから転じて、”女性向けの、男性の同性愛を描く創作物”の意味になりました>やおい

通りすがりのヲタク通りすがりのヲタク 2003/12/26 03:55 一応、女性のヲタクを指す言葉としては、「腐女子(ふじょし)」という呼称があります。用例:やおい腐女子=男性同性愛ネタが好きな女のヲタク、という意味に *腐女子の呼称は差別用語なのであまり多用はしない方がいいですが・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/27 00:54 「通りすがりのヲタク」さん、勉強になりました。オタクや2chの用語については「こんなことも知らないの?」みたいな軽蔑的態度を取られることもあるのですが、分かりやすく解説していただけるのは嬉しいし楽しいです。レクチャーありがとうございます。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/27 00:54 山愚痴さん、情報提供と感想ありがとうございます。昔、オランダのアムステルダムを取材したTV番組を観たことがあります。「世界中から、故郷に生きづらさを感じた人間が集まってきている」といった内容でした(英語が公用語のようです)。「日本で頑張る」ことと、「より良い環境を探す」こと、どちらも視野に入れるべきなんでしょうかね・・・。

山愚痴山愚痴 2003/12/27 01:56 http://www.fujiwarashinya.com/talk/2003_0325.html (『藤原新也』の日記) 『ひきこもり』関連でまたご紹介したい衝動に駆られてしまいました・・・。真摯なコメントのご返答有難いです。果たして私自身行動できるかともかく・・・、普段は人間関係がないので特にです。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/28 02:21 藤原新也は『メメント・モリ』で感銘を受けたのですが、HPがあったんですね。ご紹介いただいたページ拝見しました。「カメラマンの視線に救われた少女」・・・・とても印象的でした。▼難しいのは、では苦しんでいる人を次々に撮影すればいいかというとそうではなくて、「これは私を救済する目的で撮影しているんだ」ということがバレてしまった時点で効果はなくなる、という点ですね・・・。「あなたは魅力的だから撮影したいんだ」がメッセージとして機能していなければならない。しかもそれがポルノ目線では困る。▼しかし性的なサービスの需給関係が「承認」に関係しているかもしれず・・・。「利用し・利用される」のと、そうではない承認関係の違いは?・・・・といったことを考えました。まなざしを切望する気持ちと、まなざしを徹底して拒絶したい気持ちと。――大事な視点をいただきました。ありがとうございます。

2003-12-19  古くて新しい問題 このエントリーを含むブックマーク

ひきこもっている人にとって、「仕事」「働く」という言葉自体がトラウマになっている気がする。

 「働く」というテーマが、いよいよ中心化してきたように思います。(個々のコメントにはレスポンスできませんでしたが、参考にさせていただきました)


  • 「すべて拒絶して閉じこもりたい」 「死にたい」
    • 望まざるひきこもりは苦痛に満ちている
    • 閉じこもって生き延びるにも金が要る
    • いざ生き延びようとした時にはできる仕事がなく、死ぬしかない


  • 「経済的自立なしに精神的自立はない」
  • 愛情関係は、仕事との関係で調整するしかない
    • 性愛も、家族も


  • survive ――「自己の先鋭化」と、「どのような事情でも生き延びられる」の両面模索
  • 「仕事ができない」 →
    • 探す(既存の仕事)
    • 創る(NPOなど、新しい働き方)
    • 環境(各種差別、資本主義、社会福祉、などの問題化)
  • 「弱い立場」に向いた仕事(ノウハウ蓄積の必要)


  • 「仕事とは何か」――「稼ぐこと」
    • 金さえあれば誰も仕事なんかしたくない(そうか?)
    • 「ヤリタイ仕事」なんてあるのか
    • どんな仕事でも、いったん引き受けてしまったら果てしなく「巻き込まれる」恐怖がある。業界には業界のシガラミがあって、それが自分の人生すべてを食い物にするのではないか、という恐怖。(自殺は、「もはや巻き込まれたくない」でもある。)


  • id:hikilink さんの「外出マニュアル」は、その有用性からいって報酬を得ても良いのではないか。(1例として)
    • オタクの人たちには、作品(アニメ・小説・フィギュアなど)を通じて経済的互酬関係があるが、ひきこもりの人には互酬関係がない。それゆえネットワークや共同作業を作りにくい。利用者が代金を払い、作成協力者が報酬を受け取る、というシステムの模索。 → LETSやPICSY(地域通貨)、はてなポイントが使えるかもしれない。
    • 生きるためにはお金を稼ぐ必要があるが、日銀マネーを稼げる仕事だけが価値ある仕事というわけではない。
    • お互いのニーズをお互いに発掘する必要がある。――「これはいい」と思ったら、積極的に相手の仕事を評価するべき。評価されない取り組みはすぐに破棄される。評価された仕事は、発展的に経済活動の形を取れるかもしれない。


  • 容姿・才能・性格 → 「愛情ブルジョア」(人間的環境に恵まれた人)
    • 嫉妬による足の引っ張り合いだけはやめたい。頑張れる人はどんどん頑張ればいい。「お前も苦しめ」ではなく、「自分もいい思いをしよう」。
  • 変えられること/変えられないこと
    • 明確な諦めと、明確な野心が状況を変える。(たいていは、曖昧な諦めと、曖昧な野心)
    • 慣例的な希望や目的ではなく、何か自分独自の野心が要る
  • 「自分自身のために」はひたすら疲弊する
    • ≪貴重なもののために尽くす≫が私を生き生きさせる
  • negative 体験を原動力にできるか(positive だけでやれる人との違い)



神戸は、風が強い・・・・



山愚痴山愚痴 2003/12/19 13:44 各国の食料自給率(他にその国内分配率)で生活する人たちは安心につながり自由時間を持てる、その代表がアマゾンの肥沃な大地で暮らす人々というのを思い出しました。話は飛んで女性のひきこもりの場合、女性の暮らし自体が時代は女性も会社で働くようになってきているとはいえ、女性として生きること自体が仕事になり得自給職業の提供とも感じます。 男性は・・・大抵は何処かに雇われないと生きれないようですね・・・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/19 14:23 こんにちは。|楼茵聞駝院坊从僂函△修譴鯒鵬するグローバル資本主義 不況や恐慌に対するセーフティネットとしての地域通貨 社会における性差分業 ―― といったことを思い出しました。▼「女性が稼いで男性が家事をする」とか「共稼ぎ・家事も分担」とかの流れが必要なんでしょうか。▼中国では都市に出稼ぎに来ている農民がたくさんいたり(「民工」と呼ばれる)、貧困国から富裕国への出稼ぎもたくさんある。引きこもっている人が国外に飛び出す、というのはちょっと現実味がないから、やはり日本で仕事やコミュニティを創らねばならないのかな・・・。いや、日本だからこそこんなにつらいのか。(外国こそが素晴らしい、というのは、僕は単に幻想だと思っているんですが・・・。違うのかな。)

masayama8masayama8 2003/12/19 15:41 はじめまして。最後の部分だけに反応したようなところがあります。「外国」は単に今までモデルとして存在してきた(欧米に絞ってます)だけであって、経済水準とかで追いついてしまってみればおっしゃるとおり、どちらかが絶対的にすばらしいなんてことはなく相対的な差異しかないのじゃないかと思います。海外に行けば行くで、海外の保守層なり何なり圧力的存在はありえると思いますよ。その代わりカウンセラーなどが日本より通俗化していて、もう少しオープンに話が出来るかもしれないですけど。

