「遠い夏のゴッホ」


新歌舞伎座は「シラノ」に続いて二度目です。
前回は、写真を撮れなかったので、今回は載っけて見ました。


遠い夏のゴッホ
 作/演出 西田シャトナー

††キャスト††
松山ケンイチ ゴッホ(ユウダチゼミ)
美波 ベアトリーチェ(ユウダチゼミ)
筒井道隆 アムンゼン(ユウダチゼミ)
吉沢悠 ホセ(カレハミミズ)
石川禅 イルクーツク(ゴイシクワガタ)
田口トモロヲ ブックハウス(ネムリガエル)
安蘭けい エレオノーラ(ヤマアリ)

手塚とおる ゼノン(ヤマアリ)
竹下宏太郎 バンクォー(ヤマアリ)
福田転球 スタスキー(ユウダチゼミ)
細貝圭 セルバンテス(サーベルカマキリ)
彩乃かなみ ブリギッタ(ユウダチゼミ)
小松利昌 ジンパチ(ダンガンバチ)
保村大和 ラングレン(シマシマグモ)

鷲尾昇 アンドレイ(ツノカブトムシ)
和田琢磨 スチュアート(ユウダチゼミ)
照井裕隆 トカゲ、アリ他
遠山大輔 トカゲ、アリ他
遠山裕介 トカゲ、アリ他
山名孝幸 トカゲ、アリ他


STORY

とある森、地上でたくさんのセミが羽化して歌う頃―。
羽化前のユウダチゼミのゴッホ松山ケンイチ)は、せっかちすぎる少年。
そんな彼の理解者は同じ年に卵から生まれた、芯の強い少女、ベアトリーチェ(美波)である。
せっかちで、決まりを守ることも苦手なゴッホのために、
ベアトリーチェは必ず羽化すればゴッホと恋人同士になることを約束してくれていた。
だがゴッホは大きな勘違いをしていた。なんと、ベアトリーチェよりも生まれが一年早かったのだ!
ゴッホの体は、ひとり先に羽化してしまった。
成虫になったゴッホは「セミは地上に出れば、絶対にその年に死ぬ」ということを知る。
このままでは、二度とベアトリーチェに会えなくなってしまう!
「お願いです!セミが冬を越す方法を教えてください!」
体力温存のため、本能に逆らって歌うことも飛ぶこともせずに、
あらゆる森の生物に無茶苦茶なことを聞いてまわるゴッホ
様々な虫たちとの交流を経て、ついにゴッホは、冬が来ないという「四角い森」の存在を知る。
自分と同じように、夏を過ぎても生きているセミの仲間、アムンゼン筒井道隆)とともに、四角い森を目指すゴッホ
しかしそこに、女王エレオノーラ(安蘭けい)率いるアリの大群が、ゴッホたちを冬の食糧にしようと迫っていた―。
はたしてゴッホベアトリーチェと再会することが出来るのか?

松山ケンイチさんの初舞台。
松山さんが舞台をされるなら絶対観たい!とかねてから思っていました。
今回、大阪公演もあり、下手サブセンター2列目で拝見してきました。


チケットを取るときにびっくりしたのは、「セミの話?」ということ。
セミだけでなく、いろんな昆虫が出てくるけど、どうやって演じるんだろう??
あらすじを読むと、一年早く羽化したゴッホが恋人になろうと約束したベアトリーチェのために、一年生き抜こうとするらしい…。
そんな話、あり得るのか???

