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[語句説明]

2004-10-31 このエントリーを含むブックマーク

『sociologbook』さんの「041030」のエントリーに打たれました。 後日必ず触れるつもりなのですが、その議論の及ぶ射程や、関連して勉強すべき事柄も含め、いろんなかたにご意見・ご教示を賜りたいです…。

2004-10-30  「社会的」

以下、太字・赤字強調はすべて私です。


「脱社会的」 「脱社会的」を含むブックマーク

「脱社会的存在」の定義

その尊厳を人間とのコミュニケーションの中に求めず、完全に他者と遮断された空間で尊厳を樹立しようとする存在。 その理由とは、自分が自分の中で培った「自己信頼」が高いにも関わらず、他者が自分を認めた上での「他者信頼」が低いという現実を回避・オミットしたいから。



「宮台真司トークライブ@つくば!」より

今後は人と物との区別が付かない脱社会的なタイプの人間はますます増えますよ。 なぜ増えるかって言うと、簡単に言えば脱社会的な人間を生み出すような養育環境が改善されるどころか深刻化してるからですね。 その理由は、学校化とコンビニ・情報化です。

たかだかちょっと成績がいい程度で、ろくにコミュニケーションができない何のスキルもない阿呆がさ、俺は凄いと思ってるだけだからすぐに潰されてしまう。 そうすると彼らは脆弱なプライドを維持できる領域に退却するわけじゃない。 ストーカーと引き籠もりというのは同じ根があるし、さらに言えば人と物の区別が付かないタイプの脱社会的な存在とも根は共通だよね。

性教育とか言ってAV女優呼んできてやったていいんだよ。 やってる奴いるかそんなの、いないだろ、何も知りもしないくせにさ。 性的な領域で色々試行錯誤してくれば自分を大切にしすぎる奴が頭変になったり不寛容になったりするって分かるしさ。 性的なリベラリストっていうのはみんな色々な経験してきてるわけじゃない。 そういうふうな経験してる人間はさ、別に誰が何やったってそれで人格壊れるとか、君の人生は終わっちゃうんだ、なんてバカなこと言わないでしょう。 全然OKだよ。 幻想を持っているのは構わないけど、(試行錯誤してない人は)それがどういう幻想であって、他の幻想とどういう関係にあって、現実とはどういう関係があるのかっていうのがわかんないんだよ。 そういう奴が極端に相手に幻滅したりとか、幻想を押しつけて人に迷惑かけたりとか。 ウザイ奴ばっかりじゃん。 そういう人は撲滅する必要があるんだよ(笑)。 そんな人間にならないためには、やっぱりヤリまくるしかないでしょ、若い時に。


明晰に反論できる当事者のかた、います?・・・・

「自分には関係ない!」とか言い切れる人は、ヤバイかも…。





「非社会」  「非社会」 を含むブックマーク

他者や体制に対する攻撃性を持った「反社会」ではなく、他者や体制への志向性を失い、関係そのものが切れてしまう「非社会」。*1








「脱社会」も「非社会」も、対象の主観要因の濃厚な術語だと思いますが、客観的事態として考えたときには「社会的排除」ということになるのでしょうか。*2




「社会的排除」 「社会的排除」を含むブックマーク

小沢修司氏 『福祉社会と社会保障改革―ベーシック・インカム構想の新地平』 p.142 より

なかでも放置できないのは、安定雇用のない長期失業者たち(そこには多くの青年が含まれる)が労働市場から排除されるだけではなく、社会生活から次第に遠ざけられることであった。 ・・・【中略】・・・長期に亘って労働の機会から遠ざけられることは、無為な日常、強度の不安のもと自らを「価値ある社会的存在」とは自覚しえなくなることを意味する。 こうして、社会生活からの排除は人間の尊厳をも失わせ、アノミー状態*3に陥った社会からは連帯の条件は喪失してしまうこととなる。

こうして、社会的排除とは、「元気な青年・成人たちをつかみ、失業または不安定雇用を出発点として、生活の不安定化、住宅状況や健康の弱化、社会的地位の劣化・低下、さらには家族関係や私的援助、社会的紐帯の切断、そして社会(人間の共同社会)そのものから脱落という全過程を把握する概念」なのである。


 あるかたによると、日本ではこのテーマではまだほとんど研究が進んでいない、とのことです。




ヨーロッパの動き ヨーロッパの動きを含むブックマーク

樋口明彦氏の論文 「現代社会における社会的排除のメカニズム」PDFファイル*4 より

 1994年に開始された社会的排除に対する本格的な国際比較調査であるヨーロッパ共同体世帯パネル調査によって、【「社会的排除」という概念への*5】収斂傾向は大きく進展する。 所得状況や基本ニーズだけでなく、住居・教育・労働市場・健康・社会関係・社会参加など多面的指標の採用によって、社会的排除は、所得労働市場における地位金銭以外の社会的指標という3要素の組合せとして理解されるようになったのである。

 さらに、合同調査の実施とともに、社会的排除はEU共通の政治的課題として取り上げられるようになっていく。 1999年のアムステルダム条約136条では、「社会的排除に対する戦い」がヨーロッパ社会政策の目標の1つとして明示されるに至り、さらに2000年12月のニース欧州理事会では、EU加盟国に2ヵ年におよぶ「社会的排除に対する国別行動計画」の作成が義務づけられた。 国民国家からEUへとその舞台を移しながら、社会的排除アプローチはヨーロッパ共通の枠組みへと進化していったのである。

「社会的排除という概念が登場したのは、1970年代のフランスであった」とのこと。

そんなに最近なんだ…。



「social exclusion」(社会的排除)、「social inclusion」(社会的包摂)

検索してみた。

社会事業としては、すべて同じ目論見ですね。





多元所属による、「排除ジレンマ」の解消? 多元所属による、「排除ジレンマ」の解消?を含むブックマーク

一つの包摂は、必ず新しい排除を生んでいるはずです。 このジレンマについて、上記樋口論文では、「経済・社会・文化・政治」という「包摂の複層的メカニズム」が考察されており、さらに「多元的な包摂を考慮する必要が生まれつつある」とされています。

これは僕は、地域通貨に関わっていたときに考えていたことでした。 国民通貨の経済しかなければ、そこから脱落したらそれで終わりだが、地域通貨が、それも複数の(かつ様々な仕組みの)地域通貨があって、一人の個人がそのいくつもに参加していれば、「どこにも参加できない」というリスクはかなり回避できるのではないか、とか…。

まだよく分かりませんが、ものすごく重要なポイントという気がします。





*1:この説明表現は、私が勝手に付けたものです。

*2:僕は社会学や思想史に疎いので、こういう概念分類みたいなのは無手勝流です。 おかしなこと言ってたら、どうかご指摘ください…。

*3:規範や価値観が共有されなくなった状態。 デュルケムが『自殺論 (中公文庫)』の中で、「アノミー型自殺」として概念化した。

*4樋口明彦氏HPより

*5:上山注

2004-10-29  「降りる自由」、「乗れない不自由」

今日のエントリー全体を通してのテーマ 今日のエントリー全体を通してのテーマを含むブックマーク

僕がここ最近、「能動性と受動性」、「自発と強制」 などと言って考えていた話が、そのまま 「自由と不自由」 に重なる事に気付いて、だいぶわかりやすくなった。*1



ひきこもり当事者は、

  • 「閉じこもる自由」を求めるとともに、
  • 「閉じこもるしかできない不自由」を壊さねばならない。

―― この両方だから、複雑で曖昧で、難しい。


これ、「どうして引きこもりが責められるか」、「どうして一般の人と話がかみ合わないか」を整理するのに役立つと思う。 というか、これまで僕が考えてきたことがほとんどこれで整理できそうな気がする。

どう戦えばいいかも分かる気がするので、ちょっと考えてみる。





積極的選択なのか、受動的脱落なのか*2 積極的選択なのか、受動的脱落なのか*2を含むブックマーク

  • 人生に対する能動性が当たり前の人は、ひきこもっている人が「閉じこもる」のがひたすら快楽的に見えるのだろう。 つまりそれは「自由の行使」に見えている。*3
    • 生きることへの能動性を失っている人にとっては、閉じこもるのは「自己防衛」でしかない。 戦場のような環境の中での防衛努力であって、ひどく苦しい。 打ち解けた楽しい時間を持てないジリジリとした時間は、ひたすら拷問のような「不自由感」に満ちている。
          • 僕が “自由” だったなら、10代20代をあんな仕方で過ごしたりはしない。 「閉じこもるしかできない不自由」に苦しんでいたのだ。


  • 「当事者」とされる人間のあいだでも、現在の自分たちが「積極的選択の結果」(自由な状態)なのか、それとも「不本意に落ち込んでしまっている状態」(不自由)なのか、で意見が分かれるのではないか?
    • 「生き延びたい」(この世にいたい)という能動性を強く持っている当事者にとっては、「閉じこもり続けるのは確かに苦しいが、それは戦地を忌避した籠城戦のようなものであって*4、働かずに(戦わずに)生き延びられるならこの方がいい」という話になるのではないか。 → こういう人こそが、「やりたくもない仕事(戦争)を無理にやって生き延びている」人から羨ましがられるのではないか。





「生きることから降りる」 「生きることから降りる」を含むブックマーク

  • 僕が19歳のときに、「自殺とは降りることだ」と言った人がいた。
    • 「生き延びる」こと、つまり「乗り続ける」ことが無条件かつ絶対的ならば、「健康体の安楽死」(敵前逃亡、あるいは脱走兵?)に税金を使えるわけがない。 「誰かが生き延びる」(戦地に残る)ために使われる金のみが「公的」と見なされる。 しかし、どうして「人生から降り」てはいけないのだろう?


