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[語句説明]

2008-05-22 協働サイト 『論点ひきこもり』 終了にあたって

ごあいさつ ごあいさつを含むブックマーク

これまでご閲覧いただいてきました、協働サイト『論点ひきこもり』は、終了いたします。 5月16日以来、サイトが閲覧できなくなっているのですが、以前から決定していた契約期限の都合で、ドメイン自体が2008年5月31日に消滅いたします。

本来は、サイトが閲覧可能な状態で、サイトそのものにご挨拶文を掲載する予定だったのですが、私の作業ミスにより、サイトの管理画面にすらアクセスできなくなっています*1。 申し訳ありません。

今回のサイト終了については、突然の気まぐれではありません。 準備段階となる問題提起は、2007年10月初旬から始まっています。


以下は、協働サイトのTOPページに掲載が決定していた、サイト全体としてのごあいさつ文です。


サイト終了のごあいさつ


 協働サイト『論点ひきこもり』は、ある討論サークルの人間関係を母体に、2005年10月に発足いたしました。その運営や取り組み方について、スタッフ間で協議を続けて参りましたが、このたび、協力関係を解消する運びとなりました。


 当サイトは、2008年5月31日をもって閉鎖いたします。

 これまでご閲覧をいただき、ありがとうございました。


  代表・スタッフ一同


    • ※当サイトに掲載されているコンテンツは、こちらのサイトにて、今後も閲覧が可能です。インタビュー対象者の皆さんからは、クリエイティブ・コモンズのライセンス(「原典表示−非営利−改変禁止」)に基づき、利用許諾をいただきました(快くご了承いただき、ありがとうございました)。






これまでのいきさつと、今後について これまでのいきさつと、今後についてを含むブックマーク

今回の閉鎖決定は、単なる惰性や、一時的な気の迷いといったものではありません。上にも記しましたが、サイトをめぐる私からの問題提起は、2007年10月初旬に開始しており、それ以後、たいへんな時間とエネルギーをつぎ込んできました。

協働サイトの終了にあたって、私はスタッフそれぞれの文章がサイトに掲載されることを望んでいました。以下の文章は、そのために私が起草したのですが、共同管理者である井出草平(id:iDES)氏により、掲載を拒否されたものです。文案は4月中旬から提示し、修正希望があれば応じる旨を伝えたのですが、私の文章には「事実誤認」があり、しかし何がどう誤認であるかは示せないとのこと。また、全体のあいさつ文以外には掲載を認めないとのことでした。

井出草平という大学院生に対してのみ膨大な研究協力を行なったいきさつについては、井出氏のご希望により、お話しすることができません*2。 そこには、人間関係のあり方についての本質的な検討材料があり、「ひきこもり」そのものについても、重要な素材を提供するはずです*3。――サイトを運営していくにあたって、スタッフ間の関係事情について《検討=論点化》ができないことが、私の取り組む臨床論への強い抑圧となり、サイト解体への直接の引き金となっています(これについては、臨床論の要である《論点化》と、社会学ディシプリンの関係として、以前に論じたことがあります)。 逆にいうとサイトを通じて、私は《論点化》*4こそが、本当に決定的なことだと改めて思うようになりました。

協働サイト『論点ひきこもり』は閉鎖しますが、「論点としてのひきこもり」という考え方については、私はこれからも取り組んでゆく所存です。むしろ、その点でごまかせないと観念したからこそ、サイト解散を決めたのだとも言えるでしょう。サイト活動にご期待を下さった皆様には、ご理解とご寛恕をいただけますよう、切にお願い申し上げます。



【以下は、協働サイト終了にあたって起草した文章です。】



 《順応》を主題化すること    代表・上山和樹


 ひきこもり経験者を含む数名のメンバーで出発した当サイトは、事後的に考えてみれば、共有された指針が存在しなかったというべきなのだと思います。実質的な運営者としては、私と井出草平氏(大阪大学大学院・博士後期課程・社会学)の二人だけが残ったのですが、私からの長期にわたる問題提起のあと、協力関係の解消を要求しました。

