覚え書：「インタビュー：自衛隊と邦人救出 元陸上自衛隊陸将の林直人さん・山口浄秀さん」、『朝日新聞』2015年04月21日（火）付。
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インタビュー：自衛隊と邦人救出 元陸上自衛隊陸将の林直人さん・山口浄秀さん
2015年04月21日
「イスラム国」（ＩＳ）による事件をきっかけに、自衛隊を使った邦人人質救出の議論が熱を帯びている。安倍晋三首相は海外でテロに巻き込まれた日本人救出について、「国として当然の責務」と意欲を見せるが、自衛隊にどこまでできるのか。現場を知る林直人氏と山口浄秀氏の元陸将２人に聞いた。
――ヘリに乗り込んだ自衛隊のコマンド部隊が、ゲリラ組織に拘束された日本人の奪還に砂漠の秘密基地に舞い降りる――。邦人救出というと、ハリウッド映画ばりの場面が目に浮かびます。
林「問題を整理しなくてはなりません。一口に邦人救出といっても、どういう事態を想定するのか。ややもするとＩＳの事件であんなことはけしからんという感情に流され、自衛隊を使えという議論に特化されがちですが、当事国の対応が基本で、現実的でない」
「むしろ朝鮮半島有事のような場合に、邦人をはじめとする避難民救出に派遣することはありえます。その場合も、問題が発生した国の政府の同意が絶対条件です。自国の軍隊や治安部隊を持つ政府が、他国の実力組織である自衛隊の出動を認めることがあるのかという課題は残ります」
山口「国際平和協力活動など、国内外の事態に迅速に対応する中央即応集団（ＣＲＦ）が８年前に発足しました。ＣＲＦには敵のゲリラ攻撃や特殊部隊に対処する特殊作戦群があります。厳しい訓練を重ねる精強な部隊ですが、あくまで国内の活動が前提です」
「仮に、海外に部隊を派遣するにしても自衛隊の輸送能力に課題があります。また、派遣できても現地の治安状況など、十分な情報が不可欠です。気候や地形の特性、言語、文化や社会環境といった広範な情報とそれらの理解、現地での人脈も必要でしょう。そのうえで周到な予行を重ね、作戦を完全に秘匿できないと任務は完遂できません」
林「空からの支援もなければ、隊員の生命を守れません」
山口「世界でそうした総合力を持つ米軍ですら、人質救出作戦では幾度も失敗している。ゲリラに拘束された場所の特定など困難極まりないからです」
――首相もＩＳによる人質事件のようなケースは困難としています。では邦人を含めた避難民の脱出を手伝うことはできますか。
林「これは急に起こるのではなく、段階的に状況が悪くなるケースが大半でしょう。政府が邦人に避難命令を出し、各人が民間の船や航空機を使って脱出する。さらに緊迫化し、放っておけば不測の事態に巻き込まれる危険性が出てきた段階で、関係国が軍隊を前面に出して避難する人を救おうとする。国連決議に基づき、防護対象を助けることが考えられます」
山口「旧ユーゴスラビア内戦の際、防衛駐在官としてベオグラードにいました。日本企業は、大使館の渡航情報などを手がかりに早め早めに駐在員の国外退去を進めました。民間による早めの対応と、それを支える官からの正確な情報提供が鉄則ですが、突発事態の場合は極めて難しいですね」
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――韓国には３万６千人余の日本人がいます。朝鮮有事の場合、段階的避難が可能でしょうか。
林「厳しい作戦にならざるを得ない。韓国には米国をはじめ多くの外国人がいて、韓国人も逃れようとする。邦人だけを助けようとしても、国籍を確認している余裕はない。在韓米軍や韓国軍と情報共有を密にしないと混乱し、多くの犠牲が出る恐れがあります」
山口「民間の避難民の間でトラブルが起きかねない。さらに避難民の中に武装した敵対勢力などが紛れ込む可能性もあります。見分けて排除しなければ危険ですが、それらを確認し、統制するマンパワーを確保するのも難しい」
――情報提供はもちろん、自衛隊の部隊や艦艇の展開が現在の日韓関係で可能だとは思えません。
山口「イラン・イラク戦争の際、イラン在住の邦人がトルコ機で脱出したことがありました。民間機ならできるが、自衛隊機の場合、領域国の承認を得る必要があります。例えば韓国の場合、自衛隊機に忌避感が強いと言われており、自衛隊機の運用について、平時から両国間で調整しておく必要がある。情報共有でも、自衛隊と韓国軍の間で合意していた軍事情報保護協定の署名が延期された経緯もあり、これでは突発的な事態には対応できません」
――ハイジャックなど政府が想定する邦人救出は、警察の特殊部隊の役割ではないですか。
林「日本は治安が整った国ですが、その維持の第一義は警察です。しかし、軍事勢力と向き合っての救出作戦に通常の警察力では対応できません。テロとの戦いの時代になり、日本に限らず世界で平時から軍事組織でなければ遂行できない仕事が出てきました」