  • (もう何度も主張していることだが、) 「自分で降りた」のではなく、事実上「排除された」だけの社会的弱者が、積極面だけの≪自由≫を主張すれば、「君はみずから望んで閉じこもったんだね」ということになる。 → 「おまえが弱者なのはおまえの選択の結果だ、自己責任ということであきらめろ」。 これでは追い詰められるだけだ。
    • 不可避的に排除された「不自由人」がまずもって主張すべきは、「積極的な自由」ではなく、「受身的に被っている不自由からの解放」ではないか? つまり、具体的には「再チャレンジの能力とチャンス」ではないか。
    • ところが引きこもり当事者においては、たいてい≪能動性≫が死滅している。 「生き延びろ!」さえ、≪強制≫になることがままある。





「人権尊重」か、「人命尊重」か 「人権尊重」か、「人命尊重」かを含むブックマーク

  • 保守派がひきこもりやニートに強制労働を課そうとするのは、「将来のことを考えもせず、お気楽な自由を謳歌している馬鹿者どもを、今のうちから生の世界に引き戻しておかねば」ということ。 しかし当事者は、今現在においてすでに「不自由」なのであり、強制労働によって社会に引きずり出されるのは、「生きるためには拷問に耐えねばならない」というのに等しい。
    • 「ならば生きたくはありません。 降りさせてください = 死なせてください」というのは、あって当たり前ではないか?


  • ここで微妙な問題が出てくる。 限界的に重度の引きこもりは、放置すればなしくずしに親の扶養能力がなくなって、路頭に迷うことになる。 ホームレスとして生き延びて再起を図れればいいが、それができない人は死を迎える。 → 「人権尊重」の見地からは強硬な手段は絶対に避けるべきだが、「人命尊重」の見地からは、「少々強硬なことをしてでも、いま手を打たねばならない」という話になる。
    • 「強硬なこと」というのは、何も「過激な強制労働」ばかりではない。 先日のイベントでの田中俊英氏の発言によれば、「訪問活動は、9割以上のケースで当事者から拒絶される」とのこと。 本当に深刻化した事例では、外部からの接触アプローチはすべて「強硬手段」なのだ。 そこまで深刻化していなくても、「支援」と銘打たれたもののすべてを「強制的介入だ」として拒絶する当事者は多い。
    • 当事者が高齢化すればするほど、状態像は硬直してゆく、つまり「変化が起きなくなる」。 こうなってしまっては、「放置」は事実上「見殺し」に近い。 「不自由(というか障害)の結果としての自己監禁」を解除できなければ、いずれ死ぬしかなくなる。


  • 保守派は、若い人間を(国家のために)*5生の世界に「乗せ」ようとするのだが、当事者は「そんな形では乗りたくない」という。 しかしでは当事者サイドに「このまま放っておいて、生き延びる(生の世界に乗り続ける)ビジョンはあるのか」と言えば、ない。 生き延びるビジョンもないのに、「生き延びたいし、なんとかなるさ」とは言えない。 外部からの働きかけをすべて拒絶する態度は、本人にそのつもりがなくとも、自動的に「死を選択した」形になってしまう。
    • 「ダラダラと甘えるな!」という偏見をなくし、「国のために働け!」という強制力を外しても、「生き延びなさい!」という強制的命題のみは残すなら、「最後の手段」としては、「強制的な働きかけもやむなし」ということになる。


  • 本当に 「強制的」 「洗脳」 かどうかは微妙だ。 本人が「本当に死を望んでいる」と言えるのかどうか。 それに、外部からの働きかけに抵抗しているうちに、いつの間にかその関係を楽しんでいたり、前向きな気持ちになっているかもしれない*6。 それで結果的に「感謝する」*7気持ちまで湧いてきたとき、それを「洗脳」と呼び得るだろうか?
    • 「死にたい」という気持ちを尊重するのが「人権擁護」なのか? 人権を侵害してでも、「生き延びる力と意思」(人間力!)を与えるべきなのか。



★注: これらはすべて、

  • 本人に能動的な気持ちを起こしてもらう働きかけや誘惑に失敗した時の話です。 私が著書や当ブログでしてきた大半の話は、「どうやったら当事者が生きることに能動的になれるか」、すなわち「苦しくても生きていくことを欲望できるか」という話でした。
    • 働いて生きていくことはあまりに過酷であり、一種の≪戦争≫なんだと思います。 だとすれば、生き延びることに能動的になるとは、「戦争を欲望する」ことにほかならない。 欲望できなければ「降りる=死ぬ」しかない。





「この世は戦場」 「この世は戦場」を含むブックマーク

  • 斎藤環氏がよく口にする≪去勢≫という精神分析の用語は、「一定の不自由をインストールすることで、限定的な自由を手に入れる」ということではなかったか。
    • 「生き延びたい、でも≪労働=戦争≫はイヤ」はあり得ない。 それは幼児的な万能感の追求にすぎない。 → だとしたら、生き延びるためには、私たちを≪労働=戦争≫に駆り立てるための、洗脳的インストールが必要ではないか?


ここまで書いて気付いた。

何のことはない、「働けない」のは、形を変えた「症候的徴兵拒否」ではないのか。 「働かなかったら死ぬぞ」という警告は、国家に強制された「軍隊に入らなければ殺すぞ」ではなく ―― つまり権力の強制によって死が押し付けられるのではなく ――、「金がなくなって死ぬ」という、なしくずしの事態、つまり自然現象のような不可避の事態に過ぎない*8

これに抵抗する時に、「覚悟を決めて戦場(資本主義競争社会)で軍人(労働者)として生き延びる」のか、それとも「戦場以外の場に活路を探す」*9のか。 → おそらく「両方」なのだろう。 ある程度は軍人であらざるを得ないし、ある程度は複数の≪別の場所≫*10に身を置く。 そうやって凌ぎながら生きていくしかないということか。


でも、「生の世界そのものが戦場」と感じているとしたら…(僕はそれだ)





「戦わないでいる自由」、「死ぬしかない不自由」 「戦わないでいる自由」、「死ぬしかない不自由」を含むブックマーク

「戦場」に欲望を見出せず、かつ「他の場所」も見出せないとき、前向きな能動性は死滅する。 「降りるしかできない不自由」に監禁される。 「自由の楽園」は、死後にしかなくなる。 「死ぬしかない不自由」から逃げられない。

この世界に取り組む(乗り続ける)ためには、「引き受けたい」と思わせる不自由(戦い?)に出会う必要がある。


ここで思い出すのが、『loveless zero』さんが並べていた次の2つの記事。 (太字・赤字強調は上山)


 長年にわたって学生の就職活動をサポートしてきた大学職員は「最近の学生は『適職信仰』が強い」と話していた。 自分に適した職業があるはずだと固く信じているという。*11


このような適職(天職)信仰*12を「脆弱」と切り捨てる宮台真司氏。


 学生の多くは、就職時に「この企業に入れなければ自己実現できない」と思い込み、就職後は「自分にふさわしい仕事ではない気がする」と頭を悩ませます。 そうなってしまうのは、日本の教育が実社会とシンクロしていないからです。 中学高校時代から体験学習など実社会での試行錯誤を積んで、自分の目標を定めたり、動機付けを踏み固めたりするというプロセスが、ないのです。

 そもそも「希望企業への入社=自己実現」という考え方が、ばかげた話でしょう。 これからの成熟社会はますます流動的になります。 これから企業に入る人は、望まなくても2、3回以上の転職を経験するだろうと予想されています。

 なのに、力のない学生ほど 「自分にふさわしい社会的ポジション(=企業)が事前にどこかに用意されているはずだ」 「そこに行かなければ自己実現ができない」 と思い込みがちです。 受験時に学校を選ぶのと同じ発想になっていて、あまりにも脆弱な考えです。

 求められているのは、自分がどんなポジションにいようが、どんな会社に勤めていようが、あくまで「自分流」でいられるタフネスさです。 それこそが本来の自己実現であり、組織もそれを必要とします。*13


ここで思い出すのが、

 僕が「降りる自由」というのに対し、宮台氏が「亜細亜主義」「魂」「本懐」と言ってしまう

という東浩紀氏のつぶやきです。

この発言を含む「降りる自由」では文字通りの「徴兵拒否宣言」をされている東氏ですが、宮台氏は「戦場以外に生き延びる道はない、だとしたらサバイバル術を身につけるしかない」と言っているように見えます。 「戦争そのものにベタに興奮することはできないが、しかしそうせねば生き延びられないというのなら、≪あえて≫でも興奮して戦わねばならない」みたいなことでしょうか。



この点について、今日のエントリーから私の考えを整理すると次のようになります。

  • 「降りる自由」はなんとしても確保すべきだが、それだけでは生きていけない。 なので「乗れる自由」に向けてもスキルや戦術が要るし、そのための訓練が欠かせない。
    • どうしても「乗れる自由」を獲得できない人間には、人権尊重に基づく「生から降りる(しかない)自由」でいいのか、それとも人命尊重に基づく「強制介入」が必要なのか。





≪根拠なき出会い≫ ≪根拠なき出会い≫を含むブックマーク

生への能動性を失った人間は、どうしても「天職」を求める ―― すなわち「行動を起こす前に、自分のモチベーションを準備したい」と考える。 考えて考えて、でもけっきょく動かない。

そのときに必要なのは、「考え抜いて自分の根拠を作る」ことではなく、「根拠なく動いてみてとりあえず出会ってみる」、すなわち≪根拠なき出会い≫である、というのが、先日お会いした樋口明彦氏のご指摘でした。 「主体性は、出会いのあとに事後的に創られる」という氏の説、目が離せません。


ただ難しいのは、ひきこもり当事者にとっては、「根拠なき出会い」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは「ネガティヴな出会い」だということ。 イジメ、犯罪、etc....

