覚え書:「笑いにのせて:2 大衆文化、表に引き上げた 作家・五木寛之さん」、『朝日新聞』2016年08月17日(水)付。

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笑いにのせて:2 大衆文化、表に引き上げた 作家・五木寛之さん
2016年8月17日

 永六輔さん、大橋巨泉さん、そして昨年亡くなった野坂昭如さんと、戦後のサブカルチャーの旗手たちが、ここへきて一斉に退場されたという感じがありますね。みな早大に入って中退する訳ですが、出会ったのは、それぞれテレビやラジオの仕事に関わっていた20代の頃です。お互いライバル意識もあり、つるむことはありませんでしたが、一目置いている同志でもありました。

 1950年代から60年代にかけて、日本でもカウンターカルチャーとしてのマスメディアが一つの流れとして成立してくる時代。その中で大きな位置を占めていたのが、作詞・作曲家で放送作家でもあった三木鶏郎(とりろう)さん率いる「冗談工房」でした。

 永さんはそこでアシスタント格、野坂さんはマネジャーをやっていました。僕も三木さんの「音楽工房」「テレビ工房」に関わるようになります。当時は作詞もやれば番組の構成もやる、評論も書けば匿名の批評もやるし、歌も歌ってステージもやる。60年代半ばまで、みんなそういう雑業の世界にもやもやっと固まっていて、そこには、まじめなことを常にジョークで言うという精神があった。

 大橋さんは学生時代からジャズ喫茶で解説を交えて曲を紹介する司会者、今でいうMCとしてもよく知っていました。のちの一種のスタイルとしての傲慢(ごうまん)さみたいなものはなくて、真摯(しんし)な青年という感じで、ジャズについて情熱的に語っていましたね。

 当時、大学を出てテレビやラジオに行くのはアウトサイダーの感覚です。歌謡曲やジャズは低俗な大衆文化とされて、知識人が言及することはなかった時代です。永さんや大橋さんは、そういう低いジャンルとみられていたものを表に引っ張り出してきた。

 ■屈折して別の世界に

 誰も指摘しないことですが、彼らがこうした舞台に行き場を求めていった背景には、戦後のレッドパージの影響があったと僕は見ています。永さんにしても大橋さんにしても、青島幸男さんにしても、オーソドックスに行けば「左」だったはずの人たちが、いわば屈折してテレビやラジオに行った。頭を押さえられ、そのエネルギーがサブカルチャーに向かった。唐十郎寺山修司、日活ロマンポルノなんかも、そういう流れの中で見る必要があるのではないか。

 ロシアのヒューマニストの素朴な合言葉に「ヴ・ナロード」(民衆の中へ)というのがあります。ある種の屈折を経て、鬱々(うつうつ)と不平不満を言うのではなく、テレビやラジオなど別の世界に王国を築きあげた。彼らがやったのは、ヴ・ナロードなのかも。

 もう一つ大事なのは、彼らの表現が「書き言葉」ではなく「話し言葉」だったこと。ブッダやキリスト、ソクラテスたちは、何をしたかというと、語ったんですね。本来、情報というのは肉声で語ることと、それを聞くこと。文字はその代用品に過ぎません。

 永さんは浅草の近くの浄土真宗のお寺の生まれですが、彼がやったのはまさに「旅する坊主」。それも法然親鸞から続く説教坊主の系列です。真宗は徹底的に大衆的で、人々に語って聞かせる。風刺やユーモアを忘れず、歌を大事にする。エンターテインメントをやっているけれども、どこかで人生の機微に通じるところがある。そして、代表作が『大往生』でしょう(笑)。

 大橋さんにしてもそうです。彼らがやったのは、いわばグーテンベルク以降の活字偏重文化からの「話し言葉」の復権です。戦後の大衆は、彼らのメッセージを楽しみと共に受け取っていたのです。

 そういう三木鶏郎の血脈の中で、僕や野坂さんや井上ひさしさんは雑業の世界で志を得なかった。そこで、活字の方へ出て行ったのかもしれない。その頃「エンタメ系」というのは蔑称でしたが、そこから絶対に出ないぞと思っていた。「エンターテインメントとして小説を書いているんだ」という、西部の流れ者のような感覚はありましたね。

 ■最後に本音ぽろっと

 今やサブカルチャーが社会から承認されメインカルチャーになってしまいましたが、本来はメインカルチャーに対する異議申し立てだった。その担い手たちの根本には、敗戦体験と左翼運動の挫折があった。彼らの仕事は、そういう広い日本の戦後思想史の中で語られるべきです。

 そういう彼らが晩年になって、それぞれ反戦の思いを語った。「どうせこの世は冗談」をスピリットにしていた人たちが、冗談を言っている余裕がなくなった時代になって、最後に本音がぽろっと出た。僕はそんな気がしています。(聞き手・板垣麻衣子)

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 いつき・ひろゆき 1932年、福岡県生まれ。67年、『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。『青春の門』『大河の一滴』『親鸞』などベストセラー多数。
    −−「笑いにのせて:2 大衆文化、表に引き上げた 作家・五木寛之さん」、『朝日新聞』2016年08月17日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12515078.html





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