覚え書:「特集ワイド オバマ大統領よ!「和解の花束を」 訴え続けたヒロシマ訪問 空襲を体験したジャーナリスト・松尾文夫さん」、『毎日新聞』2016年04月20日(水)付夕刊。

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特集ワイド
オバマ大統領よ!「和解の花束を」 訴え続けたヒロシマ訪問 空襲を体験したジャーナリスト・松尾文夫さん

毎日新聞2016年4月20日 東京夕刊

米軍機を見た戸山小学校(奥)の前で当時を振り返る松尾さん。「副操縦士の鼻が高かったのを覚えています」=東京都新宿区で、丸山博撮影

 ひとりの老ジャーナリストが「核なき世界」を提唱するオバマ米大統領の広島訪問へ熱い視線を注いでいる。元共同通信ワシントン支局長の松尾文夫さん(82)。戦争を知る最後の世代として、日米の首脳は互いに歴史のトゲを抜く必要がある、と訴え続けてきたからだ。【鈴木琢磨

 「このあたりに文房具屋があったんだよ」。東京・JR新大久保駅かいわいを松尾さんと歩いている。ひところの韓流ブームこそ下火になったものの、タイやネパールなどのレストランが軒を連ねるエスニックタウンである。しばらく進むと新宿区立戸山小学校があった。校庭の桜は少し花を残していた。「通っていた頃は戸山国民学校といっていました。ここが僕のジャーナリストとしての原点です」

 1942年4月18日正午すぎ−−。授業が終わるや、3年生になったばかりの松尾少年は校庭に出た。突然のエンジンのごう音、新宿方向へ双発機が低空で飛び去った。副操縦士の顔まで見えた。東京を初空襲したドーリットル爆撃隊B25の一機だった。遠い日がよみがえるのか、ぐっと空を見上げた。校庭からはサッカーに興じる児童の喚声が聞こえる。6年生になった敗戦直前の45年7月19日には疎開先の福井市でB29の爆撃にさらされた。「イモ畑で母らと伏せていると、防空ずきんに泥水が降ってきた。焼夷(しょうい)弾を詰めた親爆弾が開かず、そのまま水田に落ちたんです。翌朝、市内の道路にはおびただしい黒焦げの死体、福井城の堀は水死体で埋まった」

 なぜアメリカと戦争をしたのか、アメリカとはどういう国なのか−−。元軍国少年共同通信の記者になり、退社後もなおこの超大国を追っている。インタビューの日も重い紙袋を手にしていた。「アハハ、アメリカ研究会に顔を出してきまして」。そんな松尾さんが日米首脳の「相互献花」外交を思いついたのは通信社の新規事業部門に移っていた95年のことだった。出張先のワシントンのホテルでテレビニュースを目にする。ドイツの古都ドレスデンアメリカとドイツ、旧敵同士が和解の儀式をやっていた。第二次世界大戦末期、米英軍はドレスデンを爆撃し、3万5000人が犠牲になった。それから50年の追悼ミサだった。

 「ドイツからはヘルツォーク大統領、コール首相、アメリカからは制服組トップ、イギリスからはエリザベス女王の名代まで出席している。驚きました。演説でヘルツォーク大統領は呼びかけた。かつての敵も味方も一緒に平和と信頼に基づく共生の道を歩もう、と。胸を打たれた。あの福井の空襲を生きのびた人間として、なんとか日米の間でも<ドレスデンの和解>ができないものか。そしていつの日にか、米国の大統領が広島を、日本の首相が真珠湾をそれぞれ訪れ、鎮魂の花をささげられないかと考えました」

 このアイデアは戦後60年を迎えた2005年の「中央公論」9月号に発表し、英語で同趣旨を米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿した。その後も歴史和解のための「相互献花外交」についてしばしば筆を執り、ついには「オバマ大統領がヒロシマに献花する日」と題した著書まで出した。執念である。ようやく念願がかないそうですね、と水を向けると、行きつけの韓国料理屋があるから、そこでゆっくり、と誘われた。

