覚え書:「若松英輔の「理想のかたち」:第8回・方言と標準語、食の意味 ゲスト・大正大任期制准教授、山内明美さん」、『毎日新聞』2015年11月28日(土)付。

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若松英輔の「理想のかたち」:第8回・方言と標準語、食の意味 ゲスト・大正大任期制准教授、山内明美さん(その1)
毎日新聞 2015年11月28日 東京朝刊

(写真キャプション)対談する大正大任期制准教授の山内明美さん(右)と批評家の若松英輔さん=東京都千代田区

 批評家、若松英輔さんの今回の対談相手、山内明美・大正大任期制准教授(歴史社会学)は東日本大震災で被災した宮城県南三陸町出身。著書『こども東北学』(イースト・プレス)を若松さんは高く評価する。方言と標準語、食の意味などに話題は広がった。【構成・鈴木英生、写真・竹内幹】

 ◇「東北」は地名を超え、少数者が共振する場

 若松 東日本大震災を自分の人生と直接に重ねて描けた書き手は少ない印象があります。山内さんの文章は例外で、そういうところに立った者にしか出せない「音」がある。

 山内 自分が痛みを感じているかのような表現を使うのが難しいんです。親族を失った知人は多く、本人しか生き残らなかった人もいる。しかし、私の実家は内陸で農業をしていて被害が少なかった。地元では、「被災当事者」ではありません。

 若松 山内さんの言葉は、「私」に貫かれながら徹底的に「無私」なものだと感じます。「私」が引っ込んだ「無私」は単なる客観に過ぎない。客観で人の心は動かない。

 山内 震災後の1年間、どう暮らしていたのかをあまり覚えていません。実家では、父が車で遺体運びをしていた。かろうじて残った車で安置所から遺体を運んでも、町に一つだけの火葬場ではまるで足りず……。今も、当時書いたものをちゃんと読み返せません。

 若松 自分の文章に、後で「こんなこと書いたかな」と自分で驚く。それが文学です。論文でそうなってはまずいかもしれない。でも、文学は逆じゃないと。

 山内 私、論文を書くのにとても時間がかかるんです。大学に入って2年くらい、「建設的な議論」とは何か分からず悩みました。入学まで方言で話し、話題は喜怒哀楽と人のうわさ、世間話。大学では、中学生のときに『資本論』を読んだ友人もいたけれど、私にそんな蓄積はゼロです。自分は標準語で「きちんと」話を聞いて、「正しい回答」をする訓練をされてこなかったと気づきました。

 若松 でも、山内さんがお書きになるものは、「正しい回答」ではないですよね。みんなが「正しい」ことを欲するけれど、おかげで目の前の「本当」を忘れてしまった。「原発は安全」と「正しい」ことを言われて納得し、原発と田んぼが同居する風景に違和感がなくなっていた。「本当」の「いのち」の源泉から考えるとそんなことは決してあり得ないのに。それと、山内さんは歴史を描く。「本当」を書く人は、歴史を語るのだと思います。

 山内 東北の歴史は、時々で接ぎ木されてきたようなものです。私たちが東北を征服した側の子孫か、された側の子孫かという記憶すら喪失している。似た話で、東北が米どころになったのは、実は戦後=注<1>=です。それ以前の記憶が乏しい。そうやって、いつの間にか一面が田んぼになり、原発ができた。「正しい」言葉を獲得させられていく過程とも重なる気がします。

 子供の頃、方言で書いた作文を赤ペンで直された=注<2>=ときの感じを覚えています。「なぜ自分の言葉は直されるのか」という抵抗感。でも、どんな言葉でどう表現したらいいか分からない。

 若松 言葉には必ず律動がある。心は律動で真偽を判断する。方言は意味よりも律動優先です。標準語は意味が優先する。いまさら、皆が方言では書けない。では、どうやって標準語で方言の律動を取り戻すかを考えなくてはならない。

 山内 高校2年のとき、大凶作=注<3>=がありました。米が穫(と)れないというだけのことで、私は何か、自信を喪失してしまった。現実には国から補助も出て生活は保障されている。なのに、収穫ができない心細さはどうしようもない。自分だけでなく、集落全体がやるせなさに包まれた。その後も長く引きずりました。こんなに世の中が進んでいるのに、とても時代遅れな経験をしたような、別世界にいたような。あの気持ちを共有できる人は、実家とその近所にしかいない。大震災後も大勢が避難していますが、そこで心細さを共有できる範囲はごく限られている。

 若松 全然違う苦しみや、やるせなさと共振する可能性はあるのではないでしょうか。今、どんなに勉強しても就職できない人がいっぱいいます。そういう人も、得られるはずだったものを奪われた喪失感に苦しんでいる。自分と集落の人しか感じなかったものも、文字にすれば、現象的には違うことや人と響き合うかもしれない。