私の知人のお姉さんは、勇敢に一人暮らしを始めて殺されてしまった。

「殺されてでもいいから家を出る」とか、―― ああ、やっぱり軍事的比喩になってしまう。





ふう・・・ ふう・・・を含むブックマーク

僕はすでに「ひきこもり」というテーマに関し、活動を始めている。 実名で本を出し、人とかかわり、そういえば揉め事めいたこともしている。 てことはすでに「無根拠に行動」してるわけか。 そういえば、今の状態につながる京都での共同生活に乗り出したのは、「根拠なき出会い」がきっかけだった。

この活動からすら降りたくなって、……みたいな話はまた今度。






*1:以前すでに考えていたことなんだけど、そのときは重要性に気付けなかった。

*2『働かない』のではなく『働けない』という玄田有史氏のニート論は、まさにこの点を巡っている。

*3:たとえばオタクの人たちは、「僕が自由だったら、ずっと家に閉じこもっているのに」などと考えるのではないか。 その理想の実現形を「ひきこもり」に見て、「自由の実現としての引きこもり」と解釈しているように見える。 → 擁護してくださるのはうれしいのだが、論者として、ある意味一番たちが悪いかもしれない。 社会の多くの人が、「能動的選択としてのオタク」と、「受動的(不本意)な不可避的無能力の結果としての引きこもり」を混同しているのだから。 オタクが「引きこもりは羨ましい。 引きこもる自由が大事だ」と言えば、不本意な拷問状態として引きこもっている人まで、「好き勝手に生きやがって」と見られないか。 ―― とはいえ、「閉じこもっても構わない」という風潮自体は、大事なわけで ……ええいややこしい。

*4:『籠城』という、有名な(ひきこもり当事者のための)大規模サイトがありましたね…。

*5:厚生労働省のニート対策には、「若者の人間力を高めるための国民運動」 という文言が見える。

*6:このあたりが、先日の佐藤透氏からの反論のポイントではないか。 イベント時の佐藤氏の発言はそういう趣旨であったと記憶する。

*7:戸塚ヨットスクールでさえ、「おかげで脱出できた」と感謝する人は現実にいるらしい。

*8:社会的弱者が生まれているのは自然現象ではないから、問題のある言い方だが、ここではひとまずこう書いておく。 「社会を自然のように言い、自然を社会のように言う」という批判表現があったっけ。

*9:一例が地域通貨だ

*10:フロイトを思い出す。

*11:大石雅康氏 「ニートの就労支援

*12佐藤透氏も、ひきこもり当事者の「天職志向」をはっきり否定していた。 【ちなみに佐藤氏は、ひきこもり当事者のことを「拒否児」と呼ぶ。】

*13:「間違った会社に入ってしまったらどうすべきか」より

2004-10-27  微妙な、あまりにも微妙な

取材 取材を含むブックマーク

26日の夕方6時〜10時*2、この事件に関連し、ある新聞社のインタビュー取材を受けてきました。


そのときにものすごく神経を使って確認したのが、「どのようなニュアンスの記事になるのか」ということ。 「生活苦の果てのやりきれない事件」なのか、「20年も引きこもった甘えの果てに親を殺した最低男」なのか。

記者の方は、「ワイドショーのような記事にはしない」と約束してくださいましたが、現場のかたがいくら誠意を誓ってくださっても、新聞記事の発表までにはやはり「企業の論理」――収益確保や、役職上の上下関係など――が絡むのは、致し方ないのだと思います(記事は、いわば新聞社の「製品」ではないでしょうか*3)。


いや、それだけじゃない。

私は家族を殺そうと思ったことは一度もありませんが、

たとえば(例えばですよ)、「今回の事件はやりきれない」 「高齢化の果ての生活苦は他人事じゃありません」 という私のコメントが載ったとします。 私は容疑者と同い年の引きこもり当事者(経験者)であり、かりに記者ご本人にそういう執筆意図がなくとも、差別的な読者ならば 「コイツも将来親を殺すんじゃないか」 「そもそも引きこもりというのはそういう連中なんだろ」 と考えるに決まっている。


先日、あるイベント*4で当事者の皆さんにお会いする機会があったのですが、皆さん、あの事件がどのようにマスコミに取り上げられるのか、極めてナーバスになっていました。 当たり前です。 展開次第では、またぞろ「引きこもりは犯罪者予備軍」という世論展開になるのですから…。

私は、実名を晒したことで、すでに多大の迷惑を家族にかけています。 私の発言が、「引きこもりや家族への差別意識*5」を強化することに使われてはたまりません。



――と、こうした私の懸念をすべて記者の方にお話申し上げました。

ご理解を示してくださり、

どのような記事になるかがまだわからないので、私の名前やコメントが掲載されるかどうかは、保留にさせていただきました。





ひきこもりの当事者・経験者・ご家族・支援者など、関係者の皆さんへ ひきこもりの当事者・経験者・ご家族・支援者など、関係者の皆さんへを含むブックマーク

今後も、この事件について取材を受けるかもしれません(昨日の記者の方からは、必ずあらためてご連絡いただける予定です)。 そこで、

  • 「こういうことを記者に話してほしい」
  • 「こういうコメントは駄目だ」
  • 「私はこう思う」
  • 「私も取材を受けて構わない」
  • 「当事者同士で、(取材される前提の?)討論企画を持ってはどうか」

などの声を、メールや TrackBack にて、私にお伝えいただけませんでしょうか。


よろしくお願い致します。





犯罪発生率 (人口10万人あたりの発生件数) 犯罪発生率 (人口10万人あたりの発生件数)を含むブックマーク

「犯罪者予備軍」というイメージに反し、「ひきこもり状態」は、現状では個人の犯罪加担率を下げている*6

具体的に統計値で見てみる。


殺人

「犯罪白書」の資料によると、平成14年度の殺人の認知件数は1396件、発生率は 1.1


ひきこもり当事者が起こしたとされている殺人事件*7は次のようなものです*8

  • 京都の「てるくはのる」事件(1999年)
  • 佐賀のバスジャック事件(2000年)
  • 滋賀の妹刺殺事件(2002年)
  • 大阪の両親絞殺事件(2004年)

ひきこもりの数は「最低41万人」とのことですから、「1年に1件ある」としても、発生率は 0.25以下 【現実には「1年に1件」より少ないですし、母胎数は「41万人以上」ですから、実際の殺人発生率はもっと少なくなります*9】。



他の犯罪

ひきこもりというのは、原理的に「他者や外部に向かわない」状態ですし、家の中にこもりきりですから(ネットすら「1割しかしない」)、外部世界や他者に対する用意周到な――犯意をもった――侵犯行為は、ほとんど事例がありません*10

家を出ないので、交通犯罪すらない。


平成14年の刑法犯の認知件数は、369万件あまり。

比較する気にもなれない。





「1000人にひとり」なのに・・・ 「1000人にひとり」なのに・・・を含むブックマーク

マスコミ報道の奇妙さについては、こちらの 「PREVIEW」 で拝見した宮台真司氏の発言が印象的でした。 次のような内容です*11

 昨年度の自殺者3万4000人あまりのうち、「ネット心中」は34人*12。 つまりマスコミは、1000人に1人しか選ばない自殺方法について、連日報道していることになる。 他の自殺についてはほとんど報道しないのに。


「報道」による、クローズアップ機能の恐さというか…。

「数の多さ」よりも、「理解しにくさ」のほうが重要ということでしょうか。





「悪意に満ちたサンプリング」? 「悪意に満ちたサンプリング」?を含むブックマーク

みなさんのうちの多くが、すでに「ニート君」 *13のことをご存知だと思います。

私は多くの引きこもり当事者を目撃していますが、ここまで極端な事例には出会ったことがありません。 むしろみんな、憔悴しきっている。


サンプリングそのものに、マスコミの悪意に満ちた意思を感じるのは、私だけでしょうか。

取材前に、「こういう奴を探そう」と話し合っていた気がしてなりません。


先日の番組と同じく、マスコミ自体が世論形成を目論んでいるのではないでしょうか(まさに「プロパガンダ」)。





事件は、差別感情の口実ネタ。 事件は、差別感情の口実ネタ。を含むブックマーク

今回の事件であらためて思ったのですが、差別や排除の意識というのは、「事件ゆえに形成される」というよりも、「もともと潜在的にあった差別感情が、事件を口実に結晶化する」*14と言ったほうが正確ではないでしょうか。


これに似た事情は、ジジェクが「ユダヤ人差別」を素材に語っていたように思います。*15

つまり、反ユダヤ主義者が想定するような、「人をだまして搾取する」ような人物は、ユダヤ人を探せば必ず見つかる。 → 「それみたことか、やはりユダヤ人はこれだ」。

しかし、では「そうではない」ユダヤ人の例を無数に挙げたとして、反ユダヤ主義者は改心するでしょうか。 「しない」というのがジジェクの答えだったように思います。 つまり、確定記述(特殊性)のレベルでいくら反証を挙げても、「差別」という≪剰余≫は消えない、と。


「生まれによる差別」「行動による差別」 は、同じには語れないと思いますが、「ユダヤ人」というのは、そもそも「ユダヤ教徒」ということであり、もとは「行動選択」の差異だったはず…。 → 両差別の違いは微妙のようです。





しかし、 しかし、を含むブックマーク

私が危惧するのは、次のようなことです。


現状では、「ひきこもり当事者に犯罪が多い」というのは、―― 統計的に―― 明らかな偏見です。

1988年の連続幼女殺人事件により、かつて「犯罪者予備軍」のように見られた「オタク」のひとたちは、しかしその旺盛な経済活動――漫画・アニメ・フィギュアなどの独自の流通経済――によって見事に社会参加を果たし、今ではそのソフト産業は「日本の誇り」とまで言われている。

「ひきこもり」に、同じような起死回生の道はあるでしょうか。


このまま社会参加の道を作れず、親の扶養能力がなくなれば、どうなるか。

今は家の中にかくまわれている引きこもりが、社会参加のスキルも回路も持たないまま、大量にストリートに溢れ出すのではないか。

もともと、外界とのコミュニケーション能力を持たないのですから、就労や、ましてやホームレスの形で生き延びられるとも思えず、多くは死に至るようにしか思えません*16

そのとき、ごく一部でも、犯罪に走ったとしたらどうか。

差別的な強硬派たちの「偏見」が、統計的裏づけを得た「事実」になりはしまいか。


ただし私の個人的印象では、引きこもりの当事者というのは、「この人は、犯罪を犯すぐらいなら自分が死ぬだろうな」と思わせるタイプの人ばかりです。



差別的認識を抜きにしても、対人接触や社会参加できない人間が数十万人規模で存在するというのは、本人にとっても、とても危険なことであるはずです。 「怒れる市民たち」が本気で弱者排除に走ったら、どうなることか…。

―― どうしても、この強迫観念じみた着想に帰ってきてしまいます。

「大丈夫だよ」というかた、いったいどういう前提に基づいておっしゃっているのですか?