 当サイトの経験から学ぶべきことはたくさんあり、今後も反芻を続けます(それこそが私にとって、タイトル『論点ひきこもり』の本義です)。事情のすべてを公に語ることはできませんが、現時点で可能な範囲で、メモを記しておこうと思います。


 まず、私自身の反省点について、箇条書きにしてみます。


  • (1) 「とにかく一緒にやってみる」という、前向きな気持ちに頼りすぎた。無理に関係を維持することを自己目的化し、分析や違和感を表明するより、表面的な友好関係を優先させた。周囲のナルシシズムに譲歩することを、みずからの社会性と勘違いした。他者を直接的に肯定しようとするだけの、虚偽の寛大さに陥った。
  • (2) 生物学的アプローチを主流とする精神医学や、イデオロギー優先の運動体言説との葛藤は、目の前でくり返される。お互いの関係ロジックを論点化しようとする振る舞いが、アカデミズムの権威主義や、差別的な当事者主義と対立することを、自覚しきれていなかった。
  • (3) 自分たちの関係事情の分析は、ナルシシズムに抵触し、強力な心理的防衛に出会う。自己矛盾は放置され、本人の思い込む「誠実さ」がそのまま防衛になる。 そうした事情に気付けないまま、「とにかく良心的に分析すればよい」という楽観主義でいた。ていねいな分析(論点化)は、むしろ関係を壊乱してしまう。


 ――協働サイト『論点ひきこもり』を通じて、私は在野とアカデミシャンの協力関係を模索するとともに、ひきこもり臨床にとって最も大切だと思う試行錯誤を実演したのでもありました。硬直した上下関係をいきなり導入するのではなく、自分たちの関係のあり方自体を検証し、そこで「社会参加」について自己言及的に問い直してみること。

 実際には、それはできませんでした。社会参加に難を感じるスタッフの間では、「関係を考え直すこと」よりは、「順応そのもの」が目指され、不安が強まれば強まるほど、自分の事情を考え直すことができません。指針がうまくつかめない間は、社会的な逸脱を経験した人ほど、強迫的な規範順応に傾きがちです。


 井出草平氏は、ひきこもりや摂食障害に苦しむ方について、強迫的な規範順応の問題を論じるのですが(cf.『ひきこもりの社会学』)、ご自分自身の規範順応については、論じることを拒否された。つまり、研究対象とご自分とが階層(レイヤー)として分けられ、「論じている自分自身」については、順応事情が検討されないわけです(このことは、他の多くのアカデミシャンや支援者にも見られます)。

 そこから具体的には、次のような問題が生じました。 (1)アカデミズムへの順応において、在野的・現場的な分析(論点化)を見下す。 (2)精神医学に関して主張される「学問的な正しさ」が、支配的なディシプリンへの順応でしかない(参照)。――これでは、サイトをめぐるお互いの関係事情を検証できないし、ディシプリン自体が紛糾する精神医学や、それとの関係にあるひきこもり支援について、原理的に考え直すこともできません。一方的に制度順応を押し付けられるだけです。


 ひきこもりにおいては、社会や人間関係への《順応》それ自体が主題となっています。時代や周囲の考え方は、「何が順応であるのか」の方向付けを決定し、臨床の事情を左右するのですから、《順応》それ自体を問い直す必要があります。すでにある制度順応が実演され、推奨されるだけでは、社会参加の事情そのものを検討することができません。

 強迫的に順応だけを目指すことと、「何が順応なのか」を問い直しながら試行錯誤することは、違う努力であるはずです。――サイト運営を通じて私が直面した問題は、ひきこもり支援の難しさであるとともに、「ひきこもりの専門家」に期待するものの難しさでもあるのだと思います。


 協働サイトは閉じますが、私はこれからも、「論点としてのひきこもり」に取り組みつつ、試行錯誤を続けます。今後とも、よろしくお願い申し上げます。


 上山和樹




*1:ドメイン管理会社にも問い合わせ、おおよその原因は分かっているのですが、スタッフ相互のトラブルもあって、可能な対応策が講じられておりません。申し訳ありません。

*2:井出氏に出会ったのは、彼がひきこもり研究を始めた2005年初頭に、個人的に受けたインタビューが最初です。2007年に出版された井出氏の著書『ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)』では、取材対象者「鈴木さん」が私です。