 「感慨深いですよ。ホワイトハウスが正式に発表するとすれば、伊勢志摩サミットへ大統領が出発するギリギリになるでしょう」。豆腐キムチをつまみ、マッコリを流し込む。聞けば、松尾さんは2・26事件で岡田啓介首相と誤認され殺された松尾伝蔵大佐の孫という。幼き頃、中国大陸に暮らしていて、祖父の葬儀に日本へ戻った帰途、列車で朝鮮半島を走り抜けたおぼろげな記憶があるらしい。「これまでの流れを見ると、岸田文雄外相の頑張りが大きい。G7(主要7カ国)外相会合で広島を訪れたケリー国務長官が原爆慰霊碑に献花し、それへの世論の動向を見極めたうえで大統領に(広島訪問を)進言してもらおうとしたんじゃないですか。岸田さんは広島選出の政治家ですから」

「実現なら首相は真珠湾へ」

 だが、そうすんなりとコトが運ぶかどうか。15日付の韓国の大手紙、朝鮮日報は早速、論説委員のコラムを載せた。タイトルは「オバマ大統領が広島に行ってはならない理由」。こうつづっている。<日本が被害者だという印象を与えるもので、まだ反省と謝罪が終わっていないアジアの加害国だという事実を覆い隠す結果につながる可能性がある。北東アジアは歴史問題が国際政治問題に直結する特殊な地域だ。そのような北東アジアの歴史的感情を十分に考慮しないまま踏み出すオバマ大統領の一歩は、かえって混乱ばかり引き起こすかもしれない>

 「韓国系、中国系アメリカ人の間に同じようなセンチメント(感情)があることは間違いない。核不拡散であれ、どんな名目であれ、大統領が広島で花を手向けるとき、一瞬でも日本人が被害者の顔をするのが許せないんです」。松尾さんは彼らの気持ちに思いをはせた。米国の真珠湾世代にも同じような反発はある。和解には、日本がどういう立ち振る舞いをするか問われてくる。

 「オバマ大統領が広島を訪れたら、安倍晋三首相がどうするかです。広島の花束に呼応して、真珠湾の花束で応えねばならないと思う。あの戦争のシンボルであり、真珠湾奇襲攻撃の現場にあるアリゾナ記念館へ行ってほしい。それが71年前に終わった戦争のけじめになると思う」

 「晋三さん、行くんじゃないですか」。そう語るのは金巌(こんいわお)さん(82)。毎日新聞政治部記者だった安倍首相の父、晋太郎元外相の後輩記者で、政策担当秘書になった。「中曽根政権の末期でした。オヤブン(晋太郎元外相)から首相になったら、最初の記者会見をワシントンで開きたいから手はずを整えるよう言われていました。日本バッシングが激しい頃でした。日本の対米認識を正しくアピールしようとしたんです。私はワシントンの前に真珠湾に立ち寄っては、とアドバイスしました。やはりアメリカ人にとっては、リメンバー・パールハーバーです。その方がインパクトがありますから。オヤブンはまんざらでもない感じでね。ただし、絶対表に出すな、とクギを刺されました。すべては幻に終わったのですが……」

 この秘話を松尾さんにぶつけてみた。「いや、まったく知らないなあ。強硬派に見えて安倍首相は、日韓の慰安婦合意など柔軟なところもある。日本版ドレスデンの和解ができることを祈っています」。サミットは5月26−27日。その足でオバマ大統領は広島へ向かうのだろうか。執念のジャーナリストなら現地で見届けなければいけませんね、と申し上げると、大笑いした。「そりゃあ、そうだ」
    −−「特集ワイド オバマ大統領よ!「和解の花束を」 訴え続けたヒロシマ訪問 空襲を体験したジャーナリスト・松尾文夫さん」、『毎日新聞』2016年04月20日(水)付夕刊。

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