覚え書:「文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信
2016年6月12日

アイヌ文化、世界へ<グラフィック・小倉誼之>
写真・図版
 2020年の東京五輪パラリンピックの開催に合わせ、アイヌ文化を世界に発信しようという政策が進んでいます。日本の先住民族として独自の文化を守ってきたアイヌの人たち。長い苦難の歴史がありました。

 「アイヌ」とは、アイヌ語で「人間」を意味する言葉。アイヌ民族の人たちは北海道を中心に東北地方や千島列島、カムチャツカ半島南端、樺太南部などの地域で暮らしてきた。暮らしは自然と共にあり、漁狩猟や植物採集を生業とした。固有の文字を持たず、カムイ(神)の物語などは独特な節を付けた口承文芸で伝えてきた。ラッコやトナカイ、シシャモなどの言葉はアイヌ語が基だ。

 アイヌ文化が形成されたのは12〜13世紀ごろ。中でもカムイとの関わりは重要だ。動物や植物、天変地異など周囲の全てに魂や霊が宿っていると考える。つまり、ものや現象は神々がその役割を果たすために化身して天上から舞い降りているのだ。

 ヒグマも神の化身。毛皮や肉などに解体した後は、神を元の世界に帰すための儀式を行う。北海道アイヌ協会の貝澤和明事務局長は「神には再びクマとして戻ってきてもらいたいとの願いが込められている。循環の思想だ」と話す。

     *

 アイヌの人たちは、本州の和人からエミシ、エゾ(蝦夷)と呼ばれてきた。古くは「日本書紀」に、阿倍比羅夫が遠征して「蝦夷(えみし)」を討つとある。和人の勢力は次第に東北北部へと拡大し、15世紀半ばからは、北海道へ多くが移住した。和人とのあつれきから争いが頻発。だが、コシャマインの戦い(1457年)、シャクシャインの戦い(1669年)で和人に敗北し、1789年の戦いを最後に服従は決定的になった。

 支配体制が確立していく17〜19世紀にかけて、和人による「アイヌ絵」も盛んに描かれた。北海道大学アイヌ・先住民研究センターの佐々木利和客員教授は「あくまでも和人の目を通したもので見たままを描いているわけではないので注意が必要だ。偏見や差別意識に基づいて描かれたものも多い」と指摘する。

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 いま、国は北海道白老町に、国立博物館の建設などを計画する。開館は東京五輪が開催される2020年度。多文化共生をアピールする。

 だが、国がアイヌ民族先住民族と位置づけ、文化の保護に乗り出したのは最近のことだ。

 アイヌ文化振興法が制定されたのは1997年。この年、明治以降の同化政策の柱となった北海道旧土人保護法がようやく廃止された。先住民族に対する国際世論の高まりなどを受け、国は2009年に「アイヌ総合政策室」を設置、五輪開催と軌を一にした文化発信へようやく動きだした。

 アイヌ民族が運営するアイヌ民族博物館(白老町)の野本正博館長は「観光のためにエキゾチックさを求められ誇りを失っていた時期もあった」という。また、アイヌ民族であることに関心の低い若い世代も増えているといい「今後は伝統を守りつつも、自由な発想で現在進行形のアイヌ文化を発信していきたい」と話す。(塩原賢)

 ■新鮮な驚き、そのまま描く 漫画家・野田サトルさん

 北海道には23歳くらいまで住んでいましたが、身近にアイヌの方はいませんでした。マンガ「ゴールデンカムイ」を描くにあたり、道内の主要なアイヌ関係の施設はほぼ回ったと思います。アイヌ文化は知らないことばかりだったので、新鮮な驚きをそのまま作品を通じて伝えられているのかなと思います。

 和人もアイヌも、同じ人間であるということは常に意識しています。必要以上に善人だったり、卑屈な人物だったりという描き方はしません。アイヌはこの作品の重要なモチーフで真摯(しんし)に向き合うべきものですが、読者を楽しませることだけを考えています。アイヌの方から「『ゴールデンカムイ』を読んでないアイヌはいない」と言われたのはうれしかったですね。

 彫刻や刺繍(ししゅう)に魅せられています。民具は作画の資料でもありますが半分趣味で集めています。

 <訪ねる> 北海道白老町アイヌ民族博物館は、ポロト湖畔にアイヌ民族の家(チセ)や倉庫、祭壇が立ち並び、コタン(集落)の様子を再現。チセ内で1時間に1回(1日計8回)、コタンの解説やアイヌ古式舞踊の公演がある。約6千点の民族史料を収蔵する。国は「民族共生象徴空間」として、この施設の周辺に国立博物館や体験・交流ゾーンなどを整備する予定。道内にはほかにも、萱野茂二風谷アイヌ資料館(平取町)、二風谷アイヌ文化博物館(同)や札幌市アイヌ文化交流センターなどアイヌ文化関連施設が各地にある。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「ドラゴンクエスト」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12405731.html




