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The Useless Journal of CHINA このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-10-19 祭りが始まったばかりですが

【「内定」うつならこのタイミングでしょ】

十九大が開幕したばかりですが、なんと常務委員人事予想について、早くも一つの結論に収束しはじめています。UJC的には内定扱いです。

  • 習近平
  • 李克強
  • 汪洋
  • 王滬寧
  • 趙楽際
  • 栗戦書
  • 韓正

この人事を予測した記事と日付を以下列記します。台湾、香港、その他と、それぞれ拠点が異なる複数メディアから出ていることに注目してください。個人的には、名簿が固まったとされる時期(後述)に明報が報じたことが、かなり信憑性が高いと思っています。

10/14 聯合報(台湾)「最高權力新搭配 7人制常委引進5新血

10/18 明報(香港)「破隔代指定 新常委料無60後接班人 新星胡春華陳敏爾出局 王滬寧趙樂際入常

10/18 博聞社(在外華字)「中共十九大常委名单揭秘(五)七人常委名单和十九大后走向

これらの報道が出た14日から18日というのは、十八期七中全会の閉幕日から十九大が開会した日に合致します。つまりこの時期に複数メディアから同じ内容の情報が出ることは、北戴河以降の叩き台人事が二転三転し、七中全会を経て最終的に固まった人事リストが漏れたもの、と解釈できるのです。


【今後のスケジュール】

18日に開幕した十九大ですが、本日から分科会という名前の根回し工作が行われ、最終日24日に党規約改正などの決議と中央委員・中央候補委員が選出されて終了。翌日25日の十九期一中全会で中央政治局常務委員と政治局委員が選出され、その日に指導部のお披露目となります。

20日から24日の分科会は、各議題の検討会といいつつも実際は差額選挙(候補者数と選出者数が異なり、落選する人が出る選挙)のための調整期間であり、25日の中央政治局委員と常務委員の選出は差額ではなく等額選挙ですので、ただの追認儀式です。つまりこのタイミングで名簿がひっくり返る波乱はありえません。

*10年前の十七大中央委員選挙では「習近平落選するんじゃね?」という情報が出たことがありますので、「陳敏爾落選するんじゃね?」くらいは噂として出るかもしれませんが。

もちろん、これら中央政治局常務委員選出の流れ(名簿リストの確定時期)は明文化されたものではありませんので、何かが起きる可能性はゼロではありませんし、何よりも前述の報道が全て「同じリーク先で間際のブラフに騙された」という可能性もないわけでないと申し添えておきます。そんときゃ反省文でも書くことにします。

ただ謎の陳敏爾推しを続けている我が国のマスメディアのみなさん、特に「陳敏爾が後継者に内定」なんて書いちゃった毎日新聞さんは、言い訳を考えておくか、いますぐ王滬寧のネタを色々探してきた方がいい情勢であることは指摘しておきます。

2017-10-18 祭りの始まり

十九大の開会に合わせ、各報道の人事予想が立て続けに。

【うん、まあそうなるよね】

日本経済新聞は習近平・李克強に加えて栗戦書・汪洋・韓正までを有力とし、趙楽際・胡春華・王滬寧・陳敏爾をさあどうなるか、と見立てている模様。

日本経済新聞

【"間際の明報"は信憑性が高い】

香港明報は独自ソースとして「胡春華と陳敏爾は常務委員昇格なし、趙楽際と王滬寧が昇格見込み」と報道。

明報

【これはひょっとして...】

なお前日17日には、博聞社が独自取材として明報と同じ「習近平、李克強、汪洋、王滬寧、趙楽際、韓正、栗戦書」という予測を報道。なお博聞社はさらに一歩踏み込んで「王岐山は常務委員から引退するも、国家副主席への就任と常務委員会へのオブザーバー参加が認められる」と予想している模様。

博聞社

2017-10-17 釜の中がゴトゴトと…

十九大を前日に控え、各社が色んな人事情報を報道。蓋を開けるまでわからない釜の中身について、いよいよ盛り上がってまいりました。

【MVPよりは「何だったのか大賞」有力候補】

毎日新聞は「陳敏爾が常務委員に昇格、3月の両会で国家副主席になって習近平の後継となることが内定」と報道。

(同記事より引用)

「副主席(党政治局常務委員)から国家主席(党総書記)に昇格させるトップ交代の手法を胡錦濤氏、習氏、陳氏と3代続け、中国の政治制度として定着させる狙いがあるとみられている。」

と、マジでどこもそんなん言うてないで…というレベルの見立てをしている模様。

毎日新聞

一応この記事が「ないわー」と思う所見を示します。

  • まず陳敏爾の常務委員昇格の可能性は取りざたされているものの、どの報道も「昇格=後継内定」とは限らないことは共通している。よって毎日新聞の報道はどこのメディア報道よりもさらに一歩踏み込んだ形になります。情報源である「中国筋」がかなり強力だということになりますが。。。
  • 「トップ交代の手法を胡錦濤氏、習氏、陳氏と3代続け、中国の政治制度として定着させる狙いがあるとみられている。」(同記事より引用)とありますが、それこそ「トップ交代の手法を政治制度として定着させる」なんて誰が志向しているのか明確でないのがミソ。「習近平はそんなん考えていない」というのが識者の共通見解だと思うのですが。
  • さらには「習氏は陳氏を後継ポストに据えることで、影響力を保持する道を選択したとみられる。」(同記事引用)とあるけど、68歳定年と総書記2期10年までという「不文律」に従いつつ、胡錦濤が十八大で完全引退した際に新たに不文律として加えたとされる「引退した幹部は一切身を引く」がさっそく反故にされるという自家撞着も指摘できてしまいます。

