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[語句説明]

2013-04-25 語用メモ:「医療環境」 このエントリーを含むブックマーク

海原亮(うみはら・りょう)近世医療の社会史―知識・技術・情報

 江戸時代、人びとは病をどのように認識し、克服したのか。医師・患者双方の史料を活用し、地域社会における医療の具体的な様相と、それをつくり出した社会構造の基盤を解明。さらに、全国諸藩の事例を踏まえ、医療の制度化・組織化の動向と、医師身分のあり方を考察。医療をとりまく環境を探り、身分制社会下での病・医療の特質を明らかにする。 参照


藤本大士「医療の正統性と幕府・学統・市場」 :

 江戸時代の医療の社会史を研究する上で、基礎的な文献である海原氏の論考を読みました。

  • 海原亮 「近世都市の「医療」環境と広小路空間」(『江戸の広場』、131-152頁)
  • 海原亮 「江戸時代の医学教育」(『日本医学教育史』、1-33頁)


鈴木晃仁氏、藤本大士氏、@shoemaker_levy氏のツイートより:


ここに出現している《医療環境》という言葉は、

この書籍での《医療環境》とは、やや趣旨がちがっている。


では、どう違うのか? それをご理解いただくだけで、

すでに《環境》は少し変わっている。


読む私たち自身が《環境》であるという視点がとても大事。

これは、今回引用させて頂いたような議論を、

無視して良いことにはならない。

2013-04-17 ひきこもったことで、耐えられないこと。 このエントリーを含むブックマーク

http://bit.ly/1736hgO

親孝行できない。

自分がいなければ、家族はもっと幸せだった。

ひきこもる行為には、「弱者ゆえの虐待」という面がある。


規範意識は、事態を悪化させる。

→《制度設計+技法論》

2013-04-03 内在性ゆえの、当事化の必要 このエントリーを含むブックマーク

    • 当事「者」という名詞形の問題が大きすぎるので、以下では当事と、動詞形にします。その意味するところは、少しずつ考えてゆきます。


思想研究では、研究者じしんの《当事化》を義務づけるべき

「当事者=弱者」じゃなくて、そういう要因も含んだ上で、

自分たちの状況を確認したり、言説そのものの前提を確認したりするのでなければ、思想言説じしんが、状況の再生産に加担してしまう。


 メタで高尚な話をする一方で、「自分の話」を始めた瞬間、ベタな自分語りしかできない

こういう幼稚な状況を、何とかしたい。*1


どういう立場であれ、議論は内在的でしかあり得ない。

言葉は身体から離れては存在しない。



内在性を免除される分析なんかない。

内在性という思想用語がありますが*2、これは単に居直れば良いのではなくて、

 その内在が問題にならざるを得ない

ということではないんですか。


「当事者発言」とか、「当事者研究」という言葉があるけれども、そもそも内在性を免除される言説なんかない。研究者や支援者、あるいは公務員だって、《当事者研究》してもらわなければ困る。


内在的であるとは、当事者性を免除されない、ということ。

それを考え直す作業に、当事化という言葉を使っておきたい。

 「当事者」と名詞化して、その名詞形ポジションに居直ること

まで問題化して、もういちど制作過程に巻き込む。


「ひきこもりに取り組まなければ」とか言ったところで、それは自分たちの制作過程を内在的に検証したことにはならない。加担責任が完全に棚に上がっている。内在性を免除されるポジションなんかあり得ないんだから、その内在性をともに検証するという意味で、協働的に《当事化》したい。

自分のあれこれを言葉にしてみたら、あるいは誰かとその作業を共有してみたら、あんがい思っていたのと違うかもしれない。また当事化は、それを組み換えることにもつながる。


 知的言説でプライドを維持するが*3、生活者としては、

 ひどい知見を反復する順応主義者でしかない

こういうことなら、もうその言説には参照価値がない。

(いくら参照しても、現状を変えられない)



正当化のスタイルが、環境悪化に加担している

現状の知的言説は、欺瞞的なアリバイ作りにしかなっていない。

もし各人の《当事化》作業が論文になるなら、状況は変わるはず。*4


ご自分の状況を、言葉にしてほしい。

思想や理論は、そのために参照できればいい。



*1:メタ言説と自分語りが乖離する状況では、たとえ明示的に出てこなくても、名詞形の「当事者」概念が機能している。

*2:ドゥルーズやグァタリが有名

*3:論文は、「どういう形でアリバイが作れるか」を、パフォーマティヴに示す。(そのアリバイ作りの設計図は、環境悪化の一因かもしれない)

*4:たとえば、ある言語に棲んで概念操作する以上、その概念や操作の指針には、当事者性が生じてしまう。そう考えると、たとえばデリダ的な脱構築も、一種の《当事化》に見えてくる。あれは、自分と無関係な解体をやれば良いのではないはず。

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