masayama8masayama8 2003/12/19 15:42 その意味で受けて・・・出口がない、社会そのものが精神面をブームでしか語らないっていうことだけあげれば、たしかに日本特有の軽薄さによるつらさはあると思います。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/19 21:47 はじめまして!masayama8 さん。そうですね>「保守層などの圧力的存在」。言語もまともに喋れず、相手の国の政治・社会・経済の状況も知らないまま飛び込んでも、「こんなはずではなかった・・・」で終わり、という気がするんです(寺山修司だと「地理への幻想」とか言うんでしょうか)。★ただ、日本に「精神面をブームでしか語らない」面があるとして、その「すべての真剣な問題提起を何事もなかったように呑み込んでしまう」精神風土、「太刀打ちできない威圧的な雰囲気」を社会や人間関係に感じているとして(って知識人サンたちがよく論じることですが――自分で書いておいて何ですが――どうもそういう表現自体古臭く感じるんですがどうでしょう)、もしそれに「日本」とか「日本語」とかいうものが関係しているとしたら、単純に異国の中に身を置いてみるとか、異国語の中で暮らしてみる、というのは、イミがあるかもしれない、とか、ちょっと思ったんですが。★「ひきこもり」の人が外国で働けるわけない、というのは確かにそうなんですが、引きこもっている人は案外「自分の過去を知っている人間関係」とか「近所付き合い」とかに威圧的な嫌悪を感じているので、「自分のことを誰も知らない環境」には憧れる面があるかもしれない。また、前に当日記でも書いたんですが(11/4)、僕は大学時代に日本語のあまりできない留学生といるとすごく話しやすかったんですよ。まぁ、単に外国語を喋っていてもあまり意味はないわけで(だって外国にも抑圧はいっぱいあるんだし)、「働けない」にはもっといろんな要因があるのでしょうけど、個人がもう少し自由に呼吸して自由に才能を伸ばす環境を考えられないだろうか、というあたりの話で。★日本社会における年齢差別とか性差別とか、あるいはもっといろんな形の抑圧的慣習(それは必ずしも「日本の伝統」に基づくとは思いません)については、社会全体の利益を考える合理主義――西欧的と言っていいんでしょうか――の立場からバッサリ斬ればいいと思うんですが(ってそれも浸透するには時間のかかるスローガンですね・・・)。「それは西欧だから良くない」っていうのも逆に詰まらない地域主義というか。「イイものはイイし、悪いものは悪い」でいいじゃないか、と。いろんなものに幻滅するしかない中で(ひきこもっている人は特にあらゆることに幻滅しています)、幻滅しないで前向きに語れるプランをいつも考えている、という感じです。

JohannJohann 2003/12/19 22:50 僕も「どこか遠いところに行きたい」と思い、海外に2ヶ月ほど放浪していた事があります。でも、いざ言ってみると言葉が通じない事に腹立たしさを感じたり、ひきこもり気質のくせに、どうしようもなく寂しくなって、日本に帰りたくなることがしばしばでした。そこには僕の居場所はありませんでした。僕のお金が無くなったら、もうそれでそこには居られないような感じがしました。何にもコミットしたくないくせに、寂しくなります。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/20 00:11 こんばんは>Johann さん。昨日は細かい自己紹介ありがとうございます。ところで、なるほど・・・>「何にもコミットしたくないくせに、寂しくなります」。「コミット」しなければ、人間関係はできませんものね・・・。これだけ個々人が分断された状態で(ひきこもっている人は特に個々人バラバラですよね)、かつ「社会生活にいったん巻き込まれたらどこに連れて行かれるか分からない」恐怖心がある中で、本当に難しいのは「コミット」なのかもしれませんね・・・。英語の「commit」には、「〜してしまう(罪や犯罪などを犯す)」という意味もあったと思う。必要なのは「コミュニティ」ではなくて、「コミット」か(サルトルの「engager」とか思い出しとけばいいのかな)。いっぽう、僕らはそのつもりがなくとも状況に commit = engager している。 → 意識的選択として決意される commit と、無自覚に生きてしまっている commit と。後者を研究すれば、そこから前者が出てくるんだろうか。意識的に選択されるコミットは、常に「見切り発車」じゃないだろうか?――そうして、たいていは後悔するんだけど。僕らは「選択的コミット」に、何を期待するんでしょうね・・・・。●ところで2ヶ月の放浪っていうのは長いですね。どちらに行かれていたんですか?(よろしければ)。友人で、日本でも恐ろしく「コミット」のうまい奴がいたんですが、彼はインドとかヨーロッパとかを何ヶ月も放浪して、向こうでちゃっかり仕事してました。――そうか、やっぱり「仕事」しなければ「コミット」にならないのか・・・・。しかし日本では(というか経済が脱政治化された現代世界では)、「コミット」は「歯車になる」というぐらいの意味で、サルトルが口にしたような政治的なニュアンスはないですよね。「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」という浅田彰の20年前の言葉を思い出したけど。●ということで、僕らに可能な生き延び方ってどんなものなんでしょう・・・・。

JohannJohann 2003/12/20 00:21 こんばんは>ueyamakzkさん。放浪はラオスとかベトナムとかそっちのほうです。もちろん初海外でした。ひきこもりの僕(自称ひきこもりに分類されるかもしれませんが)がなぜ初の海外で2ヶ月も放浪する必要があったのかというのは、「関係」からどうしても遠ざかりたかったからです。有り金全て持って死んでも良いやと思って行きました。でも、結局寂しくなって帰ってきてしまいました。帰国後しばらくは、正直友人達と話すのが嬉しくて仕様がなかったです。ですから、僕は人そのものが嫌いなんじゃないんだな、と思います。●結局、「社会」に溶け込めないだけなんだと思います。僕に可能な生き延び方・・・思考が停止します。。何らかの形で、答えを出さなくてはならないと思っています。僕自身を変えるのか、社会を変えるのか。どちらもか。ここで勉強させてもらいながら少しずつ考えていこうと思ってます。

aimeeaimee 2003/12/20 18:33 話はずれちゃいますが、今から南の島に逝って来ます。海外の話が出ていますが、確かに、行ったことも見たこともない国へ旅行にいくことは、私の唯一の趣味であり、希望であるかもしれません。年に数回の、変な国への旅行、がなかったら・・・かなり辛いですね。私は10年近くも、アメリカに住んでいましたが、引きこもりには優しい社会でした。というか、車ですべて移動するアメリカ北部は、それこそ州民がみんな引きこもっているようなもので。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/20 21:12 ひきこもりの社会復帰の実例を2つみつけてきました。 1)捜す:郵便局内の郵便物仕分け 2)創る:在宅でのDTP印刷請負(顧客獲得のための営業はダイレクトメール) 俺も1年前に在宅でCADデータ加工業を開こうと試みたことがありましたが、月収5000円を越えられなかったので挫折しました。営業のセンスがあればなぁ・・・。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/20 21:15 aimeeさん うわぁああ!「逝って」来ますですか!!!帰ってきてくださいね!!!

