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無意識日記々

2017-12-15-Fri

[]2017年12月14日のツイート

2017-12-14-Thu

『あなた以外』『どこにもない』

『あなた』のアレンジでいちばん秀逸だな、と思ったのはやはりエンディングだ。壮大かつやや悲壮なストリングスと華やかなブラスセクションに左右から挟まれて『あなたいがいかえるばしょは天上天下どこにもない』と力強くヒカルが歌う。この曲でいちばん言いたかったことをラストに持ってきたかなと思わせながら、『どこにもなぁぁい』『どこにもなぁぁぁい』と繰り返す。しかしその最後の最後、一頻りアドリブでスキャットをかました後、憂いを追伸として置くように弾かれるジャズピアノをバックにリズムの符割りを変えて呟くように『…どこにもなぃ…』と歌う。この引き際のお洒落感が生む余韻は絶品で、この一瞬のせいで映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」の後味の旨味が一段上がるのだ。エンディングのスタッフロールの時の映画館の空気を読み切った見事なアレンジである。

ここで注目したいのは、歌詞の解釈である。『どこにもない』には当然『あなた以外』がかかっている。これがあるとないとでは大違い。なければかえる場所が本当にない事になってしまう。『あなた以外』のお陰で「私にはあなたというかえる場所がある」とポジティブなメッセージを伝えられるのだ。られるのだ…

…ここに"隙(すき)"があるように思えてならない。最初に繰り返す『どこにもなぁい』のパートでは我々聴き手の頭にしっかり『あなた以外』の一言が刻まれているからメッセージをポジティブに受け取れる。しかし、そこからある程度の時間をとってアドリブを入れた挙げ句のピアノを従えた『…どこにもなぃ…』の呟きに辿り着く頃には、我々の頭の中で『あなた以外』の残像が霞み始めていて、半分くらい『あなた以外』がないような感触で『どこにもない』の一言を受け取る。サウンドの余韻とも相俟ってまるで「私にはかえる場所がどこにもない」と悲しい事を言われたのかもしれない、という感覚がそこに残る。ここの匙加減こそまさに絶妙。ニュアンスとしては、「私にはあなたというかえる場所がある」という肯定的なフィーリングから「もしあなたが居なくなったら私にはかえる場所がなくなってしまう」という否定的なフィーリングに移るか移らないかの落としどころ。いやはや、もう一度言うしかない。まさに絶妙。

この、歌詞のマジックともレトリックともいえる仕掛けに対してのサウンドプロダクションな。ストリングスの悲壮とブラスの華麗がピアノのしっとり感に収束していく様子と歌詞のニュアンスの変遷が軌を一にしている。果たして英語圏の演奏陣はこの総力戦的エンディングの意図をどこまで汲み取れているかはわからないが、三度び「見事・絶妙」と言うしかないわ。

林檎と誘致誘部

そうか、『Passion』の発売から今日で12年か。干支一回りした訳だ。

ヒカルが本格的にiTunes Storeでの配信販売を始めたのが2005年だった。それ以前から使えはしたが、『Be My Last』が年間2位になるなど目立った攻勢はそこらへんからだ。干支が一回りして今度はダウンロードからストリーミングへ。サブスクさんの登場である。

で。昨日の話には続きがあって。まずAppleダウンロード終了を否定したと。こういうのは毎度判断に困るから難しい。わざとリークさせて皆の反応を伺い「…やっぱ、ナシかな。」と判断して徐に否定する、なんて事やってるかもわからないし。ま、最初の記事もただの推測だしこちらは経緯を見守るとして。

YouTubeが有料音楽配信を始めるらしい。こちらも2005年からだったっけ。干支一回りしていよいよ黒船感のある事業に乗り出してきた、のかな。

もともと、「ある日突然YouTube有料化されたら」という妄想は常につきまとっていた。皆の生活に浸透しきってから(妥当なお値段で)有料化されたらいちもにもなく加入するしかなくなるのではないか、と。勿論「無料だから」という理由のみで使っていた人は他の無料サービスに行くだろうが、YouTubeの規模…再生回数「億超え」がひとつの基準になるというワンピース懸賞金みたいな桁の世界の話、ユーザーの1%でも残ってくれたらそれだけでも一大勢力となるわな。