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覚え書:「北の富士流 [著]村松友視 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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北の富士流 [著]村松友視
[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)  [掲載]2016年08月28日   [ジャンル]歴史 人文 
 
■数字で評価できない人間的魅力

 1972年1月場所8日目、横綱北の富士と関脇貴ノ花の一番を、小学3年だった私はテレビで観戦していた。北の富士が外掛けで倒そうとしたところを貴ノ花が捨て身の上手投げで返し、北の富士の右手が先についた。行司の軍配は貴ノ花に上がったが、物言いがついた。その結果、「体が死んでいるときは、かばい手といって負けにならない」というルールが適用され、軍配差し違えで北の富士の勝ちとなった。
 土俵に上がった審判委員と行司の協議は異様に長かった。「かばい手」という決まり手も聞いたことがなかった。貴ノ花を応援していた私は、判定に納得がいかなかった。
 北の富士のしこ名を聞いて思い出すのは、この場面である。前年に名横綱大鵬が引退し、北の富士のライバル玉の海が急死したことで、横綱北の富士だけになっていた。当時の相撲界は、もう一人の名横綱北の湖が現れるまでの過渡期であった。「かばい手」で勝ちを拾ったにもかかわらず7勝7敗1休だったことに象徴されるように、横綱とは言い難い成績で終わった場所も少なくなかった。
 しかし村松友視にとってそんなことは百も承知のはずだ。優勝回数などのわかりやすい数字によってしか大相撲の力士が評価されない風潮に異を唱えるかのように、著者は関係者への取材を重ねつつ、長きにわたって人間的魅力を放ち続ける「北の富士流」の生き方に迫ろうとする。その魅力は、著者のようなすぐれた作家の筆力によってしか表現され得ないものだ。現役時代の成績など、「北の富士流」全体のなかではごく一部を占めるにすぎないことが、本書からはひしひしと伝わってくる。
 いまや大鵬北の湖ばかりか、北の富士自身が親方として育てた名横綱千代の富士も亡くなってしまった。角界に身を捧げた男たちの人生の明暗について、深く考えずにはいられなくなる一冊である。
    ◇
 むらまつ・ともみ 40年生まれ。作家。著書に『私、プロレスの味方です』『時代屋の女房』(直木賞)など。
    −−「北の富士流 [著]村松友視 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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覚え書:「陸王 [著]池井戸潤 [評者]市田隆(本社編集委員) 」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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陸王 [著]池井戸潤
[評者]市田隆(本社編集委員)  [掲載]2016年08月28日   [ジャンル]文芸 
 
■保証なき道進む中小企業の不安

 ベストセラーとなった『下町ロケット』シリーズと同じく、新技術による商品開発を目指す中小企業の物語。今回の池井戸作品でも熱い人間ドラマに心を揺さぶられた。一つ一つの企業小説がマンネリに陥らず、読者を魅了し続けるのはなぜだろう。
 埼玉県行田市の足袋メーカー「こはぜ屋」は、正社員とパート計27人の企業。創業百年の老舗だが、時代の流れの中で売り上げはジリ貧。社長の宮沢紘一はふとしたきっかけから、自社の地下足袋を応用してランニングシューズに新規参入できないか、と思いつく。「伝統を守るのと、伝統にとらわれるのとは違う。その殻を破るとすれば、いまがそのときではないか」
 素敵(すてき)な言葉だが、現実は甘くない。商品開発は障害多く、展望は開けない。新規事業に協力的な取引銀行担当者が登場するが、この場合、融資を渋る銀行の上役の判断のほうが妥当に思えるほど状況は厳しい。
 本作では、ライバルの大手メーカーとの競争より、暗がりの中を手探りで進むような時期の描き方に、池井戸作品が読者に訴えかける力があることを改めて感じた。大手メーカーを退職後、シューズ開発のアドバイザーとしてこはぜ屋に協力する村野尊彦は、苦境にある宮沢社長にこう言う。
 「進むべき道を決めたら、あとは最大限の努力をして可能性を信じるしかない。でもね、実はそれが一番苦しいんですよ。保証のないものを信じるってことが」
 商品開発に打ち込むが、わいてくる不安にさいなまれる宮沢の心理描写が秀逸だ。保証がない中小企業のリアルな姿が小説にあるからこそ、努力の結実も重みを持ってくる。
 やがて、こはぜ屋の社運をかけたシューズ開発にかける思いと、人生をかけて走るマラソンランナーの思いが交錯していく。そこに至るまでの苦しみが実感できることが、奥深い小説世界を生んでいる。
    ◇
 いけいど・じゅん 63年生まれ。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2011年『下町ロケット』で直木賞
    −−「陸王 [著]池井戸潤 [評者]市田隆(本社編集委員) 」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん [文]斎藤環」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか
「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん
[文]斎藤環  [掲載]2016年09月04日

