無意識日記々

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#裸婦抱く 笑いから歓びへ

昨日は一生のうちでいちばん笑った日かもしれない。

今年もM1グランプリ、充実していたねぇ。最終決戦に残った3組、霜降り明星・和牛・ジャルジャルは2本目も総て面白くハイレベルな戦いで、結果霜降り明星が優勝したのだがどれが優勝しても文句はなかった。審査員の好みに委ねるしかないよねあれは。これで和牛は3年連続2位だけど来年もまた和牛の本気の漫才が見れるんならずっと2位でもいいのかも。(とても残酷)


人から笑いをとるのは本当に難しい。どれだけいいネタを仕込んでいてもその場の空気、つまり人々の感情の流れ・推移に反応が左右されてしまうから。コンサートツアーで笑いをテーマにショートフィルムを上映するのは半ば無謀ともいえる英断だったと思う。

何しろ観に来ている殆どの人は笑いに来ていない。笑おうと思って会場に来た人と笑うつもりなく会場に来た人では相手として難易度が違い過ぎる。自分も一晩の反応しか知らないからツアー全体での評価はできないが、少なくとも自分が観た公演では狙った所でしっかり笑いがとれていた。流石だ。

笑いと歌はなかなか相容れない。自分も「8時だよ!全員集合!」を観ている時にセットチェンジの為にアイドルが歌い始めたらチャンネルを一旦変えたりしていた。一方で「ザ・ベストテン」は喜んで見ていた。昭和な話だが、笑いを楽しむときと歌を楽しむときとでは随分モードが異なっていたのだ。スイッチを切り替えるのには時間とか何かが要る。

『Laughter in the Dark Tour 2018』公演では、そういうスイッチを切り替える時間が一切なかった。又吉直樹によるショートフィルムの上映が終わるや否やすぐさま『誓い』のイントロダクションが流れ出してきたのだから。その吸引力というか求心力というか、宇多田ヒカルの“自分の世界に引き込む力”は凄まじかった。

元々歌を聴きにきている聴衆だからショートフィルムから5分もあれはスイッチも切り替わっていただろうが今回はインターバルゼロ秒という印象。余程自信があったとしか思えない。現代最高の日本語楽曲のひとつ『誓い』。そこにいだかれたパワーとエネルギーは瞬く間に会場を埋め尽くしていった。暗闇の中で、笑い声が歓びの声に次々と塗り替えられていったのだった。

#裸婦抱く は「ここからが本番」

まさに「ここからが本番」だった。前に書いた通りセンターサブステージに在るのはヒカルだけで、虚空の闇にヒカルの背中だけが煌々と燦めいている様は幻想的に過ぎていた。

私の席からだとヒカルの後ろ姿が右手側にあり、歌声と演奏の音が左手側即ち舞台上から流れてきていてそれは不思議な感覚だったが、浮世離れそのもののヒカルの背中を見るとその不思議さすら掌の上なのかという感覚が浮かび上がってくる。その身体の輪郭は神様じみていた。

後半1曲目は『誓い』だ。誰が聴いても難曲でしか有り得ないこのアルバム『初恋』のハイライト曲のひとつをヒカルは全く淀みなく朗々と歌い上げてゆく。テレビで同曲の歌唱を披露した時にはファン以外からも「こんな難しい曲を歌いこなすなんて」という驚愕の呟きがあったが、この横浜アリーナでの歌唱はそのテレビで聴かれた以上の出来映えだった。声に込められていた迫力はCDに収録されているスタジオ・バージョンをも上回っていた。

特に連発される『ない』の力強さは印象的だ。スタジオ・バージョンでも相当なものだったが、レコーディング・スタジオよりも遙かに広い空間で遠くの人々に届けるシチュエーションだからなのか発声に全く遠慮がない。これだけ力を込めて歌ってしまってはこの後のパフォーマンスがボロボロになってしまってもおかしくないのではと頭を掠めたが勿論そんな事態には陥らなかった。寧ろここから更に曲を経る毎に歌声の力強さは増していったのだ。

異次元とか宇宙人とか、突飛な形容が頭を駆け巡る。歌唱技術やステージでの歌手としての存在感も相当なものだが、何より兎に角“曲が強い”。『誓い』という楽曲の強度が、1万7千人を飲み込める会場の端々にまで空気の色を変えるかのように広がっていく。そのつもりもないのにまるで空間を支配してしまうような、そんな強さ。宇多田ヒカルの歌唱を媒介としてこの曲の持つ生命力がビリビリひしひしと伝わってきた。何度でも言う。異次元の楽曲だった。技術ではない。音楽の、歌の力をそのままダイレクトに表現した事による結果である。釘付けになるしかなかったわ。


…少し筆圧が強くなってしまった。しかし、何が恐ろしいって、このテンションが後半ずっと続いてしまうのだ。アホか。耐えられんわ。しかし耐えきったので私はこうやって今その時を振り返って書けている。もう1ヶ月が経っていてその時の興奮なんて微塵も残っていない筈なのに、思い返してしまうと、こうなる。心と身体に刻み込まれてしまった歌の痕。もう暫くその傷をなぞる旅にお付き合いくださいませませ。