覚え書:「ニュースの本棚:ヘイトスピーチ 明戸隆浩さんが選ぶ本 [文]明戸隆浩(社会学者)」、『朝日新聞』2014年09月14日(日)付。
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ニュースの本棚
ヘイトスピーチ 明戸隆浩さんが選ぶ本
[文]明戸隆浩(社会学者) [掲載]2014年09月14日
(写真キャプション)ヘイトスピーチなど差別的な動きへの反対を訴えた「東京大行進」=昨年9月、東京
■「規制か自由か」を越えて
あなたはヘイトスピーチを法律で規制するべきだと思いますか?−−最近、さまざまなメディアで目にするようになった問いだ。しかし、ヘイトスピーチという言葉がメディアに頻繁に登場するようになってから1年半、今必要なのは、そうした「イエスかノーか」に終わらない、次の段階の議論である。
そうした議論のための本をまず1冊挙げるなら、やはり師岡康子『ヘイト・スピーチとは何か』だろう。この問題に早くからかかわってきた弁護士の手による包括的な入門書で、このテーマに必要な論点はほぼすべて網羅されている。また、最終章「規制か表現の自由かではなく」は、差別実態の公的調査や地方レベルの対応の必要性などにも触れ、まさに冒頭で示した「イエスかノーか」を超えるための手引きとなっている。
なお、併せて読みたいのが前田朗編『なぜ、いまヘイト・スピーチなのか』(三一書房・1512円)。京都朝鮮学校襲撃事件をはじめ、日本で最近実際に起きたヘイトスピーチ/クライムの実態が幅広くまとめられている。議論を机上の空論としないためには、こうした実態とまず向き合うことが重要だ。
■「表現の自由」史
その一方で、この問題を長期的な視野で考える上では、以前からの議論、とりわけ「表現の自由」をめぐる議論との関連もふまえる必要がある。「表現の自由」はヘイトスピーチ規制を「イエスかノーか」で議論する際にも頻繁に参照される言葉だが、実際には話はそれほど単純ではない。そのことを確認するには、奥平康弘『「表現の自由」を求めて』がよいだろう。著者は日本における「表現の自由」の議論を長年牽引(けんいん)してきた憲法学者だが、この本ではむしろ歴史家に近い視点で、アメリカの「表現の自由」をめぐる歴史を丁寧に描き出している。
よく知られているように、アメリカは「表現の自由」重視の観点からヘイトスピーチ規制に対して慎重な国である。奥平氏自身も基本的には同様の立場であるようだが、しかし同時に注目すべきは、氏が「あとがき」で「表現の自由」の歴史的な性格を強調していることだろう。日本とアメリカは、当然ながら歴史的な文脈を異にする。日本における「表現の自由」は、あくまでも日本という文脈のもとで問われなければならない。
■人種差別禁止を
その上で最後に触れておきたいのが、「人種差別」にかかわる議論との関連である。これについては、この8月に出された国連人種差別撤廃委員会からの勧告、というニュースを想起するのがよいだろう。ヘイトスピーチはそこでも重要な論点となったが、併せて注目すべきは、その前提として「人種差別禁止法」が求められていることだ。
こうした点についてより詳しく知るための本としては、反差別国際運動日本委員会編『今、問われる日本の人種差別撤廃 国連審査とNGOの取り組み』がある。これは2010年の前回の人種差別撤廃委員会による審査の経緯をまとめた本で、編者である反差別国際運動(IMADR)は、今年の審査においても中心的な役割を担った。しかし日本には、この本で描かれているような総体としての「人種差別」に対処するための法律がない。ヘイトスピーチ規制の位置づけを明確にするためにも、まずは「人種差別禁止」という理念を法的に確認すること、これは「次」を考えるためにこそ押さえるべき重要な出発点である。
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あけど・たかひろ 社会学者 76年生まれ。エリック・ブライシュ著『ヘイトスピーチ』を共訳。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2014091400002.html