*3:サイトをめぐる考察のほとんどは、そうした関係性の考察に費やされました。 それは、《当事者的論点化=制度分析》の実演そのものです。

*4:当ブログでは、自分の置かれた場所における当事者性の分析とか、「制度分析」として論じてきたことです。 ここでは、「弱者性としての当事者性」とは別の当事者性が問題になっています。

2008-05-18

「中年無業者の実情」(玄田有史) 「中年無業者の実情」(玄田有史)を含むブックマーク

内閣府政策統括官「H17青少年の就労に関する研究調査」というページの、「付論 中年無業者の実情」より。


 2002年時点では、中年無業者は89万人に達し、35〜49歳全体の人口の3.7%を占める。89万人を男女別に見ると、女性が42万人に対し、男性が47万人と男性の比率がやや高い。さらに89万人をより細かい年齢階層別に見ると、35〜39歳で32.6万人(対人口比3.9%)、40〜44歳で26.7万人(3.4%)、45〜49歳で30.0万人(3.7%)となっている。 (略)

 1990年代から2000年代初頭に、中年無業者が急増していた事実が確認出来る。1992年に中年無業者は53.3万人であり、人口比も1.9%にとどまっていた。それが1997年になると62.0万人、人口比2.3%に上昇し、さらに5年後には89.3万人に増加し、人口比も3.7%と10年前に比べてほぼ倍増している。

 15歳以上35歳未満の213万人と35歳以上50歳未満の89万人を加えると、50歳未満全体の無業者は、2002年に300万人を超える時代に到達していた。バブル経済崩壊の影響が深刻化する以前の1992年には、50歳未満の無業者は180万人弱であり、「失われた10年」のあいだに約120万人の増加を記録していたことになる。

 非希望型の無業者数は、若年の場合はほとんど変化がなかったのに対し、中年では97年の23.6万人から28.4万人に増えている。

 求職型とニート全体(非求職型と非希望型の総和)を比べれば、中年ではニートの方が多い。中年層では92年から一貫して、ニート全体の人口が求職型数を上回り、数の上では「中年失業」よりも「中年ニート」のほうがより大きな問題となっている。

 35〜49歳全体で57.6%と、約6割が若年時代を含めてまったく就業経験を持っていない。 若いときから就職経験のないまま中年の無業者となった人たちが少なからぬ割合で存在する。

 家族が病に倒れて介護や看護のために働けなくなっている独り身の中年層も少なくない。




「若年無業の経済学的再検討」(玄田有史) 「若年無業の経済学的再検討」(玄田有史)を含むブックマーク

日本労働研究雑誌 2007年10月号(特集:採用の変化)」掲載の投稿論文より。

 若年無業が豊かさのなかの選択から貧困の再生産へと移行しつつある


2008-05-17

再帰性に対する、もっとも有益な処方箋は、社会から排除される。 再帰性に対する、もっとも有益な処方箋は、社会から排除される。を含むブックマーク

謙虚になるというのは、固定的な差別対象になることではなく、ていねいに考える「プロセス」なのだ。しかしそれをやると、周囲の人たちのアリバイのナルシシズムに抵触し、プロセス自体が起動し始めないように徹底的に押さえ込まれる。謙虚さは、メタ意識の傲慢さに排除される。

実体が抑圧されるのではなく、分析労働のプロセスが抑圧される。

労働過程の抑圧にこそ、問題がある。


再帰性は、ひきこもりの直接のメカニズムになる。分析労働の遂行と関係性の組み替え*1は、その直接の処方箋だが、それは既存社会の「社会化」ロジックに抵触する。 物象化とメタ的アリバイで存在承認(社会性)を得るのがこの社会の住人なのだから、分析を生きてしまえば、そのプロセスは攻撃性と見え、生産物は排除される。

ひきこもりを改善する処方箋は、それに取り組んだ人間を社会から排除する。ここで問われるのは、単なる順応ではなく、政治的な格闘だ。「格闘としての社会参加」が言い得るのか否か。