 山内 私が東北学=注<4>=というときの<東北>は、意味がかなり広くて、マイノリティーの世界のことなんです。一地方だけでなく、東京にも<東北>がある。在日コリアンの友達が生まれて初めてできて「選挙権がない」と聞いたとき、いろんなことを共有できたし、共振し合えた。

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 ■人物略歴

 ◇やまうち・あけみ

1976年生まれ。一橋大大学院修士課程修了。福島県立博物館嘱託、宮城大特任調査研究員を経て現職。著書『こども東北学』、共著『「辺境」からはじまる−東京/東北論−』『六〇年安保 1960年前後』など。
    −−「若松英輔の「理想のかたち」:第8回・方言と標準語、食の意味 ゲスト・大正大任期制准教授、山内明美さん(その1)」、『毎日新聞』2015年11月28日(土)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151128ddm014040012000c.html

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若松英輔の「理想のかたち」:第8回・方言と標準語、食の意味 ゲスト・大正大任期制准教授、山内明美さん(その2止)
毎日新聞 2015年11月28日 東京朝刊

 ◇「正しい回答」求めて「本当」を忘れた現代

 若松 山内さんは、食を正面から語れる背景をお持ちです。宗教も哲学も食を忘れがちです。イエスは、自分から出向いて人と食事をしました。食事は、和解と赦(ゆる)しの象徴、いのちといのちのふれ合いです。でも、神学書はあまりそのことにふれようとしない。

 山内 小学生の頃、「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉を知って父に言ったら、「うちでは食べることと生きることが同じ」と返された。で、「自分で食べる米は自分で作れ」と、小さい田んぼを任された(笑い)。

 この2年、食べ物のNPOをやっています。若手生産者の情報を載せた雑誌『東北食べる通信』に生産物を「付録」として、消費者と直接つないでいます。『東北−』は会員1万5000人で、続いて生まれた同様の『○○食べる通信』は、創刊準備中も含め全国22誌です。関心の高さに驚きます。

 若松 食の楽しみや流行を書く人はいても、いのちの問題として書ける人はとても少ないですね。

 山内 漁師さんに1日話を聞けば、「これはすごいなあ」「なんて考え抜いているんだろう」と感動します。魚と引き換えに命がけで船を出す。でも、そこにあるものが、直接は文字にならない。

 若松 漁師さんらの「口」になるのが、山内さんのお仕事ですね。

 山内 ところが遅筆で……。

 若松 僕は、いつも「これが自分の最後の文章だ」と思って書くことに決めています。大震災で学んだ一番大きなことです。津波で亡くなった人は、地震が起きたとき、1時間後に自分が死ぬとは思っていなかったでしょう。彼らは「明日はない。だから今を生きろ」と教えてくれた。逆に、あまり未来に不安を持つ必要もない。未来はやって来る。未来を人間が作ると思うと誤る。「正しい」未来のために原発を作ってきた。そういうあり方を考え直す大きな要素に、食はなり得るはずです。

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注<1>=大正以降の品種改良や戦時中の増産が影響。コシヒカリ開発開始は1944年。

注<2>=「方言矯正」教育は戦前の沖縄が有名だが、戦後の東北などでも続いた。

注<3>=その年、宮城県作況指数は37(平年並み101−99、著しい不良90以下)。

注<4>=元々、民俗学者赤坂憲雄さんが提唱した学際的な地方研究。

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 ◇対談を聞いて

 後日、大阪府知事・市長選の結果を見ながら、山内さんの話を思い出していた。山内さんは、近代以降の地方出身者が感じてきた故郷への愛憎、「中央」へのコンプレックスなどを、自身そのものとして語った。明快な「希望」なぞない。新たな道ならばある。『東北食べる通信』のように。一極集中は経済や政治に限らず進み、もう一つの「中央」だった大阪も「地方」化しつつある。そんな状況を突き抜ける視点が、山内さんにはある。【鈴木英生】=次回は12月26日掲載

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 ■人物略歴

 ◇わかまつ・えいすけ

 1968年新潟県生まれ。慶応大卒。『三田文学』編集長も務める。「越知保夫とその時代」で三田文学新人賞。著書『井筒俊彦叡知の哲学』『死者との対話』『霊性の哲学』『生きる哲学』『吉満義彦詩と天使の形而上学』など。
    −−「若松英輔の「理想のかたち」:第8回・方言と標準語、食の意味 ゲスト・大正大任期制准教授、山内明美さん(その2)」、『毎日新聞』2015年11月28日(土)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151128ddm014040020000c.html





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