以上の点から、どっかの観測気球に乗っちゃったんじゃない?というのが現時点での所見です。

【台湾のこのノリは好き】

中央社によると、台湾政治大学国際関係センターでは十九大予測分析検討会なる集いが開かれ、学者先生たちが色んな方法で色んな予測を繰り広げた模様。

  • 《寇健文・政治大学国際関係センター主任》

有力:習近平・李克強・栗戦書・趙楽際・胡春華・汪洋

政治局委員昇格で注目:陳敏爾・李強・張慶偉

  • 《陳徳昇・同大研究員&王信実・経済学部助理教授》

統計学的なモデル分析をして、以下の常務委員人事を予測

習近平・李克強・汪洋・胡春華・栗戦書・韓正・陳敏爾

  • 《黄信豪・台湾師範大学公民教育活動領導学系教授》

習近平・李克強・栗戦書・汪洋・韓正の五人で後継者指名はなし。

  • 《洪耀南・台湾政治大学予測市場研究センター長による、AI市場価格予測アプリを使った結果》

習近平・李克強・汪洋・栗戦書・韓正:70元(ほぼ順当)

胡春華・陳敏爾・趙楽際・王岐山:40〜60元(チャンスあり)

王滬寧・張春賢・李源潮:40元(まず無い)

阿波羅網

2017-10-16 明鏡・何頻氏の分析(インタビュー)記事

【何頻センセイもお困りの模様】

最近政治ネタでつるんでる明鏡とRFIの、十九大についての何頻氏人事予想インタビュー。9/28放送ということで2週間以上前のものですが、前回十八大で開会前に常務委員7名、中央政治局員25名を全部的中させたUJC的MVPの何頻も、このタイミングでは何も確証がなかった模様。

(記事は9/28放送の内容について、明鏡編集者の劉欣女史がRFIの取材に答えるという形式)

劉欣:何頻さんが分析しているのは、かりに習近平が改革の継続を考えると、後継指名は遅らせた方が確実に理にかなっているということです。ですので後継者指名はしない、もしくは”形式上可能”というレベルに留まるかもしれません。何頻は本当の後継指名は次回二十大の政策決定次第で、ここが中国共産党政治の(集団指導体制からの)大きな転換点になると睨んでいます。

陳敏爾が貴州省の党書記になった時、明鏡はすぐに「すわ後継者の一人か?」と報道しました。貴州省への投資熱は高く、実績をあげるのが容易でした。そして貴州省の後に政治的な重要都市である重慶の党委書記になり、彼は衆目一致する注目株へと駆け上がったのです。しかし何頻さんは常務委員入りには懐疑的な態度を崩していません。彼の実績面では政治局入りは問題ないでしょうが、常務委員までには適さないからです。

また何頻さんが分析するところ、習近平は福建や浙江省の幹部クラスを抜擢していますが、彼らは地方事務レベルでは確かに優秀かもしれませんが、国家レベル、さらには国際レベルの視野で考えると習近平の補佐となるにはどうかという点があります。逆に中央は確かに人材が豊富ですが、こちらは習近平の影響は未だ強くありません。ですので一種の矛盾ですが、習近平はまず自分が信頼できる、少なくとも自分の言うことを聞く人材を抜擢してきましたが、超優秀な人材は見つけきれていない。これは大きな問題だと思います。

現在流布されているさまざまな人事予測をつぶさにみても、体制の変革というには限られているメンバーです。何頻さんはずっと習近平に対し独裁に進むのか、あるいは民主体制を指導していくかというシンプルな判断を保留しています。なぜなら非常に複雑で変化に富んだ問題だからです。ましてや、体制に対して従うことすらあるやもしれません。共産党の体制は根が深く、動かすのは容易ではありません。何頻さんは外部が習近平の実力を過大に評価していて、実際の政治とはギャップがあるのではないかと考えています。習近平は体制を変えたいと志向していますが、その志向が独裁であれあるいは民主であれ、巨大な危険が隠れていて、決して簡単な作業ではないのです。

明鏡新聞

2017-10-13

【結論としては、”釜の蓋開くまでわからんちん”】

ドイツの国際放送局「ドイチェ・ヴェレ」中文版が、専門家に十九大のポイントを訊く特集を開始。

1回目は歴史学者の章立凡。

《ポイント》

・常務委員の予測としては、習近平と李克強は留任、栗戦書は有力、韓正もまあ派閥横断的だからいけるだろう。心配なのは汪洋と胡春華。

・常務委員の定員を減らす可能性もある。7人のままならバランス人事になるだろうし、5人なら習近平は好ましからざる人物を排除できる。

・今までは総書記と総理の関係は比較的並列だった、総書記=政治、総理=経済と。江沢民と朱鎔基、胡錦濤と温家宝のように。しかし習近平と李克強は並列ではなく、上下関係のようになっている。

・そう考えると李克強の代わりに王岐山を入れる説、韓正説、汪洋の説、どれもあるけど確たる根拠はない。もちろん李克強の留任もあり得る。一つだけ言えることは、王岐山の最近の頻繁な活動は、引退間際に人のようには見えないということだけだ。

・共産党のこういったことは最後の一分でやっと決まる、という類のもの。党内部も会議で予測不可能なことが起きることを危惧してるんだよ。

(徳国之声「专访:王岐山政治权力还将延续——解码十九大(一)」)

2017-10-12

【ロイター VS 日本メディア】

この期に及んでロイター通信は、「俺っちが聞いた情報筋の大体が”王岐山留任”って言ってるよ」と日本メディアの退任報道に真っ向から喧嘩をふっかけてきた模様。

China’s Xi looks set to keep right-hand man on despite age(ロイター通信)

2017-10-10 十九大 常務委員人事予測

[]

