覚え書：「ザ・コラム：矛と盾　再び軍備に頼る空しさ　駒野剛」、『朝日新聞』2016年06月02日（木）付。

ザ・コラム；矛と盾　再び軍備に頼る空しさ　駒野剛
2016年6月2日

　当欄を書いていると、読者の方々から様々な手紙やメールを頂く。おしかりを受けたり未知の事実を教えられたり。緊張して開封する時、自然と背筋がピンとなる。

　今年１月１４日に掲載の「数字の威力」というコラムで、広島県江田島市の沖井弘さん（８６）からお便りを頂いた際も、書かれていた戦争の不条理に居住まいを正した。

　私は旧海軍の連合艦隊の柱島泊地を望んで「瀬戸内海は穏やかだった」と書いた。

　山口県・岩国新港から船に乗り４０分ほど。先だって、柱島群島の一つ、黒島を訪ねた時もそうだった。人口２５人、周囲４キロほどの小島から船が去った後は、潮騒とウグイスのさえずりしか聞こえぬ静けさだ。

　だが終戦間近の１９４５（昭和２０）年７月２４、２６日。穏やかな景色が地獄図に一変した悲劇を沖井さんに教えて頂いた。米艦載機の空襲で未曽有の被害を受けたのだ。

　黒島の防空壕（ごう）に爆弾が直撃。中には柱島国民学校黒島分校の児童１３人がいたが、全員が窒息死したほか、６人が亡くなった。当時１００人ほどの島で、かけがえのない子どもたちの姿と未来が、一瞬で消えた。

　昨年８月、別の防空壕に逃げて助かった元分校生の三上次郎さん（８１）＝広島県大竹市＝が、生き埋め現場跡に、事実を記した「追悼の碑」を建立した。その模様は山口朝日放送からもテレビ放映された。

　碑には軍需施設のない黒島が、なぜ爆撃されたか「理由はいまだに不明」とある。

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　ただ、大人たちの間で「あれが原因だろうか」とささやかれた一件があった。島の集会所に旧海軍の艦上戦闘機零戦の古い写真を納めた額が掲げられている。「報国第３３９３号（岩国黒島号）」とある。

　朝日新聞社は日中戦争が始まった１９３７年７月以降、陸海軍に一定額を寄付して軍用機を献納する国民運動を提唱した。製造された戦闘機などは「報国号」「愛国号」などと名付けられて戦場に送られた。

　岩国黒島号もそうした１機で、４４年３月に黒島自治会から８万２千円が献納された。米軍が戦略爆撃機Ｂ２９で空襲し始める直前だ。銀行員や公務員の初任給が月７５円ほどのころ。当時、トリガイの豊漁に沸いていた黒島でも破格の出費だったろう。

　これだけの貢献をしたからか、「島が狙われたのは黒島号のことを敵のスパイが通報したからだ」とうわさが広がった。

　黒島が襲われた２４日以降、北東３５キロほどにある広島県呉市も激しい空襲を受けた。戦艦大和が建造された軍港に停泊する戦艦や空母は、戦闘機能を完全に喪失した。

　こうしてみると、連合艦隊の沖合泊地だった柱島群島が、軍港の一部と見なされて呉と共に攻撃されたとみるべきだろう。

　黒島号のために襲われたわけではないが、巨額を貢いでも、島の守りに何の役に立たなかった軍備こそ、空しかったのだ。

　空襲当時島にいて、防空壕から３年生だった弟たちの遺体を収容した岡田博さん（８５）は、米軍機がやってきた方向の海を眺めながら「この島は、大東亜戦争ではさんざんな目に遭いました」とつぶやいた。

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　帰路、左舷に巨大基地が見えてきた。本土唯一の米海兵隊の岩国航空基地だ。東京ドーム１６８個分、約７９０ヘクタールを占める。

　米軍のＦＡ１８ホーネット戦闘攻撃機など約７５機が所属。１７年ごろに米軍厚木基地から空母艦載機５９機の移駐が計画され、嘉手納と並ぶ極東最大規模の航空基地になる。

　元々、日本海軍の航空隊用に造られたが、敗戦で米英軍が駐留した後、米海兵隊の基地になった。ベトナム戦争の出撃基地になり、湾岸戦争でも兵員が派遣された。

　先の大戦で、軍備に頼る空しさを知ったはずの日本人が、安保条約の下、他国の軍備に７０年以上も頼り続ける矛盾。岩国以上に米軍基地が占有する沖縄では、またしても、日本人の命の尊厳が奪われた。

　広島を訪ねたオバマ米大統領は「キノコ雲の映像の中に、私たちは人間が抱える根本的な矛盾を非常にはっきりと思い起こすことができる」と述べた。しかし、矛盾は核兵器だけでなく、軍備全てに共通する。

　岩国基地の軍用機の爆音が、黒島上空にもとどろく日がある。静寂が戻ると、１３人の声が聞こえる気がした。いつまで、空しい矛と盾に依存するのですか――と。

　◆ザ・コラムは毎週木曜日に掲載します。
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