サブスク参加を表明したばかりのヒカルもまたYouTube音楽配信に参画する事になるだろう。しかしどうせなら、有料サービスを利用して今置いてあるミュージック・ビデオの高画質化&高音質化を実現して欲しい。音源はどうせ買う、しかしUH5が出ないのであればせめて配信ハイクォリティーなビデオをを楽しませてはくれまいか。今のビデオ配信販売でも画質&音質ともに満足のいくものでもない(といってもそれは比較の話でしかないのだが)のでここで見られるようになったら大きなアドバンテージである。登録や支払の手間以上のメリットがあれば皆利用すると思うが如何か。

[]2017年12月13日のツイート

2017-12-13-Wed

さぶすくりぷしょんどうしよん?

先日、Appleダウンロード販売を終了してストリーミングに特化する、というニュースが流れた。レストランがビュッフェのみを出してアラカルトはお断りだなんて英断を通り過ぎて無謀な気がするが、不評も厭わずiphoneからイヤフォンジャックを消したAppleなら無謀にみえて深謀があるのかもわからない。

この度、ヒカルも各種サブスクリプションサービスへの参入を表明した。Spotifyのみ来年かららしいが、まぁそりゃやってみるかな、という感じ。時期をみていた、というのも本音だろう。まだ一度もサブスク関連を使ってみた事がない私が勝手な予想をしてみると、ヒカルはサブスクで「やたら強い」ミュージシャンになる気がしている。

「取り敢えず宇多田」というのは手軽に音楽を聴こうとする層の合い言葉のようなものだ。新古書店でのSCv1の驚異的な売上もそうだし、『Fantome』は今でもレンタルチャートの上位だ。ヒカルにはマニアが少ない代わりに薄く広いファンが居る。しかも、ルックスや話題性などの傍流的な興味関心ではなく、シンプルに「歌を聴いて楽しもう」という層が厚い。薄く広いのに厚いとは是如何にという感じだが、それもまた宇多田ヒカル摩訶不思議のひとつといったところか。

何しろ、ヒカルの歌は耳に入れば感動できる。他の理由で音を鳴らすミュージシャンたちと、音楽の力そのもので勝負したら敵う筈もない。定額制サービスは、いよいよ"宇多田の覇権"を強固にするだろう。


ただ、私個人はサブスク何の必要もないというか。特に宇多田関連だと全く不要というか。CDだろうが配信だろうが「購入一択」なので、定額聴き放題だから何だもうこちらは"所有"しているぞというしかない。

たとえAppleダウンロード販売を取り止めても他のダウンロード販売サイトで購入するだけだからね。普通に考えて、音楽へのアクセスでAppleを使う機会が激減する。moraやらレコチョクやら、ダウンロード購入できるサイトは幾つもある。Goodbye Apple、てなもんだ。

問題は、Appleのやり方が"世間の主流"になった場合だ。つまり、ダウンロード販売をどこもやらなくなった場合、ヒカルのシングル曲を聴く方法がサブスク以外なくなってしまう。それは非常に困るわね。普段は音楽はCDで買うんだけど宇多田は配信しかないから仕方なくダウンロードで買ってる、という人に有料定額払わせるのはハードルが高いぞ。多分、流石にそんな事ないとは思うが日本は昔から外圧に弱いからな…。


大体、各種サブスクの説明を読んでも肝心の「ローカル保存」の細かい仕様がわからない。Applem4pファイルのようにデバイスアプリが限定される形式なのかとか、気になる事は山ほどあるのにどこもストリーミングだのプレイリストだのというオンラインの話ばかり。パーソナルカスタマイズドになったからってそれは結局ラジオでしかない。ポッドキャストインターネットラジオに親しんできた身からすれば正直"退化"ですらある。まぁそっちは使っていくうちに変化するだろうからいいとして、オフラインで"財産"が築けないのであればサブスクほんと要らない。