選択肢 選択肢を含むブックマーク

社会に入れない人間に出会ったとき、相手を

  • 締め付けて追い詰めることで観念させ、回収しようとする
  • 対話的に解きほぐし、相互的に脱落現象を回避する*17

この2通りがある。





切実 切実を含むブックマーク

「自分の身には、引きこもりは起こらない」と信じ込んでいる人には、≪明日は我が身≫という言葉は、届かないのでしょう。





気のせい? 気のせい?を含むブックマーク

これまで、私に本当に本質的な心理的支援を与えてくださったかたの多くが、なぜか被差別部落の問題に関わっておられます…。


最近、さんざん「ひきこもりを放置すれば高齢化し、死者が続出する」と言い続けている私ですが、「ひょっとしたら、大丈夫かもしれない」という気持ちにさせてくれるのも、多くがそうした方々です。

「大丈夫」といっても、「彼らが扶養してくれる」という意味ではありません。 「この人たちとなら、仕事を共にしながら、支えあって生きていけるかもしれない」みたいな、私としては信じられないような≪共生≫の感覚が、かすかに芽生えるのです。


じつは、理由がまだよくわかっていません。

なんでだ…。



もちろん、

解放運動の歴史には、さまざまな問題があったこともわずかながら知っております。 しかし、そうした意味でも、学べることが多いような気がするのです。





*1:各マスコミの記事タイトルの付け方に、すでに微妙な主張を感じます。

*2:4時間、マシンガンのように話し続けていました

*3:失礼な言い方だとは思いますが、やはりこうしたシビア(というか現実的)な目線は必要なんだと思います。

*4:また報告します

*5:引きこもりは、「差別問題」として考えると見えてくることが多いように思います。

*6:斎藤環氏も、「ひきこもりは若者の犯罪発生率を下げている」と書かれていた(ソースは失念)

*7:「ひきこもりの事件」というと、新潟少女監禁事件(2000年)を思い出しますが、「殺人」ではないので…。

*8:これくらいしか見つかりませんでした。 ほかにもあったら教えて下さい。

*9:ひきこもり総数を100万人と考えれば、殺人発生率は 0.1。 一般の10分の1です。

*10:上記殺人事件も、2例は家族が被害者であり、「家を出られない殺人」です。 さらに今回の東大阪の事件は、――ネット上の記事を見る限り――「無理心中の失敗」に見えます(これについては続報を待ちます)。

*11:なぜかうちの環境では視聴できなくなっているので、記憶に頼って書きます。 数字の基本情報は間違っていないはずです。

*12:2003年6月の記事に、すでに「今年に入って30人」と書かれているので、本当はもう少し多いのかもしれませんが、いずれにしてもごくわずかでしょう。 【ネット上では、ネット心中の統計記事が見つかりませんでした。 わかるかた、おられます?】

*13:via chiki さんid:seijotcp

*14:この状況を比喩で表すのに、私はやはり物理学における「量子化」の比喩を使いたくなってしまいます。 以前、この比喩を「安易に使ってしまった」と反省したのですが、やっぱ捨て難いなぁ…。

*15:どこでだっけ…

*16:「引きこもりを放置すれば死に至る」というこの私の――強迫観念じみた?――認識は、一部のかたに批判されています。 そういうかたは、ぜひ私を「大丈夫だよ」と説得し、安心させてください…。

*17:essa さんの「社会を切っていいんかい?」を思い出します。

2004-10-25  佐藤透氏からの反論

18日のエントリーについて、当の佐藤透氏(「NOLA」代表)より、メールを頂きました。

「ひきこもり支援にとっての≪強制≫という契機」は、生半なまなかには扱えない重要な論点だと思います(単に否定すればいいとも思えない)。 それ以外にも重要なお話に触れられていますし、実際に引きこもり支援に取り組んでおられるかたのご意見として、私信のままに終わらせてしまうのはあまりにもったいないと思い、ご本人の許可を得て全文を公開します。

この問題はこれからも考えてゆきます。 いろんな方のご意見を伺ってみたいです。(頂いたメールは、公開する可能性があります)


【以下、「○○君」以外は 原文のままメールを転載】






件名 : NOLAの佐藤でーす。 (送信日時 : 2004年10月20日 16:47:58) 件名 :  NOLAの佐藤でーす。 (送信日時 :  2004年10月20日 16:47:58)を含むブックマーク

この前の育て上げネットはお疲れ様でした。

上山君の現役ひきこもり意見VS俺のような現場の人間の意見、みたいな掛け合いは聞く側にとっては結構面白くて反応がよかったんじゃないかな?

で、上山君がはてなダイアリーと言うところにこの前の育て上げネットのことの感想を書いてあると、プラッツの田中君*1から聞いて、早速みてみました。

これをみてると、なんだか俺が捕虜収容所の看守のようなイメージで書かれているような気がする(別に頭には来てないけどね(笑)のと、まああの短時間の中で共同生活の全貌をわかってもらうことには無理があると思うので、こりゃ事実とは違うぞー!っと思うところだけ反論しときます。

なんか書き込みも出来るみたいだけれど、オラあまりパソコン得意でないのでメールで返します。


オフィシャル発言と言うことですが、オラはそういう難しいことはあまり考えて話していません。

っていうか俺の発言が世の中で問題になるほど偉くはないんで(笑)

そんなことを考え始めたら自由に話せなくなるだろうし、結局公務員や政治家のような意味不明な言論しなきゃならなくなるだろうし、それじゃ誰も救えない。

やっぱ自分の想いが少しでも多くの人に伝わって、一人でも多くのひきこもりがあなたがいつも悩んでいるようなスパイラルから抜け出し、幸せになるためにどうしたらよいかの具体的方法を伝えたい力になりたいだけなのだ。


で次、その発言の「通所型だと云々・・・」のあと、小さな強制力とありますが、なるほどそういう捕らえ方もあるのかと感心しました。後の戸塚ヨットスクールのスパルタへつながっていくのですが、共同生活の実際を見ていない人が大抵思い浮かべるのがこの「スパルタ」なんだよね。

でも多くの共同生活があのようなスパルタを否定しています。

実際、全国の共同生活舎のネットワークである青少年創生連絡協議会(青創協)が20年前に生まれたんだけれど(もちNOLAも会員です)これは、戸塚のスパルタで多くの死者が出たときに、それに対してNOを唱えるために出来たものです。

じゃあスパルタじゃなければ何だ?と思われるでしょう。我々の方針は昭和2〜30年代の田舎の大きな家族というイメージです。

例えばNOLAだと寮生は佐藤家の一員として生活するわけです。

だから父ちゃんが子供に家の仕事の百姓を手伝えっていうのは、当たり前でしょ。でなきゃ喰えないわけだから。

じゃあ子供が家の手伝いをすることが果たして強制労働になるのだろうか?

それと規則正しい生活と作業で汗を流すことは、彼らのリハビリなんです。

リハビリなんだからつらいのは当たり前。でもその先には明るい未来と自由が待っているのだから数年も辛抱はしようがないんじゃないのかな?何も一生ただ働きするわけじゃないし。

それよりも一生引きこもって自分の人生を悲観して生きるのか、自分で飯を食って自分で幸せを勝ち取る生活を選ぶのかの選択だと思います。

リハビリはつらいからやめときなさいと言うのが彼らのことを考えていう親切なのか、いや今はつらいけど必ずよくなるから頑張れって言うことが親切なのかということだと思います。

でもちろん俺は後者が親切だと思っているわけです。

実際共同生活を卒寮し、社会へ復帰した子達は口をそろえて「最初は嫌だったけど、あの時強制的に連れて来られなかったら、一生ひきこもりのままだった。決断した親に感謝している。と口にしています。


だから上山君の言ってるのって、山で遭難して眠りそうになっている人間を助けるために、「眠るな!起きろっ!」って顔をぶつことは、「虐待で法律に触れる!」って言ってるのと同じだと思うよ。

だから法的な保護は十分にした上での話だけれど、一時的な拘束や強制労働(もちろん程度の問題ですよ)によって多くのひきこもりを救える(ここが大事、犯罪者でもごみ扱いでもない彼らを普通の生活が出来るようになってもらうということが大前提)


で、これが洗脳なら、ひきこもりも、ひきこもりを選択するような洗脳を受けてきた(洗脳だから本人にそういう自覚がないのは当たり前)のだから、逆洗脳で、まっとうな判断が出来るようにするのはアリだと思う。(もち洗脳なんてうちじゃしていないけどね)


でもね俺、共同生活が唯一無二の支援方法だと思ってはいない。ただ社会参加率をみてもらえれば、ずば抜けた数字であることがわかってもらえると思う。

ただ、ひきこもりの立ち直りに関してはBESTであっても、経済的(援助者、被援助者双方の)問題や、スタッフの負担の大きさ(家族なんだから当然24時間労働でプライベートがない)などの問題がまだまだいっぱいあって数が増えていかないんだ。だから後継者育成のためにも多くの人に認知してもらうべくワーワー言ってるんだ。

でも共同生活よりもっとすごい援助方法が出来たならもちろんそれを取り入れたいと思っている。

なぜなら援助者として彼らにとってBESTな方法を探究していくのは当然だと思うから。


それと最後に、30歳以上がウザイと言った事について。

上山君が気にしてるんならごめんね。

でもこりゃ彼らと付き合って正直思うことだからしようがないんだ。

だからと言ってもう援助方法がないとか、切り捨てているわけではないよ。

いくつになってもチャレンジはできると思っているし、

NOLAでも共同生活以外の方法で受け入れている。

ただ、ウザイという言い方をもう少し変えて一般ピープルにもわかりやすく言うと、オラの技術的、精神的キャパシティが出来ていないといったほうが正確かもしれない。

と言うのは援助者との年齢が近く、あるいはそれ以上だと、彼らのプライドが(なんでこんな奴に言われなあかんねんという反発心)妨げになって、素直に言葉を受け取ってくれなくなるんだね。あと体力と健康(生活習慣病とかで)が本当にうちの作業についていけない可能性が高くなってくる。それにいつも言ってることだけれど、NOLAでの立ち直り期間はひきこもり期間に比例するのでものすごく時間がかかってしまうと言うことなのだ。(時間はかかるのであって、立ち直らないと言うことではない!)

