覚え書:「「シン・ゴジラ」、快進撃のワケ 「3・11後のリアル」・多視点でシンプルな物語」、『朝日新聞』2016年09月13日(火)付。

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シン・ゴジラ」、快進撃のワケ 「3・11後のリアル」・多視点でシンプルな物語
2016年9月13日

映画「シン・ゴジラ」の進撃が止まらない。東宝によると、封切り45日の興行収入は65・6億円。延べ450万人の観客を集め、平成ゴジラシリーズ以降の記録を更新した。なぜ幅広い観客を夢中にさせるのか。「エヴァンゲリオン」シリーズで知られる庵野秀明総監督らが作ったコンセプトに秘密がありそうだ。

 ゴジラの口に薬剤を投与する場面で、客席から一斉に「イッキ!イッキ!」と飲み会のようなコールが起こった。東京・新宿で開かれた上映会「女性限定鑑賞会議」の一幕。定員の429席が3分で完売した。声援も拍手もペンライトもOK。「庵野ー!」「東宝ー!」と、会場はアイドルのコンサートさながらだ。

 上映終了後には市川実日子(みかこ)さんら出演者が登壇。興奮する客席に向かって松尾諭(さとる)さんが「まずは君たちが落ち着け!」と映画の決めゼリフをまねて言うと、場内は落ち着くどころか、ますますヒートアップした。

 フリーライター丸山みゆきさんは防護服姿で参加。「ネットの盛り上がりが異様で、見なくてはと思いました」。実際に見ると、最前線で働く人々がゴジラという危機に立ち向かう展開に「日常と非日常がシンクロしていて、3・11後のリアルさがある」と感じた。「セリフを覚えてコスプレで楽しみたいという気持ちになる。お祭り的な感じですね」

 東宝によると、公開当初はゴジラファンの男性が主な観客だったが、次第にカップルや女性同士、親子連れへ広がっているという。また文芸評論家の加藤典洋さんが「新潮」10月号に「シン・ゴジラ論」を発表するなど、政界や経済界、学界から発言が相次ぎ、「シン・ゴジラ論壇」の様相を呈している。政府の危機管理体制を細密に描くことで東日本大震災時を想起させたからだろう。

 東宝の山内章弘エグゼクティブプロデューサーは「難解な部分があるので客層が狭まる心配もあったが、むしろ観客層が広がっている」と話す。その理由として「1人の主人公の目線でなく、多様な人物の視点から描いた」ことと、だからと言って「1回見ただけでは分からない映画にしなかった」ことを挙げる。

 「社会派の政治サスペンスとして面白がってもらえるのでは、と思っていましたが、情報量が圧倒的に多いために、スーツ男子が格好良いとか、企業の組織論として見たとか、他にも私たちが予想もしない様々な楽しみ方が出てきています」

 それでいて物語の骨格はシンプルだ。巨大生物が街を壊し、人間が阻止する。ただそれだけ。幹となる物語以外の、主人公の恋愛や家庭などサイドストーリーは一切排除してある。だから枝葉にこれだけ情報を詰め込んでも、分かりにくくはない。

 かつては「金環蝕」「日本沈没」といった国家規模の事態を扱った娯楽映画が数多く存在した。しかしこの「シン・ゴジラ」ほど、多視点主義とサイドストーリー排除の両方を徹底した作品はそう多くはない。

 東宝は今後もゴジラ映画を作り続けるという。ただし今回のスタッフがそのハードルを恐ろしく上げてしまった。「シン・ゴジラ」に挑む新たな作り手は果たして現れるのだろうか。(山崎聡、編集委員・石飛徳樹)

 ■戯画化された「現実」に夢中 東京大学佐倉統教授

 「シン・ゴジラ」に魅せられた東京大学佐倉統(おさむ)教授(科学技術社会論)が現代社会との関係を語った。

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 多くの人が「リアリティー」をキーワードに語っているのが興味深いです。確かにすべてが細かく描き込まれています。ただ、私の身近な研究者の分野でいえば違和感もある。対ゴジラの専門家集団である巨大不明生物特設災害対策本部に、学者が間(はざま)さん(塚本晋也)くらいしかおらず、ほとんどが官僚で構成されている。いくら3・11後の学者がふがいなかったと言っても、これは現実に即していないでしょう。

 一方で、政治家や自衛隊など、自分の専門以外のところはリアルに感じました。つまり、このリアリティーは外部から見た時のものです。大量の情報が流通する現代社会では誰もが様々な専門分野に疑似的な肌感覚を共有しています。この映画はそんな戯画化されたリアリティーをうまく取り込むことで、観客たちをとりこにしている。

 こうした状況は専門家の閉鎖性を打破しうる半面、本当に必要な専門的技能を封印する危険もあります。3・11後の混乱は後者のデメリットを象徴していますし、米国などで現状を極度に単純化する言動が人気を博すのも、同じところから派生しているのだと思います。

 結局は専門的技能を非専門家がどう使いこなすかが人類の生き残りには不可欠ということですが、あれ、これって、矢口蘭堂長谷川博己が演じた主人公の内閣官房副長官)待望論なんでしょうか……。
    −−「「シン・ゴジラ」、快進撃のワケ 「3・11後のリアル」・多視点でシンプルな物語」、『朝日新聞』2016年09月13日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12555473.html





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