ご無沙汰でございます。かろうじて生きています。

5年に一度の居酒屋談義。当たるどうかよりも、インパクト重視で。


【十九大 中央政治局常務委員予測】

  • 序列   氏名(年齢) 予想される職掌
  • 序列1位 習近平(64)  党総書記・国家主席・党中央軍事委員会主席
  • 序列2位 李克強(62) 全人代委員長
  • 序列3位 汪洋(62)  国務院総理
  • 序列4位 韓正(63)  政治協商会議主席
  • 序列5位 栗戦書(67) 党規律検査委員会書記

5年前の十八大の結果を受けて習近平を「江沢民と曽慶紅に押さえられて大したことできない」とdisった反省から、、、ではありませんが、常務委員経験者(周永康)の逮捕という誰もしたことがない荒業を成し遂げ、汚職撲滅で権力基盤を盤石なまでに整えたことを素直に評価し、十九大は「習近平大勝利」と予測します。


【ポイント1:常務委員5人への減員と、習近平三期目の布石】

常務委員を7人から5人へと減員しました。この理由は習近平の権限強化やスムーズな合意形成に加え、「後継者指名が不要」、すなわち習近平が二十大でも総書記を務めるための布石と見立ててます。

憲法で規定されているのは「国家主席の任期は2期10年まで」のみ。任期が明記されていない総書記と中央軍事委員会主席は、賛同さえあれば継続して務めることが可能です。それを前提に、内規としてある「常務委員の68歳定年制」を変更もしくは撤廃しさえすれば、晴れて常務委員に残りつつ総書記三期目が可能になるわけです。


また、北京市党書記の蔡奇(61)、そして上海市長の応勇(59)と大都市のトップに過去の部下を送り込んでおり、ともに次の二十大で常務委員に昇格する可能性大です。こういった重要都市に自分の部下を送り込めているあたり、習近平(総書記)ー栗戦書(中央弁公庁主任)ー趙楽際(党組織部長)という党人事を司る中軸のラインが、前任の胡錦濤ー令計画ー李源潮に比べて遥かに強力に機能している証左でもあります。


さらには、習近平はこの5年汚職撲滅に力を注いだ結果、胡錦濤の団派のような後継者を育成するだけの時間が与えられていません。失脚した孫政才の代わりに、浙江省時代の部下であった陳敏爾(57)が重慶市党書記になって一躍後継者候補として注目されていますが、これはどちらかというと胡春華(54)の当て馬というか、内部調整の結果後継者指名をせざるを得ない状況になった時の保険でしょう。陳敏爾は何せ顔が…(笑)。「ハゲと白髪はトップになれない」論と同様、外見って大きな要素だと思うんですよね。

そういうことで、習近平の3期目への布石は着々と進んでいるように見受けられますので、後継者は二十大までお預け。胡春華・陳敏爾だけでなく、十九大以降の人事で抜擢される40代から50代の人物にも注目です。


【ポイント2:サヨナラ李克強、こんにちは汪洋】

総理から全人代委員長にスライドするのは李鵬の例があるとはいえ、現在の状況からするとちょっと無理筋なのは承知の上。ここで注目したいのは李克強よりも、むしろ汪洋の方です。


現在は国務院第3副総理である汪洋。主管である通商・農業部門以外にもここ数ヶ月急速に(特に外交面で)存在感を増しています。インドと国境問題で対立するなか、8月に開かれたパキスタン独立70周年記念式典には汪洋が派遣されています。パキスタンは同じくインドと緊張状態が続いている国ですので、これは明らかに外交マターの派遣。元から常務委員への昇格が確実視されていることに加え、この5年全然存在感を示せておらず顔色も悪くなる一方の李克強の代わりを務めるんじゃ…?という噂は、決して故なき邪推ではないと考えています。


また、今年62歳である汪洋は、次回二十大でも常務委員留任が可能な年齢です。その彼が今回で全人代委員長や政協主席といった実質「上がりポスト」に就くのも、王岐山が引退すると辣腕型がいなくなる習近平にとっては勿体ないかと。

「汪洋って団派じゃないの?」とよくご存知の方なら思うでしょうが、彼はもともと安徽省の田舎市長時代に小平によって引き立てられて胡錦濤の手下となった、いわば「最後の小平人事」と解釈しています。つまり、李克強や胡春華といった共青団書記経験者に比べると団派色(胡錦濤およびその腹心に引き立てられた筋)は強くありません。ですのでこの5年の中央仕えで習近平の信任を勝ち得て、常務委員への昇格を確実なものとしたと見ています。


【ポイント3:王岐山は引退、定年制の変更は”今回は”なし】

習近平政権の立役者である王岐山の名前がありませんが、すでに退任するという報道が各所から出ていることに加え、王岐山の処遇で注目されている常務委員定年制(68歳以上は引退)の変更も前述の通り、本来の狙いは次回二十大で習近平自身の総書記三期目にあるわけですから、ここは本人の希望通り定年引退が濃厚とみています。王岐山が留任でもすれば、その意味は「定年の内規をここで崩してまでも王岐山の力に頼らざるを得ない=習近平の権力は万全ではない」という見立てが成立するかと。


王岐山の後任ですが、この5年で党の中枢を経験させた盟友・栗戦書に委ねられるのでしょう。ここも「王岐山はいない方が習近平はやりやすい」と判断しています。


【その他】

最後に、他の候補者の寸評を。

長らく後継者候補と目されていた胡春華(54)はかろうじて生き残っていますが、10年前の李克強同様、そのまま後継者指名とはならないのではないでしょうか。おそらくは前任者である汪洋と同じく広東省書記から国務院副総理に転出し、さらに緊張ある5年間を過ごすことになるのでしょう。


党組織部長の要職を務めている趙楽際(60)ですが、本来なら常務委員に昇格してもおかしくないポジションです。しかし前述の通り習近平が3期目を見据えて後継者候補の育成に本腰を入れるとすれば、組織部長というポジションはこの上なく重要。ひょっとしたらしばらくは留任もあるかもと見ています。