それとそれらの精神的重圧にスタッフが耐えられるかどうかいう問題。共同生活は彼らとがっぷり四つに組んで取り組むのが仕事なので、寮生にも逃げ場がないけど、スタッフにも逃げ場がないんだ。

その辺の問題点が俺の中でまだ解決出来ていないので、30歳までという制限を設けているだけです。

だからオラがもっと偉くなって君のようにカリスマ的になれば高年齢でも受け入れできるようになるかもね(笑)

実際にタメ塾の工藤さんの所じゃ40代、50代の人も受け入れているそうだから、これは出来る出来ないというよりそのスクールのカラーだと思ってもらったほうがいいと思います。


まあ結局、君がひきこもりの代弁者として立ち上がったように、オラも不登校から共同生活を通じて立ち直り、それでその方法を使って彼らの一助となるべく立ち上がって頑張っているわけで、方法の是非を論じること自体あまり意味がないと思っています。そこのところを理解していただけるとうれしいです。

早い話。どんな方法でも、彼らが前向きに幸せに生きていけるようになればそれでいいんじゃない?っておもう。


ではまた、ゆっくりと語りましょう。NOLAにも遊びに来てください百聞は一見にしかずですから・・・。


                 NOLA 佐藤 透
             


*1「ドーナツトーク社」の田中俊英氏(「淡路プラッツ」のスタッフもされている)。 最初のエントリー時には「○○君」と伏字にしていたのですが、田中氏ご本人の許可を得て、メール原文のままに戻しました。

2004-10-22  優先順位

「当たり前」 「当たり前」を含むブックマーク

吐血などの症状があったので、内科で受診してきました。

10月19日に胃カメラ検査の結果が出たのですが、「立派な胃潰瘍が2つ」(医師談)、胃の上部に見つかりました。

あるかたにそのことを話したら、「仕事をしていればそんなの当たり前」とのこと。(「潰瘍ができて一人前」という業界もあるらしい)


何度も言ってることだけど、「お前も苦しんで病気しろ!」という社会じゃなくて、「どうやったらみんなが苦しまずに生きられるか」を考える社会を目指そうとするのは、やはり「甘ったれ」でしかないのでしょうか…。


なんというか、自分の壊れ具合が新ステージに入ったようで、相応に凹んでいます。





「そもそも親と本人の責任なのだから、」 「そもそも親と本人の責任なのだから、」を含むブックマーク

先日、「ニート支援に税金を使うな!」というTV番組を紹介しましたが、ある市会議員のサイトに同種の意見が。*1


こんな事に1000億円もかけようとする役人の発想が分からない。 そもそも親と本人の責任なのだから、親からお金を取って教育をしてやるくらいの姿勢でいいし、自衛隊にでも放り込んでおけばいいと思う。 社会のせいでこうなったとでも言いたいのだろうか。

1000億円といえば、20万人の人に年間50万円を支給できる金額だ。 本当に資格を取りたい人などを支援する方がよほど将来の役に立つ。 現在NPOのあり方にも大きな疑問を持っているが、この1000億円に群がって来るNPOが中にはあるのだろう。 NPOには一切の補助金を与える必要はなく、ニートからお金を取って頑張ってもらいたい。


「政治とは、予算の割り振り方を決めることだ」と考えれば、これはまさに政治的テーマなのだと思う。



【参考】

こわ…





政治とは*2 政治とは*2を含むブックマーク

菅直人氏 :

「若い頃から、『政治とは何か』と問われて、『政治とは、国民の不幸を最小にすること』と答えてきた。 『これが幸せだから、国民の皆も、これを幸せと感じなさい。』というのは、政治が目指すものではない」


小泉純一郎氏 :

「努力する者が報われる社会、そして、競争に敗れた者が再度挑戦をすることができる社会を造っていくことが政治であると思う」 





不信感の2乗? 不信感の2乗?を含むブックマーク

税金を使った「若者への就労支援」に風当たりが強いのには、こういう事実も関係していると思われる*3

 厚生労働省の特殊法人「雇用・能力開発機構」(横浜市)*4が、雇用保険料から約4498億円もの巨費をぶち込んで建設した全国2070カ所の保養施設などを、1050円*5、1万500円といった二束三文で次々に売却中だ。

読んでて眩暈めまいがしてくる。 滅茶苦茶だ。



雇用問題に関わる官僚たちの天下りへの不信感も、あちこちで目にする。*6



若者への不信感と、官僚への不信感が掛け合わされてるわけか…

無業者が大量発生しているのは「社会問題」なのだから、何か策が必要なのだが、でもどうすれば…





僕と同い年 僕と同い年を含むブックマーク

の件だが、「自分も死のうと睡眠薬を飲んだが死にきれなかった」供述しているらしい

無理心中を図ったということか…

しかし翌日には、「殺害直前、親とトラブルか」という記事も出ている。


どうも、報道機関によって扱いのニュアンスが違う気がする。


続報がなければ、自分で取材したい気持ちもあるが、無理だろうか…





*1:via 『loveless zero』さん

*2:衆議院議員・平岡秀夫氏の「今日の一言」より

*3リンク先ページ下部の「NEXT」を追っていくと、(8)まで記事が続きます。

*4:2004年より、独立行政法人。 旧「雇用促進事業団」。

*5:タイプミスではない。 「千五十円」だ。

*6:たとえばこちら。 【「日本国の研究」(編集長・猪瀬直樹氏)バックナンバーより】

2004-10-19 このエントリーを含むブックマーク

画面クリックで仕掛けが展開する。

なんかしらんがえらい気に入ったゾ。

2004-10-18  きょうせい ―― 教育と労働

国家による 国家によるを含むブックマーク

「ニート対策」として、弁護士の橋下徹氏は、「勾留のうえ、労役を科す」という提案をされています*1。 これは私には「労働の強要」=「強制労働」にしか見えないのですが、今の日本でそんなことが可能なのでしょうか。


「国家権力を制限する」ことが役割とされる憲法より。

  • 憲法 第18条 【奴隷的拘束及び苦役からの自由】
    • 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

憲法18条を改正しないかぎり、「国家事業としての労働強制」はあり得なさそうです。





共生 共生を含むブックマーク

先日のイベント(「育て上げ」ネット主宰)*2でパネラーとしてご一緒した佐藤透氏*3「NOLA」代表)は、当事者と農作業を共にするなど、「寄宿共同生活体験型」の自立支援活動をされているのですが、その良さについて、大意つぎのように語られていました(取り上げる発言は個人的な会話ではなく、すべてイベント内でのオフィシャルなものです)*4

 通所型だと、きついことを言うとすぐに来なくなる。 しかし一緒に住んでいれば、こちらと顔を合わさざるを得ない。

一緒に住んでいることによって発生する、小さな強制力のことですね。

私が先日の番組を紹介し、「強制労働」という言葉を持ち出したことについても、「強制労働でいいんじゃないかな(笑)」とのこと*5


重要なのは、佐藤氏がご自分で申告された「成功率」です。

 1年ちょっとで、70%以上の子がアルバイトなどを始める。 長期的に見れば成功率は90%以上。

これはすごい。

このまま家の中で死を待つのではなく、「何とか社会復帰したい」と考えている当事者にとっては、チャレンジする価値があるでしょうか。





いや、そもそも・・・・ いや、そもそも・・・・を含むブックマーク

  • こうした問題を考えていると、いつも、「自発/強制」という、あの教育のアポリアにぶち当たります。
    • 強制的要因なしには、(初期における)「教育」というのはあり得ないわけで…


  • ひきこもりやニートという状態は、「自発的に」なのか。それとも「不本意だが、やむにやまれず」なのか。
    • 「自発的」がすべてならば「自己責任」とされ、「彼らへの社会保障や就労支援に税金を使うべきではない」となる。 社会的に弱い立場に立たされた人間すべてにこれを言い出したら――「彼らが弱いのは、彼らの選択のせいだ」――福祉的支援や環境改善の努力は廃絶してしまう。
    • 「不本意」ならば何らかの支援が検討されるが、さりとて「強制(矯正)的要因」が介入することは避けられまい。 → 「矯正されることを受け入れる」ことは、かぎりなく 「洗脳」 に近づいてゆく。


  • 「ナルちゃん馬鹿」自矜じきょうの念」ちがいの微妙さというか…。
    • 働くことは、むしろ矜恃きょうじに関わるはず。 ところがほとんどの人にとって、「働く」ことは「自分を粗末にする」ことでしかない。
    • なんかこのへんにカギがありそう。





可変性 可変性を含むブックマーク

「NOLA」の入寮年齢制限は「10〜30歳まで(入寮時)」とのことで、そこで重要視されているのは、「若者の可変性」なのだと思います。 ただ・・・

イベント当日は、樋口明彦氏*6による講演で「ひきこもり当事者の高齢化」が語られ、参加者の(親御さんらしき)顔ぶれからも、「ご本人は30代以上」が予想されました。 そして私自身、イベントの冒頭で「36歳です」と自己紹介したのですが、佐藤透氏は高齢当事者について、

 (指導に抵抗するような屁理屈をこねるから、) 30代以上はウザイ(笑)*7

もちろん、支援活動を通じてのこれまでの嫌な思い出から冗談めかしておっしゃったのでしょうが、「可変性のない高齢当事者はあきらめろ」と言われているようで、絶望的な気持ちになりました。