JohannJohann 2003/12/20 22:23 >aimeeさん。海外に行くことでバランスをとっておられるという事ですよね。趣味があるのは羨ましい限りです。僕の場合、逃避でしたから。(汗汗)

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/23 11:48 さっき見たTVで、マルタ島に一日中島じゅうの猫にえさをあげて回っている男性のドキュメンタリーを見た。無職なのだが彼はどうやって食べているんだろう?キャットフード入手はネコ愛好家が手助けしてくれているとのこと。純朴な感じの男性だが狂人ではないと思う。彼のような生活がしたい。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/23 11:51 生き物の餌やりとか植物の水やりの仕事がしたいなぁ。月給8万円とかでもいいから。

2003-12-17


 16日は「しごとふれあい広場アメリカ村」の会議&忘年会。財源は雇用保険なので、企業利益に還元できる形でなければ社会を説得できない、と。NPOの話なども刺激受けた。


 行きしなに『13歳のハローワーク』ISBN:4344004299 購入。「はじめに」が熱い。

 なぜか「学者」という職業の紹介が少ないのだけど、各専門分野ごとに業界事情を紹介した本があってもいいように思う(それは『別冊宝島』とかであったっけ)。素粒子論の最先端で東大と京大がいがみ合っていたなんて、僕は5年ぐらい前まで知らなかった。


 終身雇用があたりまえだった高度成長期には「イヤな仕事を我慢してする」が合理的選択だったが、雇用状況が流動化した現在では「やりたいことをやる」の方が合理的だ、という指摘。つまり、やりたくもないことを嫌々やっている人はスキルアップもできないから結局競争に負ける、と。

 総合家電的な「広く浅く」が稼げた時代は終わった、というのもよく言われる。個人も企業も「専門特化の時代」だ、と(吉野家とかマツモトキヨシみたいに)。好奇心に従って自分を先鋭化できた人間だけが生き残る。

 「好きなことをやれ」が青臭い精神論ではなく、いよいよ生き残りの戦略となったか。


 精神的動揺が激しく、ツェラン・数学・アインシュタインなどを眺めてやり過ごす。13年前にNHKで放映されて録画した『アインシュタイン・ロマン』を一部観る。

 自分の言葉のダメさ加減にますます落ち込む。

 自分は独自の優秀さを開発せねばならないのだが、それを導くのは好奇心だ。幻滅している人間は取り残される、というわけだ。



他者憎悪と自殺願望 他者憎悪と自殺願望を含むブックマーク

 前日コメント欄、id:Johann さんの書き込み。

 僕の場合、人間関係全てに苦痛を感じるわけじゃなく、労働や学校などで生じる人間関係が苦痛です。何か上からものを言われる事に我慢できない上に、暴力がさらに自分の立場を危ぶめるのを知っているから、結局自分の頭の中で、自分や他の人間への憎悪が増していきます。それが煮詰まってくると「もう死ぬしかないのかな」などと思うようになります。自殺のイメージが何度もあらわれてきます。ですが、家族の事を思うくらいの理性はあるので、自殺には至れないのです。すごく辛いです。

 フーコーの「権力」論を思い出す。役職の上下関係のみならず、私たちは避け難く他者に対して権力になってしまう。「反権力」を素朴に口にする人はそのことに気付いていない(そういう人は往々にしてその人自身がひどく権力的だ)。だから僕たちは「いかにして権力を生きるか」を真剣に検討しなければならない。(ちなみに僕は、上から言われることも苦手だが、後輩やへりくだってくださる相手に「上からものを言う」のもひどく苦手だ。)

 Johann さんの言う「憎悪や自殺願望」は、多くの方にとって極めて喫緊のテーマではないだろうか。少なくとも私は深く共感した。他者に巻き込まれすぎる環境は、自殺したい環境でもあるのだ。



ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 22:37 他者に巻き込まれすぎる環境は、殺されかねない環境でもありますね・・・。過労死とか上司からの暴行とか・・・。そういう会社が日本には山ほどあるわけです。で、大きな会社に労働組合なんてものがありますが、こいつらの目的もパワーゲームなんですよね。なんという皮肉だ。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 22:40 僕は、好奇心に従って自分を先鋭化でなかった人間が生き残る方法を考えています。「言葉」や「特殊技能」で食えない僕は暗闇の中で彷徨する・・・。

匿名匿名 2003/12/17 23:56 資本主義における欲望の刺激と自殺について書いてある日記があったので紹介します http://umi.no-ip.com/simple/pd200312.html#2003-12-17

miyagimiyagi 2003/12/18 01:11 もう一つ。以前NHKで、鳩間島の里子制度について見たことがあります。今、ビックコミック(小学館)で尾瀬あきらさんが「光の島」で、そのことについての漫画を連載しているようです。色々意見が分かれそうですが、考えさせられます。

miyagimiyagi 2003/12/18 01:26 ↑いけない。間違った。脱税容疑はライジング・プロダクション元社長の平哲夫氏であった。上のコメントを即削除願います。誠に申し訳ございません。

事務作業員事務作業員 2003/12/18 05:51 『好奇心に従って自分を先鋭化でなかった人間が生き残る方法』について考える、というところには、共感できます。それとも好奇心は、見逃されてしまっただけなんだろうか?

hikilinkhikilink 2003/12/18 07:02 『13歳のハローワーク』は売れてるみたいですね。そのうち目を通してみようかと思っています。

山愚痴山愚痴 2003/12/18 09:58 上山さんの紹介の壁紙で、去年沖縄に行ったのを思い出しました。 miyagiさんのコメントでその時に全国各地から来た中学生が離島の廃校間際の小中学校(小中学校兼用)の宿泊施設で一般向けの部屋に泊まったのを思い出しました。 話は殆どしませんでしたが、後でHPで見ると不登校ぎみの中学生が離島で暮らすと元気になってくるようです。 また地元の人は中学校を出ると島を出ないと上の学校には進めないので自然と自立の心構えができてくるのかなあと思いながら、失業率最高、最低法規賃金設定の沖縄は那覇から入り離島に行くと10月でも日中クーラーが心地よく、リピーターが多いという宿にはこの季節に欧米並みの長期の休みを取られているサラリーマンではない人もいらして僕もこのような人になれたらいいなと思いながら、楽しい事だけ覚えつつ、ひきこもりでもがいております・・・・。

JohannJohann 2003/12/18 10:27 本文での言及ありがとうございました。あと、プライベートモードで申し訳ありません。はてなは自分だけの日記として使っています。僕の立ち位置を明らかにしておきますと、僕は今、大学生で来年に就職しなければなりません。大学はいわゆる高学歴にはいる部類です。大学が実家と離れているため、現在一人暮らしをしています。定期アルバイトはあまりしたことがありません。大学も休みがちです。友人は皆無ではありませんが、距離をおいて付き合っています。友人に対しては特に憎悪を感じることはありません。長男で、年の離れた弟がいます。両親は健在ですし、特殊な環境ではないです。現在、彼女はいなく独り身です。わたくし事すいません。一応、書き込ませて頂くうえで、偽り無く立ち位置を示すことが必要かと思いました。大変勉強になります。これからも宜しくお願いします。