*1:ここで考えているのは、「精神分析」に対比される「制度分析(analyse institutionnelle)」であり、「制度を使った方法論」(トスケル、フェルナン・ウリ、ジャン・ウリ、ガタリ)。→cf.「制度を使った精神療法(psychothérapie institutionnelle)」

2008-05-16

[] お詫び 19:23  お詫びを含むブックマーク

現在、私どもの協働サイト『論点ひきこもり』が、閲覧できなくなっております。

私の作業ミスによるトラブルであり、復旧にはしばらく時間がかかることが予想されます。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

どうかご寛恕いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。


サイト代表・上山和樹




トラックバックの受信・表示の停止について トラックバックの受信・表示の停止についてを含むブックマーク

さきほど、当ブログへのトラックバックについて、受信と表示を停止しました。

仕事や個人的事情の状況から、TBに関連するトラブル等に対処できないと判断したためです*1。 私自身は、しばらく以前より、TBを送信することはなくなっておりました。

今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます。



*1:最後にいただいたTBは2008年4月10日付けのブログからで、すでに1ヶ月以上が経過しており、時期的にも好都合と考えました。

2008-05-06

「場所を変えること」と、「場所を替わること」 「場所を変えること」と、「場所を替わること」を含むブックマーク

鈴木謙介インタビュー」(SYNODOS)より:

 他者との関係がそこで安全に切れてくれるのならいいのだけど、そういかない場合がある。普通の人だと思ってメールアドレスを教えたら相手がストーカー化したとか。こういう場合であれば、法的権力が介入して、○メートル以内に近づくなとか言えるわけですが、ではその「切れない相手」が、テロリストであった場合はどうか。相手との関係を切断するために権力的介入を行うとは、武力行使から、日常生活の監視の増大まで、様々なオプションがありえるわけですが、それでいいのか。

 ややこしいのは、その「切れない相手」というのは、コミュニケーションとは別に、物理的な環境において「切れない相手」であるということですね。個人の関係で言えば、学校とか仕事の関係上、つきあいが切れないのかもしれないし、世界の問題で言えば、私たちが同じ市場、同じ環境を共有しているということがある。そうした人々がグローバルに繋がることが可能になると、一方が普通に暮らしていることが、他方の人間にとってはあからさまな「暴力」として受け取られてしまいかねないということが起きるわけです。それでも私たちは、その「切れない相手」と共存しなければならないのか。こうした問題について、考えていく必要を感じています。


ここで言われていることの含蓄は、ひきこもり支援に深く内在的です。

いま思いつくものをいくつか。


    • 単なる制度順応*1をしている人が、制度順応そのものによって生じる暴力に気付かない。 その人にとっては順応することが良心だから、「その順応こそが暴力なんだ」と抗議しても、意味が伝わらない。 → 制度に巻き込まれている限り、順応者の暴力から逃げられない。
    • ひきこもっている家の中で、家族は本人との関係を切れない。 切ろうとしても、本人が暴れたり、自暴自棄になったり。 無理に追い出しても、死ぬかもしれない。 家族としては、いま自分のいる場所(家族)を、変えるしかない*2
    • ひきこもり支援者としての斎藤環は、「何人かの仲間ができるまで」を、精神科医としてのご自分のミッションとされている。 しかし社会参加の困難さは、まさに身近な中間集団にこそある。 ようやく参加できた人間関係で、「関わりたくないのに、切れない相手」に巻き込まれてしまったら? 何かの強制力を使うか、とにかくその場を辞めるしかなくなるが、どこへいっても耐え難いと感じたら?(最悪の場合、この世から辞去するしかない。)
    • 仕事上の人間関係には、生活が懸かっているので、簡単に辞めるわけにはいかない。 にもかかわらず、そこが耐え難い場所だったら。――いま自分のいる場所で、そこを変える努力をする*3。 それは、政治力や交渉力の問題になる。 どうしても今の場所を変えられなかったら、場所を替わるしかない*4。(そしてやっぱり、行く先々でダメだったら?*5
    • わかりやすい制度や理念による人間関係は、いわば「(エヌ)」のまとまりにあたる。 そこで機能する関係のロジックは、参加者に順応を強いてくる。 そのロジックを対象化して分析するのが、「-1(マイナスいち)」(参照)。 置かれた環境の中で、「-1」のできる人が増えるほど、その場の風通しが良くなる。 単にルーズになるのではなくて、むしろ適切な勤勉さがはたらき始める。 慢性的で硬直した “勤勉さ” は、勤勉さの言い訳作りではあっても、本当の勤勉さとはいえない。 「何が勤勉であるのか」は、リアルタイムにどんどん変わっている。