強制労働については、もう一つ法律があります。*8 強制労働については、もう一つ法律があります。*8を含むブックマーク

  • 労働基準法 第5条 【強制労働の禁止】
    • 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

民間の支援活動においては、こちらのほうが重要ではないでしょうか。


「教育的意図をもった強制(矯正)的な訓練や労働」は、法に触れるのか触れないのか。


ひきこもりへのスパルタ式アプローチ(一部では「拉致」「脅迫」とも形容される)で著名な長田百合子氏は、マスコミにもてはやされました。 → 世間は、ひきこもりやニートへの暴力的待遇(たとえそれが法に触れていようとも)に、寛容なのではないでしょうか。

あるいはそもそも、法に触れることなしに、ある種のひきこもり支援は可能なのでしょうか


もちろん、万能の方法はないとはいえ…





現役の問題 現役の問題を含むブックマーク

過激なスパルタ式指導で知られ、死者を出して話題になった「戸塚ヨットスクール」をご存知でしょうか。

事件*9はもう20年以上前ですが、「支援する会」が活動を続けていますし、石原慎太郎氏、ビートたけし氏など、著名人らによる擁護論も、まったく色褪せていません。

「過去の話」などでは、まったくないのだと思います。





『神保・宮台 丸激トーク・オン・デマンド』 *10 『神保・宮台 丸激トーク・オン・デマンド』 *10を含むブックマーク

  • 第186回 集団自殺や引きこもりの根底にある「心の闇」とは何なのか
    • ゲスト: 斎藤環氏(精神科医)

会員ではないので 「PREVIEW」 だけを観たのですが、面白いし、とても参考になります。





*1:橋下氏は昨年、「買春はODAみたいなもの」という発言によって某TV番組を自主的に(?)降板されたそうですが、ニートへの「拘留・労役」を主張したことは、弁護士として問題になることはないのでしょうか…?

*2:引きこもりに関する定例会(@「クレオ大阪南」)。 当日は、まず最初に樋口明彦氏による簡潔にして要を得た講演(ひきこもり論)が1時間あった。

*3:佐藤氏は1964年生まれ。 ご自身が高校時代に不登校を経験しており、1983年にお母様を、1988年にお父様を亡くされています。(イベント会場にあった「NOLA」パンフレットより)

*4:記憶に頼ったレポートなので、使用語彙や言い回しなどが違っていると思いますが、発言趣旨は外していないはずです。もちろん、誤りがあればすぐに訂正し、謝罪します。

*5:発言の前後の文脈もあるので、現場では特に問題にならなかったし、殺伐とした発言ではありませんでした。 しかし、やはり重要な論点に関わるご発言だと思います。

*6大阪大学 大学院 人間科学研究科(社会学)。 こちら(僕も聞きに行く予定)などに参加。 「社会的排除」などを研究されています(こちらなど参照)。

*7:本当にこうおっしゃいました

*8最低賃金法を含め、労働に関する法律は重要ですね…。 → 『知って得する労働法』

*9:詳細はこちらなどを参照。

*10:Via: id:hikilink さん

2004-10-17  整理メモ

不安 不安を含むブックマーク

これまで「ひきこもり」は家庭内に留められていたが、間もなく親に扶養能力がなくなり、社会保障もないのだから、彼らは大量の 「ホームレス」 「路上死」*1 「餓死」*2 「自殺」 などに変貌してゆくのではないか。 ニートが就労機会のないまま高齢化すれば、事情は同じのはず。

ホームレスなどの増加を「迷惑」としか考えないのが大多数の住民感情だと思うが、街中がホームレス・行き倒れ死体・自殺者であふれ返ったとき、何が始まるのか。



*1:「路上死」は、それ自体としては「死因」ではないので、公的な統計はないようだが、「大阪市における野宿者死亡調査」などが参考になる。 2001年の大阪市のホームレスは8660人だから(厚生労働省は隔年でしか統計を取っていないようだ)、「4〜50人に1人」が路上死?(地域ごとの支援体制によって死亡率は変わるはず)

*2こちらを参照。

*3:「警察庁統計の対象となるのは自殺を図ってから24時間以内に死亡した人に限られているため、その後の死亡や未遂に終わった例を加えると、自殺の実態は統計数値の何十倍にもなるだろうとの推計もある。」(「深刻化する“労働者の自殺”」より)

*4:(何度も触れたことだが、)世間的には「ひきこもり」というと、「ネットばかりやっていて、特に2ちゃんねらーが多い」と思われるのかもしれない。 しかし斎藤環氏によれば、当事者のネット利用率は「1割」だというし、2ちゃんねる書き込み率となるとさらに激減するはず。 だからネット上で散見する人物像から「ひきこもり」をイメージすると、かなり間違うことになる。 実際には、当事者の9割が自宅で息を潜めている。

*5:「ひきこもり」と「ニート」の統計数字は、どの程度重なっているのだろう。

2004-10-15  労働と自死

多数派? 少数派? 多数派? 少数派?を含むブックマーク

「ニート支援に税金を使うな!」と主張するTV番組をレポートした10日のエントリーでしたが、たくさんの TrackBack*1やメールをいただき、ありがとうございました(気付いたものはすべて拝読しました)。 今の時点で明確なお返事をしたり、個別にコメントしたりすることはできませんが、ぜひ参考にさせていただきます。


ほとんどの方が、ニートを罵倒する番組出演者を「支持しない」立場をとられていたことに、驚き、喜びました。

これはどう受け止めればよいのか…。

「あの番組は、呑み屋でくだを巻くおっさんレベルの会話*2」というご指摘がありましたが、そういうものを受容してしまう≪社会の雰囲気≫はあるように思います。 みんな「ホンネで説教」したがっているように見える(いかがわしい女性占い師が絶大な人気を博したり…)。


 今私たちに必要とされているのは、……(中略)……「草の根レベル」で奇妙な説得力を持ってしまう「バックラッシュ」*3的論理の《魔力》を再測定していくことだろう。*4

これは北田暁大氏(id:gyodaikt)の「反ジェンダーフリー」についての示唆的なご指摘で、直接ニートやひきこもりと連動する話ではありませんが*5、「保守系論理のもつ草の根レベルの説得力」という要因は、やっぱり無視できない…。


いや、「バックラッシュ」(保守派による逆襲)というよりも、「働ない」人間――「働ない」という認識はなかなか聞き入れられない――はずっと軽蔑され、怒りの対象になってきたのでしょう。





公と私と、 公と私と、を含むブックマーク

「省庁が若者の就労支援をするのは、自分たちの天下り先や予算が欲しいから」「お役人のアリバイ作り」というご指摘にも真実があると思いますが、やはり決定的には、「これだけたくさんの若者が働けないのでは、日本の国がおかしくなってしまう」という、公的な危機感が大きいはず。


  • 「本人たちが甘えている」と思う人は、「徹底的に若者を追い詰めろ」と考える
  • 「本人たちは追い詰められている」と思う人は、「受容や支援の体制が必要だ」と考える

ということでしょうか。

あるいは、問題の所在を「個人」に置くか、別のところに置くか、という問題か…。


予算額が大きいし、ジェンダー論と同じく(いやそれ以上に?)≪教育≫≪訓練≫という要因が強いテーマなので、より感情的な大論戦になるのでしょうか。





不戦敗・・・ 不戦敗・・・を含むブックマーク

出演者たちのあまりに非寛容な発言に触れ、「やはりこの世に居場所はない」ということで、あらためて「自逝センター」(公共安楽死施設)の話を取り上げてみたのですが…。

今日、こんなニュースが流れていました。

被害に遭われた方々が、もし「つらすぎる」と次々に自死していたら、加害サイドにとってこれほど好都合なことがあるでしょうか。 この原告の皆さんは、「ニセ患者」と中傷されたりもしながら、戦い抜いた。


弱い立場に立たされた人間が、戦いもせずにみずから死を選ぶというのは、社会や周囲にとって非常に好都合のはず。 もんだいは、引きこもりやニートにとっては、「何が敵なのか」すらわからないことで…(この件はもう何度も触れた)。


  • 「死にたい」とは思っても、「(敵に)理不尽に殺される」のは嫌なはず。 しかし、
    • 戦いのシナリオすら作れないのだから、罵られ、追い詰められても何もできない。
    • 圧倒的に立場は弱い。 発言権など一切認められない雰囲気。
    • 労働組合のような、当事者同士の連帯力もまったくなく、各人が孤立しているだけ。
    • 勝つとか負けるとかじゃなく、「単に消えたい」みたいな気持ちにもなる…

→ ★ 「ひきこもり」や「ニート」といった大きな枠組みではなく、もっと細分化された自分なりの局地戦テーマを設定すべき、ということだろうか?





深刻なジレンマ 深刻なジレンマを含むブックマーク

自殺を志願している間は、すべての思考が自殺的に働いてしまう。

そんな意見を表明すれば、自分や自分の大切な人にとって不利になるような、傷つけるようなことばかり考えてしまう。

「生き残ろう、愛する人を守ろう」と思う自分が聞けば、殴りたくなるようなことばかり…。

【例】:

「子供を産む」のは、それ自体が残虐行為であり得る。

この世に≪人間≫をまた一人作り出すなんて…





希望の光? 希望の光?を含むブックマーク

「民主党の議員が、今日16日の国会で『ベーシック・インカム』の話をしていた」という未確認情報*6を得て驚き、ネットで検索。 → なんと、すでに税制調査会で言及されている。

発言されている「宮本教授」というのはこのかたでしょう。


「学者の絵空事」だけでもないってことか…。(もちろん上記調査会での言及は、「日本に導入する」とか、そういう話ではぜんぜんないですけど。)





「働く」と「食う」の関係 「働く」と「食う」の関係を含むブックマーク

「働かざる者食うべからず」というのは、日本では保守系の人が必ず口にする言葉ですが、「あれはレーニンの言葉だ」と聞かされて、やはり検索。 → もとは新約聖書の言葉のようです。


手元にある「日本聖書刊行会」発行の新改訳聖書(第2版)より、当該箇所を引用してみます。

 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。*7

ん? なんか微妙にニュアンス違うような…。


レーニンが口にしたのは、「支配者たちは、働かないのに食っている」という意味だったんですね。 ……しかし考えてみると、日本でも江戸時代までは「支配者は働かない」時代だったのでは?*8 → 保守派が「働かない奴は食うな」というのはどういうこと?

