覚え書:「文化の扉:はじめての論壇 議論の「ショー」、雑誌からネットへ」、『朝日新聞』2016年02月21日(日)付。

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文化の扉:はじめての論壇 議論の「ショー」、雑誌からネットへ
2016年2月21日

はじめての論壇<グラフィック・西森万希子>
 
 新聞には、短歌や俳句の載る「歌壇」「俳壇」という欄があります。同じように「壇」が付く言葉「論壇」をタイトルに含むページもあります。でも「論」の「壇」って何なのでしょうね。

 政治学者・吉野作造の名が今も知られているのは、総合雑誌での活躍が大きい。100年前、吉野は「中央公論」に「憲政の本義を説いログイン前の続きて其(その)有終の美を済(な)すの途(みち)を論ず」を発表した。民衆の利益や幸福、意向を重視する「民本主義」を説き、吉野は「大正デモクラシー」を主導した。

 政治や文化など、様々な領域を扱う総合雑誌に載った文章が社会に議論を起こし、異論や反論が出て議論が広がる。総合雑誌を中心に、明治以降、徐々に形成された仮想の議論の「場所」が「論壇」となった。「中央公論」に続き、労働運動などで急進的な論考が目立った「改造」、菊池寛が創刊した「文芸春秋」が誕生、終戦後に戦後のリベラルを代表する「世界」、1970年代には保守的な論考を紹介する「正論」「Voice」などに「論壇」は広がった。

 普通選挙法につながった大正デモクラシーのように、論壇の議論が社会に影響を与えることもある。ある時点の論壇で、どんなテーマに注目したらいいのかを示してくれるのが「論壇時評」だ。

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 国や社会のあり方を論じる論壇は、将来に不安を抱える読者に進むべき未来を示して安心させ、議論の応酬も楽しんでもらう「ショー」として世の中に浸透した。批評家の大澤聡さんは「論壇の『壇』は、華麗なショーが繰り広げられる芸妓(げいこ)さんの『お座敷』にたとえられる」という。論考が認められて雑誌に載る=お座敷にあがると、「論壇人」として扱われる。お座敷では、まじめで、かつ、読者を楽しませる議論が重宝された。

 時代が過ぎ、雑誌の売れ行きは落ちた。「論壇誌」の中にも、休刊や廃刊に追い込まれたものがある。今年、創刊から70年の「世界」編集長・清宮美稚子さんも「雑誌がカバーしてきた従来の意味での論壇はもうないでしょう」と話す。「ただ、雑誌だけではない、緩やかな枠の議論の場所として、論壇は続いています」

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 テレビの討論番組や、インターネットの「ブログ論壇」など、論壇は拡大した。ネットの議論には、多くの人が参加できる。学者や評論家として有名でなくても、誰もが「論壇人」になれるようになった。

 朝日新聞の論壇時評も、1931年に経済学者の河上肇は、「諸雑誌に出ている評論を批判する」と書いていた。しかし、思想家の東浩紀さんによる2010年4月の時評の見出しは「ネットが開く新しい空間」となった。

 ただネットには、批判を受け止めない意見もある。大澤さんは、「インターネットの登場で新しい言論空間に移ると期待された時期もあったが、そう簡単ではない」と指摘。「雑誌のようなメディアが正当に評価されるべきだ。対価が発生することで発信側の責任や倫理が問われ、持続性のある議論につながる」と見る。(藤井裕介)

 <読む> 竹内洋ら編『日本の論壇雑誌』(創元社)は、論壇をつくった雑誌の役割や歴史を教えてくれる。大澤聡『批評メディア論』(岩波書店)は、論壇や論壇時評の成り立ちを、1920〜30年代の言論に注目して分析する。朝日新聞の「論壇時評」紙面は、原則、毎月最終木曜日に掲載。高橋源一郎さんが、6人の論壇委員との議論をもとにして書いた時評と、委員注目の論考を紹介する。

 <聞く> 2013年に開店した、思想家の東浩紀さんが運営する東京・五反田の「ゲンロンカフェ」(03・5719・6821)。政治や思想、美術など多くのテーマで、東さんらによるトークイベントが行われている。

 ■読者と議論の場が理想 朝日新聞「論壇時評」筆者・高橋源一郎さん(作家)

 そもそも論壇はどこにあるのか。どこに行けば社会問題を語る人がいて、チェックできるのか。論壇時評は、論じる対象を探す旅から始まりました。

 50年前と比べて、社会に問題がなくなったわけではない。より深刻で、より本質的な問題が増えた。かつては答えが決まっていたことも「再定義」しないといけなくなった。例えば「民主主義」。疑いを差し挟む余地もない言葉だったけど、去年、「民主主義って何だ」って再定義の動きがありましたね。

 気がついたのは、あらゆる場所に社会を論じる言葉があるということ。論壇時評では、無限にある言葉から意味のある言葉を選んで示し、一緒に考えてもらおうと思っています。読者の皆さんが考えたことを言葉にして、それが僕のアンテナに引っかかり、時評にフィードバックされるのが理想だよね。あの紙面が論壇なのかもしれません。

 ◇「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「海女」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉:はじめての論壇 議論の「ショー」、雑誌からネットへ」、『朝日新聞』2016年02月21日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12219932.html





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