さいとう たまき 61年生まれ。精神科医で批評家。筑波大学教授。『オープンダイアローグとは何か』(著・訳)など


■相談 家で機嫌が悪い中2の息子

 中学2年の息子が機嫌が悪いことが多く、家で暴言を吐いたり物にやつあたりしたりします。妹たちや親のふるまいにイライラしている様子です。家族も疲弊してしまいます。どんな本を薦めれば、彼のイライラを少しでも減らせるでしょうか。息子は新聞を毎日読んでいるので、もし掲載されれば「自分のことかも」と思ってくれると期待しています。(横浜市、会社員女性・40歳)

■今週は斎藤環さんが回答します

 お母様のお気持ちは良くわかりますが、わが子に新聞紙面を通じてメッセージを送るとは……専門家のはしくれとして言わせていただければ、親御さんのそういう操作的にみえる姿勢にも、息子さんのいら立ちの原因があるのかもしれません。とりあえずお母様には拙著『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』(ちくま文庫・842円)をお薦めしておきます。そこに思春期の心に配慮した接し方については詳しく書いておきましたので。
 私は、思春期の子を持つ親御さんには「子離れのタイムスケジュール」設定をお勧めしています。何歳まで親として面倒を見るか。例えば「25歳まで」などと決めたら、息子さんにもそう伝えておきましょう。なに、「親ウザい」と感じはじめる年頃ですから、別に傷つきはしません。
 そのうえで、お子さんと一緒に読んで欲しい本があります。『その島のひとたちは、ひとの話をきかない』です。精神科医の森川すいめいさんが全国の自殺希少地域(自殺が少ない自治体)を探訪した記録です。面白いのは、自殺が少ない地域では「人のつながりが弱い」とか「助けを求めることが恥ではない」みたいな地域特性があるんですね。
 そういう特性はもちろん一様ではありませんが、私の読んだ印象では、全般的に人のつながりが緩やかで、気軽に助けたり助けられたりする関係があって、よく対話するけれども「人は人、自分は自分」という距離感もある。個人を大切にするので人間関係の風通しが良いんです。
 親子関係にも必要なことではないでしょうか。相手にあるべきイメージを押しつけたり、親切の見返りを求めたりする関係は、とても息苦しい。「いつかは終わる関係」とお互いに思えたら、親子関係の風通しもずいぶん良くなるように思います。
 もしこの本が面白かったら、元ネタとなった岡檀(まゆみ)さんの著書『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(講談社・1512円)もあわせて読んでみることをお勧めします。
    ◇
 次回(9月11日)は作家の山本一力さんが答えます。
    ◇
 住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。
    −−「悩んで読むか、読んで悩むか 「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん [文]斎藤環」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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覚え書:「18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした
2016年6月12日

「『こうしたらいいじゃん!』ってみんなで気軽に話し合って、動くことが政治につながる」。生徒会室で、仲間と談笑する風間一樹さん(中央)=金川雄策撮影

 テレビには、国会前で「選挙に行こうよ」とコールする若者たちの姿が映し出されていた。キラキラ活動しているのって同世代の1%だよなあ――。

 《ぶっちゃけ、同じ年代で選挙のことなんてほとんど話したことがない》

 神奈川県逗子市の高校3年生風間一樹さん(18)は、自身の思いを書き込んだ。「偏差値40台の高校に通う高校生のブログ」と題し、1カ月で10万ビューを集める。地方と首都圏の教育の違いを知ろうと愛知県碧南市の女子高校生と話したり、東大生と話したり。独自の動画も載せる。

 夏の参院選までに18、19歳になる人を対象にした朝日新聞の全国世論調査で、参院選に「関心がない」と答えた人は6割近い。

 風間さんが18歳選挙権の話題を振ってみても、「え? それよりスマホのさぁ」。話すことと言えばゲーム、恋愛の話ばかりだ。

 自由な校風にひかれて入った県立高校で昨秋、生徒会長に選ばれた。生徒会として声を聞こうと目安箱を設置すると、月50件ほど寄せられるようになった。「雨や事故の渋滞でバスが遅れた時は、欠席扱いにしないでほしい」。8割を占めた要望を受け、先生に掛け合うと、「状況に応じて配慮する」ということになった。