★「働く」と「食う」の関係は、時代や国でずいぶん変わるらしい…。





いまさらですが いまさらですがを含むブックマーク

「労働」と「自死」のそれぞれについて、歴史的観点が必要だろうか。

今の私たちが当たり前だと思っている捉え方は、さほど「当たり前」ではないはずだ。

ただ、問題はそれを研究したとして、現実の苦痛緩和にどの程度役立つか、なんですが…。

【そう、僕にとって最も重要な「働く」は、苦痛緩和にこそある…】





リンク リンクを含むブックマーク

あまりにつらいエントリーが続いたので、ちょっと息抜き。

  • 「人生のセイムスケール」
    • 歴史上の人物の、いわゆる「享年」に基づくデータベース。 やっぱり、つい今の自分の年齢のところを見ちゃいます…。






*110日の日記下部にトラックバック表示が出ていない中にも、『圏外からのひとこと』さんなど、ぜひお読みいただきたいところがあります。 できれば後日また。

*2:ああいうのも、「俗情との結託」(大西巨人)と言っていいんでしょうか。 → chiki さん(id:seijotcp)の「テキストサイトの俗情について。」もご参照ください。

*3:backlash。 反発・反動。

*4「荒川から考える」より

*5:いや、ニートや引きこもりの問題と「ジェンダーフリー」は、もちろん深くリンクするのですが。 (これも考えなきゃなぁ…)

*6:どなたか、詳細をご存知ありませんか?

*7:「テサロニケ人への手紙・第二」第3章10節。 赤字強調は上山。

*8:知人との会話より

2004-10-10  議論が必要だ・・・

やしきたかじんの『そこまで言って委員会』で、「ニート」を取り上げていた。*1 やしきたかじんの『そこまで言って委員会』で、「ニート」を取り上げていた。*1を含むブックマーク

司会: やしきたかじん、辛坊治郎

出演*2 三宅久之(政治評論家)、 荻原博子(経済ジャーナリスト)、 江本孟紀(野球解説者・元参議院議員)、 宮崎哲弥(評論家)、 橋下徹『行列のできる法律相談所』出演の弁護士)、 金村義明(野球解説者)、 桂ざこば(落語家)、 山口もえ(タレント)


 厚生労働省はニート対策を「若者人間力強化プロジェクト」と名付け、来年度予算で231億円を要求。 合宿形式の集団生活で、働く意欲の向上を目指す「若者自立塾」の新設などを盛り込む。

 厚労相、文科相、経産相らが参加する「若者自立・挑戦戦略会議」は、ニート対策を含む若者への就業支援として、来年度予算で810億円を要求している。 財政難にもかかわらず、前年度比54%増。*3

スタジオにいる全員がこの情報に激怒 :

「甘ったれた馬鹿どものために、我々の血税を1000億円?!」





ニートは「馬鹿者ども」(やしきたかじん氏) ニートは「馬鹿者ども」(やしきたかじん氏)を含むブックマーク

  • ニート紹介VTRでは、インタビュアーの「なぜ働かないんですか?」という問いに20歳の男性が答える。 「デスクワークとかするサラリーマンが嫌だから」。 「彼らは親から小遣いをもらっている」というナレーションがかぶる。
  • 「彼らの生活は昼夜逆転しており、夜は友達と遊びに出かける」など、≪仕事をせず、親にたかって遊び呆けている≫という “実態” を(悪意に満ちて)徹底強調。
    • 取材スタッフは、「働こうにも働けない」といった、「悩んでいるニート」には出会わなかったのだろうか。 あるいは意図的に取材対象から外されたか、編集でカットされたか。 → 視聴者の「ニートへの悪意・苛立ち」を煽り立てる番組の意図を感じる。
    • いや、そもそも「悩んでいる」時点で「求職中」の扱いになって、「失業者」であり、「ニート」ではなくなる、という判断か。(とてもそうは思えなかったが…)


  • 「やむにやまれぬ引きこもり」*4と、「外で遊び呆けている自発的ニート」*5とが、明らかに混同されている。 しかしグレーゾーンにおいては、両者を明確に分けるのは不可能。
    • 江本氏は韓国の徴兵制の例を挙げ、「日本は甘い。 贅沢病。 ≪ニート≫だなんてカッコいい呼び名はやめるべきだ。 ≪ぐうたら≫でいい」。 それに応じて萩原氏が「≪ひきこもり≫よ!(笑)」。 → 「ひきこもり」というのは、萩原氏にとって「より恥ずべきレッテル」なのだろう。(番組全体にそういう雰囲気を感じる)
    • ニートにせよ引きこもりにせよ、他人の家の話であり、「勝手にすればいい」という声も出ていた。 皆が怒るのは、「対策に税金が投入されている」という一点に集中していた。 (あとは「日本の将来が」云々。)





出演各氏の提案する「ニート対策」 出演各氏の提案する「ニート対策」を含むブックマーク

  • 三宅久之氏: 「国際緊急援助隊に強制入隊させる」
    • 他の出演者の「あんな甘ったれた連中に勤まるか?」という声に、「むかし自衛隊でそういう連中を勧誘した時期があったが、勤まっているらしい。 銃を持たせると変わるようだ」。


  • 江本孟紀氏: 「自衛隊に入れる」
    • 江本:「≪ニート部隊≫を作ればいい」
    • たかじん:「(ネーミングが)カッコええやん!」


  • 荻原博子氏: 「20歳になったら家を出す」
    • 「いつまでも家に居させてしまうような(ダメな)親たちなんでしょう」


  • 宮崎哲弥氏: 「当分ほうっておく。 しかしニート税を取る」
    • 「親が代わりに税金を払うことになるだろうが、それが高額になれば、親が子供を追い出そうとする圧力も強まるだろう」
    • 「ニートたちはぜいたくは望まない。 けっこう我慢強いし、ギリギリの生活でいいと思ってる。 で、生活保護をもらうんでしょう」。 「贅沢しようという気になれればまだいいんだけどね。 働こうという気になるから。」


  • 橋下徹氏: 「勾留のうえ、労役を科す」*6
    • 「国家予算から単純計算すると、日本に生きるだけで一人あたま47万円の金がかかる。 税金を払わない奴は生きる資格がない」


  • 金村義明氏: 「そのまま働くな!」*7


  • 桂ざこば氏: 「両親がしっかりしろ」
    • 「うちの娘は高校卒業後、『就職したくない、遊びたい。 やりたいこともない』と言ったが、1年後には自発的に働き出した。 あのまま娘が潰れとったら、親の責任もあると思う」
    • 「(ニートが)これだけたくさん出てきてるということは、本人だけやなくて、周囲や日本の国にもおかしなところがあるということや」


  • 山口もえ氏: 「恋愛」
    • 山口:「恋をするとやる気が出るじゃないですか」
    • たかじん:「ああいう連中はな、女ができたら金を巻き上げよるんじゃ」(女性に養われる男性を指す「ヒモ」という侮辱語がふつうに使われていた。)





政治意識 政治意識を含むブックマーク

  • 「自発的無業」をすぐさま非難するべきだとは思わない。 働かなくても生きていられること自体は、悪いことでも何でもないし、個人的にはむしろ喜ぶべきこと(環境が許すなら)。
    • しかし、「放っておいたら将来どうなるか」に対する危機意識も想像力もないとすれば、どうしようもない(これは宮崎哲弥氏が指摘)。 生活保護をアテにできると本気で思っているのだろうか*8
    • 政治的な意識が決定的に欠如している。 苦しんで働いている人たちが無業者をどう見ているか、少しでも考えているのか。
    • いや、常に非難されるからこそ、こういうあてつけめいた発言も出るのだろうが、誰かに経済的に依存しなければ生きていられない ―― しかも「障害」があるわけでもない(と見なされる)―― 人間がこういう発言をすれば、どういうことになるか。 政治的計算があるとはとても思えない。 → 僕がこういう連中と同一視され、その発言の尻拭いをさせられるとしたらたまらない。





素材として 素材としてを含むブックマーク

  • たとえば今回の『そこまで言って委員会』の録画を、親の会や当事者の集まりで上映し、議論すればいいのではないか。
    • どのような論点があり、責められるとすればどのようにしてなのか。 反論するとしたらどうするのか。 たとえば自分があのスタジオにいたら、なんて言い返す?
    • 「あの出演者は間違ってる」だけでは済まないのでは。 あれだけ人気のある番組で、出演者の誰も「ニート」を擁護せず、「税金を使いやがって!」の大合唱。 それが現実のはず。





vivid な論点 vivid な論点を含むブックマーク

番組では、やはりニートに対して「生きろ!」という命令形しか出なかった。 みんな苛立ち、基本的に説教したがっている。 「殴りつけて強制的に何かさせなければならない」と思っている。

もしあの場で、当事者の誰かが「生きたくない。 『養ってくれ』とは言わないから、せめて安楽死のセンターを作ってもらえないだろうか」と言ったら、あの出演者たちは何と言うだろう。


ひきこもりとニートは同じではないので慎重に論じる必要があるが、ひきこもり当事者で、「親が代わりに年金を払ってくれる」ことにものすごい罪悪感を感じている人は多い(何度も直接打ち明けられた)。 親に負担をかけている申し訳なさと同時に、「年金受給開始年齢まで生きたくない」と本気で思っているのだ。


「本当に死にたいと思っているのか」、「生きようという意志は本当にないのか」という点については、もちろん葛藤があって当たり前だし、どんどん議論すればいい。 でも、「生きることしか許さない」という説教には、ものすごい欺瞞を感じるのだが。