「n-1」すなわち「制度分析」*6は、与えられた順応様式を対象化し、検証することにおいて、いわゆる「再帰性」と深く関係する。 両者のちがいについては、場所を問題にする自己検証が《制度分析》であり、自意識的な自己検証が《再帰性》――というふうに、ひとまず私は理解している。

あるいは、「場所の権力」の問題としての制度分析、「承認関係」の問題としての再帰性。 再帰性の担い手は、環境世界からの二重の自由*7に投げ出されている。



*1:この場合の《制度》は、「民族」「性差」「ディシプリン」等であり得る。

*2:人間関係としての家族というより、場所としての家族。直接「関係」に介入するというより、「場所」の変化を考える。こうした着眼は、斎藤環の一部の議論にすでに見られる。

*3:「場所を変える」という課題には、「自分自身を変える」という課題も含まれる。 しかしそれはまかり間違うと、ロボトミーや洗脳にも近づく。 自分は(パチンコ玉のような個物としての自我ではなく)場所の一要素でしかないが、しかしその場所が順応主義に支配されていたら? 私はただ順応するべきなのか?

*4:これはそのまま、「制度を使った方法論」の問題構成であり、三脇康生、多賀茂、松嶋健らとの議論を直接参照している(後日公表できる予定)。 ▼場所や状況を改善しようとする努力においては、他者への強制力がつねに問題になる(参照)。 私にとっての改善は、他者にとっての改悪かもしれない。

*5:ひきこもりでは、「どこへ行っても自分はうまくできない」という想定が肥大している。それは、「順応しなければならない」という意識の肥大でもある。 ▼どこへ行っても「切れない相手」がいる。 あるいは、どこへ行っても「切りたい相手」と思われてしまう。

*6:「n-1」を「制度分析」とする理解は、三脇康生のご教示による。 80年代以降のドゥルーズ/ガタリ論においては、この理解がすっぽり抜け落ちているとのこと。 私は、この制度分析の要因がなければ、今頃になってドゥルーズ/ガタリに興味を持つことなどなかった。

*7:「労働条件から切り離されてある自由」と、「自分という労働力商品を売りさばく自由」で、マルクスが描き出した。

2008-05-03  「n−1」の当事者論 このエントリーを含むブックマーク


3・29ネグリ・イヴェントについての見解*1 すが秀実+花咲政之輔

 上野千鶴子(東大文学部教授)は、「一九六八年年というのは私たちにとって、特別な年であった。その四〇年後である、この二〇〇八年に、在日と女が教授としてここに立っているのは、当時からしたら考えられないことであり、皮肉ですよね」と言った。上野の発言からは、当日のその官僚的空間に対する皮肉は聞き取れないのだから、このことこそまさに「皮肉」である。

 昨今の上野は『おひとりさまの老後』の著者として著名だが、その本は、すでに斉藤美奈子や金井美恵子も批判しているように、女性ロウアークラスに対する配慮を欠いた、「勝ち組」女性のイデオロギーを敷衍したものに過ぎない。 (略)

 その本と同様に、上野のイヴェントでの発言は、「六八年」が提起したフェミニズムや在日の運動の今日的帰趨が「勝利」であることをことほいでいるわけだが(そういう側面があることは否定しない)、しかし、その「勝利」が、その場において官僚的空間へと変質していることに、まったく無自覚なのである。ネグリも不断に参照するドゥルーズ/ガタリは、マイノリティー問題を論じて、その多数多様性が「1」に回帰することを警戒し、常に「n−1」でなければならないと言った。その日、安田講堂の演壇に立っている二人は、まさに「1」に回帰してしまった「マイノリティー」ではないのか。