っと、後半ただの愚痴になってしまったが、我々宇多田ヒカルファンは「暫くサブスクは無視しといてよし」というのが結論だ。もし梶さんが「新曲サブスク先行公開」とか言い出したらイヤだなぁと思うがやらんだろう流石に。ダウンロード購入ですら「本当はジャケットと歌詞カードがついて音質もいいCDシングルで手に入れたいんだけどな」と"妥協して"利用しているに過ぎないのがコアなファンなのだからこれ以上あっち行っちゃうとマズいんじゃないかな。

Utadaからの言葉」

宇多田ヒカルの言葉』に寄せられた寄稿文八編はいずれも個性に溢れた興味深いものだが、どうにもこのままでは言及が足りないと痛感しているので一言だけ付け加えておこう。それは『Utadaの分』である。

Utada名義で発売された2枚のオリジナルアルバムは極一部を除き歌詞は英語である。よって今回の(縦書きの)『宇多田ヒカルの言葉』には直接関係ない。それはそうだ。

しかし、『宇多田ヒカルの作詞の何たるか』を語る上で、特に、日本語詞の特性を語る上でUtadaの英語詞は外せない。それは"引き算"として機能する。

宇多田にもUtadaにも共通する作詞の特徴が何かあるとする。例えば小道具としてPHSBlackberryが登場するとか失恋別れの歌があるとか。そういった特徴は詞が日本語か英語かに影響されない。一方で英語詞でしかみられない特徴、例えば『The Workout』や『Dirty Desire』などの直接的な歌詞などのような特徴は、それが英語ならではだったり、日本語ではできないといった理由から生まれていたりという可能性が出てくる。

そう、Utadaの歌詞を検討する事によってヒカルが日本語詞で何をしているかのみならず、「何をしていないか」まで考察の対象とする事が出来る。この差はかなり大きい。禁忌とまではいかなくても禁じ手や忌み手、避け手などを通して宇多田ヒカルの日本語詞の個性をより一方進んで見極める事が出来る。その観点からみれば『宇多田ヒカルの言葉』にとって「Utadaからの言葉」は殊更意味をもつ。八つの寄稿文にはその視点がなかった。ヒカルの歌詞に対して分析的になるのは「気分じゃない」のかもわからないが、だからこそ今ここで指摘するのは大事なのです。

[]2017年12月12日のツイート

2017-12-12-Tue

『あなた』の摩訶不思議な力

驚異的だな、と思ったのは、こちらの、『あなた』という楽曲自体に対する印象や評価が、映画を観る前と観た後で「何も変わっていない」事だ。

映画のエンディングで流れるのを聴いて、すっかりこの曲の事を気に入った、というのであれば、非常に優れたエピソードではあるが、それ自体は理解可能だ。ところが私は、相変わらず「ラジオから流れてくるポップソングとしては中途半端なサビだな〜」と思っているし感じている。事前に映画のエンディングにフィットするかどうかも確信が持てなかった。果たして実際に観たら、どうだ、もし私が何も情報を知らなければ、「出来上がった映画を観た上で書いた歌だ」と言うだろう。いや、そう言うしかないだろう。実際は、ヒカルが言う通り、大まかな内容とコミックス数巻で『あなた』を書いている。一体どうやったのか、全くわからない。

だから私は今、「映画に合わせたからこんなメロディーになったのだ」と解釈できる立場にいる。だがその解釈は、無意味というかしっくりこないというか、兎に角気が向かない。映画は大いに楽しませて貰った。エンディングテーマも魔法のようにフィットしている。しかしそれでも『あなた』は宇多田ヒカルブランドのシングル曲としては弱い、と思っている。