それともやはり、「自逝センター」(公共安楽死施設)などができてしまえば、「怒りに満ちた労働者たち」が、ニートや引きこもりを強制的に送り込んで抹殺しようとするのか。 【cf. 世界中の障害者団体は、必ず安楽死法案には反対している。 「都合のよい自己決定」参照。】


弱者でも生きていけるための人的・社会的環境整備は、可能なかぎり、徹底的に続けるべきだ(死を強制することがあっては断じてならない)。

しかし、100%の全面的カバーは絶対に不可能。

「楽に死ねる」という選択肢が、どうして許されないのか。*9


以前一度話題にしたものの、危険だし、あまりに現実味がないので放置していたが、やはり「議論を明確にする論点」としては、≪安楽死≫は有効ということだろうか。




【追記】

誤解のないように(といってもどうせ誤解されるのだろうが)付け加えておけば、「自逝センター」のようなものができたとして、それを真っ先に利用したいのは僕自身だ。

僕は今後も、「元気に楽しく生きていく」ための努力を続ける。 ひょっとしたらその努力が実を結び、僕は明るく仕事をできる状態に落ち着けるかもしれない。 そうなれたらいいと思っている。 だがそうなったとして、そのときには僕の「自逝センター」云々の主張は、「上山は自分以外の当事者を抹殺しようとしている」という話になるのだろうか。 ―― そんなバカな。 冗談じゃない。


僕が真っ先に目指しているのは、「現状では引きこもるしかないような人でさえ生きていける(働ける)ような環境作り」であり、一種の「精神的バリアフリー」な社会だ(当たり前だ)。 だが――繰り返しになるが――それを「理想」として掲げ、努力するのはいいとして、しかし現実にはそんな社会は遥か未来だろうし、そもそもやってこないかもしれない。 救済されないまま追い詰められる人がほとんどなのであり、それを放置するのは冷酷すぎるのではないか、という話をしている。*10


激痛に苦しむ社会的弱者のために具体的な行動を起こしていない人物が「命を大切に」と主張する ―― こんなに偽善的なことがあるだろうか。 弱者を、悲惨の中に放置しているだけだ。

「協力するから、一緒に努力しよう。 どうしてもダメなら、なるだけ楽に死ねる方法を考えよう」―― これのどこが「非人道的」なのか。*11


ようやく気付いたのだが、どうやらこのあたりの話は、社会保障などの≪政策論≫と、≪バイオエシックス(生命倫理)≫(自己決定権など)の話が切り結ぶ交点ではないのか。 【気付くの遅すぎ(泣)】





*1:発言の引用は記憶とメモに頼っているため、誤りもあると思います。 ご指摘いただければすぐに訂正し、謝罪します。

*2:敬称略。 なるだけご本人のHPにリンクしました。

*3こちらより。 赤字・太字の強調は上山。

*4参照

*5:もちろん、ニートのすべてが「外で遊び呆けている」わけではない(呑気に構えている人間はむしろ大変な少数派だと思うのだが)。 玄田有史氏によれば、ニートは「『働かない』のではなく『働けない』」。

*6【追記】:こちらの記事で漢字の誤りに気づいたのですが、2007年12月23日まで、「拘留の上、労役を課す」と書いていました。すみません・・・。

*7:失念していたのですが、次の桂ざこば氏の見解とともに、『ぶこつイーター』さん情報を参考にしました。

*8:生活保護受給の世帯数は、2002年度で約87万1000世帯(過去最高)。 高齢者世帯の割合は46%まで増えており、そのうち88%が独り暮らし。▼受給者数は、人口の約1%にあたる約124万3000人。▼生活保護費は年2兆円を超え、その4分の3を国、残りを地方自治体が負担している。 財政的にすでにパンク状態であるため、厚生労働省は給付水準の見直しなどを検討している。 → こちらなどを参照。 追記:リンク修正。2004年10月には約100万2000世帯、142万8000人】

*9:「死にたいなら自分で首を吊れ、≪安楽死センター≫だなんて、税金に頼るな」という声もあるようです。 しかし、それは自殺者やホームレスを「迷惑」としか考えない発想と類縁では。 一種の黙殺であり、「社会にはそんな問題はなかったことにする」という態度ではないでしょうか。 「生きていかれない人間に、安楽な死を用意する」というのは、人道上も意味があると思うのですが。

*10:「自逝センター」に、政治的な現実味がほとんどないことも承知している。 だが少なくとも、論点の整理には役立つはずだ。

*11:アメリカでは、人工妊娠中絶に反対する人物が、中絶手術を続ける産婦人科医を射殺した 【完全な確信犯であり、処刑される前日には笑顔で記者会見を開いた。 こちらには犯人を支持するプラカードも見える】。 「胎児を殺してはならない」と主張する人たち(強姦被害による中絶すら認めないことがあるらしい)が、「望まない出産」後の女性や子供の面倒を見ることがあるのだろうか。 「命を大切に」と一つ覚えに主張する人々の、とてつもない欺瞞を感じる。

2004-10-08  10年前

震災の記事を見ていたら、いろいろ思い出した。

読んでくださってる皆さんにとって意味があるかどうかわからないけど…。

どうして、こういうものを書きつけたくなるんだろう。




震災直後の、山田和尚氏の体験*1 震災直後の、山田和尚氏の体験*1を含むブックマーク

ペシャンコに潰れた家の下から、うめき声が聞こえる。 近寄ってみると、その声から2mほど離れたところから、小学校低学年くらいらしい女の子の元気な声。 「大丈夫かぁ!」と呼びかけると、

「こっちはだいじょうぶや、そやからそっちを早く助けてやって」

瀕死のうめき声は母親らしいが、「助からない」と判断し、女の子の救出に全力を傾ける。 しかし彼女はいぶかる。

「なんでこっちやの。 こっちは元気やからそっち(お母さん)が先や。 苦しんでるやんか」

「だいじょうぶや。 お母さんは別の人がやっとる。 そやからおっちゃんがこっちの係や」


血まみれになりながら何時間も頑張ったが、素手ではどうしようもない。

――つぶれた家の後ろから白い煙。・・・・助からない。

 二、三分ほど沈黙していたでしょうか、意を決して、私は壁の向こうの彼女にこういいました。

「何かわかるか」

 急に静かになった私に、彼女は何か異変が起こった気配を感じ取っていたのでしょう、しばらく黙りこんだ後、今までと変わらぬ弾んだ調子でこう答えました。

「煙やろ」

 この明るい声に、私は今まで味わったことのないほどの強烈な衝撃を受けました。*2


もう駄目なのはお互いわかっているが、彼女に「よーし、頑張るな、もう一回!」と声をかけ、再度瓦礫と格闘する。 もちろんどうしようもない。

間もなく「ボッ」という音とともに家の裏手から炎が上がり、火はみるみる大きくなってゆく。

たまらなくなり、なぜか彼女に向けて「元気出せー、元気出せーっ!」と叫び続けた。

目の前で炎に巻かれ、彼女は亡くなった。




震災当時聞いたエピソード*3 震災当時聞いたエピソード*3を含むブックマーク

全壊家屋に閉じ込められた男性に気付いた近所の人たちが、懸命に彼を助け出そうとしたが、間もなく火が回ってきた。 そのとき、中の男性がつぶやいた。

 「もう逃げてくれ。 ・・・・ありがとう」


【付記: この話を聞いたとき、耐えられずにずいぶん泣いた。】



*1:『いのちの力をつかまえろ』ISBN:4763192906 p.25〜 「死が目前に迫った少女との会話」より、要約と抜粋

*2:同上書、p.28-9

*3:ネットで検索してみたんですが、ひょっとするとこちらのかたでしょうか。

2004-10-07

スタイル スタイルを含むブックマーク

意識の自己管理のスタイルについて、ほんの少しヒントを得たような気がするが、

まだここには書けない。



敵を含むブックマーク

 あなたを褒める者が一人いれば、十人の敵がいると思いなさい。 あなたに敵がいなければ、あなたを褒める者は一人もいない。 (筒井康隆『天狗の落し文』ISBN:4101171467、p.104)



阪神大震災 阪神大震災を含むブックマーク

  • 『阪神・淡路大震災10周年記念事業』 (音が出るので注意)
    • 被災前後のことを、まだ鮮明に覚えている。 10年たっていることに驚く。
    • しかし、なにゆえ MSN が。 企画自体はもちろん嬉しいしありがたい。






矛盾? 矛盾?を含むブックマーク

「死にたいのも生きてほしいのもエゴ」という文章をネット上で見つける。

僕自身は「死にたい」とか言ってるくせに、他の人が愛する人をうしなって泣いてるのを見ると悲しくてならない。



2004-10-02  呼吸

公共安楽死施設、「自逝センター」 公共安楽死施設、「自逝センター」を含むブックマーク

自殺自由法

自殺自由法

本を、とりわけフィクションを読めないはずの僕が、こんなに分厚い本を3日で読んでしまった。 2日目は1日で200ページ以上。 これは僕の人生でたぶん初めてのことだ。

それでわかった。 フィクションもノンフィクションも理論書も、みんな「生きなければならない」前提で書かれている。 僕はその脅迫的(threatening)な無言の圧力を拒絶していたのではないか。 登場人物がみな「安楽な死」を目指し、世界がそれを許容していることで、いくらでも読み進められた。

存在を≪生≫で埋めようとする強迫的(obsessive)な至上命題に倦み果て、息ができない ―― 僕の意識はいつもそんなふうに構成され、そのことが間違いなく僕の生きづらさの一端を成している。 「息のできない意識」―― これは僕の意識状態をかなり正確に描く言葉だと思う。

作品の文芸的価値がどうであるかはわからないし、「自逝センター」という設定をリアルに考えれば問題は大有りだと思うが、考えるヒントをくれただけでも大収穫。




大リーグ最多安打記録達成 大リーグ最多安打記録達成を含むブックマーク

野球は好きじゃないけどイチローは好き。




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