覚え書:「耕論 東京一極集中でいい? 市川宏雄さん、伊東香織さん、楡周平さん」、『朝日新聞』2016年08月02日(火)付。

Resize3854

        • -

耕論 東京一極集中でいい? 市川宏雄さん、伊東香織さん、楡周平さん
2016年8月2日

 高度成長期以降、国はいまなお「一極集中是正策」を進めるのに、東京圏だけ人口の増加ペースが上がる現実。新しく選ばれた都知事、そして東京以外の地域も向き合う課題とは。

 ■東京こそ日本のエンジン 市川宏雄さん(明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科長)

 サービス業などの第3次産業は、人口が集中するログイン前の続き大都市で加速度的に発展します。東京圏は現在、就業者の8割近くが第3次産業です。東京一極集中は、こうした経済合理性に基づいた結果です。

 政府は1962年から「地域間の均衡ある発展」を一貫してめざしてきましたが、そうはなりませんでした。皮肉なことに、一極集中を生みだした産業構造が日本を支えてきたのです。人口減少のなかで、これからも有力なしくみと考えています。

 90年代初頭にバブル経済が崩壊した後、日本経済の苦境を救ったのは、民間の東京への集中投資でした。2000年初頭にかけ、大手町、丸の内、六本木などの都心部で、大規模な再開発事業が行われました。東京の地価だけ、05年ごろから前年と比べてプラスになりました。また、金融も含めた民間企業のリストラが進み、東京を中心に民間企業の業績は急回復しました。

 この結果、法人税を中心に国全体の税収は増加に転じます。これらを原資に、08年から「地方法人特別税」が導入され、疲弊する地方に補填(ほてん)を始めました。企業が都道府県に納める法人事業税の一部を、国が地方に再分配するものです。

 所得税法人税の東京のシェアは、14年度で4割を超えています。近い将来、東京だけで半分をまかなうことも考えられます。東京が地方を支えねばならないのです。

 首都の半径50キロ圏内の人口やGDPの対全国シェアは東京は3割弱ありますが、実はパリもロンドンもほぼ同じ。一極集中はなにも日本だけではありません。ソウルは5割にのぼります。

 私が調査責任者を務め、森記念財団都市戦略研究所が発表している「世界の都市総合力ランキング」では、1〜3位はロンドン、ニューヨーク、パリで、東京は4位に甘んじている。都市間競争に勝ち、投資を呼び込むようにする必要があります。

 東京の弱点は経営者の評価が低い点です。東京への投資は他の主要都市と比べて魅力が弱い。医療関係の規制も厳しいまま。その規制緩和の鍵は政府が握っています。政府と東京の連携が不可欠です。高速道路などのインフラの老朽化や、超高齢化社会を迎えて介護面に不安もあります。

 こうした問題の解決には、東京の真の魅力を世界に発信し、日本のエンジンとしての東京の財政力の強化が不可欠です。それを指摘してきた、新都知事になる小池百合子さんの国際的センスと実行力に大いに期待しています。

 東京は大地震が懸念されますが、被害想定では山手線内は軽微で政府機能はほぼ支障ないでしょう。その他の機能は一定期間、大阪などでバックアップすればいいのです。(聞き手・編集委員 小山田研慈)

     *

 いちかわひろお 47年生まれ。専門は都市政策。都の有識者会議の委員も務めた。著書に「東京一極集中が日本を救う」など。

 

 ■五輪向け地方の魅力発信 伊東香織さん(岡山県倉敷市長)

 東京都は2015年の統計をみると、合計特殊出生率1・17で全国で最も低い状況にあるのに、人口の増加率は全国トップです。これは、地方で生まれ育った若者が、出生率の低い東京に出て行く状況が加速しているためです。

 地方でも、政令指定都市や倉敷のような中核市などは、転入する人が転出する人を上回る「社会増」が多いのに、東京圏へは出て行く人が多い。「東京は魅力があり、仕事がたくさんある」と考える人が多いからでしょうか。

 しかし、東京は保育園が足りず、住宅費も高い。政府の14年の調査では、東京在住者で、東京から移住の予定がある、または検討したいと思う人が約4割いました。

 地方は東京より保育園も入りやすく、通勤時間も短く生活しやすい環境です。でも、東京への一極集中は続いている。地域経済が縮小し、住民の暮らしに大きな影響を与える「待ったなし」の課題で、是正する必要があります。