と言っても、サビが中途半端だな、というだけで他のパートはいずれも素晴らしい。フックの強さという意味ではサビよりAメロなんじゃないのと思っているほど。後半の展開や終局部での引き際など心憎い程だ。フルコーラス全体に対する評価にはいつもの絶賛が似合う部分も多々あるのだ。

ヒカルのシングルで近い気分になった曲があったのを思い出した。『Wait & See〜リスク〜』である。この時も、「ヒカルのシングル曲としては今一歩かな」という感想をもった。が、その時は理由が明白だったのだ。楽曲制作には「polish」とでも呼ぶべき最終工程がある。原石のようなメロディーを隅々まで磨き上げてダイヤモンドの輝きにまで高める工程だ。『〜リスク〜』にはその工程が欠けていた。

楽曲を作っている人間はしばしば「このアイデアならあそこまで届くはずだ」という確信をもってpolishに取り掛かる。「あそこ」というのは完全に感覚の話で、磨き上げた挙げ句の完成品に対して「よしできた。"手が届いた"ぞ」という感触が生まれる。『〜リスク〜』の時は、単純にヒカルに時間が無かったのだろう。確認はしていないが、私はそれでほぼ間違いないと思っている。


『あなた』に関してはそういう「時間が足りなかった」とか「途中で〆切が来ちゃった」とかの"制作上の都合"は透けてこない。ちゃんと出来ている、完成された楽曲だ。だからこそ映画のエンディングにピタッとハマった。どこまで意識的かは兎も角、ヒカルの意図した通りの曲が出来たという事だ。


今私が受け取っている摩訶不思議な感覚が伝わるかは不安だが、曲の評価も印象も変わらないままその機能(今回の場合は映画のエンディングテーマ曲としての、だ)を絶賛する羽目になっているのが、まるでヒカルに掌の上で転がされているかのようだ。天才のやる事には何とも翻弄される事よの。

[]2017年12月11日のツイート

2017-12-11-Mon

唐突にジャルジャルのネタを絶賛する話

リアルタイムで観れなかったので書き逃してたが、今年のM1グランプリのネタを観た。いやぁ毎年面白いねこの番組。とろサーモン和牛も勿論面白かったが、やっぱり私がいちばん笑ったのはジャルジャルの「ピンポンパンポンピン」のネタだ。完成度という意味ではM1史上最高峰じゃないの。水も漏らさぬとんでもない構成力だったわ。結果は6位だっが、彼らは漫才の枠にとどまらずに独自の創造性を発揮していってくれればいい。実際、つまらない人には徹底的につまらないらしいし。

彼らのネタは非常に"音楽的"である。主題を提示し応用して展開させる。コードを変えテンポを変えリズムを変えて様々な変奏で彩った後に前半からの主題を再提示して帰結していくカタルシスの作り方は全く協奏曲交響曲のそれだ。今回は第4楽章のアレグロの爆発力か。いやはや、あれを実現する練習量も凄まじいし発想の独自性にそこから可能性を突き詰めて辿り着いた完成度の高さときたら。

彼らの今回のネタは普遍性という点でも図抜けている。実際、20年後30年後にこのネタを披露しても笑いがとれる。予め知っておくべき約束ごとが「ピンポーンは呼び鈴の音」程度の事しかないのだから老若男女問わず楽しめる。時代が変わってもそういった約束ごとのマイナーチェンジを施せば幾らでもエバーグリーンなネタだろう。落語でいえば「古典」を作ったといって差し支えない。あとは本当に時代を超えてこのネタを見せてくれるコンビが現れるかだが…めっちゃ練習いや訓練しないとひとつのミスで総てがグダグダになるタイプのネタなので、あれだな、パガニーニカプリースみたいな感じか。名曲だけど、さて演奏できる人は現れますのんか、というような。


こういう他分野の作品に触れるのは刺激になるねぇ。動画はYouTubeなどに落ちているから気になる人は4分ちょい、見てみればいい。万が一笑えなくても感心は出来るから。

