覚え書:「書評:偽装された自画像 冨田 章 著」、『東京新聞』2014年12月14日(日)付。

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偽装された自画像 冨田 章 著

2014年12月14日
 
◆画家が遺した真意を探る
[評者]木下長宏=美術思想史家
 自画像が「偽装」されている、画家は「嘘(うそ)」をつく、などと穏やかではないタイトルである。しかし、現代の美術史の世界では、この言葉はそんな悪い意味ではなく使われている(その事情は本書「おわりに」に詳しい)。
 絵というものは、どんなに実物そっくり描いているようでも、画家個人のものの見方によって変えられている。同じ風景でも二人の画家が描けば、それぞれの印象の異なる作品になる。絵の中の世界は画家だけのものだ。そこで画家は誰にも知られないように、絵の中に別のメッセージを潜ませる。こんなことが、ルネサンスの頃からは誰もがやり始めた。それを著者は「画家が嘘をつく」と言ったわけだ。
 自分自身の姿を描く自画像は、とりわけ「嘘」などない世界のようにみえるが、実は、自画像にこそ、画家が絵に籠(こ)めたさまざまな秘密が隠されている。絵の表面だけを見ていると判(わか)らないが、画面の構成や描かれ方を分析していくと、「偽装」は剥(は)がされ、画家の真意が見えてくるのだ。
 ここにこそ、絵を観(み)る喜び、美術史を学ぶ楽しさがある。その楽しさを、著者はルネサンスから現代まで、数多(あまた)あるヨーロッパの自画像の中から二十点を選んで、説き明かしてくれる。
 選ばれた作品のうちの半分以上が鏡に映っている画家自身の胸像ではない。キリストの誕生を祝う群衆の一人になったり(ボッティチェルリ)、放蕩(ほうとう)息子に扮(ふん)したり(レンブラント)、一人だけの胸像でも日本の僧侶の振りをしたり(ゴッホ)、他者になりすまして自分を表現するのだ。「偽装」しないと真実は伝えられないとばかりに。スーラなどは、恋人の部屋の鏡に映っている自分を描いてそれを消し、自画像なき自画像作品を遺(のこ)している。
 こんな自画像の謎を解こうとする諸家の説がまた、さまざまに変遷をみせている。自画像を考えることは美術という広く深い世界とその歴史を知る近道だということも教えてくれる。
祥伝社・1728円)
 とみた・あきら 1958年生まれ。美術史家・東京ステーションギャラリー館長。
◆もう1冊 
 中野京子著『名画の謎−陰謀の歴史篇』(文芸春秋)。実在の人物を描いた名画に隠された恋や権力欲などの謎を洞察し解明する。
    −−「書評:偽装された自画像 冨田 章 著」、『東京新聞』2014年12月14日(日)付。

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