「孤立無業」についてのメモ

論文を引用しながら、概念の位置づけや数字などを確認しておく。*1

孤立無業者Solitary Non-Employed Persons: SNEP(スネップ)とは

 「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業のうち、
 ふだんずっと一人か一緒にいる人が家族以外いない人々

 60歳未満 未婚 無業者 の推定人口を2011年時点で求めると、255.9万人となる。うち先の定義に基づき孤立無業者の推定人口を計算すると、その数は162.3万人に達している。

      • 逆にいうと、未婚で無業でも「孤立はしていない」というかたが、結構いらっしゃる(93.6万人)。

 厚生労働省労働力調査を用いて2011年時点のニート人口を60万人とする*2。さらに2011年時点のフリーター数について同省は176万人と試算する。

      • 《孤立無業》は、表現として「ひきこもり」よりも感情的負荷がちいさく、概念の切り取り方も違うので、使いではあるように感じた。わざわざ「スネップ(SNEP)」と言うことには、意義を感じないが…。
      • 2004年に提唱された用語《ニート》は、規範をともなって人をカテゴリー化する名詞として、圧倒的に侮蔑語のように機能したが(わざわざ自称するときも価値観的な負荷が大きい)、《孤立無業者(スネップ)》にも、同種の危惧はもち得る。▼本ブログでは、名詞的カテゴリー化を差別や官僚制の指標と考えている(参照)。




「一人型」孤立無業の中身

  • 家族と一緒にいる時間を有す「家族型」孤立無業者は2011年時点で128.0万人と、スネップ(SNEP)の8割弱を占める。
  • 家族と一緒にいる時間もなく、2日間にわたり一人でいた「一人型」孤立無業者も同年で34.3万人にのぼる。

その数は、従来指摘されたひきこもり人口の約24万人を上回る。*3



孤立無業で「一人型」というと、(a)自分の貯蓄を食いつぶす一人暮らしか、(b)費用を家族に頼る一人暮らし――のどちらかに思えるが、玄田有史氏の論考には、次のような記述がある:

 実のところ、一人型孤立無業者にも親やその他の家族と生活している人は少なからず存在する。〔…〕 一人型孤立無業者は49.8%とほぼ2人に1人が単身世帯で生活しており、その割合は他の無業類型に比べても著しく高い。ただ同時に親と同居している世帯に属する一人型無業も26.8%存在している。きょうだいと同居を含めたその他の世帯も23.3%にのぼる。家族や他者と同居しながらも、それでもふだん会話するなどの交流が誰ともいないという家庭内ですら孤立している状況にある人々も、一人型無業の中には少なくないのである。

      • 細かく言うと、(1)お金の流れ、(2)素材レベルでの生活運営、(3)言葉の交流――この3つを分ける必要がある。
      • 玄田氏の議論では、(1)と(2)を親に頼っていても(3)がなければ「一人型」とされている。逆に、自分名義の貯蓄で一人暮らしをしていても、友好的交流が家族との間にあれば「家族型」になる。*4
      • (1)と(2)が自分で出来るのであれば、(3)はなくても良いはず*5。 あるいは逆にいうと、(3)があっても(1)(2)の問題提起は回避され、暴力的に抑圧されたケースがよく見られる。




社会保障との関係は明らかになっていない

 本稿では、データの制約上確認こそできなかったものの、スネップのなかにはすでに生活保護の給付を受けている人々も少なくないかもしれない。〔…〕 生活保護の受給者は、福祉事務所の担当者や自立支援専門員と月に何度か定期的には会うことになっているものの、それ以外の日常は本人もしくは家族のみで孤立した生活を送っていることも多いかもしれない。今後は生活保護と孤立無業の関係の詳細な考察が必要である。

      • 身体・知的・精神の三障碍に当てはまるようであれば(参照)、社会保障のテーマに自動的に捕捉され、問題構成が違ってくる。
      • 既存の知識人言説は、名詞形で付与される《当事者》枠組みでしか考えないため、役割理論的にあいまいな問題構成をうまく扱えない。「孤立無業」「ひきこもり」は、まさにそういう難しさ。




数の推移――自殺や異状死との対比

 社会生活基本調査が行われた1996年、2001年、2006年についても、〔…〕 孤立無業者の推定人口を求めた。

 これらをみると、金融不況が起こる直前の1996年では、60歳未満未婚無業者は全体でも132.4万人程度にすぎなかった。うち孤立無業者は74.6万と全体の約56%を占めていた。
 その後、金融危機の懸念やアジア通貨危機など不況が深刻化し、さらに不良債権処理の加速化や希望退職の増加なども反映し、2001年に年平均完全失業率が初めて5%台に突入する。
 その2001年に60歳未満未婚無業者も171.2万人まで増えていく。その間スネップも増えたが、それ以上に当時増加が著しかったのは孤立無業者だった 。1996年から2001年にかけて孤立無業者は28万人増え、スネップが60歳未満未婚無業全体に占める割合も半分弱まで縮減した。21世紀初頭の不況期には、友人や知人との交流を持つ人々であっても就業機会を維持することが困難だったことを物語っている。