最後に、リストに入れた韓正(63)を。この人は入党以来40年間上海一筋で地方経験もなしという特異な経歴から、当地を金城湯池としていた「ずぶずぶの江沢民派」とされています。一方で上海の共青団書記を経て当時の最年少で上海市長を務め、かつ江沢民派の”プリンス”陳良宇の失脚後に党書記代理を務めた経緯から「団派」と目されることもあり、さらには上海党委書記になった習近平の元で短期間ですがコンビを組んだこともあり「習近平も認めている」ともされる、いかにも派閥色が入り混じった人物です。よっぽど有能なのか、誰かの覚えめでたいのかのどちらかでしょう。上海市党委書記は次の常務委員昇格がほぼ約束されたポジションですので、前任者の兪正声・政治協商会議主席同様、昇格となるのでしょう。



以上、当たればでかい万馬券、ということでご笑覧いただければ。

2013-06-04

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【このタイミングで言うてもなあ】

訪中している親中政治家オールスターが、劉雲山・王家瑞・唐家センらと会見。会談の席上、団長の野中広務氏が「田中角栄元総理から棚上げと聞いた」と、まあみんな知ってるけど日本の政府見解とは異なる事実を披露しちゃった模様。

朝日新聞


【六四モードなので構ってられない】

日本では大騒ぎになるであろう野中発言の一方で、中国側は軽く発言に触れただけで、スルー気味の模様。

新華社


【勉強になります】

今年で24周年となる天安門事件発生日(六四)を前に、微博で規制がかかったワード一覧、「天安門事件規制ワード特集」。

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「64」「89」のみならず「63+1」「65-1」「24年」なども規制の対象に。

他にも「今日」「明日」「あの日」「あの年」「特別な日」「パーティー」「記念」なども一網打尽にされており、もはや何を規制したいのか全くわからない(笑)。

画像もパンチのきいた含意が入ってます。

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中国数字時代


【職業選択の自由、アハハン】

元北京市党委書記で江沢民の政敵だった陳希同(汚職で党籍剥奪)が、6月3日に癌で死去していた模様。なお時期が時期なだけにその死は厳秘とされ、火葬手続きの書類には職業欄に「カメラマン」と記入されたそうな。

博訊網


【お家芸発動】

現在香港で展示中、大陸でも大人気の巨大アヒル(正式名称はラバーダック)の作者であるオランダの芸術家、フロレンティン・ホフマン氏がウォールストリート・ジャーナルのインタビューに答え、「香港では6月9日まで展示して、次の展示はアメリカ。つまり中国で泳いでるのはみ〜んな偽物だよ、全く。」とお怒りの発言をした模様。

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ラバーダックin香港。空気が抜けて「すわ、鳥インフルか?」とネタになったのは記憶に新しいところ。

WSJ


【一番最後(笑)】

ということで、制作者本人に否定された中国各地の「盗版巨大アヒル」シリーズです。

武漢(大分小さい)

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杭州(ちょっと小さい)

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西安(顔がむしろチキンラーメン)

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銭塘江(細い)

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天津(横転してる)

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しかし、その後救出!

D

佛山(塗りが雑)

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佛山その2(MINIの正規ディーラー店 進撃の巨人???)

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東莞(爆笑)

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紅網


【声上げて笑った】

さらには中国PS職人による、こんなコラまで出てきた模様。。。

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黄河新聞網)(中国住みさんツイート


【仕入れ先発見!】

淘宝網でも巨大アヒルが販売されているのを確認。お値段は高さ3mで3680元(約60,000円)から、本家を大きく超える20mのものは何と149,800元(約240万円)。でも偽物。

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淘宝網



【規制の元凶は多分これ】

大陸の巨大アヒル(全部偽物)がこんなに大騒ぎになり、微博で規制までされはじめたのは、人民日報にニセ巨大アヒルの乱立を批判する記事が掲載されたことが原因の模様。

AFP通信)(人民網

2013-03-30 トンデモ抗日ドラマ設定に一石を投じた、ある女性兵士のドキュメント

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【はじめに】

「中国のハリウッド」と呼ばれる横店映画城がエラいことになっているのはご存知でしょうか?。既に「KINBRICKS NOW」でもいくつか紹介され、拙ブログでもいくつかネタを出していますが、中国共産党宣伝部によるテレビドラマへの数々の容喙(刑事物はダメ、裁判ものもダメ、歴史ドラマは全体の1割まで、など)により、横店で撮影されるドラマの大半が「共産党的に清く正しく美しい」抗日戦争をテーマにしたものとなっているのです。

《参考》「クリエイターの逃げ場となった中国の「抗日戦争ドラマ」=“抗日”というビジネス」

そんな後ろ向きな理由で増えたと言われる抗日ドラマですから、自然とドラマのクオリティも下がり、ただの無双ゲーム実写版だったり、笑っちゃうようなトンデモ設定がまかり通ったりして、中国ドラマ関係者をいたく嘆かせているのです。

《参考》「【写真・動画】SFで何が悪いのか?!リアリティ・ゼロの“SF”抗日戦争ドラマを弁護する―中国」

安直な勧善懲悪的抗日ドラマやトンデモ設定の抗日劇が氾濫し、もう日本人へのイメージが「ミシミシ」「バカヤロー」程度じゃ済まないような不安すらしてきた最中、中国青年報傘下の雑誌社である「冰点」に、注目すべき特集が掲載されました。タイトルは「女勇士」。抗日戦争で殺害された女性兵士・成本華の足跡を、日本軍が撮影したたった2枚の写真から追い求めるというこの特集記事は、どうやら安徽省電視台により取材されたドキュメンタリーが元になっている様子。

