覚え書:「書評:犯罪・捜査・メディア 19世紀フランスの治安と文化 ドミニク・カリファ 著」、『東京新聞』2016年12月11日(日)付。

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犯罪・捜査・メディア 19世紀フランスの治安と文化 ドミニク・カリファ 著

2016年12月11日
 
◆歴史の証人になる元警官
[評者]小倉孝誠=慶応大教授
 昨年から今年にかけて、フランスは過激化したイスラム教徒によるテロ事件に揺れた。その影響は政治、文化、観光など広い領域に及ぶ。テロは犯罪である。そして犯罪は、社会と世相を映しだす鏡だと言われる。本書は、十九〜二十世紀フランスにおいて犯罪がどのように変化し、警察と司法制度がそれをいかに捜査し、活字メディアがどのような方法でそれを報道し、語ってきたかを、豊富な実例にもとづいて明らかにしてくれる。
 それまで犯罪の主要舞台だった田舎や街道に代わって、十九世紀初頭、大都市が犯罪の巣窟となる。都市化にともなって、労働者や<浮浪者>たちが貧困ゆえに犯罪に手をそめた。世紀末になると、犯罪の構図が変わる。共和制下で同化した労働者階級はもはや危険な階級ではなく、他方で、社会の周縁に追いやられたあぶれ者(当時アパッチと呼ばれた)が犯罪の中心になる。彼らはいわば職業化した犯罪者集団だった。その状況は、現代の都市郊外で治安状態が悪いことに通じている。
 犯罪は「売れるネタ」でもあった。大衆ジャーナリズムが発展したこの時代、犯罪は新聞に派手な挿絵入りで報道され、人々は殺人事件などの三面記事をむさぼるように読んだ。犯罪と捜査をテーマにした小説も人気を博した。そのさまは、現代日本のテレビのワイドショーに似ている。
 おもしろいのは、この時代、警察関係者が退職後に数多くの興味深い回想録を刊行し、自分が関わった事件を語ったことだ。彼らは歴史の証言者になり、警察と司法制度を擁護した。その結果、それまで負のイメージが強かった警察官が、立派で有益な職業として認識されるようになったという。
 最終章は、一九九○年代に頻発した大都市郊外での暴動とその社会的背景に触れている。原著の刊行は二○○五年で、現在のわれわれから見れば、昨年来のテロ事件の遠因をえぐり出しているかのようだ。
 (梅澤礼訳、法政大学出版局・4320円)
 <Dominique Kalifa> 1957年生まれ。フランスのパリ第1大教授。
◆もう1冊
 ルイ・シュヴァリエ著『三面記事の栄光と悲惨』(岑村傑ほか訳・白水社)。フランスの新聞が犯罪・醜聞を三面記事化した社会史。
    −−「書評:犯罪・捜査・メディア 19世紀フランスの治安と文化 ドミニク・カリファ 著」、『東京新聞』2016年12月11日(日)付。

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