ここでは、「在日」「女」といった、カテゴリー属性だけで与えられる当事者性(差別的に囲われた弱者カテゴリー)が、「1」として問題になっている。

「ひきこもりの経験当事者」というレッテルがあり、当事者役割を通じた取り組みを続けてきた私は、上野千鶴子や姜尚中に連なるのが当然と見られるのかもしれない。 しかし私は、「n−1」の主張にかぎり、この声明文を支持する*2。 私がひきこもりのコミュニティや人間関係から排除されがちなのは、まさにこの「−1」をやってしまうからなのだ*3


「n−1」は、これだけ見ていても何のことやらわからない。

そこで、同じ趣旨で使われた文例を引用し、参照してみる。



「N−1について」(「三脇康生のフィールドワーク」第8回、2007.11.19)

 自分と他者が単に融合しているだけだ。 あるいはいい気になってN個の人格があるぐらいまで患者もスタッフもナルシシスムを拡大させるのが落ちだろう。 臨床心理学を学ぶ大学院生には、このマイナス1の方法を発明することを一緒に考えてもらっている。 もちろん孤立していたのでは何にもならない。 Nを恐れてはならないだろう。

 N−1とは、Nの融合の盛り上がりの中で、「ひける力」である。 しかし浅田彰が80年代に言った様に「冷めながら乗る」というようなことでは全くない。 そうではなくマイナス1は分析の力のことを指しているのである。 分析といっても精神分析を受けたらマイナス1できる訳ではない。 一応はうまく行っている状況を何が支えているのか、あるいは一応はうまくいっていない状況の何が疎外因子になっているのか。 それを分析して、その分析すら作品や治療に入れ込んでしまうことをガタリは働いていた病院で学び、哲学者のドゥルーズに伝えたのだ。

 N−1を理解しなかった日本では、マイナス1の繊細さを見失い引くときはドンビキして終わっている。 それが空気を読めることを強いて来る訳だ。 こういう暴力的な社会で生きるためにはオタクな喜びでも持つしかなく、そのネタはアカデミックな立場からは表象文化と呼ばれるものになろう。

 我々はNを求めて生きている。 それは確かだ。 しかし常にN−1をその中に入れ込むことこそが忘れられてはならない。 それが大変だから今流の「表象」に逃げるのではなく、NとN−1の間で往復運動するエネルギーを我々は獲得しなおす必要がある。 この往復を泥沼の再帰性と呼んで恐怖する論者もいるが、80年代の日本に紹介されたドゥルーズ=ガタリは、フランスの精神病院の一つであるラボルド・クリニックで「普通に」使われていた姿勢を紹介していたことを思えば、少しは状況を違ったふうに見ることが出来るかもしれない*4


「女」「在日」「ひきこもり」といった弱者カテゴリーや、正しいように見える事業プログラムへの順応において、人の集まりが「1」として成り立つ。 その「1」の全体性が勝利を祝おうとするときに、ディテールへの分析を口にしてしまうこと。 それはたいてい、「これでいいのかよ?」という話になってしまう。

順応主義によって捏造された正当性が、私たちの意識や労働を支配しようとするときに、「何が起こっていたのか」を分析してしまうこと。 それをわざわざ「抗議」と呼ぶ必要はないかもしれない。 分析は、それ自体として抗議となってしまうからだ(「-1」)。 逆に言えば、分析がなければ、その運動は抗議のかたちをした「1」かもしれない。 反体制は、それ自体として全体性や官僚主義を形作る。

    • 「マルチチュード」「プレカリアート」など、属性を通じた連帯を標榜する運動は、「1」を形作る。 それには一定の必要があるとして、問題はそこに「-1」が許される場所があるかどうか。 「1」の積極性や全体性に酔うだけでは、抗議の行動自体が、「批判なき順応」を強いてしまう。 ▼必要なのはむしろ、リアルタイムの「-1」を機能させる営みが広がることだ*5。 目の前にある「硬直した制度」は、それに順応する人たちから形成されている。


「お前は、順応しているのか?」という問いが、私たちを間断なく苦しめている*6。 人のつながりや人間集団においては、つねにその場への《順応》=《1への合一》が問題となる。 「n−1」は、「1への合一」において順応のナルシシズムにひたる私たちに、自己検証の継続を呼びかけ、その検証のプロセスそのものにおける参加を呼びかけている。