「美女四人組の暗殺集団が、日本軍に天誅を下す!」「女兵士が一射で数十人の日本軍兵士を射殺する」なんて抗日ドラマを作るかの国ですから、どんな妄想が暴走するのかと思いきや、この特集は地道に聞き取りを重ねて史料にあたり、ついには日本の防衛研究所に眠る兵士の手記なども渉猟しながら、この女兵士の真実の姿へとアプローチしているのです。抗日というテーマであればどんなトンデモ設定でも許されるような状況で、このような骨太な内容で抗日英雄の姿に迫る記事が出た意味は、決して小さくないと考えます。

そういう訳で前フリから長くなりましたが、冰点による特集記事「女勇士」を紹介したいと思います。これでも大分内容を削ったんですが(特に成本華が所属していた軍を特定するくだり)、かなりの長文となっています。お時間がある時にご覧下さい。

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四川省安仁古鎮、建川博物館内の「不屈の虜囚館」は、抗日戦争中、日本軍に捕われた俘虜を紀念している。出口近くには、一人の若い女性兵士の全身写真が大きなレリーフとなり、くすんだ銅色の壁面を背に展示されている。館長の樊建川によると、不屈の俘虜を象徴するこの女性の名は、成本華。「成本華はこの100万人の俘虜の中でも最も尊敬すべき、鮮烈で深い印象を我々に刻み付ける人物なのです。」と樊建川は語る。彼が収集した何百万枚もの中国の抗日戦争の写真の中で、成本華の写真はたった2枚。しかし彼に言わせると、これは中国抗日戦士の、侵略者に対する「最も素晴らしい」写真なのだという。

2005年4月、山東画報出版社が出版した「古写真」第40集に、樊建川が収蔵していた2枚のモノクロ写真が掲載された。その後、その写真と名前がネット上に流れ、ネットでは「美しすぎる抗日女性兵士」と称えられた。

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写真は、小柄な成本華が戦闘服に身を包み、耳までのショートカットは少し乱れており、幅広のベルトをしめ、ズボンの上から脚絆を巻いているのが見て取れる。日本軍に対し、彼女は腕を旨の前で組んで昂然と立ち、何ら怯えることなく、口にはうっすらと笑顔すら浮かべている。この写真については、敬意と好奇心がいくつも入り混じり、人々はこの抗日女性英雄の境遇と運命を気にしている。しかし日本軍が残したこの2枚の写真と簡単な説明文以外に、中国国内に成本華に関する史料や記載は一切存在しない。



「もし死ぬ前に成本華のことがはっきりわかるのであれば、私は本望ですよ。」安徽省和県の89歳の引退幹部・王耀恕は私たちの前で箸を止めて、目は潤ませながら語った。2005年、成本華の写真が人々の目にする所となった時、和県現地の関係者は驚愕した。彼らはこれまで成本華のことなど一切知らなかったからだ。そして”和県の生き字引”と呼ばれた王耀恕も同様に、「関係史料も見つからない、噂の類いは多いけれど、どれも確証のないものなのです。」と途方に暮れていた。我々取材班は、写真が撮影された場所である和県を取材の起点として、まずは写真の入手から始めることにした。


和県文書館には一冊の日本の古い写真集、『支那事変画報』臨時増刊第16集が収蔵されている。史料館副館長の耿三和は、この写真集は成本華の事蹟がインターネット上に流れた後、安徽省六安のある郷鎮の引退幹部から手に入れたものだという。「2000元も使いましたよ。でも館にとってはそれだけの価値があった。なぜなら成本華が載っているのですから。」この写真集は日本で昭和13年、つまり西暦1938年5月20日に、日本の朝日新聞が発行したものだ。成本華は古びた家屋の前に立ち、4人の日本軍兵士に囲まれ、何か話をしているように見える。現場にはまた二名の中国人らしき男、一人は長い袍をまとって両手を袖に入れている老人、一人は背の高い若者が成本華の側に立っている。写真の下にある日本語説明文は非常に短い。「和県城門の上にただ一人踏み止まって捕虜となった敵の女兵士成本華。 中国女童軍と刻んだ止金のついた革をしめ、肝腎のことは一つも自白しない抗日のガリガリである」(写真集の説明文より)


このページには5枚の写真があり、上の標題には「和県攻略」とあり、下には「渡辺特派員撮影」、撮影日時は1938年4月24日とある。また説明文には「4月24日海軍の協力のもと、中野部隊は南京長江の上游新河口陣地前で河を渡り、当日午後に和県を占領。」とある。

続いて安徽省文書館で、我々は日本毎日新聞出版した「支那事変画報」第28集の中に、成本華の2枚目の写真を発見した。この写真集は昭和13年5月21日出版で、一枚目の写真が掲載されていた写真集とはたった一日しか発行日が違わない。成本華の表情と腕組みをしている姿は、一枚目の写真とそっくりだ。彼女の後ろの壁の前には、4人の日本兵士が同じベンチに腰掛け、あるものは手に軍刀をもち、またある者はタバコを吸っている。日本語の説明文には、「和県で捕虜となった中国女童軍成本華」と書かれている。



「こんな偉大な女英雄が現れるとは思わなかったよ」和県政協の73歳の引退幹部である陳其才も、成本華に注目している。彼は成本華が和県出身の人物であると考えている。なぜなら和県には「成」姓が多く、その主要な場所は、歴陽鎮大西門外の高巷村に集中しているからだ。和県は安徽省でも長江沿いにある小さな県城で、南京からわずか70キロしか離れていない場所に位置する。考証では、成姓の祖籍は山東省寧陽・聊城一帯の地域で、成永通がかつて”武徳将軍”としてこの地に封じられたことより始まる。清朝の初期、成克敬が和州に遷ったという。