「ところが自衛隊の発祥が『警察予備隊』であり、自衛隊はあくまで警察権を基準として動くような法体系となっている。ここに大きな矛盾が生まれる。警察力は警察官一人ひとりが判断を求められますが、軍事力は部隊の指揮官が判断し命令を下す。法制度の根本が違うのに、現状の自衛隊は警察権を超えられない。しかも救出作戦で各国の軍は、禁止事項を列挙したネガティブリストを定めた『交戦規定』に基づき軍事行動を取りますが、自衛隊は反対勢力と対峙（たいじ）して避難民を守る時、武器などの使用に制約があるのです」
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――自衛隊が米軍など他国の指揮下に入ると、犠牲者を出さずに済ませるのは難しくないですか。
林「指揮下というより、対等な関係でエリアを任せられることになる。日米はそうした訓練を積み重ねています。問題は複数の国が軍隊を出し合っている状況です。避難民を脱出させる時、いろんな経路があって、日本が担当する地域があるとします。統制が乱れると、隣接地域を担当する他国の部隊と自衛隊の間で空白地帯ができ、対応が付け焼き刃になる」
「一般論として、戦闘力の低い部隊から狙われます。手足を縛られた自衛隊に反対勢力からの攻撃が集中しかねない。そこから全体の防備が崩れ、各国の軍が背後から襲われる危険も出てくる。最も恐ろしい事態です。『お前たちが来ても危険を招くだけだから来なくていい』と言われかねない。だったら始めから参加など考えないほうがいいという話になります」
――国民の多くは、装備や情報が不十分でも、いざという時は自衛隊が何とかしてくれる法律ができると思っているのでは。
林「自衛隊任せという風潮を作ったのは、朝日新聞をはじめメディアの責任ではないでしょうか。そもそも防衛と外交は選挙でも票にならないと言われている。自衛隊に期待して頂くのはありがたいですが、『あとは知らない』となっていませんか」
山口「安保法制をめぐって政治は自衛隊を法律で縛り、歯止めをかけさえすればよいという議論になりがちですが、一番大事なのは現場の状況を踏まえた議論です。どんな地域でどんな相手と対峙するのか分析して必要な装備を整え、周到な準備がなされないと、相手に弱みを突かれ、隊員を危険にさらし任務の遂行をより困難にするだけです」
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――自衛隊は戦争をしないで、という意見も根強くあります。
山口「国際貢献や避難民の救出などで海外に部隊を派遣する場合、事前に想定できなかった事態の発生もあり得ます。特に救出の場合、同一地域で行動する他国を助けられないというのはあり得ない。今後、より困難な役割が加わるのなら、敵対勢力にこちらの法的制約を逆用されて現場が窮地に陥らないようにすべきです。憲法改正を期待したいところです」
――自衛隊を軍事組織として明確に規定すべきだ、ということでしょうか。しかし旧軍は政治に不当に介入して国を滅ぼしました。
林「私たちも、いまの若い自衛官も、戦後の民主主義の中で育ってきたんですよ。あくまでも国民を守るための自衛隊であって、旧軍のように、クーデターまがいのことをして国の政治を乗っ取ろうとするような軍隊ではありません。まして、中国のような一党のための軍でもありません」
「戦後の民主主義を信じるのなら、その土壌で育った自衛隊も信じて欲しい。２４年間やってきたＰＫＯ、イラク派遣で国民が困るような行為を一度でもしましたか。非常に厳しい制限の中でぎりぎりの工夫をした結果なんです」
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はやしなおと ４８年生まれ。第３師団長などを経て、九州・沖縄の防衛警備、災害救難を担当する西部方面総監を務めた。０７年３月退官。
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やまぐちじょうしゅう ４９年生まれ。第１２旅団長、西部方面総監部幕僚長を経て、０７年３月発足の中央即応集団の初代司令官を務めた。０８年８月退官。
■取材を終えて
２人の話に共通していたのは、軍事の世界は主義や善悪を排した徹底したリアリズムから出発する、ということだ。装備や訓練、情報の現状からみれば、見ず知らずの遠く離れた中東の砂漠で、救出作戦を展開させるなど自殺行為に等しい。朝鮮半島有事という、あり得べき危機の際も、現状の日韓二国間関係の改善なくして、円滑な救出作戦など期待できまい。勇ましい救出論の前に、まずは政治がリアリズムを取り戻すことが大前提だ。（編集委員・駒野剛）
−−「インタビュー：自衛隊と邦人救出 元陸上自衛隊陸将の林直人さん・山口浄秀さん」、『朝日新聞』2015年04月21日（火）付。
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