覚え書:「今週の本棚・本と人 『バラカ』 著者・桐野夏生さん」、『毎日新聞』2016年03月27日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『バラカ』 著者・桐野夏生さん

毎日新聞2016年3月27日 東京朝刊
  (集英社・1998円)

理想が崩れた2019年の暗黒社会 桐野夏生(きりの・なつお)さん
 地震津波によって原発が爆発し、東半分が壊滅した後の2019年の日本。中心は大阪に移ったが、東日本の線量の低い地域で暮らす人々もいた−−あったかもしれないパラレルワールドを作り、現代を照射する物語を生み出した。

 新しい小説の取材を進めている最中に、東日本大震災が起きた。「今までこの世の悲劇を書いてきたけれど、言葉ではすくい取れないような大変なこと、カタストロフィーが起きるのだと打ちのめされました」。しかし「書かなければと思い」、小説を構想し直した。大量の放射能が東京にも降りかかった、「ただちに人体に影響はありません」が本当なのかなど、大震災当時の風説を全部取り込み、「壮大なディストピア(理想が崩れた暗黒世界)を書こうと思いました」と話す。

 関東の放射能警戒区域に、一人いるところを保護された女児薔薇香(ばらか)が主人公。その過去ゆえ原発推進派、反対派双方から運動のシンボルとして狙われ、各地を転々とする。何もかもうまくいかない日系ブラジル人夫婦、ドバイの赤ん坊市場などが絡み合い、まずは震災前の薔薇香誕生前夜の物語が動き出す。そして震災後、原発反対など復興に水を差す言動をとれば、何者かによって抹殺される社会が待っていた。

 作家として、今の時代を書くことを心がける。「言ってはいけないことが多くなった。クレームに弱くなり、自粛傾向も強い。非寛容で、異なるものへの差別感がある。以前から兆候はあったけれど、大震災により増幅したと思います」。露骨な経済原理で政治が動くようになり、「心がケチになりましたね」。

 全体としては大きな構造を持つが、描かれるのは人々が日々生きる姿だ。「破綻した夫婦がいるとか、夫はいらないけど子種はほしいと思っている女性がいるとか、小さなところから始めると、現実をえぐり取って伝えることができるのではないかと」

 時代を映しながら、現代の“冒険譚(たん)”として充実した物語がそこにある。しかし、書き終えても達成感がないという。「あれでよかったか、これでよかったかと思っているので終わった感じがないのかもしれない。原発事故も収束していないし、ずっと終わらない震災という感覚でしょうか」<文と写真・内藤麻里子>
    −−「今週の本棚・本と人 『バラカ』 著者・桐野夏生さん」、『毎日新聞』2016年03月27日(日)付。

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