JohannJohann 2003/12/18 12:27 ドロップアウト君さん、昨日のレスします。僕自身は社会システムを憎んでいるのか、それとも人間が集団になったときの避けがたい「しきたり」を憎悪してるのか正直わかりません。論理武装しても空しいことはある程度知っています。未だ何者でもない自分の立ち位置を崩されたら終わりです。ある種の戦略性を持った「ひきこもり」の限界を感じます。その立ち位置批判はまず誰よりも自分によってなされている事にも気づきます。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/18 13:09 ご自身からの削除依頼がありましたので、miyagi さんの投稿を一つ削除しました。個人や団体のマイナス情報の書き込みは、公共性や真実性の条件を満たせなければ名誉毀損の可能性も発生しますので、注意をお願い致します(まずい場合は私の方で削除させていただきます)。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/18 13:09 たくさんの書き込みありがとうございます>皆さん。ちょっといま立てこんでいるので、レスポンスはまた。(すべての書き込みにはお返事できませんが、興味深く拝見しています。)

2003-12-15  仕事を探す / 仕事を作る

やれそうな職場環境を 「探す」/「作る」 やれそうな職場環境を 「探す」/「作る」を含むブックマーク

 昨日のコメント欄より(ありがとうございます)。 この話は「ひきこもり」の永遠の課題ぢゃないか。

 黙っていたら死ぬしかないんだし。 「死ね」と言われたりもするんだし。

 各人が、自分なりの流儀で、「自分にできること」と社会との接点を探すしかない。



模索 模索を含むブックマーク

【人文・政治経済・社会工学】―【マニュアル・薬物】

  それぞれの長所を生かす必要がある。 万能の方法はないのだし。



windvalleywindvalley 2003/12/16 12:31 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/9602/determination.html

windvalleywindvalley 2003/12/16 12:32 http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/2112/pg_clock.html

杉田杉田 2003/12/16 12:58 精神障害の当事者が各障害者のヘルパーに入る「ピアヘルパー」という職種があるそうです。大阪に現在10数名いるそうです。くわしくは調べてからまたレポートします。上山さんはひきこもり当事者としてひきこもり者のサポートをされていると聞きましたが、これは具体的にはどのように組織化・制度化されている(今後されうる)のでしょうか。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/16 14:50 利他的奉仕の話でちょっと思い出しました。資本主義は修道院の労働システムから出てきたとどっかの社会学者(?)が言っていたそうですね。修道院で奉仕活動やってたら利潤が出て経済サイクルが動き出してしまったしまったとのこと。困ってる人に奉仕して喜ばれて、それで食べ物と寝床が得られるなら現金収入なんてべつに無くてもよいやと思うこのごろです。でも、福祉のヘルパーは体力を要求されますから、ひ弱なワタシにご奉仕できることがあったらどなたかご連絡ください(笑)。罵倒されたり殴られたりしない環境で、食べて眠れてお風呂に入れればもう僕は十分幸せなのです。(実は告白してしまうと、素敵な女王様に愛のご奉仕して食事と寝床を与えられるのが大学生ぐらいから抱いていた僕の夢なのですが、そんな妄想はまず無理だあぁ・・・)

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/16 14:57 杉田さま: 困ってる人の心のヘルパーをやるには、やっぱり相手に伝えるための「言葉」の能力が問われますよね。私も含めて、語る事が不自由な大多数のひきこもりの人たちは別の道を模索せざるをえないような気がします。でも、同じ苦しみを味わった人の話を黙って話を聞いて、ぎゅと抱きしめてあけるだけなら私でもできるような気がします。でも、それでお金もらうとなるとちょっと抵抗感あります。悪名高い「自己啓発(というかカルト洗脳)セミナー」ではそういうことやって苦しんでいる人から何十万も巻き上げていたそうですが・・・。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/16 21:17 http://school2.2ch.net/test/read.cgi/part/1061128880/ まだ読んでいませんが、それっぽいスレッドを発見しました。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/16 22:35 ひきこもりと対極にあるのがホームレスの人かと思いますが、彼らはサルベージ(雑誌、空き缶などの回収・販売)で金を得ています。回収と販売の役割分担して組織化までしています。これは何かのヒントになるかなと一瞬思いましたが、ひきこもりには屋外労働の組織化は難しいと言う事に気づいたのでした。でも、「サルベージ」は発想の種としてはいい線いってるかもしれません。一人でオークションで細々と古物販売やるのも一つの方法かなと思いました。

miyagimiyagi 2003/12/17 01:12 お久しぶりです。こんばんわ。お金に絡む話は、実にしんどい。マルクスは親友エンゲルスに、ゴッホは弟テオに生活費を生涯依存したらしい。それで彼らは生前、仕事らしい仕事をしたと確信を持ったことがあっただろうか。人から助けてもらうのは、プライドが傷つくようで恥ずかしい。でも恥ずかしいからこそ、人に感謝もし、研究に専念するのだろう。もし何も考えずに援助を受けるならば、感謝も向上心もなくなる。だから、恥を当然感じて・忍んで、援助を受ければいいと思う。私は、まず安心できる環境を用意してから物事をすればいい、という考えから脱することができない。楽しそうに見える仕事と、楽しい仕事。経済や法律を勉強すれば不安が解消されるか、という質問。やらなければ分からない、と厳しい答えが返って来るようで常に不安です。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 01:52 親族やパトロンの援助で創作に励むというのはかなりおいしい話ですが、可能なのは一握りですね・・・。でも、そういう環境にある人はそれを積極的に利用すべきと思います。 それと、経済や法律をかじると、自分の置かれた状況が見えてしまって不安が増えます・・・(汗)。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 02:03 上に紹介した2ちゃんねるのスレッド読みましたが、工場は人間関係がうざったいケースが多くて悩む人が多いみたいですね。こっちは金さえもらえれば良いのに、飲み会とかシモネタ雑談とかの強要は苦痛以外の何物でもありませんね。早く他の選択肢も模索せねば・・・。

事務作業員事務作業員 2003/12/17 19:59 営業は、多分ひきこもりにとって一番苦痛だろうと思う(なんとなくですが)。いろいろと会社を回った中では、大手会社で働くのは一番ある意味楽かもしれません。管理職が忙しくて社員をコントロールする暇が無く、他の社員も、自分以外の気の合う同士でつるんでるので、真面目に仕事をすればほっておいてもらえます。なんていうか、自分が合わなくても、沢山人がいると間が持つんです。個人的には、逆に中小企業は、合えば天国、あわなければ地獄って感じ。会社に3,4人しかいないと、自分が醸し出す暗い雰囲気が薄くならないんで苦しかったです。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 20:57 windvalley さん、情報ありがたう。2ちゃんねる文化の一側面ですね・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 20:57 杉田さん、こんにちは。「当事者にできることが何なのか」は、正直言って私にもよくわかりません。★仝朕妖に友人になる 言論活動 仕事で成果を出して「ひきこもっている人」への社会的尊重の文脈を作る こ慳笋篋酩覆寮果に当事者から興味を持ってもらう テ汎辰痢屮泪縫絅▲襦弸鄒(id:hikilink さん)――といったこと以外に何ができるのか。精神科医やカウンセラーにも言えることですけど、相性というのもあるし。★むしろ僕からも聞きたいです。ひきこもっている人は、他者にいったい何を求めているんでしょうか(自問自答でもありますが)。一般論として「ひきこもり支援」を考えること自体に、かなり疑念が生じているとも言えます。ごく抽象的な一般論で環境整備に努めると同時に、個別ケースに即して考えるしかないのではないか。そしてその際にできるのは、私なりに特化された作品創造以外ではないのではないか。(この辺はもう少し議論したいところですが。)