現在の和県は大規模野菜園で知られ、「長江中下流最大の野菜生産地」と賞されている。高巷村は都市化の波が押し寄せ、古いムラ社会の容貌を見いだすことはできない。村人は野菜の生産と出稼ぎで富を貯めている。この辺りを見渡せば3階建ての自宅や自家用車などもちらほらと目にする。

2009年、和県政協の手になる「文史資料」は日本の写真集の説明文とメディアの報道を元にした、成本華の簡単な紹介をした。陳其才はその編集者の一人であったが、彼はそれで満足せず、自分で2枚の写真を印刷し、周囲を調査しはじめた。彼は高巷村の最高齢の老人であった、当時92歳の許仁珍という老婆を見つけた。思ってもみないことに、許仁珍老人は写真を一目みて、写真の抗日女性兵士が義姉(夫の姉)である成本華だと言ったのだ。老人が言うには、成本華の家は高巷村にあり、父親の名前は成持和、母親は梁氏の出身で、兄弟が4名いたという。兄は成本林、次兄が成本◯、彼女は三番目の子供で「三姑娘」と呼ばれていた、さらに下には弟の成本貴と成本江がおり、成本華は1914年生まれ。犠牲となったのは僅か24歳の時だと判明した。

許仁珍の記憶では、成本華は当時和県駐留部隊で柏承君という家の使用人、いわゆる”女中”だったという。成本華の夫だった劉志誼は役所に勤め能書家と知られていたが、アヘン中毒が原因で殺されてしまった。その後、成本華は柏承君部隊の周という男と一緒に生活していたらしい。1938年の初め、日本軍が和県に侵入してきたあと、成本華は最後に一度家に戻り、許仁珍と一緒に街に野菜を売りに行き、そしてそれから消息は途絶えたらしい。王耀恕は私達とともに成家の族譜を発見し、そこに許仁珍の夫である成持和と、成家の”本”字を持つ兄弟達を発見した。しかし「女性は家譜に記載しない」という風習が理由で、成本華の名前は見つけられなかった。

陳其才はその後、和県文書館で大量の文献史料を調べた。彼のメモにはこのような記述がある。「1938年、和県県長の趙永智が抗日人民自衛軍を組織、趙永智が司令を兼ねた。柏承君は特務大隊長」また当時の名簿には、周洪旺という名前も見つかった。情報を総合すると、許仁珍の言っていたことは符合するのだ。

しかし、許仁珍の記憶には、成本家は柏承君の家の女中でしかなかったのに、その後どのようにして抗日戦争に参加し、そして捕虜となったのだろうか?成本華の身分について、いくつかの疑問が残ったままだった。



日本軍の写真集では、成本華を「女童子軍」と説明している。これは腰に「智仁勇」と刻まれた童子軍のベルトがあったためだろう。童子軍というのは一種の社会軍事教育組織で、近代では1912年に湖北省厳家麟が導入し、瞬く間に全国的な組織になり、国民党政府は高度に重視することになった。1934年11月1日には「中国童子軍総会」が南京で成立し、蒋介石自らが総会長を務め、何応欽が副会長兼総司令となった。

抗日戦争が激しくなった後、童子軍は積極的に活動し、救護や宣伝、慰労などの仕事に従事した。淞滬会戦の時、謝晋元が部隊を率いて四行倉庫を守った時、11名の童子軍が弾丸が行き交う中を台車3台分の慰労品を持ち込み、女童子軍の楊恵敏はただ一人で蘇州河を渡り、”八百人壮士”の旗を献上した。これらの壮挙は当時の国民を多いに奮い立たせるものだった。王耀恕の記憶では、当時の和県中学でも童子軍1194団が成立し、正規部隊の補助として宣伝、慰労、弾薬の補給、食料の送付を行っていたという。

しかし、許仁珍の記憶では、成本華は小さい時から学校には通っていなかったという。陳其才も成本華は童子軍ではなかったと考えている。腰に巻いたベルトは、「当時はざらにあったもの」で、彼自身「小さい時にしていたことがある」という。そうなると、基本的に成本華が女童子軍であったという説は排除してもいいようだ。また陳其才は、かつて尋ねた和県の古老から、その一人がかつて日本駐在部隊で通訳をしていたことを聞いた。陳其才ははっきりと記憶しており、その老人は成本華の写真を見るとしっかりと頷き、「これは柏承君の部下の格好じゃよ」と言ったという。


成本華は当時は正式に軍に参加をしていたかどうか、現在までの史料では証拠がない。しかし色々な情報をまとめると、このような推測が出来る。1938年4月24日の成本華は、当時柏承君の抗日部隊の中にいた、と。




成本華の足跡を探し出すためには、1938年4月24日に発生した和県での戦闘を再現しなければならない。「和県志」にはわずか数語で「民国27年(1938年)4月、和県への第二次侵入をした日本軍、第6師団坂井支隊、約1000名」とだけあり、他の戦闘の記録はなかった。


このころ、65歳になる黄明忠さんが、我々に日本から持ってきた珍しい史料を提供してくれた。黄明忠は武漢市政府の引退幹部で、以前は紅軍に所属し、元武漢市市長の劉恵農の秘書を務めていたこともある人物だ。長男が日本で働いていたこともあり、黄明忠は自ら日本へ渡り、抗日戦争時期の日本の古い写真集や文字資料を収集した。その中には少なからず東京の古書街で手に入れたものもあった。彼の家で、我々は「日本の戦歴」「支那事変写真全集」「歴史写真」など様々な資料を目にした。そして、これらの周囲が黄ばんだ紙の中から、我々は発見したのだ。成本華の写真以外の、当時の安徽省での作戦の写真や戦闘序列図を。これらの史料から、(成本華が死んだ)1938年4月24日この日の、侵入者の顔がようやく明らかになってきた。