    • その意味で「n−1」は、フロイトの「終わりなき分析」に対比できる。 フロイトでは個人内面が焦点だが、ドゥルーズ/ガタリでは、集団の中にいる個人の、場所としての自己分析*7が問われている。


弱者性やマイノリティ性にもとづく当事者運動は、差別や全体主義との戦いであるはず。 ところが、ある属性が「○○当事者」としてカテゴリー化され、存在肯定の根拠となり、特権的な優遇や連帯が叫ばれたときに、それはいつの間にか*8差別的な全体主義や、官僚主義になっている。 何らかの “当事者性” はそのとき、他者を全体主義に巻き込む口実になる。 「お前は、○○らしく生きているか?」 「トウジシャに反論するのか!」*9



問題となっているのは、「批判されない正義」の暴力性だ。

「トウジシャを擁護しているから、これは無条件に正しいのだ」という言い方は、語り手を言及対象との具体関係から切り離し、語る行為をメタな安全圏に確保する。 そこでは、語りの正義を確保するために差別が温存され、正義は当事者カテゴリーに依存している(「n」への固着*10)。 支援事業は、苦痛のディテールよりも大文字の正義に酔い、実際に遂行された支援は、往々にして問題の細部を裏切る。 大文字のイデオロギーが怠慢を許し、一人ひとりの苦しみが抑圧される。


「n−1」は、何か大げさな反逆や正義というよりは、実際に起こったことの描写を通じた言及対象への介入であり、それを通じてお互いの関係を組みかえる作業にあたる(固定的な差別は認めない)。 《語る行為》は、メタに正当性を確保するのではなく、具体的な関係の中に埋め込まれている。 それゆえみずからも失態を犯し、「実際のところ何があったのか」が明らかになるのは、すべてを終えたあとになる(事後性)。 差別的な正義論や事業プランで正当性を確保する者は、自分のアリバイを死守するばかりで、みずからの経験を(自分自身を含みこんで)素材化し、検証することをしない。 「批判されない正義」が、事後的な検証を抹殺し、みずからの関与の当事者性を否認する。

《順応》を要求され、誰かへの負荷をかけながら生きるかぎり、私たちのナルシシズムには、自己検証の余地が残っている*11。 その余地をこそ当事者性と呼ぶならば、「n−1」は、ドゥルーズ/ガタリの当事者論だ。


    • 【追記】: すが秀美氏らは「立て看板+拡声器」というスタイルで活動されたそうだが、それでは駄目なんじゃないか・・・と思いつつ、「ではどうすればいいのか」と言われると、よくわからない。また、姜尚中氏の言動を単に非難するのも、構図として分かり易すぎる。 ここで目指されるべきなのは、「アリバイの確保においてみずからの暴力性を否認すること」ではなくて、「いかに正当に強制力を行使するか」だと思うから。 PC(Political Correctness)を確保すれば問題のディテールを無視していいとか、ましてや「暴力ではないあり方ができる」というのは、欺瞞にすぎない。 考えなければならないのは、「どうやって暴力になるか」だ。 ▼私はこのエントリーで「n-1」の必要性を主張したが、自分たちのいる場所を反省に付してしまうこの分析は、関係者のナルシシズムに激しく抵触し、強烈な防衛に出会う。 「これをすることに意味があるよね」と朴訥に主張すればうまく行くとか、そういう話ではない。 「n-1」を主張すれば、まずもって自分自身が暴力的に排除される。 そこから始めなければいけない話だ。


*1:本エントリーにおいて、強調はすべて引用者です。

*2:とはいえ、私はネグリ本人に興味がなく、来日中止のいきさつにもあまり興味を持てない。説得的だったのは、事務手続きと「権威ある欧米人」を問題にした「いしけりあそび」さんの説明だった。▼以下で検討する「n-1」の趣旨は、いわゆる “左翼的” 運動を批判する内容になっている。