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 20:58 「ドロップアウト君」さん、ご意見と情報ありがとうございます。「サルベージ」の仕事はすでに猛烈なナワバリ争いになっているので、参入にはよほどの生命力が要るでしょうね・・・。★受けに回る仕事探し(「何でもいいからとにかく雇ってくれないかな」)じゃなくて、攻めに回る(つまり「やりたいことをやる」)仕事探しを探求した方が、遠回りなようでいて結局は勝ち目があるのかも。「やりたくないことを無理してやる」は、終身雇用が安泰だった時代には合理的選択だったのですが、雇用状況が流動化している現在では、やりたくないことを無理してやっている人は自分の存在や仕事に競争力をつけることができず、かえって脱落していくのではないか(吉野家の牛丼みたいに、企業でも個人でも専門領域に特化されたものが生き残っているわけです)。★「自分の欲望に就職する」、その上で社会との接点を探す――そういう勤勉さが必要だ、というのが果たして青臭い理想主義でしかないのか、それとも生き残りの戦略なのか。★ところで「ドロップアウト君」さん、かなり熱い語りの欲望をお持ちのようだし、この機会に「はてなダイアリー」始められてみては? 無料だし誰でもできますよ。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 20:58 miyagi さん、お久しぶりです。生きるための戦略上の道具として法律や経済を勉強したくなる気持ちは分かるし、それはぜひ必要なのですが、それが人生や仕事への継続的な情熱を生み出してくれるかというと別問題ですよね・・・・。法律や経済そのものに情熱を見出せればラッキーですが。どうも僕は小手先の戦略を云々すること自体に疲れ果てていて、もっと素朴で素っ気ない情熱にこそ飢えている。そういう野蛮な情熱しか生き残れないのではないか、とかなり本気で思っていて、しかしその「情熱」こそがいちばん難しい、という感じでしょうか・・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 20:58 「事務作業員」さん、これまた具体性のある情報、ありがとうございます。私は市外通話と携帯電話の営業をやったことがあるのですが、精神的にも肉体的にもとてもやれるものじゃなかった(そもそも当時の私は携帯電話を自分では使ったことがなかったくせに営業トークをしていた!)。人間関係の苦痛とはいったい何だろう、というのは一回じっくり考えてみる必要があるのかもしれませんね・・・・。

JohannJohann 2003/12/17 21:13 僕の場合、人間関係全てに苦痛を感じるわけじゃなく、労働や学校などで生じる人間関係が苦痛です。何か上からものを言われる事に我慢できない上に、暴力がさらに自分の立場を危ぶめるのを知っているから、結局自分の頭の中で、自分や他の人間への憎悪が増していきます。それが煮詰まってくると「もう死ぬしかないのかな」などと思うようになります。自殺のイメージが何度もあらわれてきます。ですが、家族の事を思うくらいの理性はあるので、自殺には至れないのです。すごく辛いです。

匿名匿名 2003/12/17 21:27 オークションで物を売って…というのはたまに聞きますね。ただ、それでやっていける人はそれなりに商売の才能がある人なんだろうなと思います。自分なんかだと一体何売ればいいのか全く見当もつかないですから。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 22:01 僕もですね・・・>匿名さん。自分自身を売る(労働力商品)か、自分の作った作品を売るか、しか考えられない。何でも売ればいいし、テキトーにどっかに所属しちゃえばいい、っていうのが普通なんでしょうか。どうも過剰なミッション意識というか、強迫観念に苦しめられているところがあります。★村上龍が書いてたけど、「売る」には強烈な快感があるかもしれない。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/17 22:02 フーコーの「権力」の話が重要なんだろうか、とか思ったのですが>Johann さん。「反権力」であればいい、ということではなくて、自分自身が避けがたく他者に対して権力として現れてしまう、という視点を皆が自覚すべきというか(だから誰にとっても「いかに権力を生きるか」がテーマとなる)。★Johann さんがおっしゃっている憎悪や自殺衝動は、私自身も強烈にあるし、どうも根本的に重要なんじゃないでしょうか。(翌日の日記本文で取り上げました)

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 22:21 Johannさんこんばんは。私も他者に対して憎悪を持っています。でも、社会システムや経済システムといったものではなく、人間そものもが持っている残虐性、そして人間が集団になった時に発生する恐るべき理不尽な「しきたり」に対して憎悪と恐怖を感じるのです。ですから、政治思想や社会学で論理武装するといった路線には個人的には興味が沸きません。といいつつも、ストア哲学に共感したりてますが・・・。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/17 22:30 ueyamakzkさんこんばんは。「やりたいことをやる」これは本当に理想ですね。でも自分には「金を稼ぐ仕事としてなにがやりたい」のかさっぱりわかりません。そんな絶望をかかえたまま3年間ひきこもっています。2回専門性の高い職種で企業就職しましたがその分野では才能は開花しなかったし、自分の性格にはまったく合わない社風でした。こんな個人的なストーリーはさておき、仕事というものに絶望している者にとって、仕事=金でしかありえないのではと思います。そこには夢も希望も理想もなく、「とにかく間違い無く作業をこなして金をもらう」というマイナス思考しか存在し得ない・・・。

杉田杉田 2003/12/17 23:13 一般に「弱い立場」にある人とヘルパーというのは相性がよいようです。僕の働いている職場にも何人か身体障害・知的障害の当事者やもと不登校児がいます。精神障害的な病でドロップアウトし戻ってくる人などもいるようです。ある仕事に関して「その仕事が自分にできるか」ははっきりいってやってみないとわからないとしか言いようがないと思われます。これは悲観すべき事態ではなくて喜ぶべき希望だと個人的には思いますが。★それから野宿者の空き缶回収ははっきりいってものすごい重労働で、1日働きづめで数百円とかです。少なくとも大阪釜が先ではそうです。かれらは日雇いの仕事がないからあれをやっている場合がほとんどで、好きでやっているひとはまずいないそうです。

杉田杉田 2003/12/17 23:20 ニュアンスが微妙なのですが、ひきこもりに限らず、ある種の人々の就労に関するプログラムを考えることは、「ごく抽象的な一般論で環境整備に努める」こととも「個別ケースに即して考えること」とも少し違う気がします。単に個人が使いやすいツールを整備してノウハウを伝授する、という程度の事柄ではないでしょうか。何というか、それは一般論でも個別論でもない議論ではないかと思われます。「ヘルパー」という職種はその意味で今後もいろいろな多角的な形でプログラム化されうるし、使いたいと思う人が便利に使えるような職種になるのではないかと思います(実際ある種の主婦層や精神障害の人の一定部分がそれを使ってお金を稼ぐことができているというのは大きい気がする)。

2003-12-14


 精神分析とは、殺された声をめぐる思索ではなかったか。


 もんだいは、声を殺すことでかろうじて成り立つ生活があるということだ。

 代換案がないかぎり、僕らは殺戮的な意識の狂気を生きざるを得ない。


 その辺を人文的に考えることにどの程度意味があるだろう。

 凡庸な自分が生きのびる道。

 思考は死を排除しないし、たぶんするべきでもない。


 労働においても生活においても、想像的なもののメンテナンスがあるだけで、

 その外側には恐怖に満ちた現実が広がっている。(いや、内側にも)