 2001年から2006年にかけて、孤立無業者は減った一方で、孤立無業者が85.4万人から111.8万人に急増した。

 さらに衝撃的なのが、2006年から2011年にかけての孤立無業者の急増である。期間中にリーマン・ショック東日本大震災など、労働市場にも大きな影響をもたらした未曾有の出来事が生じ、孤立無業者と孤立無業者はともに増大した。ただ孤立無業者は84.2万人から93.6万人の10万人弱の増加にとどまったのに対し、孤立無業者は111.8万人から162.3万人と、実に50万人以上の増加を見せたのである。



SNEP と名づけられた孤立無業者の数は、
2000年をすぎて以後に急激に増加している。

  • 1996年 74.6万人
  • 2001年 85.4万人
  • 2006年 111.8万人
  • 2011年 162.3万人

ところが、孤立無業と深い関係にあると思われる異状死(病死・犯罪・自殺をふくむ)は、90年代終盤に急激に増えたあと*6、なぜか頭打ちになっている(参照)。

  • 1973年 約5.1万体
  • 1997年 約9万体
  • 2003年 約15万体
  • 2005年 14万8475体
  • 2008年 16万1838体

異状死のうちの自殺統計だけを見ても、
《98年に急増し、以後は高止まりの横ばい》状態(参照)。


つまり、

    • 自殺や異状死は、90年代終盤に急激に増えたが、それ以後は(高い水準のまま)あまり変わらない。
    • 自殺や異状死の急増から数年遅れて、孤立無業が数十万人も増えた。



ここから、次のような仮説は成り立つだろうか。

  • 《2000年頃から「ひきこもり」への認知と定着が進み、かつてなら死ぬしかなかったケースの一部が家族に頼るようになり、自殺や異状死のこれ以上の増加を防いでいる(そのぶんが孤立無業とカウントされた)。つまり孤立無業は、コミュニティが失われて以後の「溜め」*7の機能も果たしている。》


【提案】: 作業過程を蘇生しよう

  • 環境が劣悪なまま、孤立無業だけを問題視してしまうと、自殺や異状死を増やすのでは。
  • 孤立無業はむしろ《溜め》として残し、意識や集団の《作業過程をどうするか》に照準を絞ったほうがよい。作業が息を吹き返せば、それは孤立無業の解消を意味する。「目標とする状態像」ばかりを先に立てるのは、本末転倒というか、むしろ事態を悪化させる。
  • 「仲良くなろう」をスローガンにしても、仲良くなれるものではない。新陳代謝の試行錯誤のようなことに、技法と予算が要る。
  • たとえば「犯罪の撲滅」は、その理想論を掲げるだけでは、成果に結びつかない。同様に「孤立無業はまずい」だけでは、どうにもならない。キレイなだけの政策論は、またしても私のしごと館や、利用されない相談窓口のようになるだろう。*8




*1:引用部分の強調・改行・段落分けや表記の工夫等は、すべてブログ主による。

*2:【ブログ主による注】:ニート」の定義については、こちら(Wikipedia)などを参照。大まかには、《収入も所属もなく、それらを求める努力もしていない15〜34歳》。 求職の努力をしているなら、単に「失業者」となる。

*3:今回の論考は、「連続2日間の交流状況」に注目した調査法に基づく。→玄田有史氏の説明から引用:《「ふだん」の交流として、社会生活基本調査の内容にしたがい、ランダムに指定された連続2日間の状況に着目する。調査の2日間は調査区ごとに指定され、回答者が選ぶことはできない。ひきこもりのように他者との接触が長期にわたって失われている人々は、ランダムに選ばれた連続2日の状況によって計った孤立無業者に含まれる。》《社会生活基本調査と比較可能なものとして〔…〕英国の調査は2日にわたって行われ、一日は月曜から金曜の平日、もう一日は土曜もしくは日曜について回答が求められる。〔…〕連続した2日をたずねているのは、日本の社会生活基本調査のみである。》《むしろランダムに選ばれた連続2日間の状況をみることで60歳未満-未婚-無業者の就業に向けた活動を含めた生活行動の違いを説明できることを発見した点にこそ、本研究の特徴がある。》

*4:数は少ないだろうが、「若い間の稼ぎや遺産相続などで貯蓄があり、自由気ままに生きる孤立者(ただし家族とは仲がいい)」は、家族型スネップになる。

*5:家族との関係にかぎらず、「誰かとの交流がなければいけない」というのは、過剰な介入(自由権の侵害)に思える参照

*6:東京都区部における単身および複数世帯別の異状死の調査を行った。〔…〕世帯・性別死亡数は,各群で死亡数は年々増加していたが,男性単身群は平成9〜11年(1997年〜1999年)にかけて急激な増加があった。》世帯分類別の異状死基本統計

*7:湯浅誠氏は、「外界からの衝撃を吸収し、次のステップに向けたエネルギー源にもなる働き」を《溜め》と呼び、それには「金銭、人間関係、精神面の三つがある」という参照

*8:cf.《ニートに、国、自治体、NPO などが運営する支援施設/講座などを利用したことがあるかを尋ねたところ、98.7%が「ない」と答えた》(アイブリッジ株式会社の調査