1937年11月11日に上海が陥落し、日本軍は華中方面に軍を3路に分けて南京に進攻した。一路は滬寧路に沿って北進し、一路は京杭道を塞ぎ、一路は太湖南側を西に攻撃しながら進んだ。11月29日に安徽省広徳を攻撃し、12月10日に蕪湖を占領し、寧蕪路をに沿って南京に進攻した。12月13日南京は陥落する。日本軍大本営は当時安徽省蕪湖に駐留していた第六師団に任務を与え、速やかに支隊を和県ー巣県ー盧県に沿った地区に派遣し、盧洲方面の敵を攻撃することを命じた。1938年4月23日、日本軍第6師団に新設された坂井支隊は蕪湖から出発し、和県、含山、巣県を続けて落とした。5月13日には合肥に向かって進攻し、合肥で防衛していた第26集団軍徐源泉部隊は守りきれず、14日合肥は陥落する。6月2日、坂井支隊は安合行路に沿って南下し、安慶に向かって進攻する。8日に舒城を占領し、13日に桐城を占領、17日に潜山を陥落させる。


第6師団は別名熊本師団と呼ばれ、仙台師団と並んで日本陸軍最精強の部隊として知られ、最も戦闘力のある2支隊があった。そして坂井支隊は歩兵13連隊、騎兵第6連隊、野砲1個大隊により成っていた。当時の日本の戦闘序列図の中で、坂井支隊は当時の第六師団歩兵第11旅団の旅団長・坂井徳太郎少将が率いる部隊であることが判明した。成本華の写真がある写真集の中にある説明には「4月24日、中野部隊・・・当日午後和県を占領する」とある。中野とは、坂井支隊歩兵第13連隊の連隊長・中野英光大佐のことである。我々はついに和県に侵入した日本軍を突き止めることができた。では、この支隊は当日和県で戦闘に遭遇したのだろうか?

日本防衛省防衛研究所戦史研究室編集の「中国事変陸軍作戦史」の中で、我々は1938年4月24日当日の日本軍の和県進攻の記録を発見した。しかしその中には、はっきりと当日の日本軍が「敵の抵抗なく和県を占領す」と書かれていた。これが真実なら、成本華のこの2枚の写真はどこで撮られたものになるのか?




成本華の調査、そして2枚の写真の真実性を探ることは袋小路に陥った。一縷の望みをかけて、当時の日本軍部隊兵士を見つけるのか。しかしそれはすぐにできるようなことではない。史料によると、第6師団はその後太平洋戦争に参加、死傷者は甚大で全師団で3万人近く、最後に羅門群島で投降した時にはわずか1000余りの数になっていたという。当時兵士だった人物がまだ生存している可能性はごくわずかだ。


我々は日本に滞在している友人に、関係史料の調査を依頼した。2012年9月のある晩、突然かかってきた国際電話から聞こえる声は、喜びと驚きに満ちていた。それは、日本陸軍が1940年、第六師団の退役兵に回顧文章を作成させ、それを手写しで装丁して「第6師団転戦実話」という題で本にしたものがあり、日本の防衛研究所に保管されているというものだった。そしてその友人は、ついにその史料を発見したというのだ。歩兵13連隊の回顧録には、1938年4月24日和県に進攻した詳細な記録が残っていた。上等兵・東斉明による「和県含山巣県占領」という文章に、このような記述を発見した;

「首都南京を占領した後、蕪湖で力を蓄えた我が部隊は、新たな作戦命令を受け、昭和13年4月23日に5ヶ月にわたり滞留していた蕪湖を離れた。長江の上で艦艇と綿密な連携をとり敵前渡江に成功し、24日黄昏に蕪湖西北の和県を占領した。道路は尽く遮断され、車両部隊の通行には苦労一方ならぬものがあった」


「和県に進入した我が軍が最初に見たものは、女戦士の戦死体であった。彼女の年齢は22、3歳くらいであろうか、袖章には「中国女童子軍」という文字があった。なんでも、彼女は銃を持って勇敢に最後まで戦ったという。蒋政権が煽る間違った抗日の熱狂は、このような柔弱な女子を前線に駆り立てる。このような非人道的な行為は憎むべきである。」


この「第六師団転戦実話」には、日本軍の回顧録以外にも、毎回戦闘ごとに詳細な地図があり、さらに行軍経路と毎回の戦闘ごとの負傷・死亡者の状況が克明に記されている。この和県での戦闘では、「増田利」という上等兵が負傷したという。この詳細な記録により、我々がそれまで調べていた情報と完全に一致した。東斉明の回顧録の中には成本華という文字はなかった。しかし、写真集の中にある説明文にある「和県城門上で捕えた唯一の敵軍捕虜兵、女俘虜の成本華」は、東斉明が目にした女戦士が、この写真の成本華であると推定できる。また東斉明の回顧録の中で、我々はいくつかの鍵となる情報を得た。「1938年4月24日当日、日本軍が和県を占領したのは、無血占領ではなく、中国軍隊の抵抗に遭遇した。」東斉明が成本華を目にした時、彼女は既に殺害されていたのだ。


或る人は不可解に感じるかもしれない。第六師団の上等兵であった東斉明は、おそらくはあの「南京大虐殺」を目にした当事者である、そのより残酷で凄惨な光景を目の当たりにした者が、小さな戦闘のこの女遊撃隊の記憶を、ここまで強く持つのだろうか?と。それについては、黄明忠も強く同じことを感じている。時間があればいつも収蔵している日本の戦争写真集をめくっているが彼が気づいたのは、成本華のこの正面を向いた写真は登場数が非常に多く、また長期間にわたってもいるのだ。


