多元所属による、「排除ジレンマ」の解消?

一つの包摂は、必ず新しい排除を生んでいるはずです。 このジレンマについて、上記樋口論文では、「経済・社会・文化・政治」という「包摂の複層的メカニズム」が考察されており、さらに「多元的な包摂を考慮する必要が生まれつつある」とされています。
これは僕は、地域通貨に関わっていたときに考えていたことでした。 国民通貨の経済しかなければ、そこから脱落したらそれで終わりだが、地域通貨が、それも複数の(かつ様々な仕組みの)地域通貨があって、一人の個人がそのいくつもに参加していれば、「どこにも参加できない」というリスクはかなり回避できるのではないか、とか…。
まだよく分かりませんが、ものすごく重要なポイントという気がします。