 媒介する言葉には工学的なイメージしか持てない。

 端的に、自分には道具がない。


 生きることは「言い訳」以上のものであり得るだろうか。

 腹を立てているのに。


 言葉のやっつけ仕事。そうではなく、

 いちばん激しい殺意の対象は、

 テコでも動かない狂気の元凶。

 システムか、個人か。


 どの声にいちばん敏感なのか。

 それを問題にして何ができるというのか。


 声にできる仕事をもう少していねいに考えるべきだ。

 泣き寝入りでも、投げやりでも、耽溺でもなく。


 言葉があきらめかかっている。



今のデスクトップ 今のデスクトップを含むブックマーク

http://www.churashima.net/download/

これの「Best10」1番。



ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 10:50 ひきこもっている身としましては、やはり己の表現力の稚拙さにもどかしさを感じます。これは他の人も同じかなと思います。極端な例え話ですが、同じ元社会人のひきこもりでも、文学部を出て新聞社に勤めていた経歴のある人と、私みたいに図面と計算ばかりやってた理系の人では表現力に天と地の差があります。成人女性のひきこもりの人の書く感性豊かな文章などは語り部としては、私にとっては「神」のレベルです。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 11:03 子供のひきこもり達の置かれた状況はもっと苦しいと思います。経験や知識のストックが不充分で「声を殺す」どことか、「声を発する」ことすらできないのではないでしょうか(子供時代はひきこもったことがないのであくまで個人的な推測ですが・・・)?労働経験がない子供と元社会人では将来への危機感もかなり差があると思います。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 11:11 あらゆるスレで「ひきこもりにとって理想の職業とはなんぞや?」ということになるのであるが、

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 11:15 私なら「口にガムテープ貼って、耳栓しててもできる仕事」と主張したいですね(笑)。具体的には、工場の生産ラインでひたすらネジ回したり、巨大掲示板の誹謗中傷の書きこみをひたすら削除したり、巨大ネットリンク集のリンク収集・分類をせっせとやるなどの仕事が考えられます。だれかこんな仕事を紹介してくれー!(魂の叫び)

一応文系人間一応文系人間 2003/12/15 17:33 工場の単純作業って死ぬほど・・・いや死ぬより辛いですよ。気狂いそうになりますから。あれに耐えられるならひきこもりにはならないんじゃないかな・・・。

一応文系人間一応文系人間 2003/12/15 17:36 ひきこもりにとって理想的なのは、嫌な上司も部下も同僚も取引先もいないサラリーマン(第3次産業労働者)ではないでしょうか・・・。そんなのこの世にあるとも思えませんが・・・。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 18:40 どっちみち労働は死ぬより辛いのですから、せめて、ほとんど会話しなくていい職場を見つけたいです。頭の良い人TI技術者やクリエーターは在宅でガンガン仕事可能ですけど、僕みたいな30過ぎた無能なおっさんにできることと言えばたかが知れているのです。ガテン系なんて無理なので、残された職種で具体的に頭に浮かぶのは工場の系作業ライン工しか出てきませんでした。他にいい業種があればぜひ教えて欲しいです。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 18:42 訂正です: TI技術者→IT技術者、 系作業ライン工→軽作業の生産ライン工

事務系作業員事務系作業員 2003/12/15 22:47 折衝まかされない単純事務員(入力かファイリング)事務職とかは割いいけれど、男性はなかなかそういう仕事ができないのかな。生産ラインでも、仕事中話さなくても、帰りにキャバクラ誘われたりするらしいから、事務系のおとなしそうな人が集まってる部署が良いと思うんだけれど・・・。

事務系作業員事務系作業員 2003/12/15 23:04 話しに参加してこう言うことを言うのもなんですが、この話しは、ながくなりそうなんで、コメント欄で意見出すより、この手の話題が中心の掲示板があったらそっちで話したほうが良さそうな感じもする。適切なURLなどを教えていただけるとありがたいです。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/16 06:05 表現力の問題は本当に大事だと思います>「ドロップアウト君」さん。言いたいことが言えないのは本当にもどかしい。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/16 06:19 現場情報ありがとうございます>「一応文系人間」さん。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/16 06:19 お気づかいありがとうございます>事務系作業員さん。2ちゃんねるを探したのですけど、そういうスレッドは見つかりませんでした。皆さんのしている話はとっても興味深いので、この場でできるならしてみたいのですが・・・(無理かな)。●僕としては、「どういう職業が向いているか/できるか」だけではなくて、「どういう仕事を作っていけるか」も考えたいところですが。順応のための努力は絶対必要だけど、「こういうふうに変えられないか」という話も重要だと思うのです(この前した年齢差別の話みたいに)。●「やれそうな職場環境を探す」/「やれそうな職場環境を作る」という二本立てテーマでどうでしょう。

2003-12-12  「無視された現実」 このエントリーを含むブックマーク

NHKのTV番組『死の国の旋律〜アウシュビッツと音楽家たち』を観る。  『SHOAH』が重なる。

「これは私の復讐なのです」
  • 80歳の女性が外傷的場面(シーン)のことを話し始めた途端、彼女が当時の20歳に見えてくる
  • 生きる意味を見失った時にあえて収容所を訪れることで安らぎと意味を獲得する
  • 「あんなことがなければ、私たちの家族には別の人生がありえたかもしれないのに」  決定的なセリフ  憎むべき他者に侵入された  処罰も復讐もできない
  • 被害者が必ずしも高貴な人間であるわけではない(だからこそ逆に恐いのだ。ありきたりな人間に降りかかったこと)
  • 新しく生まれてきた疵のない人間が音楽を楽しんでいる  傷という痕跡を抱えた私は世界を楽しめない
  • 数学や物理学は過去の傷を問わない
  • 傷を受けるのは生身の人間  最高に高貴なものがあるとしてもそれが実現するのは生身の人間においてだ
  • 収容所で瀕死の母にかけられた言葉  「あなたに神の祝福がありますように」
  • 傷つけられた survivor 同士で罵り合う
  • 資本主義という、世界の外傷的論理に立ち向かえず自ら自己を幽閉し 諦めて餓死を待つのか
  • 「体験した人にしか分からない」  親密な人間関係を持てない  自己も世界も空しいと感じる
  • 自己愛の破壊と呼び得る状況において  私は自己を存続させるためにいかなる努力をするのか
  • 「音楽」:当時の状況を露骨に思い出してしまうトリガー  「味わい深く楽しむこともできます、でも当時の曲を聞いてしまったら、自分がどんな反応をするか分からないのです」
  • 本当の被害者には声がない  「証言」する言語が破壊されている  端的に殺されている  「この世の中の苦しみは、すべて地面の下にある」
  • 「現実は存在しているのではありません。現実は探し求められ、獲得されねばなりません」*1
  • 私がマルクスの「史的唯物論」に感じた反発もそれだった 「古典派経済学は富の生みの苦しみについては一瞬も考え違いはしなかった。だが、歴史的必然を嘆いたとてなにになろう?」*2  傷つき苦しむことしか許されていない生 そういう外傷的論理に囲繞されて生きざるを得ないこと
  • 証言は、現実を変えてはならない。 学問は、それ自体ひとつの「証言」かもしれない。
  • 人間は、無視された現実に従って現実を変えようとする。