そんな思いを抱きつつ、出演者さんのブログを拝見すると、役者さん達の個性がぶつかり合って面白いものができあがっていますとかあって、とにかく楽しみでした。


冒頭、全員が舞台に登場し、何かが通り過ぎる足音や風の音を表現するシーンがあります。
ラスト近くにもあるんですが、このシーン好きでした。
見えない何かが見える気がして、風の通り道が見える気がして。
まさに「見立て」。

そこから、アリたちの世界がまず描かれるのですが。
ボーダーシャツを着た、みんなが「アリ」。
松山さんもそこに混じっていて「アリもやりまーす!」とニコニコと宣言。
観ていると、ものすごく楽しそうです。
それは、松山さんだけでなく、舞台上の皆さんは、ものすごく楽しそうなんです。

その後、セミの幼虫「ゴッホ」になった松山さん。
ベアトリーチェの所へ行って、「夏になったよ〜」とワクワクしているのも、とっても楽しそう。
ゴッホも楽しいんでしょうが、松山さんご自身も、ものすごく楽しんでいらっしゃる感じです。

そうそう、幼虫の間は、「幼虫訛り」がある、とかで、松山さんも美波さんも、訛っているんですが、それがまた自然で楽しそうに見えたのかもしれません。
そして、ワクワクしながらちょっと地上の様子を見に行こう!とするときの漫画チックなゴッホの動きが楽しかったです。

しかし、一幕が終わって、「松山さんの舞台」を見に来たつもりの私の期待はちょっと裏切られた感じでした。
確かに、楽しくて、切ないところもあって、でも、「松山さん」を観ているのとは違う。

二幕を観ているうちに、わかってきました。
このお芝居は、誰かの演技を観るとかではなく、役者さんが作る世界を観るものなんだなあと。
お芝居自体が生き物で、役者さん達は、その細胞であり血液であり、その生き物の一部。
舞台自体が、一つの命だと感じました。
いくつもの命が、大きな命を作っている。

そして、その中で、それぞれの命には役割が与えられている。
これが、人間世界だったら、その役割は違うように見えて大きくは変わらない。
でも、昆虫世界だからこそ、命の長さ、在り方が異なり、それらの命が関わり合うことで違いが際立つ。

一夏しか生きられないセミやカブトムシ。
数年生きるクワガタムシ
クワガタムシがクモに「あんた、冬を越すクモなのかい?」と声をかけるところは切なかったです。
その時、既にクモは眠りについていたから。
生き延びたいセミやカブトムシ、取り残されるクワガタムシ

単体生殖のため、親とまったく同じ遺伝子を持つミミズ。
ミミズは親の記憶を受け継ぐことがある…という研究論文が発表され、確認されたそうです。

虫たちより、長く生き、人間に飼われていた記憶の残るカエル。

何のために生まれたのかと問うカマキリ。
子どもを守るクモ。
ハタラキアリに守られて、微笑みながら凍えていく女王アリ。


それぞれが、それぞれの運命に従って生きている中で、必死に抗おうとするゴッホ
でも、だからといって、ゴッホは自分のためだけに生きるわけではなくて。
だからこそ、他の生き物がゴッホのために何かをしてやりたく思うようになる。

「木の上から見えたもんだからよ」
「雌には腕一本で、我慢して貰った」

このシーンは、その前のゴッホの行動と合わせて泣けました。


「食われることで、ワシの一部となって生き続ける」
という言葉は、一つの世界としての命として捉えると真実です。
しかし、個の命として考えると、それは、やはり「死」でしかなく。

ゴッホは、「個の生」を求めます。
一方で、アリのように自らの生でなく、「アリという集団の命」を重んじる虫たちもいる。
いろんな命が描かれていて、答えはなくて。

ただ、ゴッホの強い願いと、ベアトリーチェの信じる心が感動的なラストを呼びます。
他のセミたちの羽化と違い、ベアトリーチェの羽化の美しかったこと…。
そして、ゴッホに関わった命が、ゴッホを助ける想いのあたたかかったこと…。

最後は、ただ、涙でした。
あり得ない物語を、嘘にしなかったのは、脚本の力か、役者さんの力か。
どちらか一方でなく、舞台を包むすべてが、その世界を本当にしたのだと思えるお芝居でした。

どの役者さんも、素敵でした。
どの役も素敵でした。
いい舞台を観ることができました。