「DESTINY 鎌倉ものがたり」も同じく「とてもよく出来た作品」だ。こちらは古典となるような強靱さには欠けるものの、レンタルビデオやテレビ放送なんかで気軽に触れたらかなりの好打率で「結構よかった」と言って貰える作品である。「丁寧に作り込んであるなぁ」と感心するような小ネタがそこかしこに潜んでいる。あんまり煽ってこれから観る人の期待値を上げすぎると「何だ、大した事ないじゃん」と言われる事請け合いなので、肩の力を抜いて楽しんできて欲しい。

こういう作品にヒカルが主題歌を提供する、というのも不思議な感じである。「Casshern」やら「エヴァンゲリオン」やら、制作者が命懸けで作っているような真剣勝負の作品にはヒカルのシリアスなトーンがマッチしていたが、こういう、「DESTINY 鎌倉ものがたり」のような「所詮はお話なんだし」という態度が透けて見える作風は正直合わないと思っていた。実写かアニメかにかかわらず。

しかしまぁ『あなた』のはまり具合はどうだ。見事なものだ。更に不思議なのは、ヒカルは別にその「所詮はお話なんだし」というアティテュードに全然乗っかっていない所だ。息子への愛を正直に誠実に歌った歌がこの茶番映画にすんなり溶け合うというのはなかなかに得難い事態だ。ヒカルは一体どこまで"見通して"たのか。本当に不思議だわ。

あなたの言葉とものがたり

全体を覆う茶番臭、か。漫画的というか戯画的というか、演じる方に「これは作り話ですよ」という態度が透けて見えるから…だから入り込めない、という人と、だから安心して楽しめる、という人が居る。前者の人はなかなか「DESTINY 鎌倉ものがたり」を楽しめないだろう。私は後者なのでよかった。

この映画には現実とリンクするような逼迫したメッセージとかは薄い。せいぜい、夫婦愛や家族愛を賛美してますね、という程度か。内容としてはもっとシンプルに、軽妙なやりとりや人情話、更にはファンタジックなVFXの技術なんかを楽しむのがいいだろう。なので、茶番臭というのは、全体的にコントっぽいと言うかコメディと人情話の…あぁ、今は亡きリセットリミットの芸風に近いかな。平くんの脚本はもっと複雑だけど。それはさておき。

ヒカルはそういうの好みじゃない気がする。漫画やアニメだったらいいのかもしれない。それでも、徹底的なエンターテイメント娯楽作品よりはエヴァンゲリオンのような、クリエイターの生の叫び声が聴こえてくる生々しい作風の方が好みなんじゃないかと思ってしまう。

宇多田ヒカルの言葉』のまえがきにもそのシリアスな態度が表れていたな。空気を読んだだけと言われてしまえばそれまでだが、装丁をはじめとしたこの本の佇まいに馴染む、冗談を差し挟まない真面目な文章だ。これは『点』の序文にも通じるものがある。漫画を読む時は違うのだろうが、文章のみだと徹底して硬派だな。自分の作風がよくわかっているというか、自分の支持者の傾向がよくわかっているというか。

そうそう。そういえば『宇多田ヒカルの言葉』の奥付に見逃せない一文があった。要約すると、ヒカルが一部歌詞を書き改めているそうな。恐らく、歌詞カードとして当時掲載されたものと実際に収録されたトラックに差異があるのだろう。早速出始めに『タイム・リミット』と『A.S.A.P.』をチェックしてみたが、書き足しはなかった。残念。まだそこしか見てないので、今後ゆっくり検証していこうかな。


…という具合に今週は「DESTINY 鎌倉ものがたり」と『あなた』と『宇多田ヒカルの言葉』の話があちこち絡み合いながら進んでいきそう。テーマ別に書き分けられるほど私器用じゃないので、その辺は勘弁してやってくださいな。

[]2017年12月10日のツイート