『カイエ』誌  それがまた、演出というものを『ホロコースト』のようなフィクションから分かつ点になっているわけですね。

ランズマン  ええ、『ショアー』は現実的なもののフィクションであって、これはまったくの別物です。

「虚構というものは、あのような物語の中にあっては、最もゆゆしき侵犯となるのです」

「そこで、純粋な現在によって生の映画を作る必要があったのです」*3



トラウマ的過去。しかし日々の意識と労働はそれ自体が外傷的従事である。時間を止めて過去を検証できるのではない。検証する現在はそれ自体が外傷的に流れつつあり、一定の耐えられない性格を持っている。



ephemer はかない

叫び声は、怒りは、現象を自己同一的に支えはしない。

凍結された現在はいつになったら流れ始めるのか


自分がやっと語ったことが、聞き手にほとんど伝わっていないと感じている・・・・・「語らないこと」は悪の暴虐をいつまでも温存させることになるのだ・・・・・・「世界の贖いは存在しない」・・・・・・・「罰することも赦すこともできない」・・・・・・時代によってトラウマは様々な名称のもとに定義されてきたが、確定的な定義は今のところまだない・・・・・・「ナチズムとは、表象された現前を押しつけて人を殺すことなのです」・・・・・・『ショアー』に出てくる生き残りたちは、だれ一人として《私は》とは言わない・・・・・歴史がトラウマ的特性を持つというとき、出来事は他者を巻き込んで初めて歴史的となると言ってもよい*4

「〜せざるを得ない」こそが「現実」ではないか

一方の構成部分がトラウマ的体験と呼べる体験を経ているのに対し、残りの構成部分はその体験をまぬがれている・・・・・・いわゆる資本主義とは、おそらく、自分自身を目的とみなすような生産の無限でしかないのです。しかし、意味としての実存それ自身は、そういうものとは全く別のもの――ブランショが「無為=作品の消去」〔desoeuvrement〕という美しい名で名付けたものなのです。*5

行動しないことを選択する――そこから浮かび上がってくるもの


他者の欲望のさなかで脆弱な身体と過去の痕跡を抱えつつ


苦痛なき者に政治は要らない



わたしは、無視された現実によって現実を変えようとする



労働力商品として、あるいは商品生産者としてみずからを特化できない人間に生きる途はない。

具体的に飛び抜けた成果を作らないと説得力は生まれない、文脈は変えられないのではないか。

「欲望について語る人」は「欲望を喚起する人」ではない

他者の欲望を喚起できない人間をこの社会はどうするのか



「私はここで何をやっているんだ? これからどうするんだ? 何をやりたんだ?」――この問いは1億年たっても同じ鮮度だろうか。学問は、「現象への取り組み方」をマニュアル化してくれる「取扱説明書」だろうか。僕らは現象のユーザーなのか。 「今ある問題は、まだ生まれていない人たちが解決してくれるさ」



  • ジジェク『いまだ妖怪は徘徊している!』ISBN:4915252493 を再読。
    • 経済的領域の脱政治化(グローバリゼーションに反対するのは右翼だけという皮肉)
    • 真のコミュニケーションは、「闘争における連帯」である
    • 「想像的理想の超自我化」
    • 「神様はタマゴッチ」
    • 受動的事実性と能動的作為

私たちの意識の流動性は、資本主義社会の流動性と明らかに関係している。(自分のいる場所が、沈滞激しい旧共産圏だと夢想してみよ。「スローライフ」)



「経済発展」「生産性向上」を絶対指針とするなら、それに乗っかれない人間は死ぬしかない。でも「過労死」「環境問題」はじめ、資本主義を盲目的に邁進させることへの危機感は出ている。

理念による現実改変が望みにくいなら、私たちは「コスト・カッター」として社会を説得すべきなのか。

シニシズムは、ひきこもりにとって端的に死を意味する。



「日常生活は、その平和な姿のままで戦場なのだ」

「競争社会で無理をしてまで生き残りたくはない」という声が自分の中にあることも知っている



良いと判断しようが悪いと判断しようが世界はこのようにあり 肉体はこのように与えられており 変えられない にんげんが滅んでも誰も困らない 世界を拒絶したとたんに私の能力は著しく落ちる それが言語の摂理



「心貧しき者は幸いなるかな」

自分に関係ない殺戮は語り得る。しかし関係ある(かもしれない)殺戮は・・・

「記憶は空しい。私をトラブルに巻き込む。でも忘れられない」  不毛にしか思えない記憶

無力感にひどく傷ついている

新しい現象のみを楽しみたい。 いや、でも・・・




*1:ツェラン

*2:マルクス『資本論』

*3:ランズマン「場処と言葉」『現代思想』1995-7

*4:『現代思想』1995-7

*5:同上

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/13 14:02 幻想(政治プロパガンダ、宗教、文芸)を売って食っていける人が羨ましいです。脳が生産工場で成果品は「言葉」なのですから・・・。無能な私は工場のバイトを探すしかありません。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/13 14:11 そんな私にできる唯一のレジスタンスは、消費活動を極小化し、エリートたちが生み出す「言葉」を味わうことだ。究極的な目標は、食料と日用消耗品だけ買えるだけの労働しかせず、残りの時間で読書三昧の日々を味わい尽くすことだ。樽に住んでいたという古代ギリシャの哲学者やスナフキンのライフスタイルに憧れている。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/13 14:25 学校や職場で人間集団のもつ狂気に触れ、心に傷を負った者にとっては集団内での労働は拷問である。しかし、個人で稼げる才能を持つ者は限られている。だから、仕方なく工場などで精神的トラウマを隠しながら働くしかないのだ。両親の資産でひきもっていられる「高等遊民」であっても、親の資産が尽きたら結局は働かなくてはいけないのだ。社会から受けた暴力で一度社会から抹殺されたひきこもりの私は、その社会で労働という拷問をうけなければ生きていけないのだ。なんというジレンマだ!

うにうに 2003/12/13 15:29 はじめまして。今日の文章を読んで、この詩を思い出しました。http://poenique.jp/kotodama/sikai0206.htm

windvalleywindvalley 2003/12/13 17:43 ディオゲネスは私も好きです。発泡酒も美味しいよ。

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/13 21:23 ディオゲネスは贋金製造に手を出した。さて、私にとっての贋金とはなんぞや?地域通貨は回転させるのに対人コミュニケーションが必要だから却下・・・。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/14 15:32 「ドロップアウト君」さん、はじめまして。贋金は、まがいものの現実、かな。●おっしゃっていること、なんというか、原点です。耐えられない現実に従事しなければ生きていることさえできない、という屈辱・・・・。これ以上生き延びることにどんな意味があるんだろう。(切実で率直な書き込み、ありがとうございます。)

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/14 15:33 「うに」さん、はじめまして。ふしぎな雰囲気の詩ですね・・・。「部品のひとつとして青く剥がされては/また青く組み立てられていく」 ―― イイ。 ご紹介ありがとうございます。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/14 15:33 windvalley さん、お久しぶり! 僕はどうも、そろそろ年貢の納め時、という気がしてきました。キルケゴールみたいに、「金の切れ目が命の切れ目」がシアワセなのかも・・・・。

windvalleywindvalley 2003/12/14 16:46 いや、取りあえず貴方の日記は面白いから。

windvalleywindvalley 2003/12/14 17:06 吃驚するじゃないですか(笑)。もう少し粘れますよ。泣いちゃったじゃないですか。

windvalleywindvalley 2003/12/15 02:59 「人助け」はサイドワークにして自分のためだけに取りあえずもう何年か、というのは?ここで刺激や癒しを得ている人もいるはずですよ。本も新刊で買いますよ。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/15 05:42 ごめんなさい。深刻な心配をかけてしまった。「死」を追い出そうとする思考と生活に疲れてしまったのかもしれない。●書き込みにとても救われました。ありがとうございます。本当にごめんなさい。

mayumayu 2003/12/15 07:03 私も楽しみに読ませていただいてます。うまくいかない事にはとりあえず目を瞑って、のんびりがんばろ!