 では、何をすべきなのか。

 やりがいがあり、収入も高い仕事が地方で増えれば、「地元に住もう」「一度東京に出ても、実家のある地域で働こう、転職しよう」という人は増えるはずです。

 政府関係機関の地方移転を進めることもありますが、東京にはない魅力を高め、競争力ある地場産業を育てていくことが欠かせません。近隣の市町村との協力も重要です。

 たとえば倉敷市では、地域の自治体が共通のビジョンを掲げて結びつく「連携中枢都市圏」の枠組みを生かして、地場産業ジーンズの魅力を近隣の井原市などとともに海外にPRしています。輸入してくれる海外の業者も、増えています。

 地方とともに歩んでもらうように、東京側にも働きかけたい。地元にどういう企業があるかを検討しないまま、進学先の東京で就職する人は多い。大学には学生が地方の頑張っている企業にも目を向けるように協力いただきたい。

 産業界も、本社機能や研究部門を社員が暮らしやすい地方に置くことの検討をお願いしたい。政府には企業移転の促進税制に力を入れてもらい、我々も補助金を設けるなどの努力をしていきます。

 地方はいま、これまでにない好機を迎えつつあります。20年の東京五輪に向けて、多くの外国人が東京、京都、大阪以外の地方にも訪れれば、さらに仕事や雇用が生まれます。倉敷市は、古い町並みが残る美観地区の町家や古民家を、地域の特産品を売る店や飲食店などに再生させる取り組みも進めており、新しいお客さまを呼び込んでいます。

 この5月のG7倉敷教育大臣会合を機に、事業者や住民向けのおもてなし英語講座も始めました。「好機」に向け、態勢を整えています。(聞き手・山村哲史)

     *

 いとうかおり 66年生まれ。郵政省(現総務省)を経て、08年から倉敷市長。政府のまち・ひと・しごと創生会議構成員。

 

 ■新産業つくり人口分散を 楡周平さん(作家)

 日本の人口の3割弱が集まる東京圏ほど、家族をもって子どもを産み育てるのが難しい場所はないと思います。いちばんお金がかかるのは、住居費。同じ条件ではじいた4人家族の試算では、東京・杉並では年約600万円、鳥取県では100万円程度だそうです。とにかく高い。

 時給制で非正規で働く人の割合が4割にのぼり、就職に失敗すると大半はずっと立場がかわらない時代です。大企業に就職しても競争は厳しく、地位は保障されません。何年たっても年収が増えなければなおさら、家庭や子どもを持つどころの話ではなくなっています。

 さらに、東京では高齢者の増加で、介護職員の人員確保が問題になっています。日本の全産業の平均月給は約30万円ですが、介護職員は20万円強。コストのかかる都会で賃金の安い仕事を続けるのは厳しい。高齢者の収入は年金が主ですから、東京では年を追うごとに生活は苦しくなる。

 人口の一極集中が解消されなければ、日本全体の人口減は、絶対に止まりません。

 対策案として、私は2008年に小説「プラチナタウン」を書きました。挫折した商社マンが故郷・宮城県の町長になり、老人が楽しく過ごせるまちをつくる話です。

 都会から老人を呼び込んで財政も立て直す。生活コストが安い地方なら、高齢者も介護職員も楽に暮らせる。家庭も子どもも持てる。自民党伊吹文明・元衆院議長が石破茂・地方創生相に読むように勧めて下さったそうです。

 ただ、高齢者向けの施設は、あと30年ほどは地方の雇用の受け皿になるでしょうが、その後は高齢者も含めて人口が減るので、新たな産業をつくり出す必要があります。そこで続編として「和僑(わきょう)」(15年)を書きました。

 かぎを握るのが、国産肉を使ったハンバーグやメンチ、コロッケを冷凍食品にして船便で輸出するという案です。カレー、ラーメン、お好み焼き、たこ焼きといった、日本のB級グルメがいま、海外で大変な人気です。国産の農産物を加工した食品の市場が海外にできれば、農家や漁師には安定した販売先が生まれ、働く人は増えるでしょう。

 日本の食材輸出の主流は牛肉や果物などの生鮮食品で、いずれも鮮度が命です。販売量が限られ、コストも高額になりますが、その弱点をB級グルメは補える。

 それにしても、一極集中が解消されないと日本は大変なことになる。「知の崩壊」が、いずれ起きる。日本語を使う人口が減れば、日本語で情報を集め、整理し、発信するといった内需依存型のテレビ、新聞、出版などの仕事は成り立たなくなる。日本人は情報を得て、学び、考える機会を失ってしまいます。(聞き手・小山田研慈)

     *

 にれしゅうへい 57年生まれ。外資系企業勤務中の96年に作家に。著書に「プラチナタウン」「和僑」「介護退職」など。
    −−「耕論 東京一極集中でいい? 市川宏雄さん、伊東香織さん、楡周平さん」、『朝日新聞』2016年08月02日(火)付。

        • -

http://www.asahi.com/articles/DA3S12491133.html



Resize3777


Resize3095