*3:これまでの私は、いまだあまりにも《カテゴリー=存在》形の当事者性に流され、無批判に加担しすぎていた。これからは、いわば動詞形の当事者論が必要になる。私は、大きく舵を切る必要を感じている。

*4:【上山註】: 最後の1文のみやや理解しにくかったので、引用にあたって文意を変えない範囲で改変した。元の文では、「せっかく80年代の日本に紹介されたフランス現代思想の代表であるドゥルーズ=ガタリはフランスの精神病院の・・・」となっている。

*5:それこそが、「stand alone complex」(単独で頑張ってる人たちが、間接的に複雑なコラボを成す)ではないだろうか。

*6:順応を問われる本人であるという意味においては、当事者性を免除される個人はいない。

*7:「制度を使った精神療法」における「制度分析」は、こうした分析のことだ。いわゆる「心理学化」においては個人心理が分析されるが、制度分析では、「関係=場所としての自己」が分析される。その際、単に他罰的に振る舞うことはできない。「自分自身を含みこんだ場所の分析」においては、自分にも何がしかの関与が生じている。▼ここでの「制度分析」は、「精神分析」への対比として理解するべき。

*8:というより、胚胎されていたロジックそのものにおいて最初から

*9:「n-1」は、いわば当事者による “人間宣言” だ。

*10:ここで「n」は、「全体性=1」と化したマイノリティ集団。

*11:「制度に保証されるアリバイとは別のところで、自分は実際には何をしたのか」

2008-05-01

自殺念慮の周辺 自殺念慮の周辺を含むブックマーク


自分の罪悪感と、自分に思考を強いるものとの関係を考えなければならない。


どうして自分は社会に順応できないんだろう*1。 自分のせいで、家族はひどい目に遭っている。 とはいえ、順応するべきなんだろうか。

    • 「順応できるならするべきだった」というが、順応できない
    • 「順応するべきではない」というなら、しようと思えばできるのか?

順応できなさの中に、「順応するべきではない」が含まれている。 思考を強いる反復が、制度を目の敵にしつつ。 思考を強いるものに対して「我慢すればいい」というのは、むしろ倫理的ではない。 というか、生きる詮が無い。 これはワガママの問題ではなくて、むしろ去勢の問題系、謙虚さのきわみだ。


ひきこもる人は、「社会に参加していない」と言っても、すでに関係に書き込まれている。 再帰性の話は、「自分で意識するより前に生きてしまっているもの」*2を忘れてはならない。


私は、制度を使うと同時に、自分の異常さを使ってしか仕事ができない。



【追記】 自己矛盾と、制度分析

    • 多くの者にとって、「正常さ」とは「自己矛盾を放置できる」ということ。 集団が自己矛盾に支配されているときには、矛盾を指摘した者が激怒をもって排除され、異常者の扱いを受ける。
    • 単なる制度順応ではなく、単なる制度反発でもなく、いつの間にか従っている制度そのものを分析しながら参加を続けること。 単に内にいるのでも、単に外にいるのでもなく*3
    • 人間関係に入るとは、ウソやごまかしの暴力に付き合ってあげること。相手が矛盾していても、黙認してあげること。――そんな関係を拒絶し、矛盾を指摘できる関係を。おかしいと思うことを指摘できないなら、その集団や個人には関わるべきではない。――しかし、行く先々でそうだったら?
    • 「自己矛盾していてもかまわない」とは言えない。 矛盾は、それに気付かざるを得ない人間への暴力となっている。
    • 「話せば分かる」というのは大嘘。 相手が防衛とごまかしに走っているときには、話せば話すほど溝は深まる。 こういう状況を直接対話で何とかしようとするのは、それ自体がロマン主義。 対話ではなく、正当な強制力こそ必要になる*4。 それは、政治的-臨床的な要請だ。



*1:こういう問いをすることは、構造的排除や差別などの社会要因を無視することではない。自分が身近に体験している制度への順応ができない、そのアレルギー反応をどう活かせるか。酵母のような拒絶反応。

*2:それを「制度」と呼ぶ

*3:「単なる制度反発」は、それ自体がまた閉鎖的な内部を形作る。

*4:つまり、「制度を考え直す作業を、制度的に整備する」という矛盾を、真剣に考えなければならない。

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