彼が収蔵している「日本の戦歴」は毎日新聞社が出版したものだが、昭和42年(1967年)4月5日にも再び成本華のこの2枚の写真が登場している。昭和54年(1979年)8月25日には、同じ出版社が発行した「日本の戦史ー日中戦史2」写真集にも、「盧洲を攻撃する坂井支隊」の欄で、3度目の同様の写真が登場している。「日本の戦歴」の中にある図版の注釈にはこのようにある。

「昭和13年4月、中国戦場で俘虜となった中国軍隊女戦士成本華、24歳。日本軍の調べにも、不敵な笑みを浮かべていた。彼女もまた祖国のため、その青春を捧げた。」


黄明忠は、日本の写真集が何度も成本華のこの写真を掲載したのは「彼らも敵方の英雄に対しては、同様に崇敬の念を持ったのではないか」と解釈している。この考えは、樊建川とは少し異なる。彼はこの日本語の注釈に対し、こう考えている。「行間から感じられるのは成本華本人に対する敬意であり、これは日本軍の「尊敬すべき敵に対する敬意」が表れているのではないでしょうか。」




我々はついに成本華を探し出すことができた。より正確に言えば、最も真相らしきものに近づいた、というところだろうか。樊建川の元を訪れた時、彼は「いつか、成本華が犠牲となった場所で、数十メートルの彼女の彫像を作りたい」と言った。その後聞いた話では、図らずも現地の政府が同じようなことを準備しているのだという。

いま、和県西梁山の革命烈士記念館には、成本華の写真と事蹟が陳列されている。紅い壁の上に、たった2枚の写真と簡単な文章で紹介されている。しかし毎日全国各地からちらほらと、この一度は忘れられた抗日女性兵士の元を訪れる人がいるという。

成家の家族は、できれば成本華を一族の祠堂に入れたいと考えている。一族の女性としては、これは最高の栄誉と待遇だ。

2012年12月25日午後、和県ではいま、成家の当主である成乃福が一族を伴い、手には成本華が捕えられた時の写真を携え、一族の安息堂に迎え入れようとしている。安息堂は県城から5、6キロ離れた広々とした田野にあり、黒白の安徽式建築が夕日に映えて、ひっそりとたたずんでいる。空をつんざくような爆竹の音が黄昏時の静けさを破り、空には紙銭のこげた匂いが漂っている。

参列者が低頭黙祷した時、地上では一陣の風が舞った。空を飛び交う紙銭の灰の中、成乃福はポンポンと一族の肩を叩き、低い声でこう言った。「祖先伝来の言い伝えでは、参拝の時に風が吹く時、それは天におられる祖先の霊が、我々に応えて下さったということなのです。」


いま、成本華の英勇から75年を迎えようとしている。

中国青年網

2013-03-28

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【ナイス質問!】

人民日報が「アップルは傲慢だ!」という論説を続けた出したことについて、財経網が微博で「あなたが傲慢だと思う企業は?」と質問したところ、回答の大半が国有企業で中には「人民日報!」という答えも結構返ってきた模様。

WSJ


【傲慢な国営企業なだけに】

国営通信社である中国新聞網さんは、先日の「深圳90后女性が、障害を持つ乞◯にご飯を食べさせてあげる」という記事が捏造だったと謝罪声明を発表。見抜いたのは南方都市報。

南都網


【馮小剛による映画化希望】

南方都市報の記者によるルポ「横店は憎悪のOEM(受託製造)工場」によると、抗日モノが激増している横店映画城では、小道具さんが日本軍の化学兵器研究所で使うネズミを捕まえるために近隣農村を走り回ってたり、華麗な古代服を作ることで定評のあった衣装さんが軍服工場のお針子になっていたりと、結構悲惨なことになっている模様。

南都網


【宮崎正弘さんがネタ扱いしてたやつ】

エコノミスト誌が2010年に「克強指数」と名付けた、消費電力量・貨物輸送量・銀行の貸付総額の3つを指数化したものを、GDPの代わりに経済指標としようという動きが本当にある模様。

新華網


【聞き取れますか?】

ザンビアの高官に英語でインタビューしたCCTV記者の発音が、ものすごく流暢な「チングリッシュ(中式英語)」だと笑い、もとい話題になっている模様。

南都網、動画あり


【自称名探偵ども】

杭州で若い女性が死体で発見、死体の側にはカード3枚(スペードK、ダイヤJ、スペード5)が落ちていたそうで。この謎について、警察の同意の元で地元紙が見解を募集したところ、読者から様々な推理が寄せられ、現在一番人気は「快救我kuai jiu wo」とのこと。

逮捕に繋がる推理をした人には、警察から1万元〜2万元の報奨金が出るそうなので、様々な名探偵を輩出している我が国からも是非チャレンジして下さい。

杭報在線、閲覧注意


【余計なお世話】

武漢市の漢口学院が「恋愛実名登録制度」を実施し、色々と話題になっている模様。合計80名の教員が学生の日常生活やヒアリングなどから各人の恋愛状況を登録しており、現在は1300名ほど登録済み、うち自分で名乗り出たのが493名とのこと。

騰訊網


【応援してるんですよ?】

香港で活動している日韓ガールズユニット「Girls Kingdom」の日本人女性2名が、香港警察のお偉いさんを”夜接待”していた写真がゴシップ誌に掲載。事務所マネージャーは「彼氏ですからっ」と報道を否定している模様。

鳳凰網


【祝復活】

第一子を出産した孫燕姿が芸能界復帰。雑誌のカバーグラビアで子供を出産したとは思えないスリムな体型を見せてくれてますが、その髪型はどないでしょうか。。。

多維新聞


【だから何であんな逆さ絵みたいなスペイン人と・・・】

空港で旦那のスペイン人とチュッチュしてたと話題になっていたジジですが、誕生日に微博で双子の弟との誕生日写真をアップ、その美男美女っぷりに網民一同驚愕している模様。

南都網