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/15 10:06 ありがとうございます・・・(はじめまして)

ドロップアウト君ドロップアウト君 2003/12/15 10:14 僕は「のんびりがんばらない」生き方も好きです。

JohannJohann 2003/12/15 19:53 そういえば、ボードリヤール先生は最近グローバリゼーションの不可能性を語っていたかもしれません。ここの日記に定住してもいいですか?

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/16 06:03 「頑張れ」には、外的な要請と内的な要請とがあるんですね>「ドロップアウト君」さん

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/16 06:04 どうぞどうぞ>Johann さん。でもボードリヤールはまだ読んだことないです・・・。不勉強なんで、またいろいろ教えてもらえたらと思います。よろしく!(^^)/

2003-12-08  強さの創造? このエントリーを含むブックマーク

 11月30日の山愚痴さんのコメントから、あらためて「価値観と経済生活」について考える。


 ひきこもりそのものを価値観的に肯定することと、経済的自立、という両課題がある*1として、本当の困難は後者にある。

 「本人の意図を超えて」ひきこもりが深刻化している場合、価値観面で仲間を見出すところまではかなりの確率で成功するのだが、そこから先、つまり「最大のハードル」たる経済的自立の段階でつまづく。本人が閉じこもりを望んでいる場合にも、その選択を支えるのはおカネだ。


 先日TVで、直射日光をちょっと浴びるだけで火傷をし皮膚ガンになってしまう少女が紹介されていた。僕は自分の五感について似たようなことを考える。多くの人にとっては悦びに感じられる外界刺激に、いちいち神経をすり減らすこと。

 自分の神経的な脆弱さを事実として受け止めながら、それでも作っていける経済的自立とはどんなものだろう。


 意図せざる引きこもりは本人にとって一種の「障害」であるのだから、要件を満たすのであれば生活保護や障害者年金を検討してみてもいい*2。しかし借金まみれの国家財政で社会保障は破綻寸前*3なのだから、とても一般化はできない。


 学問や作品作りによって既存の体制やマーケットに乗っかれるなら、どしどし頑張ればいい。しかし自分が「少数派の価値観と感性」を持っているとしたら*4、たちまち生活に行き詰まる。自分を押し殺して既存の文脈に乗っかろうとしても、たちまち心身症で破綻する。


 僕はここに、心身症が倫理的に機能し得る可能性について考える。置かれた状況において「何かが間違っている」として、それを「なかったこと」としてやり過ごせる人と、意識的にはそのつもりがなくとも「症状として」その困惑を生きてしまう人と。症状はつねに「病気」として処理され、そこに何かを読み取ろうとする人は少ない。もちろん、すべての「症状」に重大な意味を読み取ることはできないし、読解能力は有限だ。僕らはむしろ、自分の症状(症候)にどう取り組むのか、を考えるべきなのか。


 どんなに勇ましい倫理意識を持っていても、経済生活に行き詰まればとたんに妥協を余儀なくされる。これはどんな立場の人だって悩まされることだ。派閥や内輪主義がイヤだと言っても、そういう共同体が実際に経済関係を支えている面がある以上、改革の要請は「経済的にマズイ(儲からない・コストがかかる・損害が出る)」といった理由に基づかないと難しい。(「最高の破壊は、より良きものの創造にある」*5という言葉を思い出す。)


 ふつうに考えていたら、八方塞がりにしか見えない。完全に絶望してしまう前に、どんな方策が可能だろう。

 そもそも、そこまでして生きていく理由はなんだろう。




*1:『当事者主権』ISBN:4004308607 の「運動体」と「事業体」

*2: pavlusha さん(jam_ojisan だったとは!)の指摘がとても参考になる。「社会的ひきこもり」は状態像であって、定義上も「精神障害」を第一原因とするものではない。しかし苦痛が現にあって「仕事ができない」のであれば、「健常者」と同列に扱うことはかえって不利益を招くおそれがある(現実的には強迫神経症やパニック障害・鬱状態などの症状を前面に出すことになるか)。
 どういうレベルで起こっているトラブルなのか、そしてそれへの有効なリアクションは何なのか――臨機応変のたいへんな創意工夫が必要だと感じる。

*3:今日の日経新聞によれば、国の借金は520兆円、毎年の税収の16倍。高齢化の進展で社会保障費用は毎年1兆円ずつ増加するという。

*4:もちろん単純な能力不足もある。僕はそこで「新しいジャンルの創造」を夢見るのだが。

*5:誰の言葉だっけ。

山愚痴山愚痴 2003/12/10 07:15 取り上げていただいて有難うございます。 ちょっと『希望の国のエクソダス』の中学生と我々『ひきこもり』の思いついた差異を書きたいと思います。  小説では地域の不登校の中学生同士が会うのは物理的に近いわけですが、『ひきこもり』だと大抵公共交通機関を使って価値観の同じか近い人々とお互いに会う事になると思います。その際に気を煩いがちな問題が外出の費用ですが。     言いたいのは小説の中の中学生よりもネットワークを作るのが難しいのいではないかな? ということですが、ここからはまとまりのつかない私事です。すいません。私の場合同じ価値観を持ちうる某支援団体で知り合った人々と会うの平均1ヶ月に1〜2回。 それ以外に友達感覚の親密な人は身近にいないので自然と『ひきこもる』ことになります。所謂コンビニ化している社会で『べテルの家』のような職場を見つめるのは至難の業で、葛藤・ストレスのために過食ぎみやアルコールに欲する生活をする人は多いのではないでしょうか。私がそうですが・・・。(パターン化された生活・・・・葛藤→ストレス→ひきこもりでのストレス解消)   ネットを有用に使いたいことを私は書き込みましたが(未だに環境は64kbpsですが・・・)、Think globally,act locally. という何処かから借りてきた言葉を持ち出せば、globallyは日本語しかできない人が多いでしょうから厳密にいえば違うかもしれませんがlocallyの部分が難しそうです。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/10 07:50 「Think globally, act locally.」というのはまさにその通りで、漠然と「ネットワーク」とか言っていてもあまり意味はなくて、各人が自分のローカリティにおいて独自のコンテンツなり取り組みなりを提出できないと生産的な話にはならない。実は僕も「べてるの家」を思い出していたのですが、どうしてもやっぱり「経済生活」に話が集約されてしまいます。新しいテクノロジーは新しい仕事のチャンスを生み出すと言われていますが、ひきこもっている人に可能な職業生活とはどんなものか。必要な論点は何だろうか。――そうしたことを具体的に考えるべき時なのかもしれません。

2003-12-07 このエントリーを含むブックマーク


 言葉を形にしようとすると、その言葉がそのまま自分を責めさいなむ。


 なんだこれ。



2003-12-05 このエントリーを含むブックマーク


  ひきこもりは社会の無意識だ、というのはつまらない説明だろうか。



JohannJohann 2003/12/15 07:53 全く同感です。

ueyamakzkueyamakzk 2003/12/15 10:05 ありがとうございます。この比喩にどこまで積極的な意味があるかは、これから考えないといけませんが・・・。

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