 内閣府の13〜29歳を対象にした調査(2013年度)で、「政策決定過程への参加で、社会現象が変えられるかもしれない」という問いに、「どちらかといえば」も含め半数が「そう思わない」と答えた。でも、選挙に興味がない友だちも学校の問題には声を上げ、学校を変えられた。「周りを見渡して問題提起したり解決したりすることが政治につながる。解決ができる希望が見えれば、政治に関心が持てる」。風間さんは思う。

 (貞国聖子)

 ■低い投票率は「伸びしろ」

 ふとしたきっかけで「政治」に踏みだし、周囲の後押しで思わぬ方向へ転がり出す。すると社会の変革はおぼろげながら、具体的な形となって見えてくる。

 大学生の森脇留美さん(21)と吉田京加さん(19)は昨夏、NPOの主催する議員インターンに応募した。特に政治に興味があったわけではない。「先生が、選挙には必ず行ってくださいと言っていたので、その前に勉強したいと思って」。鎌倉市議の永田磨梨奈さん(33)のところで2人は出会い、市議会に傍聴に出かけた。

 ところが……

 「何を話しているのかまったくわからなかった」。なぜだろう。立てた仮説が、「若者の政治離れで投票率が下がり、若者を重視する議員があまり当選しないから、若者に親しみのある話が出ない」。実際、前回2013年の鎌倉市議選では、20代の投票率は約26%しかなかった。2人は永田さんの紹介で地元のコミュニティーFMで問題意識を話し、10月には鎌倉市のまちづくりネットワーク、「カマコン」の定例会議で「若者の投票率を上げるにはどうしたら?」と意見を募った。

 2人のもとに多くの大人がやってきた。「考えていなかったようなアイデアがポンポン出て面白かったし、本当にできるかも、って思えた」(吉田さん)

 5月29日の会議。「投票率が低いということは、上がる余地がめちゃめちゃある。日本記録を作ろうとか盛り上げられないかな」「同窓会を投票日に合わせて、待ち合わせを投票所の前で、というのは?」。彼女たちを大人が囲んで議論を交わした。今めざすのは、来春の市議選だ。2人は「若者の投票率が上がって、県、全国へと広がって行けばいいな」(森脇さん)と前を見ている。

 (秋山訓子)

 ■身近な実験積み重ねて 宇野重規・東大教授(政治思想史)

 18、19歳の有権者は240万人で、有権者の2%程度しかない。彼らが選挙を通じて社会を変えたいと思っても、数だけでいえば難しい。しかも社会保障は高齢者に手厚く、負担は先送りされがちだ。18歳世代は難しい立場に置かれているのは間違いない。

 じゃあ何もできないかと言えばそんなことはない。たとえば重要だと思う社会課題があれば、自分たちで解決策を提案してみる。うまくいけば、それを見た政府がまねをして制度化、予算をつける。NPOで病児保育の解決を図る若者など具体例はたくさんある。

 今の若い人たちには社会的な関心が強い人が多い。不景気な世に育ち、ごく自然に社会の役に立ちたいと思っている。かつての70年安保などでは、大義を掲げ社会を変えようとした。今は違う。肩ひじ張らず、活動が日常に根差している。

 これまで政治は、代議制民主主義にかたより過ぎていたが、政治はもっと幅広い。自分たちで社会を変えようとする行動はすべて政治だ。学校も社会だし、ゴミ拾いも変革の一つだ。

 若者が身近なところで異議申し立てをして、ネットを使って社会変革の種をまく。それを大人が応援する。自分たちの力で社会を変える小さな実験の一つ一つが政治だ。

 まずは日常で少しジャンプしてみる。自分が必要とされていることを感じながら小さな成功体験を得る。それが重なった時、社会は変わる。未来への希望はここにあると思う。

 (聞き手・秋山訓子)

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 うの・しげき 1967年生まれ。専門は政治思想史、政治哲学。社会的企業地方自治と民主主義のあり方なども研究テーマ。著書に「民主主義のつくり方」「政治哲学的考察――リベラルとソーシャルの間」など。

 ■ワタシの政治、語る難しさ

 政治って何だと思いますか? 取材で多くの18歳に聞いた。「国とかわからないですけど……」と言いながら、「ワタシの政治」を答えてくれた。「で、記者さんは何だと思います?」と問われた。絶句。口をパクパクさせて何かしゃべった記憶があるが、私の「ワタシの政治」を私は語れなかった。情けないが今もうまく言えない。

 (高久潤・35歳)
    −−「18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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